1-03 隊長の采配
「わかりました。祭司さまの意を汲んで、すこし考えましょう」
「頼んだ。小司は疲れた」
小司のイーツァは、ごろんと砂に寝ころんだ。宗教の伝道師にあるまじき、だらしな恰好だ。
一方の隊長は目を閉じてる。それからしばらく黙り込こんで、目を開けた。
ごほんとせき払いする。思い切り拳を天につきあげた。
「死地に、いきたいかー!?」
生き残り全員への問いかけだ。兵士は一様に首をふって否定を示すが、ふりが小さい。王の言葉は神の言葉。天が死ねというならその死には意味がある。命をささげた先が無ではなく、神がおわす天に召されるのなら。とはいえ怠惰な肉体も捨てがたいもの。そんなせめぎあいがみてとれた。
「ぷーーーーっ!」
深刻ぶる集団のなかで、シロウだけが吹き出した。手で口をふさぎ腹を抱え、肩をふるわせ、笑いをこらえてる。
「す。すまない……つ、ツボにはまってな。NYに行きたいかノリが頭をよぎって」
「つぼ? 壺がどこに」
「い、いうな……ぷぷ」
なんだ、えぬわいのノリって。言ってることがわからない。
隊長はあげた拳をふりまわした。なんだか行為が子供っぽい。ニヤケてるし。
「わしは正直なところ死にたくない。命に未練はないがせめてあと23回、酒と女に溺れてから死にたい」
「たいちょーよ。そういうのが未練っていうんだ」
「そうか。ひとつ利口になったわ」
隊長が頭をかいて、あははと笑いの波が広がった。場の空気がなごんだ。せき込むくらい笑ったシロウが目立たないくらいに笑いが渦になった。僕もおかしかった。
「忌憚ない意見をとる。退くことなく死なない方法。よい考えはないか。だれでもいい」
ユディが、一番乗りで、はいはいーと手をあげた。
「王国でも帝国軍もない明後日の方向へ逃げて、ほとぼりがさめてから帰還するのは」
「だ、黙ってろ」
「なぜだ。忌憚でだれでもって隊長はいったぞ」
僕は慌て、手を下げさせた。子供が出張っていい場面じゃない。肝の据わった隊長だ。余計なことをいえば殺される。
「よい。歴戦の大人のなかで真っ先に答えるか。気に入ったぞ小童。おぬしの意見だがそれは逃亡となる。王命に反すのは神に反らうに等しい。それにだ、足の遅いわれらでは一両日に帝国の騎兵にみつかるだろう。やつらは逃兵を嫌う。裸に剥かれて全員が殺されるだろう。ゆえにその案は却下だ」
「裸かそうか」とユディは意見をひっこめた。僕はじっとユディをみつけその素肌を想像した。
「どうした?」
「あ、いや、逃げるというのが意外だったから。お前、戦いたかったんじゃないのか」
「ボクは、戦場に興味があっただけで、戦いたいわけじゃない」
戦場に来ること。戦うこととは一緒だと思うんだが、ユディには違うんだな。ともかくごまかすことはできた。
「ならば逃げずに投降するのは。帝国は強敵に寛容ともいうぞ」
奥の弓兵がいった。
「奴らが敬意を払うのは、存分に戦って屈服させた敵だけだ。戦中に投降した敵は腰抜けとして、命だけは助かるが奴隷よりむごいあつかいだな。王を裏切ることにもなる」
屈服させた敵なら、半死半生じゃないか。そういう気性のが生き残って戦闘国家になっていくんだな。
歴史はあまりしらないが、戦って奪って、敗れた国は滅ぶ。滅ばないで残った小国が戦いあって、中くらいの国になり、大きな国になる。
この|ラム・ナハラ<世界>でいま強い国は2つ。南西にある砂漠の大国サハラン。そして北西から東にまたがる帝国ビロロンだ。
僕が生まれて育ったセントメディウム王国は、東には海を、南北に通じる路道として発達した小さな国だ。小さいくせに、王国は北と南に分裂した。北のほうは大国に徹底抗戦して滅びた。
|セントメディウム<弱い小国>が生き残っているのは時々の巨大な国に属して護ってもらっていたから。現にいまはサハランの傘下。租税をむしりとられるかわり、命は取られない。
「あーと。自分は奴隷ですが。意見してもいいですかね」
「奴隷でもかまわない。意見があるなら申してみろ」
シロウが手をあげた。蹴られて傷だらけだったのに、ピンとしてる。分からない男だ。出しゃばりがすぎて反感を買ってるのに、まだ意見を出すなんて、ユディ並みの度胸だ。
「帝国は、サハランからセントメディウムをきりとろうってしてますよね」
「その通り。奴隷のくせによくわかってるな」
「どうも。で。帝国としてはうちが邪魔なら平らげるでしょう。ですが使えるならば、そっくりいただくほうがお得となります。ちがいますか」
「お得か。うまいことをいう。貴様の言いたいことはわかる。帝国とわが国とのあいだで、なんらかの手打ちがある。そうみてるのだな」
「お察しのとおりです。まぁ、帝国の勝ちはきまりでしょう。あっちさんは適当に戦ったら砂ネズミもはい出なく王都を包囲する。力をみせつけて圧倒的有利になったところで、王家と話し合いに持ち込む。満足いく回答。おそらくサハランから鞍替えするって条約を受け入れらせ、奪うものを奪って戦いがおわる。そんな算段かと」
「|ゲヘノム<地獄>におちろ奴隷めが。|ラシャイ<天の神>、|マバック<戦いの神>|シャムカ<幸福の神>、有力な神のおわす王国が負けることはない――と、王やエライ祭司なら言うかな」
小司どのが反論する。王の意見というが、だまっていられない性分みたいだ。ただし、だらしなく、肘を枕にしてるだ。
「だれが言い勝つと思う?」兵らのあいだで賭けがもちあがる。3人のうち誰が勝つか。一番人気はシロウ。オッズは1.2倍。隊長が2倍で、小司殿は大穴10倍だ。隊長は、しかめ面で、賭けを黙認した。
お金があれば賭けたのにとユディは残念がる。戦場でなにをしてるんだ。
「仮にですよ。相手が神をも恐れぬケンカなれしたチンピラとして、祭司どのひとりで5人に勝てますか。この場合だと、あっちはあっちの神さんがついてます。神の力が五分五分とすれば、勝負を分けるのは人の強さでしょう。それでも勝てますか?」
「ご威光は王国がすぐれてる――と、エライ祭司なら、あんたを処刑するよ」
「ですかね。神は平等。いやあ。うちの神はむしろ可愛い子には試練を与えるタイプとお見受けします。成長してねって千尋の谷に突き落とす神。思い当たるでしょう」
「なるほど……神の冒涜する意見だけど。おいらにも分かりやすい」
おいら? 品性がさがったような。この祭司、そっちが素か。
「祭司さまの負けですな。処刑どころか耳を傾ける価値がある。戦に負けて成長とは。な神はたしかに幸運より試練をお与えくださる。こんなヤツが奴隷とは。これだから死にたくない」
「でもあれだな。神や祭司をはずかしめる物言いは……公にはやめたほうがいい」
「若い祭司さんにしては、物分かりがいい。勝負のけじめついたな」
「みたいだな」
隊長がうまくまとめた。この勝負、弓隊長の威厳勝ち。シロウや祭司に賭けた兵士たちがなげき、隊長にかけたものが笑う。そして最期に胴元の兵が盛大に嗤った。
「奴隷よ。名前をなんという」
「シロウっていいます」
「覚えたぞシロウ。そこまでいうなら策も考えてあるのだろう。言ってみろ」
「カンタンです。帝国がその気になれば一時とかからず圧勝します。その一時のときを負けず粘ればいいだけです」
「なるほど理屈だ。とはいえ、いうだけならカンタンだ。具体的にはどうする」
「われらの有利は大楯。死んだ奴隷がもっていたのを合わせると、残存の6、いや7割にあてがわれ全員をカバーできる。そうしておいて、弓で主力でない敵を背後からたたく。たいした抵抗はないでしょうから、安全に時間まで粘れます」
「敵は前方こそ攻勢だが、大所帯ゆえ後詰めは気が緩みがちか。その案なら、王命と安全を同時に満たす。悪くない」
マジかこの隊長。目の前で決断したぞ。作戦てのはエライ人が熟慮するか、占い師が決めるもの。戦ってるさなか、意見を集め、最終的に奴隷の言葉が通るとは。信じられない。
「ユディ。シロウの作戦て、いい方法なのか」
「わからない。でも安全に戦ができるなら、ボクみたく初心者むきだ」
いいか悪いか感想を聞いたんだけど。初心者向きの戦って。こいつそこらの連中より血の気が多い。
「さっきに元気のいい小僧。名前は?」
「あた……ボクはユディだ」
「ではユディ。何か元気が出ることをいえ。なんでもいい貴様なりに、戦勝を祈願する言葉だ。静かにな。敵まで届いたら困る」
「隊長。セントメディウム王国は弱い国なのか?」
「言いたくはないが、そうだ。帝国や大国に属さないと、生きていけぬ」
「そうか」
ユディは顎に指をあてて少し考えた。この仕草は彼女がゆいいつ女の子にみえるポーズ。悪い予感しかしない。
「だったらこう言おう。世界にはばたけセントメディウム! セントメディウムから世界へ!」
「……」
またしても場が静まった。言うに事欠いて世界とは、相変わらず神をも恐れぬ奴。ビロロン帝国の皇帝や、砂漠の大国サハランの王の耳に入ったら、ただごとですまない。小司も、口をあんぐり開けている。
「どうだ?」
「どうだじゃない! 冗談にもほどがある」
「冗談ではないのだが」
「なおさら悪いわ」
思わずユディの首を絞めてると、感嘆が「おおっ!」とあがった。
「おもろい子だな。これ以上ない戦勝祈願だ」
腹を抱えて笑うのはシロウ。もう誰に気兼ねすることなく、大口あけてゲラゲラひっくり返ってる。隊長が怒るぞ。だが不愉快にどころか、腰に手をあてクククと、笑っていた。
「世界とは、ラム・ナハラのことか」
「うーん。もっと先。見たこともない、海もわたった人が住んでいないずっと遠くまで」
北西から東にまたがる帝国ビロロンと、王国を合わせてラム・ナハラという広大な領域だ。南西いけば砂漠の大国サハラン。転じて、船で西の海を伝えば北にも南にも別の国があるという。その向こうへ行ったものは誰もいない。まさに見果てぬ世界だ。
「見知らぬ先が世界とは小気味いい。セントメディウムが世界を変える。心揺さぶられたぞ」
ええぇ?
「気に入った。セントメディウムから世界へ!」
隊長が拳をあげた。
「セントメディウムから世界へーー!!」
正規兵も奴隷もみな、拳を天に掲げて、叫んだ。
「いいぞ、セントメディウムから世界へ」
「セントメディウムから世界へーー!!」
敵まで届いたら困るんじゃなかったのか。けど、この瞬間、僕たちの心はひとつにまとまった。
誰が予想しただろう。このユディの言葉が意識の底を染めあげ、長い年月のうち、世界を変える礎になるなんて。
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