3-09 師匠へ渡す旅
「ユディさんの師匠って、どういう方なんですかーー?」
黒服に黒いスカーフの少女の、おしゃべりがとまらない。12歳にしてして夫をなくした未亡人。その立場を商売へ活かしたやり手だ。同族への、利息をつけた金貸しは禁じられるにもかからず、かんたんに一線を踏み越えた。
「見た目はしょぼいが頭がキレる」
「へぇーー。なにかなさったんですーー?」
どういえば伝わるか。瀕死の隊を勝利に導いてるが役職はない。文字を教わったが教師でもない。うーむ……そうだこれなら。
「花街の玄人女を性奴隷にするテクニシャンだ」
「性奴隷――! 私になにを学ばせるんですかーー?」
「商売だが?」
なにを言ってるんだハンナは。それ以外になにがある。
ハンナはセントメディウム人に高い利息で金を貸し、それは罪だとサーサイが責めた。同胞から利息をとる真似はいけないという。
商売は商売じゃないか。やりすぎはいけないが、相手で差をつけるほうが邪道だと思う。ビロロンやサハランにだって金貸しはいるし。商売相手のおおくは同じ地の民や商人だ。
他所は他所とサーサイはいう。セントメディウムは選ばれし民だから、外道な法を真似てはいけないと。そんな話ははじめて聞いた。まあ、全員が囚人状態だから助け合えということだ。分からなくもない。
で、ハンナにはどういう罰がいいかという話だ。兵長カティーブが『商売で償わせろ』とったので、わたしが言った『師匠に預けて、闇ハンナを光ハンナにする』に決定したんだ。指や腕を折られるよりマシだろう。
師匠に預けることが、ハンナにとって正しい道と信じてる。知識無双のあの人ならば、正しい商売人に導いてくれる、と。
でもそれはそれだ。師匠をみつけるのがこんなに大変と知ってたら、こんなにムズクムと離れると分かっていたら、師匠に預けるなんて言わなかった。
「ムズクムに会いたいな」
「ユディさん、いまなんか言ったーー?」
一緒になってから、こんな長い時間、ムズクムと離れ離れになったことはない。これが今生の別れになると思わないけど、心細くてしょうがない。
「師匠がみつからないなと言ったんだ」
カダブ町の列を出発してかなりの時間がすぎた。太陽が真上に近い。6時間はすぎてる。師匠はパッとみつかり午前中には戻れる。なんて思ったが、まったく見当たらない。
生まれてこれまで、外れたことがないカンが『どこかにいる』とささやく。カンは当たるが、場所や時間までは不明だ。絶対にいるが数日かるかもしれない。不安になってきた。
どこまで歩いてもいない。
「シロウという老人をしらないか」
「さあ。苦労ならしてるがねぇ」
あちこちででたずねてみてるが、望むような答えはない。
列を追い越すことを舐めていた。常に先へ動いていく人の列が思ったより速い。人の遅い足に合わせた進行は、ともに往くには鈍いのだが、それをどこまでも追い越し続ける。それは、想像を超えた負担なのだ。
「疲れましたーー 休みませんかーー」
加えてハンナだ。足が速く体力があるわたしでも小休止は必要。それが、歩みも体力も人並みしかないハンナがいる。休む回数が多いし、一度の時間もながい。
出発して初めの1時間は元気で、距離が稼げた。でも順調はそこまで。それからは足が止まりぎみだ。
隊列が小休止するたびに止まる。隊列が動いてる時も疲れて止まる。止まれば列が進むから、稼いだ距離は縮んでしまう。越しては追いつかれるの連続では、歩いた甲斐がない。進み具合はのろのろになった。
サンダルは血だらけ。この捕囚の最初いらいにできた足の豆がつぶれたのだ。終わりのみえない行路は、疲れを倍増させる。ハンナはちょっとした石ころにもつまづいた。ときどき、足がもつれて転んだ。
「いったーーーぃ」
また転んだ。
「大丈夫かハンナ」
土を払うと、膝が擦りむいる。舌でぺろりと舐めると、目に涙をにじませた。
「……歩けませんー。殺してください。罰はそれでいいですー」
根のあげかたがひどい。疲れと痛みが限界か。こんな自暴自棄になるとは、ハンナも可愛そうが。
だけど、わたしはためらわない。止まってる人々を、足先で指して言う。
「みろ。みんな昼間の大休止で休んでる」
「……私も休みたいですーー」
「距離を稼ぐチャンスだぞ」
「知ったこっちゃありませんーー」
「知らないのか。うむ。それなら今知れ」
「いーやーでーすーーーがぶぶ」
わたしは、いそいで川の水を汲んだ。首をイヤイヤするハンナの頭から、かけてやる。ついでにむりやり口をあけて、飲ませた。
「う。うらみます」
内と外から冷却すると顔が引き締まった。すこし疲れがとれたらしい。
「恨んでいいぞ。いつかそれが感謝に代わる」
「感謝なんかありえませんからー。ぷんぷん」
「ひきずってでも連れていくが。どうする」
「じ、じぶんで歩きますーー」
ハンナの脇をかかえあげる。素直にしたがって立ち上がった。擦り傷だらけだ。引きずられて傷を増やしたくないのだろう。いかにも渋々と歩きだす。
彼女の生家はシム―家。世間にうとうわたしでも知ってるほど、やり手の商家として有名だ。ハンナは戦争で父親を亡くした。従兄と結婚したが、夫となった従兄と義父も、この度の動乱で、帝国兵に殺された。天涯孤独。ムズクムと暮らす前のわたしと同じだ。
幼い未亡人という立場は珍しい。その肩書で憐れみを誘い、高利貸しとして成功をおさめた。黒ショールに喪服は、いまでは彼女の商売服でトレードマークだ。
太陽は、あいも変わらず、真上からじりじり降り注ぐ。左には河。右には、ここからみえないが、砂漠が広がってる。乾いた風が砂を運び、肌をひからびさせる。川の水をときどき汲んでは、頭からかぶる。チュニックの汚れは落ちるけど、すぐに砂がへばりつく。
|セントメディウム人<仲間の囚人>たちは、昼寝をしたり腰を下ろして休んでる。怪訝そうな目を無視して歩いていくと、小さな村にたどりついた。泥レンガの家が20軒と、共用の井戸が一つのみ。そこで休息をとる班がいる。
「うらやましい」
「ですねー。10食分の価値はありますー」
村というより集落だが、施設があるだけでも別天地。タイミングよく村に止まれるなんて稀。休止や野営に村や町を予定しても、捕囚の列は、その通りに進まない。せっかく町なのに、何度となく、食材ひとつも買えずに通り過ぎた。村や町での休息は、小麦パン10個に値する。
水をもとめて井戸に殺到する元気のいい若者たち。それを、リーダーであろう女たちから「1列にならびな」と怒鳴りつけられ慌てて列をつくる。元気のない兵や捕囚民は、騒がしい井戸端にいない。家屋や木の陰に陣取って、これぞ休息という風に、仰向けでくつろいでいた。
そして、そんな村でみつけたのだ。
「……いた。さがしたぞ師匠」
わたしのカンは正しかった。これでやっと帰れる。あまりの嬉しさに、へたりそうになるが、我慢した。休んでる暇はない。
「おーーー! ユディじゃねーか。久しぶりだな」
師匠は隊長――名前は忘れた――と、板を樽にかけただけのテーブルで、手樽の水を飲んでいた。
「ごぶさたしてた。師匠も隊長も健創なようでなによりだ」
「おぅおぅ。相変わらず上から目線の言葉づかいめ。なつかしいじゃねーか」
「いうなシロウ。ユディは成長しておるぞ。ご機嫌をうかがう言葉をもちいてる」
失礼な隊長だ。わたしはいつだって成長してる。
「ナハハ。ちげえねぇ。で? 今度はどんなトラブルよ?」
「話をするまえに水をもらえるか? カラカラなんだ」
「トラブルは否定しねぇのな。水か。いま井戸から汲むから」
トラブルを持ち込んだつもりはないが、疲れてしまって否定パワーが出ない。
水は、師匠が飲んでる小樽を奪った。ほかに容れ物がみあたらないし、回し飲みはなど、物がない戦争ではあたりまえで気にしない。
「うーん染みる。ほらハンナも。師匠エキスの混じった飲みかけだが」
「失礼なやつだな」
冷えた井戸の水は、我が家で飲んで以来だ。ごくごく喉を通っていく。色のついた川水に慣れたわたしには、最高のごちそうだ。
「飲めればなんでもいいですーーー おいしぃっ!」
飲み口をぬぐって、小樽を返す。
「うめえだろう。帝国兵が一番にくれたんだぜ。“女をメロメロにする方法”が対価だ」
それ以上はいわないで欲しい。ハンナの眼差しがイタイ。話を変えよう。
「みつかってよかった。師匠は高齢で奴隷だからな。捕囚に入れてもらえない可能性が、なきにしもあらずだ」
「さすが弟子わかってるな。シロウはあやうく王都に捨てられるところよ。共にこうしていられるのはわしの口利のおかげである。おおいに恩に着せてるところだ」
そうか。危うく空振りになるところだったんだな。その師匠が、あきれ顔になった。
「ご主人よ。喜べるような身分かよ。”壊滅した国の囚人”だぜ」
隊長は、奴隷シロウの所有者になった。当人たちにその意識はないが。関係は主人と奴隷だ。
「囚人はいいぞ。なんといっても飢えない。うらぶれゆく王都で死を待つより良い身分ではないか。なあに、これほど大勢の囚人は牢におしこめらることはない。自分たちの町を作り、職人は仕事をもらうのが慣例だ。土地が肥沃なら暮らし向きがよくなるかもしれぬ――」
トップが命じたおかげだろう。この捕囚の旅にはいっさい、兵による無体な仕打ちがみあたらない。働かなくても食えるので、怠惰層のあいだでは歓迎の声があがってる。全体的に悲壮感がない。
「――わしはまず女をみつける」
むしろ、まだ見つけてないことに驚きを禁じ得ない。
「結局それかよ。割り切りはぇえよな。セントメディウム人の特性ってやつか」
「特性といえば特性といえよう。祖先は幾度も奴隷にされていたというからな。聖人の導きで、サハランから王都に脱出した物語もある。人生は捨てがたい」
「つまり、しぶてぇんだな」
わたしたちセントメディウムは、ずっと遠くの祖先の時代から、奴隷にされては故郷に帰るを繰り返してる。その地に根づいた者もいたけど、王国の地にやってきた者もまた多い。割り切りとも、しぶといともちがう。そうしなきゃ生きられない歴史があっただけだ。さまざまな血がまじりあい、肌の色もさまざま。褐色が多いが白も黒もいる。それがセントメディウム人だ。
苦難にちなんだ物語がそのたびに生まれる。最近ではこんな話を聞く。
「世界がほろびるとき救世主が現われて、わたしたちを安住の地に導いてくれるらしいぞ、師匠」
みんなが口々に話してる。誰が言い出したのか不明だ。
ついこのまえまで、帝国に負けたのは|ラシャイ<天の神>が弱いせいと、責めていたのに。いつのまにか、神は救世主を遣わして救ってくれる手はずになってる。この物語尾ひれがついてして、語り継がれそうだ。
「ユディはどうだ? 神はいると思うか」
師匠が渋い顔になった。なんだろ。みたことない表情だ。
「いるにきまってる。だが神は個人に関わるほど暇じゃない。話の8割は眉唾だ」
力関係で勝ったり負けたり。綱引きする神はまるで人間だ。だとすれば、決して万能じゃない。国や人がそうであるように。
「ははは、暇じゃないときたか。信じるのは自由だし、信じないのも自由だ。それを信じろと押しつけりゃ、殺し合うしかなくなる。そいつが不幸を生む」
「どこの話だ。聞いたこともない」
神がいる・いないの主張違いで殺し合いか。バカげてる。神同士の戦に巻き込まれるほうが、マシに思える。
「とある世界の歴史だ。お前たちには関係ない。まだな」
「師匠の話はためになるが、わたしがきたのはほかでもない。罪人ハンナを師匠にあずける。この子を善良な商人に育ててもらいたい」
「……は?」
囚人行軍は大変だが、歩くのが過酷だったのは最初の7日。いまは慣れたので、きょうみたいな強行路をしない限りは疲れたりしない。つまりそれは、歩く以外にやることがないということを意味になる。
「この子が罪人で俺に育てろだ? なんでそうなるっ!」
歩きながら教育はできる。というかしてもらいたい。
「師匠ならできる」
「なんで、やればできる子みたいになってんだ」
「師匠はどうせ暇してるのだろう? 詳しくはハンナに」
「暇っちゃ暇だが丸投げか、”詳しくはウェブで”か」
「さっきからわけのわからないことを。わたしの師匠は、いくらでも弟子をとれる」
「ユディさん、ついてくれないんですかーー」
「当たり前だ。保護者つきの罰がどこにある」
「ひどいです! 女の敵に丸投げはないですよーー」
「ハンナ。師匠は好色だが人格者だ。ハンナを頼んだぞ師匠。では!」
そしてきびすを返した。罪やら罰に至ったいきさつは、死線を超えたハンナが説明するだろう。
「え、こら、ちくしょうめ……ユディーーーーこれもってけ」
シロウがなにかを放り投げた。パンだ。それも焼きたての。井戸水以上のこちそうを、ありがたくいただいた。
太陽がかたむいてる。ムズクムが心配して待っている。急いで帰らないと。
帰る道は速かった。列を逆走するぶん、普通の歩速でも倍速なのを。小走りでガンガン進んだ。
それでも日の傾きには追いつきようがない。急いで急いだ。ありったけの速度をだした。カダブ町の、人や馬車は現われてこない。
「あれ。足が動かなく……」
とつぜん、持ちあがらなくなった、太ももからふくらはぎまでピンとなって、わたしの足じゃないみたいに、いうことをきかない。進もうと前のめりなので、その場に転んてしまう。
これがうわさに聞いた、つるって現象か。まだ若いわたしにも襲いかかるとは。立ち上がれなかった。歩くどころか膝も立たない。腕の力もぬけて半身さえ持ち上げられず、ごろりと仰向けになるのがやっとだった。水分補給を後まわしに快走したツケが、これか。
月明りが優しかった。ムズクムみたいと思った。
うすくなっていく意識のなか、けだるいカンジの女性の声がした。
「あらあ? ちょっとみんなきて」
「どうしたの……行き倒れじゃないの」
「私くらいね。たすけたほうがいいかな」
両脇をかかえられ、建物に引き入れられる。抵抗したくても動けない。これ。誘拐されたのだろうか。
「あ。よくみればユディじゃない。うちの町のリーダーの」
「ほんとだ」
不覚にもそこで意識がなくなった。たどりつんた安心で疲れが押し寄せたらしい。そこがどこか目覚めて気付いたのは、夜も完全に更けてから。
ユディも知ってるキレイな女性を集めた馬車。女好きオッサンのバデレコが、他班の人間を地道に交換して作り上げた、捕囚髄一、男ども垂涎の美人集団である。
「着いてたんだな。よかった」
ムズクムには悪いが、もうちょっと寝ていたい。




