3-15 毒の水
「こんな遠まで足を運ぶとは、オレってどこまでも社畜だな」
疲れた声で分けのわからないことをつぶやいて、シロウがやってきた。ほとんどいつもで疲れるこんな年寄りが、なんで来た。樽を担いだ大男を連れてる。
「ご苦労ごくろう。そこに置いてくれ。こいつをきゅーっとやってくれ」
「おう。うっぐ。ふぅ」
男は樽をおろす。唸りながら、倒れてしまった。こんな重いものよくぞ運んだもんだ。
シロウが蓋を割った。開いた中にはあったのは新鮮な水。ごくりと喉がなったが、飲みにくい。
後ろには帝国兵たちもいる。彼らの喉も渇いてるはず。運んだ人なんて、誰よりカラカラだろう。それを差し置いて、なんで僕たちに。
「みんなが先で」
「いいから飲め飲め。気にすんな。アイサッタ様にお前ら優先の許可もらってるからよ」
木の器ですくって渡された。朝焼けが写り、実にうまそうだ。器はいっぱいあって、次次に水をすくっていく。
「イーツァにガーシュ寝てるそいつはオトムだな。起こして飲ませろ。ははは大量だぜこれは」
一番元気なガーシュが器を受け取る。やってきた弟に与えてから、食らいつくように喉に流し込んだ。
「おいしい。おいしいお兄ちゃん」
「おう。んっめぇ」
「小司にもくれ。美味い。これは透き通ってて上質な水だ。お代わりいいか」
「良い飲みっぷりだな。何杯でものめ」
酒でも薦めるてるようだが水だ。3人は樽からすくって、飲んでいく。
「アイサッタも知り合いか。師匠は顔が広いんだな」
「まあな」
器をもたされたユディが懐かしそうな目になった。招いたユディに、根掘り葉掘り、質問攻めにした男だ。さんざん英雄話も聞かされたな。この旅が始まる少し前のことだが。何年も昔だった気がする。捕囚でも大きな任務を負ってそうだ。
シロウは奴隷で捕囚なのに知り合いなのか。あーいや、カルガナン隊長が、弓隊の英雄ってことで呼ばれたんだろう。シロウはお供に連れていかれたか。黙ってるはずがない。話してるうちに博識に興味を持たれたとか。ありそうな話だ。
「アイサッタの名をだして、樽をぶんどってきた。長い目であの人が命令したに等しい」
偉い人の名前を勝手に借りた。それは偽りといわないか。
うん? どっかで聞いたことがあるな。
「そうなのか」
「短くても長くても違うとおもうぞ」
バレたら処刑だ。
「ちーせーことはいい。ほれどうしたムズクム。冷たくてうんまいぜ。ユディも」
「もっと息が落ち着くまで待つ」
「なんでよ。いいだろ」
「乾いた体に大量の水分を入れると病気になると。そういったのは師匠だぞ」
「そ。そうなのか」
僕は、飲もうとした手を止める。
「水中毒か。そんなことも言ったな。一度に0.2リットル以下……器の8分目くらいまでで、がぶ飲みしなきゃ大丈夫だ。ほれ」
そういって薦めてくるのだが。なんかさ。薦めすぎじゃないか。「これはうまい」と、みんなごくごく飲んでるが、違和感がある。
「ほれ。もう大丈夫だ」
「ああわかった」
おかしい。器に口をつけようとするユディを止めた。
「シロウが味見してくれ」
「ん? なんも入れてねぇぞ。井戸から汲んで持ってきた、河の水とは味が違うぜ」
なんも入れてねぇって、言ったぞ。なんでそんなことを言う。
「だったら飲んでみろ」
「……」
「どうした。」
「師匠、まさか毒が」
ガーシュと弟とイーツァが横になった。倒れて、いびきをかきだした。疲れて寝むった。そんな風にもみえるが。突然いきなり同時の睡眠はない。
「……死にはしねぇ」
「なら、飲め」
「いやその元気になるっつーか、通販サイトで人気おすすめの結果的にぐっすり疲労回復する成分がちょこっと混入してるだけの安全な水だ。オレはちょっと、口にいれる気分じゃないが……そんなに睨むな」
「毒、なんだな」
「……ふー。やれやれ」
両肩をあげて、空をみまわすポーズになった。まとっている空気がかわった。
「水中毒はしくったなぁ。よけいなことを吹きこんじまった。ちょっとしたことでフラグは立つって知ってたのに。間抜けこいたぜ」
「なにを言ってるんだ。あいからわず、わからないんだけど」
ヤツは、おもむろに立ちあがった。
「わからんでいい」
眼から光が消える。いつもやる気のない目が、いつもよりも暗く沈んでいった。
なにかやるつもりだ。
シロウが戦う姿をみたことがない。戦場での役目は僕と同じ、大楯を用いた守りだった。学んだユディは他に類のない流派だといってた。体術に長けているのだ。戦術に優れ、文字も数字も自在。それが人畜無害の奴隷という。わけがわからない。
男女の営みを聞かされたときは、目からうろこだった。
侮ってはいけない。愉快なだけのジジイではない。
「まてムズクム。師匠……なんで。楽しくいろいろ教えてくれたのに」
「楽しかったぜ。マジでお前はいい娘だ。でもオレにも事情があんのよ。大人しく飲んでくれたら、恩に着る」
「飲んだらどうなる」
「だから寝ちまうって」
「眠り薬だとして。寝かせた後は? 刃物で胸を突くのか」
「おっかねぇなムズクム。殺しゃしない。砂漠に放置して、帝国兵を引き上げさせるだけだ。半日ほどで目が覚めるから、あとはご随意にだ」
眠ったままで砂漠に放置。それは死刑宣告だ。ハゲタカ、コヨーテ、サソリ。砂漠は殺風景にみえて危険な生物が点々と存在する。目覚めることなく神の元に召される。
「おいてぼりにされて、生きられると思うのか」
「生きる可能性は高いぜ。心臓を突かれるよりはよっぽどな。ユディは運極だ。死なねぇぜ。たぶん」
「うんきょく? また分けのわからない言葉を。ユディどいてろ」
僕は短剣を構えた。体術では勝てないがやるしかない。
「穏便に、退場してもらいたかったんだが。仕方ねぇ」
立ちあがったシロウは、樽の縁に手をおいた。まさか、樽を投げつけるくつもりか。水で満タンの樽は、僕でも持ち上げられないぞ。
しかしヤツは、こちらの想定をはずした。勢いよく、たっぷりの水へと頭を突っ込んだのだ
「……は?」
ぐぶ、ぐび、ぐび……。
喉の鳴る音。樽の水を飲んでる。意味がわからない。喉の鳴る音を無意識に数えると、2,3,4……10……20。おいおい、水が肺腑に入るぞ。
飲んだふりかもしれないが、一滴も飲み込まないはずがない。水は毒じゃなかった? わからない。
「ぶっはぁぁぁーーーーぅっぷ」
30まで数えたところで上体をあげた。ぶるるるぅっ。川からあがった犬みたいに、頭をふって、こっちまで水しぶきがかかった。水は3分の1ほど減った。
「はぇはぁ。どうだ。毒じゃねぇぞ」
「……そうみたいだな。けどガーシュたちは寝たぞ。どうしてだ」
「ちょいと気分よく寝るだけさ。強めのシカルみてな?」
それはつまり眠り薬ってことだ。毒じゃないけど。
「安心したろ。飲め」
「……いや、こんなところ眠たくない。なんで眠らせたがる」
「言った通りだ。ぐっすり寝かせようって親心だ。堂々巡りだな。おまえら、疲れてすぎて寝れないだろ」
「なんだそれは」
帰ってからゆっくり寝るよ。気遣ってもらわなくても。
「師匠……」
「なんだユディ。寝たくないのか」
「師匠の髪の毛やら、砂やら、枯草やらが水に浮いてる。気分的にのみたくない」
「失礼だな。いつもの大河の濁った水に比べたら、100倍……」
シロウはいきなり砂上にぶったおれた。道化人形の糸が切れたみたいに。
「師匠!!」
やはり毒なのか。ユディが急いで手首の脈をとる。口に耳をあてて息をたしかめる。少しして穏やかがイビキが始まった。
「寝ている」
「まじかーーーー結局。こいつなにをしたかったんだ?」
「親心といっていたな」
寝言をつぶやくシロウ。俺にその意味ははわからなかった。
「……ユディよぉ。お前、なんなんだ……グガー」




