1-05 凱旋、それから
その日の午後、僕たち弓隊は王都に戻った。自分たち的には凱旋帰還だったが、出迎えのひとつもなかった。それはそうだ。敗北した王都は、帝国に占領されたのだから。
帝国の兵たちが、神殿の宝物、王宮の宝物、聖所のために作った金の品々を、運び出していく。金をもっていそうな家も、軒並み、荒らされた。止めようとする市民はおらず、それどころか、歩く市民や闊歩する祭司さえいない。いたるところで開いた露店もたたまれて無い。家々の戸はかたく閉ざされた。せめてもの抵抗だろう。
「旦那ぁ。食い物めぐんでくださいよぉ」
物乞いだけが激増してた。男、女、こども。老いも若きも。身分も無関係。目をぎらつかせ、物をねだる。スキをみせれば盗もうとするだろう。金目のものをもってればだけど。これが持っているのだ。
弓隊は、帝国が置き去りにした物資は荷車のせて戦利品とした。みんな、布で肩掛け鞄をつくり、食い物や金目のものを持てるだけ詰め込んだ。僕は袋をつくったが、あまり上手ではなかった。ユディのは売れるような出来だった。
隊長は、やる気なく地べたに寝そべる男に尋ねた。
「王都はどのようになった」
「兵隊さんが知らんのか。皇太子さまが王様を殺して城門を開けてなぁ」
「なんと皇太子が」
「ああ。死ぬまで籠城するって王様に反抗したんだとさ。そんなことよりなんかくれ。水しか飲んでねぇ」
隊長は、破れかけた背嚢から堅パンを出して渡した。それをみた周りの物乞いが「よこせ」と群がってくる。「オレのだ!」「くれくれ」ひと握りのパンをめぐって、争いがはじまる。とうぜん荷車に目をつけた奴もいたが、全員が、現役で帝国に勝った生き残り。殺気だけで恐れをなして逃げた。
物乞いの話は要領をえなかったが、行く道で聞きかじった情報を合わせると、こんな感じのようだ。
勝つという預言を信じて戦を続行させようとした王を、皇太子が殺害。すぐさま王の座につくと門を開いて降伏する。王太子は、恭順すれば王の地位が確固たるものになると踏んだのだ。だが帝国は新王を捕らえると、家族や近い一族を虜囚とし、帝国に連れていってしまった。
「望んだ敗北とちがう。最低だな」
隊長は遠い目をして頭をかいた。僕らは、捨て石にした王都にいきどおり、僕らが生きる残るために負けを願った。もともと民は戦いを望んでない。王太子が願いをかなえたカタチになったが。ここまでの惨めな終わりなんか、望んでない。
僕らは部分的に勝利した。でもあれは、なにかの役にたったんだろうか。
「敗北したんだな。神たちが」
戦が、神の戦いというなら、人はなんの為に戦かうのか。
「神の望みと人とは違う。生きてることを喜ぶんだな」
祭司のイーツァが上機嫌に言った。敵兵からスって集めた小銭で袋はパンパンなせいだ。立場を有効につかって、もっとも高価な戦利品をゲットしてる。これはもう、ひと財産だ。
「祭司殿よ。その金は復興の足しにするのかね」
「命をかけて集めた金をか……まぁ検討くらいはしてもいいな」
ひらひら手をふって神殿へと歩いていった。自分ものにするなあれは。
隊長を先頭にして兵舎にいくが、そこは帝国兵に接収されていた。王家を守る近衛兵は、王家とともに帝国だ。軍の組織は崩壊していたのだ。
こうなると僕ら軍付きの奴隷はどうなるんだろう。人によって異なるらしいば、軍の奴隷はひとまず解放されることになった。約束を覚えていた兵士長が生き残っていた。
「ムズクムは帰っていいぞ。生き残れば奴隷を解放してやることになってたからな」
「それは、休暇ではなくですか」
「ああ解放だ。声がかかるかもしれないが強制ではなくなる。いままでご苦労だった。お疲れさん」
僕については解放されることになった。ずっと一緒だった戦友たちと握手。隊長たち大人たちには、元気でいろよ肩を叩かれた。ユディとは、あっけなく別れた。
「いい経験をした。ではまた」
僕はこうして軍務を解放され、家に帰れることになった。
帰った家はあたりと同じく荒らされていた。そうなるとわかっていたが、やはり、がっかりしてしまう。金目のものや食料は無し。唯一の財産は、かっぱらった戦利品だ。イーツァのことはいえないな。
父も母もいなかった。隣に住むオジサンがおしえてくれた。父は、母を犯そうとした兵に殴りかかって殺されたのだ、と。母もその場で殺害された。死体は、広場に集められてるらしい。
オジサンは娘を連れていかれた。よく遊んでもらったおねぇさんだ。むせび泣きながら、抵抗して殺された父を『偉い人だ』と、繰り返した。娘が助けて殺されればよかったと泣いた。殺されても、おねぇさんは連れていかれたはずだ。
広場で両親を探したが、死体はひとつもなかった。『死体なら裸に剥かれて埋められたぜ。疫病の元だからな』。疲れた顔の帝国兵がいった。神殿側にある共同墓地に埋葬されたと。
共同墓地は新しい土山だらけ。どれにも粘土板が埋め込んである。その中に両親の名をみつけた。墓があるだけマシで、裸の両親を見ないですんだのもよかったといえた。そう思って自分を慰め、墓に干し肉を捧げた。
家にもどったものの、入る気にならないらなかった。壊れた戸の前にたたずみ、これからどうしようか、途方にくれた。
「おうムズクム。さっきぶりだな」
「あれ? カルガナン隊長」
声をふり向いたら弓隊隊長がいた。本当にさっきぶり。兵舎で別れて、まだ日も暮れてない。シロウを連れてる。やあと片手をあげるユディもいた。
「もう隊長じゃないがな……お前の家か。さんざんだったな」
「両親も死にました」
実感はないがそうなんだろう。会ってなかった家族が、死んだと言われても、会えない時間が続行してるようなもの。墓がある。いつかは”しっくりくる”のかもしれない。
「お前13歳だよな。恐ろしく達観してるやつだなぁ」
「ほっとけよ。よくわかんないんだよ」
大げさに両手を広げて『呆れた』シロウに、ちょっとむっとする。
「男ならそれくらい割り切らんとな。そこで提案だムズクム。ユディを引き取らないか」
「ひきとる? ユディを? 家があるでしょ」
腰に手を当てて胸を張るユディ。これが彼女の普通だけど、どこか偉そうだ。
「屋敷を接収された末端の王属に、家が接収されたのだ。母は行方知れず父親は殺された」
「ちょっちょっちょ、待った」
素の表情で淡々と、状況を説明するように語るユディ。
やしきを接収された、まったんの王族が、接収???
よくわからないけど、接収の連鎖ってことか。
それは災難だったが、同情はするけど、僕が引き取るのは話が違う。こっちも手一杯で明日のこともわからないんだ。
「めんどうなら、大人の隊長がみればいいでしょう」
「わしは子育て経験がないそもそも嫁を娶ったこともない。孤児だったもので家族ってものの形態をしらんのだ。情けないが」
「僕は子供ですよ。食い物もないのに。男ふたりで共倒れです」
「男2人? ああ。そのウソはもういいぞ。ユディは女なのは知ってるから」
「それならなおのことです。男と女が、ひとつ屋根の下で暮らすなんてできませんよ」
子供といっても男と女。親がいなくなったから、2人だけで一緒に住むってことになる。それれは、結婚するのと同じ意味のわけで。普通は親同士がきめるものだけど……いない。僕はなにを言ってるんだ。
「なら結婚すれば良いだろう」
「………… はい?」
「できるだけの支援はさせてもらう。お前とユディのほっこり家族をわしに見せてくれ」
ほっこり家族って。子供のおままごとなら、いいけど。暮らしていくとなれば、ほっこりですまないぞ。
「ムズクムは、わたしと暮らすのが嫌なのか」
「そんなわけない。だけど、け、けけ、結婚て」
「け、けけ? あ――」
いいのか。それ、いいのか。勝手に結婚て。だめだろ。
「――問題はない。いつかするなら早いに越したことはない。その相手がムズクムなら死んだ親も喜ぶ」
「は――?」
「決まりだな。子供は急いでつくるなよ。食えるようになるまではな」
子供? つくる? どうやって? は? つくれるものなのか。
あ。どこかの鳥が運んでくるんだっけ。畑に成るんだったかな。
「気にするなムズクム。追々わたしにまかせろ」
「やはり女のほうが大人だな。良いカップルの誕生だ。わっはは」
「心配いらんぜ隊長。そこはオレ”愛の伝道師シロウ”も助言してやる」
控えていたシロウが、どんと胸をはった。おまえ。奴隷がなに偉そうに。得体がしれないやつだ。
「いっそう心配になるのだが。婚約からだな。ユディもあんまり先走ると逃げられるぞ」
「わかってる」
僕の頭上で、さまざまなことが、いろいろ決まっていく。
婚約? 結婚? 男女が暮らすってことだよな。暮らすとなにになるんだ?
「頑張れよムズクム」
「はい? ……はい」
王国が敗北したこの日。僕はユディと一緒に暮らすことになった。
数か月が過ぎた。このあいだに、相当な人数が、国から連れていかれた。高官、勇士、あらゆる職人と鍛冶師たちなど、偉かったり有用な人たちが、帝国へ連行されていくのを見送った。合わせて8000人余りだという。
僕は、壊れかけた荷車を直して、物を運ぶ仕事を始めた。復興特需とでもいうのか、請け負う仕事はいくらでもあった。運び賃は言い値で決められたが、頼んでくるのは知り合いだから、適正料金で請け負った。いまのところは、食うに困ることはない。
とはいえ、税はきつくなった。従属してたサハランよりも、きつくなった。帝国に支配されてるんだなぁと、実感した。
玉座には連れされた王の叔父、つまり前王の兄弟がすわった。ヤキメメタ・ゼツァイムという方だ。”ゼツァイム”は王家の意味。イーツァも名乗っていたが、かたりでないなら、あいつ王の息子か。まあともかく、王国は解体されなかった。
「よかったよ。王様が帝国の奴じゃなくて」
ユディと一緒に食事をつくる。朝はたいてい、麦粉を練って焼いたパンと水。乾燥ナツメヤシをのせると甘くなる。
水は土間の井戸から汲めた。飲みぎると腹を壊すが困りものなので、お湯にして冷ます。井戸のある家は少ないので先祖に感謝だ。
「ムズクム。王は、帝国の傀儡だぞ。師匠が言ってた」
食事をテーブルに並べながら、聞きなれないことを言った。
最初は、可愛い子が寝起きする事実に、なかなか慣れなかった。彼女は意外――みたまんま、か?――とおおざっぱ。自分の部屋がのに、そこらで着替えた。朝、僕のベッド
に寝てたときは、転げ落ちた。
どぎまぎ新鮮な緊張の連続だ。いまは少し慣れたが。
「かいらい?」
”愛の伝道師シロウ”は師匠となり、愛にとどまらず|万<よろず>なことを伝道。知恵をつけられた彼女は、よりいっそう、女の子像から逸脱していった。
傀儡は、帝国のいうがままにふるまう操り人形らしい。実権のない飾りの為政者。なにをするにも帝国のお伺いをたてる。
王は、玉座につくなり国中におふれをだした。
『王国が負けたのは、民の|ラシャイ<天の神>への信仰がたりないせいである。王家が弱かったわけでも帝国の神が偉大だったわけでもない。敗戦は天罰にほかならない。|マバック<戦いの神>の偶像に祈っておらぬか。|シャムカ<幸福の神>の神殿に供物をささげたりしておらぬか。|ラシャイ<天の神>はお怒りである。信心の足りぬ我らに。罰を与えた。負けという試練を与えたもうた。これよりは偶像を信じることは許さぬ。ひたすら|ラシャイ<天の神>の神殿を拝み奉るべし。神の許しを請い、王国をふたたび偉大にするのだ』
セントメディウムの神は4柱。みんな、季節や状況によって神の神殿に足を運んで、供物を捧げる。
勝負事なら|マバック<戦いの神>。不安なときは|シャムカ<幸福の神>。身内が亡くなれば、どうか引きずりこまないで、と|ゲヘノム<地獄の神>に乞う。|ラシャイ<天の神>は、位の高い全能神だ。
僕もだが、市民の多くは、気さくな|シャムカ<幸福の神>を信仰してる。前王は|マバック<戦いの神>に傾倒してたが、ほかの神を禁じたりしなかった。
帝国の神を強制されるよりはマシ。だけど心の柱が減った気分だ。
「これも、帝国が命じたのか」
「かもしれない。そうでないかもしれない」
水を飲みながら首をひねるユディ。
「でも楽にはなった」
「楽? どこが」
「貢物を捧げる神殿が|ラシャイ<天の神>いっこで」
ユディの前向きに触れるたび。婚約してよかったと思える。
僕たちは生きていかなきゃいけない。それなら楽しいほうがいいに決まってる。
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