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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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9/33

2ー03 商人の娘ハンナ



 日が昇るのを待ってユディと僕は家を出た。

 |ラシャイ<天の神>に祈ると決めた日なので神殿へ向かっている。


 かつて神殿は3つあった。


 |ラシャイ<天の神>、|マバック<戦いの神>、|シャムカ<幸福の神>の3柱を祀っていた。しかし神殿のすべてを帝国が略奪。奉納の財宝どころか、壁や柱にほどこされた金銀の装飾までもはぎとった。神殿の威厳は地に落ちた。


 新王はいう。


『いっそう|ラシャイ<天の神>に祈るのだ。神に惜しみなく貢ぎものを捧げよ』


 戦いに負けたのは神の天罰だとか。|ラシャイ<天の神>以外の神にうつつをぬかした平民・奴隷に|ラシャイ<天の神>が怒ったそう。神は|ラシャイ<天の神>だけ。ほかに神はないと仰せだ。


 大人たちは嘆き悲しんだ。年長者ほど怒りをあらわにした。王城を取り囲む騒ぎに発展した。帝国兵に蹴散らされておわったが。


 神殿は修復されが、それはもちろん|ラシャイ<天の神>のみ。敬虔な年寄りたちが中心となり傷み荒んだ|シャムカ<幸福の神>を復元に着手した。王はたいそうお怒りになっり、首謀者たちを幽閉した。


 王を恐れ、|マバック<戦いの神>と|シャムカ<幸福の神>を崇拝する人はいなくなった。神殿の跡地はすさまじく荒れ、いつしか家を失った者や盗賊などが住みついた。神殿であったなごりすら消えてなくなった。


 |ラシャイ<天の神>をごり押しした王だが、王と神の境界はちょっとあいまいだ。


 セントメディウムを建国したのは初代王だけど、昔、祖先をこの地へ導いたお方がいたと伝わる。その方を導いたの神は4柱なんだけど、こういった事情で|ラシャイ<天の神>とのみなった。


 神は預言者の言葉を通じて、セントメディウムを導くと信じられている。


 王は、初代から、預言で選ばれた。神が選んだ王だから、王の言葉は神の言葉となるわけだ。王家の立場は王に準じる。王家は神殿の祭司として神のお世話をするのはそうした事情による。

 王の言葉は神の言葉。祭司は教えてくれる。


 預言者は王家と距離をおく。市井の苦しみを伝えたり、王を諫める助言もする。神に見守られてるようで嬉しいが。


「師匠は、神ならビロロンにもサフランにもいると言ってるぞ」

「それはそうだろ。土地を治めるの神だ」

「いやそうじゃなくて……神は神で人は人って」

「なんだそりゃ」

「えーと。だから」


 自分でもまとまってない、シロウ談話を話をまとめるとこうだ。


 神はビロロンにもサフランにもいる。それどころか、とっくに滅びたあらゆる国にもいた。戦は神と神の戦いというけど、どの神は人知を越えた力をもってる。神の力が拮抗してるのだ。神は神と戦ってるなら、地上の戦の勝敗は人と人。国と国の戦略と武力できまる。何が言いたいかというと、戦の負けを神のせいにするのは間違いということらしい。


「かんぜんに、王の主張と対立しないか」

「でも、師匠の話がもっともらしい」

「うーん」


 たしかに。シロウが合ってる気がする。ジジイで奴隷のくせに物知り。だけど危険な考えといえた。


 安息日の神殿はとんでもなく混んでいた。礼拝する人たちで足の踏み場もない。礼拝者が去ると太った祭司が供物を運んで空きを作る。空いた場は次の礼拝者で埋まる。


 ここでは、おわす神は不便なく過ごせるように、寝室に食堂に物をしまうための棚に机に椅子など。考えうる生活物が供えつけられてる。夜は松明がともされ、日が落ちても数時間は祈ること可能だ。灯りが落ちれば神が帰られる。主が留守となった神殿は、寝ずの番で祭司が守る。次に日が昇るまで。


 神のお世話という栄誉にあずかれるのは祭司だけ。王家に連なる血筋ゆえの特権だ。


 寒さでかじかむ手をこすって待つと、石板の端っこが空いた。ユディと座り食べ物を捧げる。祈りはじめると、新調した|エフォド<聖職者のベスト>の祭司がやってきてつぶやいた。「それだけか」と。すくないけども僕たちには精一杯の貢物だ。固まる僕のとなりで、ユディが石畳に頭をこすりつけ祈る。僕もならって頭をさげた。いつもより短い祈りで、さっさと席をたった。


 入れ替わりで痩せた商人が座る。まず重そうな巾着袋を横においてから、背負っていたたくさんの野菜と穀物を恭しく下ろす。まさかあれ全部を貢がないよな。僕らの100倍はあるぞ。しかし商人は”まさか”を捧げて、祈りはじめた。「おおっ」というため息があたりから漏れる。


 さっきの祭司がやってきた。そして、またもやつぶやいた。「それだけか」。

 商人の顔が曇った。顔にでたのはまさかという驚き。僕もまさかと思った。


「おお祭司様。これが私の精一杯です」

「横にある重そうな巾着は? 財布にみえるがちがうのか」

「まさしく財布でございます。貸りた金を返す資金にございます」

「捧げよ」

「ご冗談を祭司様。これは先方のものにて。返さないと首をつらなければなりません」

「捧げよ。神がお怒りなられれば商いなぞ立ち行かなくなるぞ」

「……|ラシャイ<天の神>をお鎮めください」


 僕たちは神殿を後にして町へと歩き出した。ユディがぽつりとつぶやいた。


「師匠のいったことは本当だな。祭司はおいはぎまがい……もごもご……」

「しっ」


 僕は焦ってその口をふさぐ。


 祭司は神の代行者。貧乏な商人にたかるようにみえるが、ちがう。持つものは持たざるものの分まで、神にささげる義務がある。忠実に護ってるだけなのだ。良い衣服やたくさん物を持ってる人には、多くの貢ぎを求める。


 そう信じてた。


 おいはぎより性質がわるい。奪うことに裏表がないぶん、おいはぎや強盗のほうが正直。まずい。ユディとシロウに毒されてきてる。でも、こうなったのは以前の祭司たちが虜囚になってから。新しい祭司たちは貢物に執着する。いや、考えないようにしよう。


「気分をかえないか。串肉を食おう。ユディはよくここを通るんだろ。おすすめの店は」


 さすが安息日。神の休日。人も神に感謝するついでにちゃっかり休む。露店をだすのも”働き”なので厳密にはダメだけど、食に関することは咎められない。むしろ平日よりも賑わっていた。


 土鍋いっぱいの麦粥、焼いた羊肉や牛肉、雑多な肉の腸詰、無造作に積みげられたアカル(ビール味のパン)、ラム肉のシチュー。どの店にも朝飯目的の客がならんでいた。


「ん? 安息日? それ休みになったっけ?」

「安息日は、わたしが勝手に決めたわたしの休日だぞ」

「そうだった!」


 貧乏だって休みたい。働きっぱなしは心身に不健全になるといって、7日に一回、仕事をしない日にしたんだ。ユディにあわせて休んでるうち、公の休みのつもりになってた。

 町の中心はいつもこんなに混んでるってことか。


「ムズクム影響されすぎ。心配だ」


 シロウの影響は確実に受けてるけど。ほかには浮気の心配だろうか。


「たとえば?」

「串焼きを、10倍の値段で買わされるとか」

「そうか」


 適正価格のくらいわかるわ。たぶん。


「行列のできる店なら知ってる。串焼きではないが、旨そうだぞ」


 デカい鍋の煮込み料理露店をゆびさす。知ってるだけで、食べに寄ったことはないと。貧乏ですまないねぇ。貧乏ヒマなし。それでも安息日は休むのだ。


「うまそうだな」

「だろう?」


 もう、だたよう匂いがたまらない。腹が鳴って止まらない。神殿に貢いだ干物は朝食用なので、夕べから何も食べてない。


「おばさん、カスーディリシャ2つ」


 ユディが露店に突入した。混んでる大人たちをかきわけて注文する。


「威勢いいね。多めにいれとくとくよ。食い終わった容器は、バケツにもどしとくれ」

「ありがと!」


 両手に器。人ごみをお尻でかき分けてもどってきたユディ。木の深皿には肉がたっぷりの金色スープ。スパイシーな香り腹を刺激する。座ってゆっくり食べたくても腰かけなんかない。立ち食いの客にならって、食べ始める。


「うっはー濃厚だな。ディリシャって、玉ねぎや肉にビールを加えて作る煮込み料理だけど、こいつはちがう」

「くせになる味だな。ぴりって辛いのは、カスーがきいてるんだ」

「カスー?」

「マスタードシードの一種。からし菜の種子を乾燥させてつくる。自生のみつけたら作ってみたい」


 底冷えする朝。冷えた体に熱々のディリシャは、ごちそうだった。毎日でも食べたいが、物が高騰してる。こんな屋台の食べ物でさえ、僕らには贅沢だ。


「どーいて、どいてぇー」


 買い物客のあいだを縫って、少女が走ってきた。ひとめを引く美少女である。絹のキュロット。三つ編みの長い髪がキラキラと輝き、金持ちの箱入りの娘とわかる。ずっと後のほうでは男がどなっていた。ひとごみで追いつけず、いらだっている。


「まてハンナ! 言うことをきけ。逃げるとあとでひどいぞ!」

「いーやーでーす」


 少女は横を通りすぎて人の間にみえなくなった。やってきた男に「どっちへいったか」聞かれた。露店の通りの外側は狭いあい路が四方にある。どこにいったかなんて分かるはずないが、あっちと指をさす。男はまずユディを、それから僕の恰好をみて、痰をはいて、走っていった。


「礼くらい言えよな」

「失礼な男だ。おいかけて謝らせる」


 駆けだそうとするユディ。その腕をとってやめさせる。


「ほっとけ。気にするだけばからしい」


 解放されて3年たったが。僕はいまだに奴隷の匂いを放ってるらしい。よれよれのチュニックか、手入れをしない髪の毛か。市民にもいるありきたりの恰好なのに、見る人が見れば分かるようだ。そうした侮りはよくあるし、二度と会わない他人の誤解を解く労力こそ無駄だ。|美少女<ユディ>を伴ってるやっかみもあるだろうしな。


 などと、ぐずぐず思ってる僕がいた。


「ありがとうー。かくまってくれたのですねー」

「おわっ!」


 とつぜん背中から声がした。口からディリシャ吐き出しそうなくらいビビった。逃げたはずの三つ編み少女だ。ハンナといったか。かくまったつもりはない。


「お、おどかすな」

「驚きすぎですよー。こっちが驚きましたよー」


 繰り返すけど、かくまったつもりはない。面倒ごとには巻き込まれたくない主義だ。犯罪はとくに避けて通りたい。


 露店の道で、大人から逃げるこども。10歳くらいのようだ。この子、なにをしでかした。すぐ思いつくのはスリだが考えにくい。ハンナは身なりがよく、食に困ったふうではない。あの男は名前を呼んだ。身近な知り合いにみえた。身元をわかっててわざわざ追いかけてる犯罪なら、借金の取り立て? いやいや。


 なに熟考してるんだ僕は。

 感謝してるなら誠意で示せ。いなくなるのが最高の誠意だ。とっとと帰れよ。

 しかしその願いは、はかなくきえた。


「なんで追われていたのだ」

「……どうしてユディは聞いたかな。関わってしまうろうが」

「ユディ? あなたが?」


 だいたいだ。ひとはあかの他人に悩みをうちあけない。

 ハンナの言葉はちょっとしたあいさつ。いい天気ですね、だ。世知辛い世の中。弱みをみせていいことはない。とくに、男に追いかけられる子供は。なんで追われてると聞かれても話すはずがない。


 三つ編みはユディをみつめ、「立ち話ではちょっとー。場所を変えて話しますー」と言いだす。話すのかよ。


 連れてこられたのは、表通りの裏にあるきれいな店の前。有名高級店。食事が美味いと評判の店だ。無人の空き地はいたるところにあるのに、高級店て。あ、ここの娘なのか。


「この店に? そんな金はないぞ」

「これくらいごちそうしますよー。相談をきいていただくのですからねー」

「高級店で接待される資格はないぞ。相談のプロじゃないからな」


 その通り。


 この店の娘ではなさそうだし。「これくらい」とわれても、こんな店で食べる日は死んでもないだろう。悲しくなってきた。


 くぅー

 ぐぅ……


 外まで漂ってくる美味そうな匂いに、腹の虫が空腹をつげる。いま、食べたばかりなのに、この腹め。


「うふふ。お腹は正直ですよねー。私、誰かに話を聞いてほしいだけなんですー。朝食がまだですしー。つき合ってくださいー」

「やぶさかではない。そこまでいうならつき合おう。いいかムズクム」


 即断した。早すぎるから。「そこまで」は言ってないから。


「いいわけないだろ。ハンナといったな。すまないが付き合えない。代金を請求されても払えないから身を売るしかなくなる。キミにとってヒマつぶしだろうけど、金持ちの気紛れて僕達の人生を奪われてはたまらない」

「えー・ごちそうするっていってるのにー。そこまで大仰なことなら、こっちの店にしましょ。いいでしょ?」


 2軒となりの店を指さす。これがハンナ基準の格下か。すこしレベルが下がったが、僕達には高級店だ。世界一高い山には登れないと言って、二番目に高い山を紹介された、みたいな。山のぼりできない人には難攻不落にかわりない。


「絶対に支払わせないからユディさん。つきあってよー」


 いやいや。だめだろ。金持ちと権力物は信じられない。


「そこまで言うなら信じよう」


 ユディは食べたくてしょうがないらしい。こんな機会はないから気持ちはわかる。でも僕は食い下がった。


「ほんとに支払いがないのか。ほんとにか?」

「もう、疑うなら一筆かくわよー。文字読める?」

「一筆はいらない。ムズクム。あまり人を疑うものじゃないぞ。ハンナは人をだます目をしてない」


 そうか?


 目で人物が分かれば苦労はしない。小娘の瞳をじっと覗き込むと、彼女は可愛くつぶやいた。


「キラキラキラリン。正直者のひ・と・み」

「……自分でいうな。わかった付き合うよ」


 話しを聞くだけだから。相談は二の次。僕は腹の虫とユディに急かされて、店内にはいった。いきなり格調が高くなる。僕の知ってる店といえば、露店か父親に連れていかれた飲み屋。比べる対象が間違ってるのだが、すごいとしかいいようがない。


「いらっしゃませ。おやハンナさま、よくぞおいでなされました」

「私が来たこと内緒にしてー」

「お連れの方は従者でしょうか」

「お友達よー」


 言葉を選んでるは僕でもわかる。奴隷と言いたかったんだよな。


「かしこまりました。特別室にどうぞ」


 店長がじきじきに案内するようだ。あとを行く小さなハンナはパパを追いかける子供にみえる。|持ってる<・・・>人間特有のゆとりを醸し出してる。遠国から取り寄せた高価な織物で床が埋めつくされている。サンダルでふむたび絨毯沈む。


 そうして着いた部屋には、おそらく豪華な調度品が並びたてられていた。間違っても、壊せばシャレにならない罠だらけ。

 店長が退去し、女中が水をもってやってきた。みたこともない透明な器に注がれた水は、とっても透きとおっていた。


「すごいなムズクム。色がついてないぞ」


 まったくだ。井戸の水は濁ってる。なんどもくみ上げてるうち、濁りはとれてくるけど、完全な透明はみたことがない。


 ハンナがあたりまえのように飲んだので、僕も恐る恐る、口をつけた。雑味も土臭さもない。


「これはうまいな」

「アムルサーヌを3人前ねー。食前酒はアナトリアの赤ワインで」


 注文をするだけなのに所作が優雅だ。金持ちは教師を雇ってまで子供に優雅技を学ばせるのは本当なんだな。


 セントメディウムはブドウの産地。子供でも買える安いワインがあるが、リーディア産なら輸入の高額品だ。

 アムルサーヌは、魚醤にんにく生地の鶏肉のパイ。露店でも食えるが具材で、味と価格が跳ね上がる。想像もできない味を想像して、またしても腹が激しく鳴った。


「誰か訪ねきても私はいないから。いいわね?」


 ハンナは女中に小銭を握らせた。慣れてるな。


「思ったんだが。ハンナはムズクムの隠し彼女というオチか。逢引ならわたしは退くが」


 ぶーっ!


「ちがいますよー。私まだ12ですよー。そのまえに趣味じゃないしー」

「趣味じゃなくて悪かったな。ユディなんなんだ」

「いやなに。夜の務めを果たしてない不始末を反省していてな」


 妻が悲しい顔になったので、その手にぎった。


「務めの不始末なんてないから」


 全力で否定する。反省なんて間違ってる。心の準備ができてない彼女に無理強いしたくないし。そもそも夜の務めってなんだ? 何をするかよくわかってないし、いまのままで十分だ。


「えー? お二人は夫婦だったんですかー? 夜のおつとめって……ポッ」


 ポッてなんだよ。知ってるなら教えてくれ。


「そうか邪推してすまなかった」


 ああーそうか。ユディは、とつぜん現われたハンナが僕の隠し彼女と勘違いして、話を聞くことにしたんだな。


「それで。あなたがユディさんですよねー ウワサの」

「噂? ユディは町でなにをやってるんだよ」

「なにも。きのうだと、酒場の店主にからんた兵隊をこらしめたくらいだ」

「んなことやったのか!」


 こういう奴だった。どれだけ心配しても足りない。いや僕の心配は方向が違うな。帝国から目をつける前に、王都を離れて別の町にげるか。幸いにも持ち物は少ない身だ。いっそサハランまで行ってもいい。リーディアだってかまわない。どっちも帝国と戦争中か。リーディアのほうがビロロン帝国に近いけど、北にはまだ見ぬ国がある。


 逃げたとして、野垂れ死ぬ未来しかみえないけど。


「いかにもユディだが。なぜ知ってる。うわさとは?」

「それはもーいろいろ。有名人ですからー」

「人違いじゃないか。とりたてて自慢できることのない、人並みのわたしだぞ」


 ユディが「な?」と同意を求める。


「自慢はともかく、”人並み”は拒絶だ」

「なんでだ」


 なぜ驚いてる。驚きたいのは僕のほうだ。自覚なしにもほどがある。有名か。


「全滅覚悟で100倍の敵にたちむかった弓部隊。それを鼓舞した少女兵の物語は、剛腕のカルガナンさまと並んで、吟遊詩人の唄のなかで人気ですよー。短髪女兵ユディや|断髪姫兵<イナンナ>ユディと、呼ばれてます。

盛り場で|ビール<シカル>を飲むとき”セントメディウムから世界へ!”と樽をぶつけることが流行るくらいにー」


 なるべくしてなった因果応報。自業自得だ。


「あの件な……カルガナンが誰だか知らないが。その人も有名なんだな」

「どうして知らないんですかー? 弓隊の隊長様ですよー」

「え? タイ・チョウが名前だと思ってた。知ってたかユディ」

「あたりまえだ。だが吟遊詩人の唄ははじめて聞かされた。隊長は言ってなかったぞ」

「ちがごろは酒場にいってないんだろ。聞いても気づいてなかったとか」

「ありうる」


 誰か教えてあげろよ。とくにシロウ。いやそもそも、あの隊長て、酒と女と戦闘にしか興味がない。自分のうわさも聞きながしてそうだ。


「それよりなぜ、わたしが女とばれている。戦場は男装束だったが」

「さあー? お連れしたのはそんなユディさんに話を聞いてほしいからです。下心はありませんよー。お食べになってください。おかわりもどうぞー」


 ハンナの理屈は理解した。豪華ごちそう二人分の理由になると思えないが、ここまで聞いてはいさよならってわけにもいかない。運ばれてきたワインと料理に罪はないので、この出会いに感謝して、いただいた。


 無言で食べた。ひさしぶり腹が膨れるくらい食べまくった。


「美味しかったよハンナ。ご恩は忘れない」

「ごちそうさま。では食事ぶんの話を聞こうか」


 ユディ、言い方。


 腹が膨らんで現実がもどってくる。ユディがそんな有名になってたとは。頭をかかえる。これは、本気で夜逃げを考えないといけないかも。


「追いかけてきた男は叔父なんですー。私に帝国ジジイの妾になるか、従兄の嫁になるか選べっていわれて、こまってるんですよー」


 ジジイて。それかなり偉い人じゃないのか。従兄というのは金持ち商人の跡取りっぽい。好き嫌いをべつにすればどっちをとっても玉の輿。なにに悩んでるのか分からないけど、さすがわ、通りすがりの有名人? に飯をおごるような世間ずれした裕福娘だ。選べる人生がある。


「ハンナの父親はなんと言ってる。弟の乱行をほっておかないだろう」


 ユディは真剣に、ごちそうの恩を返そうとしてる。一飯の恩を真面目に返そうと取り組んでる。でも乱行ってほどでもないよな。


「……父は死にました。商人でしたが随行した戦場で帝国の投げ槍に貫かれて」


 ハンナはさらりと流した。その目の奥が、今度はうるんでいた。あの戦闘のときかも。たくさんの随行商隊が天幕を広げていた。戦端がきられたときに急いで退避したが、巻き込まれた商人も少なくなかった。


 叔父は、父親が死ぬとすぐ母親の保護を買ってでたという。妻や娘の人生は、父親の言うがまま。父が亡くなれば近い親族が面倒をみるものだ。叔父は狙っていたのか。母は妾の立場を受け入れたそうだ。ハンナは可愛らしいから、母もきっとキレイだろう。


 義父は父の財産と商売を引き継いだ。暮らし裕福でそれまでとあまり変わらなかったという。それでも女の地位はとても低い。叔父は、ハンナを嫁ぎ先を考えたのだ。何度考えても選べるだけ、ましだ。


「帝国ジジイと従兄。いやな男はどっちだ」


 ユディの飾らない言い草にハンナはひいた。ストレートすぎるんじゃないかな。どっちもいやな奴だったらどうすんだ。他人事だから楽しいけど。我が妻をフォローしてやろう。


「あー……ハンナ。ユディが言いたいのは、従兄は優しいかってことだ」


 裕福な商家のちょっとしたお家騒動。飢えて死にそうな人が山といる時代で、贅沢な悩みだ。さっさと従兄とくっついて永劫の幸を築け。


「偉ぶった男ですが嫌いではありませんねー。でもお兄妹みたいに育ったので、夫にといわれてもー。なにより私は、父の跡を継ぎたいんです。結婚なんかしたら家のことに忙殺されて、夢は叶わなくなりますよねー?」


 そうくるか。こんな時代に夢があるのは素晴らしい。つくづく裕福な子だ。

 ユディは黙って考えてる。あごに指をつける。なんのポーズだ。時間がかかりそうなので、僕の意見を言っておく。


「逃げたのは悪手だな。叔父が逆上されたら夢どころじゃなくなる」


 家族の命をにぎるのは家長。子供の未来など天気で変わる。奴隷として売られるか、最悪だと殺される。子供殺しは非難はあびるが罪にならない。話から、叔父の性格は苛烈じゃないようだが、温厚だってキレることがある。ふだん怒らない人ひとほど怒りを自制できないっていうし。


 死なれるのは夢見がわるい。きょうのごちそうは夢にでるだろう。その肉がハンナの死体なんて悪夢はごめんだ。


 ほとぼりがさめるのを待つか、有力者にあいだにたってもらって交渉。時間かせぎに、身を隠すのはどうだ。いやだめだ。王国は広いようでせまい。商売縁ネットワークが強固な商人なら、転々と居所を替えていっても、すぐにみつかる。


「信頼できる人にかくまってもらえないか」


 裕福な娘ななら、何人かいるだろう。隠れ家がバレても、叔父が手を出しにくい人に、しばらくかくまってもらう。その人に交渉もしてもらう。


「ここの店主なんていいんじゃないか?」

「そうですねー」


 そこで、じっと考え続けたユディの口が開いた。いよいよ結果発表だ。


「うちでかくまおう」

「えー?」

「ええ?」


 ハンナと僕が口をそろえる。違う音色のええが出た。


「部屋は余ってるし。問題ないよなムズクム」

「……えーと、まぁその……いいというか、そうでもないというか。……なぁ」

「なんだ? 乗り気のない返事だな」

「うーん、まあ……ユディがいうなら」


 言い出したら曲げないんだよなこの妻は。さらばだ水入らずの夫婦生活。


「お二人っは恋人同士と思ってましたがー、夫婦ですかー? 主導権をにぎっているのが女のユディさん…… んんー?」


 そのとおりです。僕はかかあ天下の家にそだってるし、ちっこいうちから、ユディに弄ばれ慣れてます。頭が上がりません。戦っても勝てません。自然とこういう上下関係に収まったんです。


「声にならない悲鳴がしますねー」


「主導権がどちらかというなら、ムズクムにあるな。わたしは彼についていく」

「そうなんですねー」

「そうだったのか」

「ムズクムが、なぜ驚く」


「ここにいたのか。みつけたぞハンナ!」


 どーんと特別室の扉が開き、若い男がどなった。そのうしろから帯剣した男たちが押し寄せる。帯剣兵はどこにでもいるが男たちは、若者の従者のようだ。どちらにしても、高級な店には不釣り合いだ。


「に、義兄さん」


 あれが婚約者Bの従兄か。


 部屋の外にはハンナが小銭を握らせた女中と店長。女中は申しわけなさそう首をたれ、店長は頭とかいていた。すでに叔父の手中に落ちたらしい。どうする。逃げるのは悪手とユディは言った。戦うのはもっと悪手だ。だいいち相手の商人はまともな人物。とくべつおかしなこともは言ってないのだ。


「逃亡ごっこは楽しんだか。父さんのいうことに従え。それが女の幸せというものだ」


 逃亡計画は消えた。というか行動を起こすことなく終わった。ハンナにはおとなしく帰ってもらおう。もとより無関係な僕たちが口をだすことじゃないんだし。


「お前たちがハンナの何かは知らないが、引き上げてもらおう」


 だがユディが動いてしまう。ずいっとハンナを守って前に出る。


「引き上げない。わたしはハンナの相談に乗ると決めた」


 従兄が怪訝そうに目を細め、男たちはへへへと笑った。嬢ちゃん怪我をしてもしらないよ、と笑った。


「なんだお前は。口を突っ込むなら容赦しない」

「あなたたちはわたしに勝てない」

「なんだと、このメスガキがっ!?」

「ユディやめろ。従兄さんも、従者を下げてもらえませんか」


「無理だな。私の従者たちは強いしプライドが高い。それを従える私もだ」


 やめたほうがいいのにな。にっこり笑った従兄があごをしゃくる。始まってしまった。従者は動く。その瞬間、部屋は戦場になった。


 血の混じった砂塵の香りが鼻をついた。錯覚だとわかってる。戦うならやるだけだ。肩の力が抜けて余計なリキみが消えていく。


 わらった従者が先んじて、ユディをねじ伏せようとした。が、甘くみすぎだ。そんなノンビリ攻撃、通じるかよ。ユディは大ぶりの腕をかいくぐって脇をするりと抜ける。抜けながら、腰のベルトをはずす。ベルトと帯剣が落ちる。


「な、な??」


 なにがあったか理解がおいつかない従者に、はだけたチュニックがうまとわりつき、動きを阻害、戦いが困難になった。ひとりめ。

 ユディは奪ったベルトを次の従者の首にまきつけ、「よいしょ」と背負った。従者は自分の重みでたちまち失神。ふたりめ。


 3人目が剣をかまえユディを狙う。


「僕もいるんだけど」


 テーブルをひっくり返し、片手で持ち上げる。ここがポイントだが座っていたテーブルではない。盾かわりにした背丈より高いテーブルで突進、突きとばす。3人目。


 従者の剣が手から剣が離れる。僕は自分の剣を抜きながら反転すると、最後のひとりをけん制するが。その必要はなかった。すでにユディの短剣が従兄の首にあたっていたのだ。従者はもう戦えない。事実上4人を制圧するのに、たいした時間はかからなかった。


「こ……こいつら。場慣れしてる」


 場慣れして悪かったな。特別室がしんとなる。短剣を当てられた従兄は身じろぎできない。ハンナだけが手をたたいて感激をあらわにしていた。


「すごい! これが窮地を生き残った戦姫ー! ダンナくんも強い」


 これは、ただの悲しい習性なんだよ。僕たちには、戦いの意識が根付いてる。強いわけじゃない。世間話の最中でも、無意識にあたりをうかがう。そしていつでも命のやり取りにきりかえられる。それだけなんだ。


「戦姫だと、この子が、あの」


 店長が女中を走らせる。兵士を呼びにいかせたのかな。でもわかったろう。ユディはただものじゃないって。自分ら程度はいつもで殺せるのだと。ユディは落ちた剣を蹴って、手のとどかない位置に滑らせた。


 従兄の首を離して、僕たちは自分の席へ戻る。食べ物を余すなんて、食物や育てた農家、運んできた仲買人、作ってくれた料理人への冒涜である。器に残っていたワインを飲み干した。


「話をきけ。重大なことだ」


 ユディが静かにいった。

 みんなが見守る。というか動けない。


「この国だけど。どうすれば平和になると思う?」

「は?」

「え?」


 この場にふさわしくない投げかけに、空気が白けて凍った。

 それっぽい言葉だし、かっこいいけど。きっと一番わかってないのはユディ本人だ。




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