4-03 シロウの死
主犯のオトムは帝国兵らに連行された。あいつは、自分を亡国の王子だとのたまった。事実かどうかは知らない。国は滅んでるので確かめる術がない。生き残りの民はどこかにいるだろうが、離散した人身を探すなど、帝国は手間をかけたりしないだろう。
オトムの真意はわからない。けど、恨みは本気だった。国の滅亡に関わった、あらゆる人を、破滅させたがっていた。
恨みつらみは世の常っていうけど。どこかで見切りをつけないと、生きてはいけない。捕囚のされた僕らもそう。生きたいなら忘れないと。終わりと始まりの線を引くんだ。
「ここらでいいかユディ」
「いい。師匠はぜいたく言わない」
肉は朽ちて骨となったシロウを入れた壺を抱えて、見晴らしのいい丘に登った。そうしながら、女性たちを乗せた馬車がさらわれ、事態が収まった朝を思いかえした。
僕たちは、馬車に繋がれた台に伴走していた。ごとごと、がったんがったん。台に揺れる板には、シロウが寝かされてる。
水を飲んで倒れたきり目を覚まさないシロウを、ただでも狭い色馬車に放り込んで、捕囚の列まで運んだ。水浴びもしてないらしくかなり臭った。|住人<女性>たちには、非難ごうごうだった。置いて行こうかと本気で考えた。ユディがいなければそうしていた。
シロウは、列に合流するなり馬車を下ろされた。デカい男を背負うなんてできないので、張り合わせた割れ板に乗せ、馬車に縄でくくりつけ、ひっぱることにした。
石にぶつかるたび板が跳ねる。僕、ユディ、隊長とで交代し、落ちないように見張ることにした。
「……星の、爆発した星の欠片が……急回頭……間に合わない…………?」
なんの夢だか。こちらにも恐怖が伝わるほど、けたたましい悲鳴をあげて、シロウは目をあけた。
「ようやくお目覚めかシロウ。寝言は静かにいうものだ。馬の嘶きより騒がしいぞ」
隊長が耳をふさいで呆れてる。
「ん? 第二艦橋、じゃない……|主殿<カルガナン>さんか。あー……」
「そうだ。だいにかんきょう とやらでなくてすまないな」
シロウは、起きがろうとして体を横にする。腕力が足りないらしく、思うように動けず、半身があがらない。頭をあげるのも辛そうだ。戦では大楯を降りまわした男が、老けたものだ。あのときも年寄りだったけど。
「力が入らん」
だいぶ疲労してるな。うごく板の上でも、起きるくらいできそうなのに。あきらめたシロウはまっすぐ空を見上げた。
「ほかの四賢者はどこだ」
「よんけんじゃ?」
「まだボケてるのか。妄想だムズクム。みてろ。暗殺とか言いだすから。妄想も独創的なら売れるが、場末の吟遊詩人も買わないぜ」
シロウの考えはいつも突飛だけど、暗殺なんて物騒なことは言わないかった。
「……暗殺にいったのは覚えてんだが。マンドレーク水を飲んでから記憶なしだ」
「ほらな」
隊長が片眼をつぶる。ホントにいったぞ。寝ぼけてるようには見えない。いやボケてるのか。老けもここに極まり。水にはマンドレークを溶けこませたとか。ぐっすりのはずだ。
「ユディィー! お前の師匠が目を覚ましたぞ」
「そうか!」
ユディを呼んだ。彼女は、歩く仲間たちをまわっては疲れてないか気遣ってる。自分のことを後回しする姿はリーダーの鏡だ。ユディはやってくるなり、水をしみ込ませ麻布をシロウの額にあてた。
「……ありがたい。熱波が遠のいていく」
妬みたくなるほどかいがいしさだ。
「師匠、容体はどうだ」
「ああ。楽になった。ずっと看病してくれたのか」
ユディは、一所懸命な役目の合間にも、辛そうなシロウを看病。落っこちないように見張ってるだけの僕とは大違い。隊長がフォローする。
「そうだ。ムズクムがむくれてしょうがなかった」
別にむくれてない。妬ましいだけだ。
「そうか……オレはなにをやってんだろうな」
「師匠か。自分の作った眠る水を飲んで倒れた」
その通り。言葉にすると間抜けに聞こえる。マンドレークは木の根っこみたいな薬草だ。痛みを紛らわせたり眠らせるが、摂りすぎると危険なので、薬剤師しか使わない。地面から抜くと死ぬほどの叫び声をあげるというのは迷信だ。
「銀河をすくう最期のチャンスを棒にふっちまった」
「うわごと言ってないで寝なよ師匠。道はまだ長いぞ」
「いや、言わせてくれ。気が済むまでしゃべったら。そのときは、逝くからよ」
どこに行くんだ。立てもしないくせに?
それからシロウは、誰に聞かせるでもなく、一方的に話しはじめた。
「東西に分かれて宗教戦争がおこった。歴史では、なんどもなんども勃発してきたが、人類は滅亡寸前だった。
オレが生まれた宙域の宗教は無神論に近い『八百万の神』だったが、そのせいで、東西どちらからも標的にされた。戦える者はみな軍務につかざるを得なくなった。
戦争は激烈だった。たがいの母星を潰しあわれ、居住惑星のすべてが攻撃対象となる。とうとう、戦艦で戦っていたわずかな人間が、最後の人類となった。
戦いを始めた国や人は死んでいた。そこでようやく後悔する。自分たちはなにをやっていたのかと。
かねてより開発していた時空移動装置が完成。発端となった宗教の成り立ちを邪魔する方針が打ち立てられる。10代全員に白羽の矢がたった。20世紀動画しか興味のないオレもだぜ。まいったぜ」
意味不明だ。なにひとつ分からない。ただ、空に浮かぶ星までける船があって、その船で戦争をしてるというのだけがわかった。規模の大きな海賊同士の戦いみたいなものだろうか。
「師匠。たいへんだったんだな」
「ユディは、わかったのか」
「点にしか見えない星に人がいる」
鋭い洞察を示すことがあるから、それを発揮したのか思えば。僕とどっこいだ。
シロウは目を閉じて続ける。
「捕囚はよくおこった。権力者による人口集めだ。史実前からあったというから、いまこれが最初でも最期でもない。けどもよ。史実に残った民族はセントメディウムだけ。ほかは離散だ。なぜだかわかるか」
一生懸命に言葉をつなぐ。貯めこんだ何かを吐き出すように。埃を掃いて住処をキレイにするかのように。何度となく『れきし』って繰り返す。
「聞かれてわかるか。なんでだろ。特別なのか」
「少しは考えてやらんか。うーむ。わしが思うに。がんばったんだろうよ」
そういう隊長だって考えてない。
「残ったというんだから、何か残したのか。足跡とか」
「おまえたちのんきだな。足跡なんか残るか。残したのは記録だ」
「記録? 記録ってなんだ。粘土板の文字か」
「くさび文字は記号にちかくて読みにくい。進化したリーディア文字だ。それで植物紙のパピルスに書き残した。大本にこの捕囚がある。世界を激変させた」
リーディア文字って。まえにユディが教わったやつだな。
「旅を書いただけで激変はおおげさだ。ただ長いだけの旅だぞ」
「旅のさなかにユディ、なにかしなかったか?」
「わたし? なにかしてたか?」
ユディが首をひねった。変わったことはしてないけど。思い当たることは。
「……夫婦の営み?」
「僕も同じこと思ったけど、人前で言うなよ」
まさにシロウ直伝の営みだ。濃厚な夜を思い出したユディが真っ赤に染まる。
「ごごめん。あとは、し、神殿の方角に祈るとか、安息日は何もしないとか。くらいか」
「それだ。みんな真似してなかったか」
「してるな。だんだん広がって最近じゃ、全員で同じ時間に祈ってる」
あれは壮観だ。朝日や夕日に全員が祈りを捧げる光景は。
「そいつだ。セントメディウム人は神殿を失った。そのせいで、一神教と律法に固執することになる。そこに、習慣やらが強固に結びついて、神話や逸話で強化されていった」
ただの祈りだ。別に、そんな大げさなもんじゃないけどな。
「後にラビと呼ばれる祭司たちが、まとめてくのさ。習慣も、明文化されれば立派な法。口伝歴史、民話、戒律が融合して、読みやすい読み物になった。宗教色を帯びたそれは、考えや記録なども入った書物になって、たくたんの写本ができる。お前たちの子孫は、それをもって散らばった。世界のあちこちに散ったが、宗教というアイデンティティはブレることがなかった。それが母体になって二つの大きな宗教が生まれ……」
なんかすごい話になったな。僕らはいまのところ離散してないけど。シロウはその先が見えてる。ホラでなければ。
「世界か。セントメディウムから世界へ……か」
「あー。ユディが戦場で言ったセリフな」
「兵士の間でひろがり、いまでは、酒を酌み交わす合図になってるぞ。わしもつかう」
隊長が、酒を酌み交わすジェスチャーをしてみせた。
それをみたシロウが、話すのをやめた。
「もう……オレは疲れた」
そりゃ、がたがた跳ねる板に乗ってんだから。歩くほうがましだ。
「少し寝たほうがいい」
「元気だしなよ師匠。そのうち旅も終わる。新しい生活を始めるんだ」
シロウが独り言をはじめる、今度のは声が小さく、何を言ってるのかわからない。
「……やることなすこと、失敗だった。何度も何度も……遡ぼって潰しても捕囚は必ずおこり、指導者が登場する。今回は、芽の小さなうち、全員を排除した。ヤヨクの町の兵士。有力な商人。利口な王族。頭の切れる祭司。目端の利く若者。暗殺したり眠らせて現われないようにしたり。アイサッタにはそれとなく現状の王都が素晴らしさを知らしめた。今度こそうまくいくはずだった。4000年以上も昔のことで、個人が特定できない。何千となく書き写されたこともネックとなった。パピルスから羊皮紙、植物紙、活版印刷。ときの権力者の思惑による改ざん、別言語へ書き起こしにおこる誤訳、膨大な版から整理するための取捨選択。やっと、たどりついた完璧な答えだったのによ……」
一息ついて、横を行くユディを見た。
「ユディ。お前はなんだ?」
なんだもなにも。ユディはユディだ。疲れて頭がおかしくなったか。
「? なんだなにもユディだ。付け加えるならムズクムの妻。むふふ」
「はぁ……タイムループは過去への一方通行。回数制限はない。いつ行ってもいいが、寿命がくるまでだ。今回が323回。いいかげん嫌になる」
「たいむ るーぷ なんだそれ」
「なあ。もし死んだら眺めのいい丘に埋葬してくれ」
「バカ言ってないで寝ろよ」
「そうだな。あと一回……次こそ」
シロウは目を閉じた。それきり言葉を発することはなかった。僕たちは誰も何も言わず、板と並んで歩いた。シロウの息が静かに止まったことに気づかなかった。
「ムズクム。師匠『たいむ るーぷ』に行ったのかな』
「いくって言ったし。行ったんだろ」
穴を掘って骨を埋め、大き目の石をいくつも重ね置いた。ユディは倣ったリーディア文字、『偉大な師匠シロウここに眠る』と刻み付けた。




