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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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3-14 英雄の補佐




 ユディが戻らない。シロウのとこへハンナをあずけるといって、でかけたまま。夕暮れになっても帰ってこない。


 もう帰ってくるだろう。そろそろ姿が見えるはず。そわそわ前方をみてるうちに、いつのまにか夕暮れ。ユディはまだ戻ってない。


「ユディってのが妻か。若妻。かええのぅ。毎晩やり放題じゃろ」


 ガーシュが、妙な言葉と腰ふり踊りを披露する。祭司は色事を超越してるってきいたぞ。食い物もねだるし、ショーがねぇ男だ。


「美人か?」

「そりゃあ」

「一晩貸してくれ」

「誰が貸すか!」


 ぶん殴ってやろうか。


「ケチめ。妻や娘は、貢物の定番だったぜ」


 聞いたことがあるけど、定番ていうほど多くはない。昔は、日照りや戦勝祈願にいけにえに捧げることもあったらしいあいまは羊やヤギだ。

 人の奉納は祭司を指定するとも聞いた。要は祭司、つまり王族が立場の弱い平民を脅して召し上げてるのだ。


「結婚は禁じられてないんでしょ。祭司は女性にモテるんだから選び放題でしょ」

「王族の祭司はな。オレみたいな平民出は疎まれてる。食うには困らんけど、縛りごとが多すぎて夫にするにはめんどうが多い。こんな、身分を隠してる状況ではなおさらだ」


 ガーシュは、ボロチュニックをめくり、祭司服をみせた。


「だから一晩とは言わん。一時ユディを、あがっ」


 僕はガーシュをぶんなぐった。手加減したんだが気絶してしまった。朝まで寝てろ。


 日の暮れた寝床に腰かけて、天上の月を見つめる。リーダーとして仕事はおわりだが、今日は、まとめ役に就いてる。それぞれのリーダーが人員を数えて報告に来る。それを、兵長のカティーブに伝えるのだ。


 よりによって、そのカティーブが用事で夜まで帰らない。戻ってくるまで待つことになり、それまでは、ユディを探しにいくことができない。


「ユディ見てませんか」


 それぞれのリーダーがやってくるたび聞いたが、「そういや今日は、見てないな」が多い。「午の早くににみたかな」という返事があるが、それがどこかと聞くと、近所のそこら。そりゃそうか。出かけたのは朝早くだし、各リーダーは同じ町内にいる。尋ねるだけ無駄だった。


「はー……ユディ」


 三々五々、報告にやってくるリーダーたち。並んで、バデレコとチブーがやってきた。とっても有名な二人である。美人好きのあいだで知らぬ人がいない。


「本日の点呼、人員に異常なし。うちの美人は全員無事だ」


 バデレコが告げる。相変わらず、自分の班をほっといで、チブーの美人たちを鑑賞してたにちがいない。トレードして集めたコレクションだからな。チブーが背後でうなづいた。


「はいはいバデレコさん。それってチブー班のことですよね。自分の班員は」

「知らんが問題ない。あんなの誰もさらったりしねぇ」


 僕が預かってる年寄りや乳飲み子の多い班とはちがい、バデレコのとこは、平均的に若く健康な人が集ってる。さらうヤツがいても自力で追い払うくらいはできる。


 でも怪我や病気で歩けなくなり、脱落することもあるのだ。そういうとき、馬車に乗せるひとを入れ替えたり、医者を手配するのがリーダーだ。医者の術など、なにもしないに等しいと分かってるが、一か八かで雑草を服用するよりは気休めになる。


「つまり確認してないと。リーダーとしてマズくないですか」

「2、3人欠けたって大勢に影響なし。かわりゃしねえよ。どうせ粘土版には、そこまで書いてねぇんだし。な?」


 ユディのウソが見破られてる。例の名簿だ。小さな粘土板に、たかが従属国の、しかも囚人全員の名まえと特徴が書ききれるわけがない。何千枚もの材料が必要になるし、彫る技者や書記の人数は、字を読める人間よりも遥かに少ない。運ぶ馬車をどうするんだ。


 知ってんだぜとばかりに、僕の肩を叩いて、バデレコは行ってしまった。

 文字が読めなくても、冷静に考えればわかるというものだ。皇帝のいう『捕囚が一人でも欠けたら処罰』には抜け道が多い。


 今日はオトムが来なかった。こんな平穏な日こそユディと水浴びできたのに。






 カティーブ兵長が帰ってきたのは、完全に日が落ちてからだ。


「おぅ。ムズクム。こんな夜更けにごくろうさん。ひっく」

「兵長。本日の点呼」

「報告なんていらね。どうせ、なんもねぇんだろ」


 !! そりゃあないんじゃねーすか。兵長さん。行く前に言っとけよ。


「……よ、酔ってますね。ずいぶんと」

「俺がぁ? 酔うわけねぇだろうが。あれっぽちの酒で。んなははは……ひっく」


 こいつもぶん殴ってやろうか。今日の僕は戦闘的気分だ。


 そこにバデレコがやってきた。なんだか血相を変えてる。ふふ命びろいしたな、兵長さんよ。唾を飛ばしながらしゃべりまくる。


「ムズクム! う、うちの姉ちゃんこっちにきてねぇか。馬車が1台行方不明なんだ。うちのねねねねぇちゃんがぁぁ」

「ねぇちゃん? あーーー」


 チブー班のことだろうきっと。この血相の変えかたは。背後霊のようにチブーが付き従ってるし。


「知ってるのか」

「いいえ、馬車も人も来てません」


 そうかと、肩を落とす。


「ちょっと居眠りしに、自分の寝床に帰ったらこれだ。帝国に美人の血を入るの阻止する謀略にちげぇねぇ。すると敵は、リーディアかサハランどっちか。場所が北だけにリーディアが濃厚だ。いますぐ隊を向かわせるぜ。轍の後を追いかける」


 誰だこの人。行き過ぎた頭の回転がいつもとちがう。ほんとに女好きのバデレコか。それにいつも夜通しくっついてるのか。ストーカーの鏡だな。


「バデレコよ。そいつは塾考えがすぎやしねぇか。そこらの賊か。考えたかねぇが、欲求不満連中の仕業ってこともある」

「いたのか兵長。んなことあるか。賊やエロ兵どもに馬車ごともってく根性はねぇ。副長んのとこに早馬を走らせた」

「なんだと! 勝手な真似を……うっぷ、げろげろげろーーー」


 きったねぇ。吐きやがった。

 まあ。大変な事態になったもんだが、僕が慌てることじゃない。早くみつかるといいな。酸っぱい液を吐き出すカティーブの背中をさすってやった。


「たいへんですねーーー。では僕は、ユディを迎えにいきますので」

「ユディも乗ってたらしいぜ」

「なんていった?!」


 思わず、バデレコの胸元をつかんだ。


「ち、近くの色馬車も、女ごとなくなってんだ。不確かな情報だが、ユディらしい娘が乗せられたらしい」


 ユディが馬車に乗せられた。拉致された。ユディが。色馬車のふりをして、キレイな娘を集めてたのか。いや、まだ、確定したわけじゃない。わけじゃないが、あの、男以上に体力のあるユディが帰って来ないんだ。危険な目にあってもおかしくない。むしろ自然だ。なぜ思い至らなかった。


「いこう、すぐ行こう」


 バデレコのやってきた方向へ駆けだした。


「あわてるな。馬のほうが早いぞ。それに数がほしい。寝てる兵どもを起こして人集めしながら行く」

「わかった。ガーシュ起きろ」


 手始めに、いびきをかいてる祭司を蹴って起こした。


「なんだよ」

「女たちがさらわれた」

「ふーん。だから?」

「女だぞ、妻が欲しいんだろ。助ければ感謝され、結婚してくれるかもしれないぞ」

「そうか!!!」


 ガーシュはきりっと立ちあがった。


「お、おまえら勝手に……げろごろげろーーー」

「兵長は、あとから来なよ」


 寝ている捕囚たちを尻目に、帝国兵は交代で寝ずの歩哨番。その大部分は天幕に分散して寝てる。天幕をめくって「美人馬車がさらわれた」と声をかけると、「一大事だ」と目を覚ます。人数は100人まで膨れ上がった。


 戦闘の可能性もあるというバデレコが、兵器車から武器を調達する。


「ムズクムはこれだろ」


 大楯を渡された。囚人には供与されない武器だ。青銅と板でできたそれはずしりと重く久しぶりの感触にときめいた。大楯を馬にくくりつけ、手近の馬にまたがった。






 僕たちは、月灯りを頼りに砂についた轍をたどっていった。草はまばら。影の深い夜の砂漠を走り続けるのは、天と地の境が不確かでめまいがする。時の過ぎる感覚もマヒする。


 気が遠くなるほど行き、空が黒から紺色に移ったころ、2台の馬車を発見した。そこでは、異国の兵たちがはしゃぎながら、女たちを追いかけまわしていた。


 すぐにピンときた。見つめる目に気づいた。彼女はいまにも斬られようとしていた。


「ユディぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 馬をとび降りて、くくりつけた大盾を外す。握りをもって疾走すると、振り下ろされる剣の下に間一髪で潜り込んだ。力任せにその兵を押しとばした。


「オトムさん、いやオトム。僕のユディになにしてるんだ!」


 砂に尻もちをついたオトムから目を外さず、ユディを背にかばう。ヤツは驚愕の目をした。


「む、ムズクム……ありえねぇ」

「そっちこそありえない!」


 毎日のように訓練につきあったろう。ユディのこともよく知ってるだろう。へたくそだの、かまえる腰が高いだの、切っ先の軌道が甘いだの、さんざんダメ出ししたろ。ときどい笑いあったろう。


 それが、なんだこれは。なんで彼女を殺そうとする。

 背後でユディが抱きついた。


「来ると信じてた。歩き疲れて、寝るためにもぐりこんだ馬車が、欲望に負けた兵士に拉致されたとしても」


 ちらりみただけで傷だらけとわかる。満身創痍だ。よくぞ、死なないでいてくれた。

 え……歩きつかれて寝てたのか。


「間に合ってよかった」

「嬉しい」


 彼女は、砂にへたりこんだ。


「おもしれぇなムズクムは。そうこなくちゃいけねぇ。剣で殺ろうぜ!」

「黙れ」


 剣なんか。ちまちま、やってられるか。


「っ! うごぇ!!」


 僕は大楯を振り回し、オトムをぶったたくと、一撃目で剣を落した。訓練のほどのキレがない。腕を負傷してるし、疲れてるのが丸わかり。でも知ったことか。ユディを傷めつけた罪を知れ。

 大盾術そっちのけで、力かませに降りまわす。何度も何度も。ほとんどかわせないオトムは、やられるがままだ。重い盾につぶれて、白目をむいて倒れてしまった。


「ユディ」

「うん。今夜は水浴びだ。心ゆくまで思いっきり……」





 何十人もの武装敵を、帝国兵が圧倒する。次々と倒して、半数以上が死体になって決着がついた。強い。世界一強いと謳われる兵だけのことはある。


「ガーシュ! かけつけてくれたのか。お前にしては」

「弟、それにイーツァ! なんでここに。お前らも妻めあてか」

「妻?」


 互いの無事を喜びながら、ずれた会話のガーシュたち。好きにやってくれ。

 僕はユディの傷を確かめた。


「これはしばらく養生しないと。体を治るまで水浴びどころじゃないな」

「そうなのか……わたしはべつにかまわないが。好きだぞムズクム」


 ユディは唐突に愛を告げ、激しいキスを浴びせてきた。腹ペコを埋めるような口づけだな、などど思いながら、やわかなくちびるを受け止める。


「おーいたいた。ムズクムとユディは、お熱いな」


 のんきな声がかかった。シロウもきたのか。


「みんなご苦労。お疲れさん。まずはこれをきゅーっと飲んで、喉をうるおせ」





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