3-10 馬車拉致
背中に受けた大きなゆれで起きた。月の明りでわかったのは馬車の中ということ。反射的にムズクムを探したがいない。
思いだした。
床には荷物が敷き詰められて、そこは女性たちで隙間なく埋まり、規則的な寝息をたてている。さらには頭の上からも幸せそうな寝息。みればハンモックが二つ吊ってある。風音、ばたつく幌がうるさいのによく眠れるものだ。
そういえば、と、ぼんやり思い返す。ハンナを師匠に届けたが、精魂疲れたところに、カダブ町の列に到着。安心して眠気に負けたのだった。女性たちの声。建物に引き込まれた気がしたが、それがこの馬車だ。
チブーの班の女性たちか。助けてくれたらしい。
バデレコが集めた女性たちは、そろいもそろって美人だらけ。もとから、キレイな人が多かった班だったが、バデレコは古株の帝国兵という立場で、強引に、男や不美人など意にそぐわない人と、よそ班の夫と子のない美人をトレードしまくった。自分の班と総入れ替えしたかったらしいが、兵長のカティーブが許さなかった。
トップの通達により強姦は極刑。だが恋愛は自由だ。バデレコはハーレム気分で、アタックを繰り返した。笑えることに全敗中だ。
班の担当であるチブーはまじめだけが取柄。文句もいわず、バデレコのやりたいようにさせていた。バデレコと逆で色目を使わない。女性たちは彼を信頼し、言うことに従った。
美人だらけの班にはたくさんの男たちが、食料をもってむらがった。彼女たちは見世物でない。食料には、そっけない礼で返した。でもそれがまた『高嶺の花』と、人気を高めたのだから、男とは不思議な生き物だ。
そういえば、女が欲しくなった男は、すぐ近くをゆく娼婦たちを乗せた色馬車にかけこんでいた。わたしの最近の心配がそれ。ムズクムも色馬車にいくかもしれない。彼とは、久しく抱き合えてない。
それにしても、バデレコの女性たちは、みため通り心が優しい。ただの顔見知りでしかないわたしを助けたのだ。人生は捨てがたいなんていうのは、年寄りじみてるかな。
わたしは、身体をおこして、あちこちさすった。曲芸的な寝相で寝てたのだが。筋肉に痛みがない。怪我もしてないようだ。
疲れはふきとんでる。寝相に関係なく、ぐっすりと眠れたらしい。これなら、走って師匠のところへ行けそうだ。用事がないので行かないが。
くーっと、お腹が鳴った。師匠から、パンをもらったことを思い出した。
懐から小さな丸パンを取り出した。つぶれてい固くなってる、汗のニオイも移っていた。ムズクムと半分こしたかったが。これは食べさせられない。捨てるのはもたったいないので、ちぎって口にいれた。
(おいしい)
あっというまに完食。支給の干し大麦パンなど比べ物にならない。1000倍は美味しい。
食べてお腹が落ち着いた。すぐにもムズクムのところに帰りたいが、寝床のお礼は言ておきたい。でも、揺らして起こすのは可愛そう。起きるまで待つことにした。そのとき、馬車が動いてることと気づいた。
ひずめ音もほとんどたてないが、たしかに進んでる。夜なのに珍しい。いつもの歩みより遅いのか、揺れが少ない。気付くのに遅れたはずだ。石にでも乗り上げたのか。あの揺れがなければ、わたしは目を覚まさなかった。
女性たちを踏まないように、四つん這いで車内を移動。前方にたどりつくと、幌の端を少し開けた。御者席に男がいた。手綱を握って、馬をのろのろと歩かせていた。
なんで出発したんだ。聞こうとしたが、いつか兵長が言っていた言葉を思いだした。
『馬車を盗まれたことがあってな。馬車のギィときしむ音や、蹄のパカパカ音は遠くまで響くからすぐわかりそうだが、集団だと音だらけで、1台や2台、もっていかれても気が付かねえ。風の強いと音が消されて最悪だ。そういうことで、夜は絶対に動かねぇ』
事実これまで、夜の移動は一度もない。帝国のことだ。万が一に、夜に移動するなら数日前の、それも明るいうちに通達してくる。捕囚監視体制を厳重にしろと、わたしたち委託リーダーに伝えるにきまってる。だったらこれは?
そっと幌をもちあげて、あたりの様子をうかがった。前方に、馬かラクダが曳く幌車が、いた。幌車の右と左には、2人づつ兵がが随伴してるのがみえる。
1車に御者と兵で3人。兵の配置はいつも、数台に一人だけ。護衛にしては手厚い。この馬車にも随伴してれば6人だ。ひょっとすると、ほかにも。
道幅がまるでみえないのもオカシイ。月がでているんだから、おぼろげでも道幅が見えるはず。
ラム・ナハラを縦断する街道は、1000年も昔から人が歩きつづけた、とっても強固な道だ。万全な平といえないけど、輪車でいくのに安定した道はほかにない。
道は最南のサハランから。気が遠くなるほど長い。ずっと北に東西への分かれ道がある。そこを西へいけばリーディア、東ならビロロン帝国に着ける。
分かれ道を間違えないかぎり必ず帝都に到着する。愚直に進めばいいのに、わけがわからない。危険を冒してまで道を外れる意味がない。
ちなみに、セントメディウム王国の位置は北と南の中間くらい。そのせいで古来から大国の餌食だ。
街道は長大だ。たまたま分かりづらい道なのかもしれない。でも。これがもし、道なき道だとしたら、街道でない所を進んでることになる。好奇心に負けて、御者に質問した。
「ここは街道か。街道とすればどのあたりだ? 夜に出発したのはなぜだ」
「目を覚ましたか……気にせず眠ておけ。着いたら起こす」
男はまともに答えない。迷惑が態度に表れていた。そして、その声には覚えがあった。
チブーは美女班の担当で、いること自体はおかしくない。バデレコは女好きの中年。班を人員を美人に置き換えた張本人。ふたりのどちらも、めったに御者などはしないが、いても不思議はない。だけど声は、チブーでも、バデレコでもなかった。
「オトム! なぜキミがこの馬車の御者を」
「ユディか。こいつはいい! ドウドウっ!」
オトムは手綱をひき馬を止めた。撫でておとなしくさせて立ち上がり、幌をまくって馬車内部へ入るなり、剣を抜いた。
「お前とは本気で戦いたかった。殺ろうぜ」
「なにを。わたしは夜中に移動する理由を聞いてる。アイサッタの命令か」
「とある方はアイサッタかよ。下っ端兵で、次席将校殿の名を知ってるヤツは少ねぇっつーのに。まぁ、命令っていうのはねえな」
言いながらオトムは、力任せに剣を振るった。狭い馬車。亜麻布の丈夫な幌に、見事な切れ目がはいった。風に吹き込んだ。そのはためく音に、女性たちが驚いて目を覚ます。
「な、なに? トラが襲ってきたの?」
「このへんにいないわよ、ハイエナじゃない」
「あらあ帝国兵? またバデレコの夜這いかしら。懲りないわね」
半ば寝ぼけた女性たちは、オトムの存在を女たらしと間違えた。
「うるせぇな。こいつらが先だな」
わたしは間違っていたのか。
オトムは、夕方にちょくちょくやってきた。ムズクムを無理やり剣の訓練につき合わせた。裏の顔役サーサイや、町長の息子アッガなどが、ときどき混じったので、一種の訓練クラブの趣があった。住人たちは、囃したり、賭けの対象にしたりと、楽しみの少ない捕囚行において、娯楽にもなっていた。
時間もメンツも決まってない気ままな訓練だが、誰が代表者かといればオトムしかいない。剣技には意外に面倒見がよく、つたない技には的確にアドバイスした。害のない戦闘狂に慣れていた。
戦い好きとは言ってるのは照れ隠し。好きなのは剣の腕を磨くこと。真摯な一本気を悟られたくなくて殺しが好きなどと吹聴してる。この、口ほどには害のない、暴力ふっかけ男のことを、そう値踏みしていた。
オトムは躊躇いなく殺した。手首の返しで剣を引くと、その切っ先で女性の首を|薙<な>ぐ。刃は首の半分ほどで止まり、皮と肉が繋がった頭が、だらりとぶら下がった。魂の抜けた身体は、暖かな液体を放出しながら、倒れた。
「けっ、力みすぎたか」
ほの暗い瞳が闇に輝った。てらいのない蛮行に、女性たちが固まる。緊張が感染したのか、わたしの腕も動かない。まるで、時が停止したような沈黙に包まれた。自由なのはオトムだけ。剣についたべったりの血糊りを、干してある――死んだ女性のかもしれない――衣で拭ぐいとった。
「訓練訓練で鈍った鈍ったか。カンが戻ってこねぇ……ふっ」
なんのカンだ。殺しのか。
息を吐きながら一振りすると、吊ったハンモックの紐を2つとも切リ離した。ハンモックに寝ていた2人は、支えがなくなりずり落ち、床の女性たちへと、どさどさっと落下した。
「いたたた」
「紐切れたーー?!」
急激に目を覚まし慌てる2人。むしろ、この騒動のなか寝ていた神経に驚くが、沈黙が破られた。
「ぎゃあ!」
「セリィ、セリィが殺さ……」
悲鳴があがる。緊張が解けて、わたしも動けるように。
「次は……うるせぇおめえだ」
狂乱する女性に、オトムの剣が向かった。わたしは短剣を抜いて体当たりし、剣を止めた。金属が擦れる耳障りな音がした。
「ははっ! |殺しあう<やりあう>気になったか」
嬉しそうに口元を曲げるオトム。本気で思ってるんだろうか。殺しあいが楽しいなどと。
「キミの趣味に付き合う気はない。全員、馬車から降りろ!!!」
「ユディ!? わかった。みんな降りて!」
まだ、事態はわかってない人もいるが、危険の理解はいきわたったようだ。急いで2人が飛び降りた……が、そこで逃げる波は滞ってしまった。
「はやく、はやく!」
「いやああ」
「た、立てない」
「こ、怖い怖い……」
女性たちは降りようとする。けど、足が血で滑ってうまく逃げられない。外に出た二人が手を貸すがうまくいかない。
娘が恐怖で泣きわめき、美女が腰を抜かし、頭を抱えて縮こまる人など。逃げるどころが押し重なって膠着。恐怖がいきわたりすぎた。
オトムは、総員の退出を待ったりしない。
鍛えた男の腕力によって、わたしはふり払わられる。その拍子、血で足が滑って倒れた。
「その気がなくてもいいさ。粘土板の礼に、殺す」
「粘土板……?」
なんのことだ。思い出す間に、切っ先が迫った。『殺りあう』といってるくせに、正々堂々の欠片もない。無抵抗の女性は殺すし、こけたわたしに剣を揮るう。殺せればなんでもいいなら、性分は最悪だ。
わたしは、そこらの袋をつかんで、オトムの剣を払った。袋がやぶれ、薄い亜麻布が散らばった。布は女性たちの下着。色馬車ではないのだが頬を染めてしまいそうな形状のもある。なかで極めていかがわしい造りが、オトムの顔にくっつき、その視界を奪った。
粘土板が、町内名簿のことだと思いだした。
「べつに、礼にはおよばない」
思い切り、男にとって共通の急所である股間を蹴り上げた。
「っ! め……」
悶絶したのがわかった。股間をおさえて言葉にらないほどの苦悩に、跳ねまわる。わたしは「いまのうちに!」と、女性たちを外へと押し出していった。




