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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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3-13 やってきた者たち




 人のつながりってなんだ?


 オトムはことあるごとに聞いたものだ。兵の連中は、戦場で背中を預ける同僚といい、商人は取引を記した粘土板といい、同じ商人でも、八百屋のオヤジは馴染みの客との信頼という。


 ”ひとさらい”は高く買い取ってくれる奴隷商人といい。物乞いは、つながりなんぞいらん、同輩がいるともらいが減ると、いう。


 いろんな答えがあったが、自分と同じ考えとは遭遇しなかった。いや自分の答え自体あいまいで、折に触れてかわる。正解があるのかどうも怪しい。


 だが。戦いを交えた瞬間だけ、そこだけは、本当がある気がしてる。


「がんばるなぁユディ。やっぱ、オレの物にならないか。訓練三昧の毎日を送ろうぜ」

「なれない。わたしの全部はムズクムの物……全部はいいすぎか」


 ムズクムも同じ返答だった。女であるユディはいくらか現実的だが。間違いなく、ひとのつながりをみている。


「おもしれぇ。余った分でいいぜ。もらってやる」

「いらない世話だ。余りは自分でつかう」


 話ながらも攻撃の手は緩めず、連続で鞭をくりだす。短剣の届かかないレンジからの軌道は、防御を楽々とくぐり抜けて、細い手足を傷つけていく。いまや彼女は満身創痍。


 恨みも憎しみもない。あるとそれば、ほほえましいカップルへの憧憬か。だからといって、それをうらやましく思わないし、壊したい衝動もわいてこない。


 戦ってるときにだけにみつかる、ウソのない輝きがスキなのだ。相手が死んでもそれは結果。他はどうでもいい。


「倒れるなよ、傷に砂がつけば破傷風になるぜ」

「気遣い感謝する。やめてくれるともっと感謝するが」

「お前が勝ったらな。勝って、止めてみせろ」

「わかった。やってみる」


 ユディが後方へと大きくはねた。オトムは追うように、鞭を大きくふった。すると今度は懐に飛び込んできた。その伸びきった革鞭を鷲づかみされて、引きもどせなくなったが、慌てはしない。中距離レンジ対策のセオリーなのだ。


 鞭はしなやかで丈夫な紐になる。オトムは、鞭の根を両手で80センチの長さにもちなおし、絡めとるように、接近するユディを迎えた。しかしユディのカラダがない。彼女高くジャンプし、オトムを飛び越えたのだ。


「うそだろっ すげぇ」


 オトムも合わせて転身するが、翻れば自分を縛ってしまう鞭は放った。ふり向くなり相対したユディが、短剣を鋭くつき出す。迷いなく喉を突いてくるそれの手首を、両手で掴んで止めた。粘土板の厚さぎりぎりだ。獲物が短剣だったの幸い。さすがユディの動きがとまった。


「武器を捨てるとは意外だな。訓練を怠らないだけのことはある」

「そっちもな。ひでぇ怪我で、よくも動けるな」


 オトムは感心よりも呆きれてしまう。与えた傷は深くはないが、数が多く、体のいたるところに血の黒い線がついてる。痛みと出血がすさまじいのに、動けるのがおかしいのだ。


「援護が期待できるからな。ムズクム!」

「なに?」


 ユディがふいに相方の名を呼ぶ。来ているはずがない。日暮れに別れたとき、ヤツは疲れきって休んでいたのだから。そうなるように、訓練にはガーシュも連れたのだから。邪魔に可能性は、ひとりも少ないほうがいい。


 オトムはまさかと混乱した。思わず右をふりむくと、本当に男がいて、ロングソードで攻撃してきた。攻撃はかわせたが、その隙をついて、ユディがしがみついてきた。


「なんで言うかな。ムズクムでなくイーツァだ」

「すまない、期待から幻影をみてしまった」


 ムズクムではなかった。顔も背丈も全く違うし、剣の技量において足元におよばない。まったくどこから現われた。


「まったく。闇にまぎれて刺すのが失敗したぞ」


 イーツァは、ユディにお冠だった。


「すまない。次は右でなく左を見よう」

「なにもするなと言ってるんだ」

「そうか。難しいものだな。こんど師匠に聞いておこう。予期せぬ味方が現れたときのとっさの対応を」


 こいつ。こんどがあると思ってるやがる。

 イーツァは、普通なら敵にならない相手だが、組みついたユディが邪魔で、動きが鈍る。攻撃を見定めて避けようとしても、いちいち遅れる。


「こいつめ。離れろ。一緒に斬られてもいいのか」

「イーツァは的確に隙をつきお前を倒す。弱いが器用だからな」

「屈辱だ。弱いは余計だ」


 鋭さはない。剣筋は熟練にほど遠い。しかし、攻めはいやらしい。オトムの背後に廻りこみオトムの死角をついてくる。邪魔なユディごと、砂に転がって避けたものの、腕を切られてしまった。


 ユディが、オトムから離れた。ふっと体が自由になった。目で武器を捜したが、その一瞬、短剣を首にあてがってきた。イーツァもまた背中に剣をつきつけてる。


「形勢逆転だ。小司たちの勝ちでいいよな」


 腕傷から血がしたたりおちる。つけ入るスキがない。オトムは抵抗をあきらめた。


「……ケッ」


 震えていた女性たちが、一か所に集まり。おそるおそる遠巻きにみている。ユディの勇姿を目の当たりにし、安堵のため息をついてる娘も。涙を流して喜んでる。脱力して座り込む女もいた。一様に、恐怖が去ったことに安堵しているようだ。


「ユディさ。こいつに短髪女兵って呼ばれてたな。たしかに昔は髪が短かったがな。まさか女に間違われるなんて、笑えるな」

「あーー。それな。動くなオトム」


「いいだろ止血くらい」


 オトムはユディの答えを待たず、傷を手当てしていく。服を歯で千切り、紐代わりにして腕を縛りあげた。出血がいくらか落ち着いた。

 イーツァがふった話題に、ユディに代わって答えてやった。


「どこに目をつけてる。女だぜユディは。男ならムズクムともども埋められてる」

「は……?」


 返答は、イーツァの予想を超えたのだろう。思考が停止したようだ。あごが外れるくらい口を開けてる。しばらくして我に返ると、ユディをマジマジ見まわした。


「ウソ……ではないのか……む、よくみれば胸があって尻も大きい。男にしては女みたいなカラダつきとみてはいたが」


 |ラシャイ<天の神>は同性愛を禁じてる。平民であれみつかれば、仮に王がかぼおうと、私刑にされる。それを祭司が知らないわけがない。このイーツァというこの男は、これまで、男色を見逃していたことになる。どうでもいいことだが。


「スケベオッサンか。じろじろ見るな恥ずかしい」

「ムズクムとは? 兄弟みたいに仲のいい幼馴染じゃなかったのか」

「夫婦だ。戦のあとそうになった」

「なぜ、黙っていた」

「黙るもなにも。みんなには気づかれていたぞ。イーツァには内緒におけとムズクムが」

「ムズクムが? なぜだ」

「それは、面白いからと」

「……あいつめ」


 東の地平線に、夜から朝へのグラデーションが描かれていく。闇が終わるのはもうじきだ。


 ほかの女性たちも馬車から降りてくる。死んだ兵らをこわごわ避けて、ユティたちに感謝の言葉をささげる。普通の女性にまじって娼婦もいる。化粧をしてない顔はけばけばしさがなく、自然だ。バデレココレクションではなくても美しいとオトムは思う。


「そうよ。わたしたちなんかひとめで分かったわよ、彼女が英雄『短髪女兵』って」

「……何か損した気分だ」


 しょぼくれた言い草が周囲の笑いを誘った。女性たちは、がんばったわねと、お互いをさぐさめたり称え合った。戦闘後の緩やかな空気に包まれる。悪行の元兵らは殺されたか無力化。首謀者に祭り上げられたオトムも、このありさま。


「オトム。どうしてこんな真似をした。なにが目的だ」

「べつに」

「帝国に恨みがあるようだが。キミだって帝国兵だろう」


 恨みか。恨みといえばそうかもしれない。

 ユディに言っても仕方ないが、なぜか、口からこぼれた。


「ヤヒッダモ」

「は?」


 言葉にしたのは、いつぶりだ。なにかを感じてユディが、馬車から水筒をとってきた。


「しゃっくりにはいろんな止め方があるが、とりあえず水だ」

「ヤヒッダモは国の名だ。しゃっくりじゃねぇ」

「国?」


 バカかこいつは。知ってるとは思ってなかったが、シャックリと勘違いされるとは。忘却のすさまじさに、情けなくて笑うしかない。


「ここから東。セントメディウムの外にあった。潰ぶれそうな王国だ」

「知らない。すまない」

「しらねぇだろうな。俺はそこで生まれた。可愛がられてぬくぬく育った。大人になったら、王になると言い聞かされて」


 ユディが目を見張った。周りの女たちも息をのむ。イーツァは、文献にあったのをみたことあると言った。滅んだ国は忘れられる。そういうものだ。


「オトムは王子さまだったのか。それがなぜ帝国兵に」

「潰されたのさ。潰れそうだった国が跡形もなく潰されただけ。バカみてぇだろ」


 土地が肥えて港がある。交易の要所であるセントメディウムは、大国が取り合う恰好の領土となった。奴隷として連れ去られたり、技術者を大量捕囚されたりと、千年にもおよぶ不遇な国だ。


 しかしそれでも、国として認知され存続してる。将来はわからないが、いま、この時、セントメディウムを知らないものはいない。帝国に敗れても。


 ヤヒッダモは消えた。5年前、帝国とセントメディウムの戦に巻き込まれ、あっけなく滅びてしまった。国の痕跡といえば。家の建材に使われていた石片くらいだ。井戸も残ってないだろう。


 それ以前から、帝国の接収地として都合のいい戦場として。蹂躙されていた。それが、双方の戦いに飲み込まれて、とうとう粉々にされたのだ。食料や道具は奪われ、抵抗するものは殺され、生き残った人も奴隷とされ消滅した。


 少年のオトムは、20名の近衛隊に預けられた。兵たちは強かったが乱戦で刈りとられ、ひとりまたひとりと死んで、誰もいなくなった。王族でひとり生き延びた。孤独に死地をさまよい、ボロの衣服を脱ぎ捨て、商人に拾われて、奴隷兵として売られた。才覚で一般兵までのし上がった。兵としてまともな暮らしを送っているが、故郷を忘れたことはない。


「――とまぁ。よくある没落ハナシだ」

「苦労したのだな。あの戦でわたしも家族を失った。大勢が人生を狂わされた」

「人生が狂う。のんきな言葉だな」

「のんきなのか」

「狂うってのは、先が見えてる奴の言葉だ。筋があって、その通りいかねぇことを狂うっていうのさ。俺ぁ、人生が狂うだなんていっぺんも思ったことがねぇ」


 恨みといえば恨みなのだろう。アイサッタの言い分が正しいなら、この件で皇帝は、かなりの兵どもを処分する。同僚も知り合いもいる。彼らが何千死のうと、オトムはなんとも感じない。帝国もセントメディウムも滅びればいい。それがダメでも一人でも多く死ねばいいと、奥底で願ってる自分があった。





「愉快だったか。俺が吟遊詩人なら、『お気に召したのなら木戸銭お願い』っていう」

「……すまない。持ち合わせがない。食べ物でいいならそのうち渡せるが」

「かまわない。取り立てがちょうどきた」


 オトムは西の方角を示した。おぼろげに見えるのはやってくる影。それは徐々に大きくなっていった。やがて30人ほどの、兵列だとわかる。


「味方、じゃないよな」


 イーツァの顔色が悪くなっていく。人を見下して偉ぶった祭司がしぼみきってる。それを見れただけでも、企んだ甲斐があった。


「ウソの話で時間かせぎしたのか」

「結果的には、そうなるな」


 仕込みは、|中年女<ババァ>どもから始まった。静粛な女性は割礼すべしという、伝統儀式にこだわる、女たち。不満をぶちまける井戸端会議が発端だ。

 そこへ兵どもが加わる。捕囚連中に出だしさせない堅物次席将校への不満。女を買える兵の金持ちへのいらだち。長い捕囚の旅のストレス。鬱屈。現状が気に食わないヤツは大勢いたが、そいつを口にするバカたちだ。


 ババァは穴を貞淑に縫いつけたい。兵はうららかな女性を犯したい。女たちと兵どもの、不満と嘆き合戦だ。言い分は正反対だが共通点はある。女性を拉致することだ。


 陰謀というには声のデカい言い合いは、周囲に笑いの種にされていた。当人たちも本気ではなく、気分転換の妄想だった。オトムが聞きつけ、セントメディウムと帝国に一矢報いる良い手だと悟るまでは。


 計画は、拉致する・犯す・連れ去るまたは売るを、勢いだけで慣行するずさんなもの。オトムは、頭をかかえながら、修正を積み重ねていく。ただの世間話に道筋をついていった。兵も女も感心して、いつのまにかリーダーのようになっていた。不可能とおもった妄想が動きだした。


 女どもは商人を巻き込んだ。その商人は海賊と話をつけにいった。拉致した女の半数はリーディアに売ることも決まった。そして計画が実行に移された。


「リーディアの海賊だ。あの商人、意外と顔が広かった。というわけでお前ら全員が、木戸銭だ」

「うそ」

「逃げよう! みんな走って!」


 女性が叫び、女たちが駆けだした。


「ガセじゃなくホントにいるぜ」

「こりゃたまげた。いい女だらけだぜ」


 気づいた海賊どもが追いかける。どこまで逃げられるか見ものだな。


「急げー。必死で走れー。俺たち海賊が捕まえるぞー。ぎゃはは」


 オトムは砂漠の追いかけっこを感慨もなくみつめた。奪った馬車にユディが乗り合わせたのは想定外。祭司もそうだ。戦いに敗れ、仲間どもはほとんど死んだが、オトムは生き残った。


 帝国みずからが粛清してくれる。思えば想定以上。企みは大成功といっていい。


「ユディ、お前も逃げろ」

「……」


 イーツァがユディを押すが、逃げようとしない。じっとして、日の出のグラデーションをみつめてるのだ。

 『短髪少女』は、一軍を勝利に導いた。大勢では敗れたが局地戦で、勝利をもぎとった象徴で英雄だ。それはいまの状況と似ている。オトムには、戦術では勝ってみせたが、計略で敗れた。先戦の再現といえるものだった。


 王国の誰が英雄に祭りあげたのか知らないが、王国は廃れの道を歩んでる。此度の件で歴戦の兵が多く死ぬが、それは、盤石といわれるビビローン帝国の足元を崩すきっかけになるかもしれない。


 いい気味。いや、それほど気分はよくない。それでも、多少の溜飲はさがった気がする。遠くリーディアまで離れればもっと、よくなる。市井にまぎれて暮らし時がたてば、帝国の衰退を喜べるかもしれない。少なくとも、あざ笑える程度には。


 自国を負かし、あまっさえ虜囚に落とされた帝国の連中と、へらへら浮かれて旅するセントメディウム人。したたかなのか、一本足りないのか、そのそもバカなのか。神経が理解できない。


 ユディは?


「負けるのはどんな気分だ」


 負けた横顔をみる。彼女はなんと目を輝かせてる。どういう感情だ。変な奴は知ってるが、意味不明だ。


「ムズクム! わたしのムズクムだ。来てくれたのか」


「……またひっかけか。それとも妄想でもみえたか」


 急速に冷めていく自分を感じた。


 戦意をなくしたイーツァ、ありもしない夢をみるユディ。勢いをなくした二人の剣先からオトムは距離をとった。自分の剣を拾い感触をたしかめると、ユディの首に振り下ろした。


「浅はかな女はいらねぇ。まずまず楽しかったぜ」


 しかし。


 振り下ろした剣は、ユディの首を斬ることはなかった。大きな盾が、疾風のごとく迫ってきて、オトムの剣を妨害したからだ。


「ユディぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」






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