4-04 セントメディウムから世界へ
最終話です
シロウの墓に花を捧げて、冥福を祈る。ユディは立ち上がると手庇をつくって、まぶしい眼下を一望した。
「ムズクム。木の実がいっぱい落ちてる拾ってご飯にしよう」
「そうだな。腹がへってるし」
配給食はいつも足りておらず、満腹になったためしがない。この丘も入植地での範囲っぽいが、廃墟となった町からは遠くて、手つかずだ。葦や低木の森である|湿地帯<アフワール>にはナツメヤシやクルミなど、木の実がたくさん成ってる。久ぶりに腹が満たせそうだ。
「楽しい野宿になるぞ。うん」
「野宿に楽しいはないよ。この先が不安でしょうがない」
持ちきれないほどナツメヤシを獲って食べた。
「ん。セントメディウムのと味が違う」
「生で食うのはひさしぶり。美味い」
甘いみずみずしさが口いっぱいに広がった。でもあんまり食べると腹が痛くなるのがな。2個でやめた。残りは日干しだ。あとでクルミも獲ろう。獲りたては食べれないので、外皮を腐らせるために土の中に埋め目印を立てた。処理は大変だけど旨い。たくさん作れたら売ってもいいな。
「あっちに小川があった。水が澄んでるといいな」
湿地帯なので水だけは豊富だ。でも飲めるって期待はできない。蚊やブヨも多いし。
「井戸を掘ろう。浅くていい。漉し水を飲むんだ」
よくポンポン思いつくものと感心するが、シロウの知恵らしい。あいつすげーのな。僕は、夜技だけだったな。ほかのことも教えてもらえばよかった。
僕たちが通ってきたけもの道を、誰かがやってきた。
「ここにいたか。見つけた」
「そろいもそろって。どうした?」
イーツァ。その後ろにはスカーフを撒いた2人。ひとりは妻だろう。しぶしぶ付いてきたのはハンナだ。
「その言い方はなかろう。お前たちが、殺したシロウを埋めるって聞いたから、因縁が深い小司たちが、見届けきにきたのだ」
「わたしたちが殺したことになってるのか。噂は怖い」
「因縁。シロウとお前にそんなのあったか」
ほぼほぼ接触なんて無かったろう。
「私は、正座させられて、こんこん説教されましたよー。水を飲まされ放置されたし」
ぼやいたのはハンナ。眠らせて放置されたって。あの水はシロウの常套手段なんだな。
「放置? 師匠に殺されたのか」
「生きてますから! 村の納屋に捨て置かれました」
「よく無事でいられたな」
「あやうく男に犯されるところでしたよー。目が覚めて、急所蹴って逃げましたけどね」
マンドレーク耐性あるんですかね、なんて笑ってる。襲った男の哀れな姿が目に浮かんだ。
「なのに師匠を冥福を祈りにきたのか。えらいな」
ハンナは素焼きの瓶を持っていた。その水を墓にかけながら、けらけら笑う。
「まさかー。生きていたら服毒させるつもりで来たんですー」
「毒なのか、それ」
「商売のことも教わったので半分は恩ですー。飲みやすく味付けしましたー」
美味しく味付けした毒が恩返しね。微妙だ。
「師匠は商売もできたのか」
ユディが食いついた。
「売り買いは不得意だったけどー、売れるものを教えてくれました。あと、頼まれても税金の取り立て代行はやるなって。そういう稼ぎ方があるのかって感心しましたよー」
やはりそんなところか。知識はあってもあの顔で商売は無理。造りの良し悪しじゃな感情が外に出すぎる。ユティと真逆だ。その点ハンナは感情を隠すのが上手。
「で、イーツァはなんだ。ずいぶん暑苦しげな服着てるけど」
「暑苦しいは無粋だな。まず、こっちは妻のナネットだ」
「こんにちわ」
「こんちにわ。しばらくぶりだな」
「こんちわ。よくこんなのに嫁いだな。弱みをも握られたか」
色馬車にいた少女のひとりだ。よくぞ妻になったものだ。
「小司をなんだと思ってる。失礼だろう」
「なんだといわれると……手癖の悪い似非聖者?」
「あのなぁ……」
「姉さんがくっつけれたの。身を挺して守ってくれたし、これでいいかなって」
「ナネット。お前なぁ」
分かってるねナネット。イーツァとはそれくらいの距離感がいい。
「お似合いの夫婦だな」
ユディも同じ意見だ。
「……まあいい。シロウは様々なことを書き残していた。特筆すべきは粘土板文字で、リーディア文字に翻訳したのが丸々みつかったのだ」
「翻訳? ユディは知ってるか?」
「わかる。文字を教わるのに使った。『教科書』とか言ってた。力作だぞ」
かなりの数の粘土板が、10台以上のラクダ車や馬車の床に敷かれてたという。手間をかけた資料は、棄てることもできず残したようだ。イーツァはシロウの墓に膝をつき感謝の言葉を捧げる。
「天啓だった。神と現実の狭間に迷っていたこの身は感銘を受けた。有志を集め、知りえた史実や思い集め、文字にするのが務めと知った。偉人シロウを敬い生涯をささげると、小司は誓おう」
毒水に濡れた墓に祈りを捧げる祭司とその妻。シュールである。
ユディと僕は顔を見合わせる。
「……師匠」
「……シロウ」
シロウのヤツ。命を懸けて世界の激変を止めるんじゃなかったのか。あれだけ熱く語ったのにとんでもない墓穴を掘ってたか。
「小司は聖堂に戻って早速仕事をはじめる」
「聖堂。そんなもの建っていたか」
「初めの住人が作った。石づくりの廃墟をキレイに直して立派なものだぞ」
「私も帰るー。近いうち店を開くから寄ってねー」
イーツァ、妻、ハンナは丘を降りていった。
「……みんな前向きだな。楽しそうだし」
目標があるせいか。生き生きしてる。
「ムズクムも楽しめ。放浪や戦争してるより、ずっといい。見てみろ」
大きく腕を広げて|湿地帯<アフワール>の向こうを指した。捕囚から解放され、ここに送りつけられた人々が働いてる。廃墟には手が入り、道ができていく。まだみすぼらしいものの、規模だけなら町といっていい集落ができつつあった。
森に入った男たちが葦を刈りとる。リレーで運ばれたそれは建材として、いくつもの山ができあがっていく。
「耕した土地はもらえるんだぞ。最初は葦しかないけど、家を好きに建てられる。3部屋あるといいな。客間に寝室に、子供部屋。あ。子供はたくさんほしい。10人でも20人でも。あーー部屋が足りない」
両手でグーをつくって、嬉しそうだ。身体の全部でワクワクを表現しきれないカンジだ。|湿地帯<アフワール>は競争になる。あの刈られ具合じゃ、ひと月かからないで消える。
「そうだな。葦の刈り跡は焼き払って畑にするか。麦と、ほかにも植えよう。日照にも雨にも強い作物手ってなんだろう。畑もいっぱいいっぱい広くしたい」
「悩んでる暇なんかないな、ムズクム」
国はなくなった。神殿もなにも壊され、神のおわす場所がきえた。神のことは忘れてなかったけど、べつに、特定の場所にいなくても祈りは捧げられる。
やにより、僕たちは今日を生きていかなければならない。
誰ともなく、人々から歓声があがった。
―― セントメディウムから世界へ!
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そして、お疲れ様でした。




