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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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4-01 捕囚の地




「ユディ。帝都ってもうすぐなのか。セントメディウム出てえらいこと経ってないか」

「まだまだ遠いってカティーブがいってた。あとひと月はかかると」

「……まだそんなに。二度と旅商人の悪口はいわない」


 旅商人の運ぶ品は高価で一つで家がたつ値がつけられることもある。それを僕はあこぎな商売だと、胸くそわるく思っていた。そんな思いは抱くことはない。これからは、旅商人の苦労をねぎらい、もっと高くてもいいのだよと賞賛を送ることにしよう。


「それがいい」


 西と北には海があり、東には砂漠。住めない砂漠を囲んで湾曲した地域を、僕たちはラム・ナハラと呼ぶ。その中心地には覇者の都があるのが常。今はそれが、ビロロン帝国の帝都になってる。それがもう、気が遠くなるくらいはるか東なのだ。その長い長い道中は帝国の領内。村や町や、季節すら移りかわるのだが、まだ帝都はさきだという。


 兵士に守られた捕囚の僕たちは、死にそうな事件に巻き込まれたが、それ以外は、安全に旅を続けていた。物語にあるような、盗賊に襲われる事件もなく歩みを進めてきた。


 帝都のビロロニアは遠い。いくら言っても言い足りないくらい、果てしなく遠い。もしかしたら、永遠に着かないかもしれない。歩いたまま朽ち果ててしまうんじゃないかなんて思いが、毎日のように頭をよぎった。


 太陽が昇っては沈む。頭上を月が周回する。歩いて歩いて、考えることもなにもなくなる。砂漠の砂を、風で転がる細枝になった気分だった。


「セントメディウムの小ささが、否でもわかるな」

「小さくないぞ。ラム・ナハラが広すぎるんだ」

「やっぱ旅商人はエライ」


 旅商人はこんな途方もな遠方を行き来して品物を運ぶ。尊敬するしかない。もちろん、品は買わない。手が届く価格じゃないけどな。


「止まれ。今日はここまで。馬に水をあたえろ。リーダーは住民の点呼」


 兵長から型どおりの命令が飛ぶ。やれやれと馬車から降りて腰をまわすキロル。配給のパンをもらいに競争する子供たち。|頸木<くびき>外した馬に草をはませる馬飼い。


 僕も班員の顔を確かめにまわる。昼夜をともにする50人だ。全員の状況は、歩きながら把握済み。


「みんな元気だな。ドースムは」

「おぉ、足が痛くて歩けん」

「よし、いつも通りな」

「おいっ!」


 いつもの軽口の応酬に、疲れた笑いがおこった。出発してから一人も欠けてない。


「兵長! カダブ町ムズクム班、問題なし」

「おー。了解した」


 班はリーダー名で呼ぶのが定着。背負い袋を地面に置き腰を下ろすと、ユディが水袋を渡してくれた。


「ほら。ムズクム」

「わるい。うんユディの水が最高だ」

「どれも同じだろ」


 彼女も水を飲みながら隣に座る。そろそろ6か月になる。まだひと月もこんなのが続くのか。足の豆が硬い。潰れては治りを繰り返して丈夫になった。もう、サンダルなんかいらないくらいだ。


「楽しいなムズクム」

「うん?」


 草をはむ馬の影が夕日で長くなっていく。焚火の匂いと煙。夕飯を準備する奥様がたの痴話話。子供たちのはしゃぐ声。兵やリーダーたちが乾杯する声。

 ユディの肩がくっついた。


「……まぁ。そうかな」







 道程が7か月目にかかったある日、帝国兵が叫んだ。


「塔がみえたぞ。もうすぐだ」

「塔?」


 それは屹立した山にみえた。はるか遠くに霞んで、地平線にぽっかり一本だけ立ってるのだ。兵が笑いながら塔を指をさす。


「ゴールだ。あれが帝都だ」


 すぐにでも到着かと思ったが、そこからが遠い遠い。歩いても歩いても、近づいてこないので、目の錯覚か、蜃気楼と疑ったほどだ。本当に実在する建造物と信じられるまで3日も歩いた。でもまだ遠いが。


「……これは」


 僕たちは絶句した。そうするしかなかった。


「ふふん。見たか? あれがエルシャロムの塔だ。みんなビロロの塔って言ってるがな。完成すれば天におわす神を訪問する。すげえだろ」


 大河といくつもの支流に造られた広域な畑。その終着にそびえる見上げるような建造物は天まで届きそうだ。いや届くために作ってるのだ。訪問された神はさぞや驚くだろう。いまでもすさまじい帝国の威光は。神に会ことで、さらに強力に。この世のすべてを治めるかもしれない。


「わたしたちも登れるのか」

「とんでもねぇ。俺だって登ったことがないんだぜ。異郷の神の信者は目が焼かれるっていうから、機会があっても登らんほうがいい」


 だろうな帝国の神は敵だ。塔の神が|ラシャイ<天の神>なら歓迎してくれたろうけど。


 ん?


 空には|ラシャイ<天の神>もいるんじゃないのか。いや、神たちはたがいに仲が悪い。いるならば、セントメディウムの上空。でも空は繋がってるしな。うーん。


「そうか。でも神は|ラシャイ<天の神>だけになったぞ。帝国の神は、名まえ違いの|ラシャイ<天の神>なのかな」


 なるほどたしかに。ユディは面白いことをいう。


「そんなわけあるか。『神はひとつ』はお前らの王が言ってるだけだ。皇帝閣下に目玉を繰りぬかれた王がな」


 捕囚の原因になった反乱計画だな。王をはじめ王家がみな虜囚となって、王家がなくなったんだが。セントメディウムは終わってない。

 みんなで神殿の方角に祈っているからか。同じ町の、同じ習慣の人でごっそり一緒に旅をしてるせいか。セントメディウムは続いてる気がしてるんだ。


 塔まで遠かった。あんな大きく見えるのに、それからさらに一日歩いた。安堵した兵の顔つきが、近づくにしたがって、厳しくなった。


 だがおしまい。これで旅が終わる。

 帝国の都に到着した。やっと。





 王国の数倍はある城壁の入り口には、長い列ができていた。


「止まれぇ!!」


 言われなくても止まる。先がつっかえて進みようがない。


「お前たちは、ここで仕分けされる。おおよそ町ごとでわかれる。呼ばれた者は、列をつくって待て」


 町ごとか。粘土板の名簿が元だな。あの文字の読めないオトムを騙した名簿だ。懐かしい名まえを思い出した。ヤツは生きてるだろうか。


「ユディ。名簿にあるのは人数だけって言ってたよな」


 声をひそめてユディに確認する。文字の読める人は希少だ。兵ですら読めるものがほとんどいない。書いてる事実を知られたら、ただではすまない。


「心配しなくてもムズクムもわたしも、名まえが書いてあったぞ」


 え? なんで。


「うそだろ。あんなちっちゃい粘土板に。全員ぶんあるわけないだろ」

「それがあるんだ。王家や兵士でないのは1字に略されてるけど」

「1字……。同じ名まえの人はどうすんだ」


 僕の名『ムズクム』や『ユディ』は珍しいので重なりにくいけど、ハンナとかエドとカイルなんて、山のようにいるぞ。どうしてるんだ。そう聞くと、顔や体の特徴はウソだけどといって舌を出してから、こういった。


「点をつけたり工夫してる。思いつきで描かれた模様も多かったな。あれを読み取るには神の目が必要だ」

「それ、文字としてどうなんだ」

「だからこそリーディア文字だ。25模様だけで言葉すべて再現できる」


 ぐっと両手で拳をつくる。


 馬車から降ろされたたくさんの粘土板が、積み上げられ、いくつもの小山ができあがっている。それを帝国の文官が数人がかりで読み解いていくのだが、すでに頭を抱えてる。頑張れ。


「一人でも死んだら首が飛ぶんだったな。女が何人も死んだよな。どうなるんだ」

「わたしの知るところじゃない」


 ユディが無表情で言い放つ。そりゃそうだ。

 帝国兵は知り合いだらけ。仲良くなった人が、亡くなるのは痛ましいが。僕らがどうにかできることじゃない。なるようにしかならないんだ。


「いまさら何を言ってる」

「イーツァじゃないか。ひさしぶりだな」


 偉ぶった人を『木で鼻をくくった』ていう表現があるが、言葉にぴったりの知り合いがいつもまにか来ていた。


「オバはんらの名まえは、サラ、ミカ、カヤだ。道中、生まれた子供に同じ名まえをつけるとアッガが提案し、カティーブが乗った。死んで生まれて。人の数は変わってない」

「そうだったか。なるほど」


 マジでなるほどだ。


 ライムが産んだ娘はカヤと名づけた。アイサとかサラといった人気の名まえは、うちの町だけで5人いる。町長の息子め、うまいこと隠ぺいしたな。


「動いたぞ」


 列がつっかえつっかえ、進みはじめた。当初、言い渡されたとおり。捕囚11万人は、住処を分けられる。腕に技をもつ大人たちとその家族は帝都へ行く。レンガ職人、大工、設計士。都市の食料を支える農家。牛飼いに羊飼い。なんでもできる健康でたくましい男たち。列の後方へ並びなおした。


 セントメディウム以外から来た人もいる。サハランやリーディアで買われた奴隷が、馬車の檻で運ばれていく。塔を建造するには、いくら人がいても足りないらしい。


 ぽつんと置かれたテーブルにならぶのは新婚夫婦。道中に結婚した者たちの申請受付だ。出会いがあれば別れもある。馴染みになった人たちが、別れを惜しみ抱き合っていた。


 僕たちも呼ばれた。


「そのほかのカタブ町の連中は、こっちだ」


 ここまでずっと一緒だったカティーブ兵長が手招き。決められた土地があるそうだ。案内するという。


「着いたぞ」


 王都から半日ほど歩いたところだった。遠いけど、7か月に比べれば近所だ。


「ここは昔、町だった。井戸の跡がそかしこにある。よかったな」


 みんなが呆然とした。僕もだ。


「井戸の跡……何もないですね。どれくらい昔ですか」


 見渡す限り、葦やら細木しかない。どこが町だと目をこらすと、木々の埋まって壊れた廃墟が点々としてる。


「さあな」


昔は人が住んでいたのだろう。朽ち果てるほど昔には。 棄てられて植物に浸食された地は原生地よりも荒んでいた。


「こっち方向で塔が見えるとこなら、どこでも、好きにやっていい。3年は種もみを渡す。食うも植えるも自由だが、畑に撒くことをおすすめする。5年たったら税を徴収する。がんばれ」

「畑って……」


 どこにだ。撒いた種が成るような素敵な耕地。見当たらない。


 家は1から木を切り倒して作る。それには技士や大工が必要だ。荒地を畑にするのもたいへんだ。森なら切り開いて伐根する。土も気候もセントメディウムとは違うというのに。それをやるのか。木こりも農家も、技術者という技術者は、ほとんど帝都に接収されたのに。


「こりゃ……わしらに死ねいうことか」

「農具や工具、武器にりそなもんは、みんなとりあげられたぜ」

「呼んでおる。死んだ婆さんがワシを呼んでおる……」


 打ちのめされてる年寄りたち。名物爺さんのヒレルは「花畑がみえる」と空を拝んだ。


 楽観していた。捕囚中は、食いものが保証されていた。捕囚された身に、豊穣な大地は期待してなかったが、せめてもっと、生きやすい地があてがわれる気になっていた。アッガがカティーブにくってかかる。


「兵長さんよ。お、オレらに死ねと言うのか」

「いぃや。飼い猫暮らしが終わったことよ。よかったな」


 甘えた部分を突きつけられた思いだ。

 突然、西風が吹いた時の、あのかすかな海の香りが、懐かしくなった。欠けた壁の家。堅パンの積まれた露店。荒らされて、ぐしゃぐしゃだろうけど、生まれ育った故郷に。国に。帰りたい。


「逃げようとするなよ。殺したくない。力をあわせてうまくやれ」


 廃墟には、すでにあくせく働いてる人々がいた。何日もまえに到着した、ほかの町の連中たちだ。早い者勝ちで、有望な土地は確保ずみらしい。残ってるのは荒地と湿地の森。町の力を合わせないと、どちらも、一夕にきり拓けるものではない。


 しかも僕たちが最後ではない。捕囚はまだまだ、列をなしてくるのだ。

 逃げるなといわれたけど。兵士はすくない。逃げて、生きるに適した土地を探すこともできる。北は未開。南は砂漠。神を信じて放浪する自由の旅だ。


「あの宿舎にオレらは住む。面倒はおこしてくれるなよ。信じてるからよ」


 立地のいい林に建物が規則的に並んでる。セントメディウム人を監視する駐屯宿舎だ。カティーブは、バデレコら数人を残していってしまった。申しわけなさそうに顔をそらしてから……ふり向いた。


「言い忘れた。半月だけ、配給をあてがう。今夜の分から取りに来い」


 町長がひざまずき深々と頭をさげた。いや、ひざまずいてうなだれてるのだ。頭をあげれないほど、打ちのめされてる。息子のアッガとその妻が背中をさする。彼らも途方にくれていた。


 ここが新天地か。ここがユディと生きる土地。こんなところが。しょせんは捕囚された民。戦にまけ、反旗を翻した王家は滅ぼされ、能ある人々を獲られた。僕らはセントメディウムといわれた国の余り物だ。生きる価値などないのかもしれない。


「いいな、ここ」

「ユディ?」


 聞き間違いか。いいなって聞こえた。


「森があって、斬新な都市が見えて、見渡す限りの耕しきれない地面が広がる」


 目を輝かせる我が妻。信じられないくらいポジティ思考だ。


「こんなとこの、どこがいいっていうんだ」

「いいかムズクム。ここは昔は町だったんだぞ」

「そう言ってたな。廃てられ落ちぶれた町って」

「落ちぶれたんじゃなく、もっと良い土地をみつけて移ったんだよ」

「なんでわかる。滅んだんだよ」

「良いほうに考えよう。昔は誰にもわからない。移って築いたのが、いまの帝都になったんだよきっと」


 あそこはラム・ナハラの中心地。古から、奪い合いを繰り返された地だ。あたりに町の残骸があっても不思議じゃない。人が暮らしていたからには、それなりの土地だったのだろう。廃墟だけど。


「町だった実績があるんだ。素敵に住めるにきまってる。それを好きにぼじくっていいっていうんだぞ。これ、|ラシャイ<天の神>の思し召しっていわないか」

「僕は、セントメディウムのほうが良いい」

「いつかもどれることもある。帝国が滅んで、誰か強烈な指導者がでてくるとか」

「おまえは……なんか気が楽になってきた」


 僕らのやり取りに耳をそばだてていたのだろう。しかめ面の老人たちの、眉間のしわがとれ、騒ぎ始めた。


「おお! 救いの指導者が現れるとな」

「……いつか、どっかの預言者が言うとったような」


 え?


「ホントか」


 ウソだろ?


「それまでの辛抱か」

「一時の住処か、そうみれば、悪くないように思えてきた」

「そうなら、こうしちゃいられない。」


 それがまわりに伝番していく。慌てて駆け出し、手のついてない土地に入り込んで、「ここはワシのもんだ!」と宣言合戦が繰り広げられていく。みんな単純な人だった。


「師匠はどこがいいだろうか。ムズクム。どこが喜ぶ?」

「あ? あーーーー。えーと」


 忘れていた。迷惑なこと言い残しやがって。見晴らしのいい場所に埋めてくれなんてな。

 シロウは死んだんだ。



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