表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/33

3-09 師匠へ渡す旅




「ユディさんの師匠って、どういう方なんですかーー?」


 黒服に黒いスカーフの少女の、おしゃべりがとまらない。12歳にしてして夫をなくした未亡人。その立場を商売へ活かしたやり手だ。同族への、利息をつけた金貸しは禁じられるにもかからず、かんたんに一線を踏み越えた。


「見た目はしょぼいが頭がキレる」

「へぇーー。なにかなさったんですーー?」


 どういえば伝わるか。瀕死の隊を勝利に導いてるが役職はない。文字を教わったが教師でもない。うーむ……そうだこれなら。


「花街の玄人女を性奴隷にするテクニシャンだ」

「性奴隷――! 私になにを学ばせるんですかーー?」

「商売だが?」


 なにを言ってるんだハンナは。それ以外になにがある。


 ハンナはセントメディウム人に高い利息で金を貸し、それは罪だとサーサイが責めた。同胞から利息をとる真似はいけないという。

 商売は商売じゃないか。やりすぎはいけないが、相手で差をつけるほうが邪道だと思う。ビロロンやサハランにだって金貸しはいるし。商売相手のおおくは同じ地の民や商人だ。


 他所は他所とサーサイはいう。セントメディウムは選ばれし民だから、外道な法を真似てはいけないと。そんな話ははじめて聞いた。まあ、全員が囚人状態だから助け合えということだ。分からなくもない。


 で、ハンナにはどういう罰がいいかという話だ。兵長カティーブが『商売で償わせろ』とったので、わたしが言った『師匠に預けて、闇ハンナを光ハンナにする』に決定したんだ。指や腕を折られるよりマシだろう。


 師匠に預けることが、ハンナにとって正しい道と信じてる。知識無双のあの人ならば、正しい商売人に導いてくれる、と。


 でもそれはそれだ。師匠をみつけるのがこんなに大変と知ってたら、こんなにムズクムと離れると分かっていたら、師匠に預けるなんて言わなかった。


「ムズクムに会いたいな」

「ユディさん、いまなんか言ったーー?」


 一緒になってから、こんな長い時間、ムズクムと離れ離れになったことはない。これが今生の別れになると思わないけど、心細くてしょうがない。


「師匠がみつからないなと言ったんだ」


 カダブ町の列を出発してかなりの時間がすぎた。太陽が真上に近い。6時間はすぎてる。師匠はパッとみつかり午前中には戻れる。なんて思ったが、まったく見当たらない。


 生まれてこれまで、外れたことがないカンが『どこかにいる』とささやく。カンは当たるが、場所や時間までは不明だ。絶対にいるが数日かるかもしれない。不安になってきた。


 どこまで歩いてもいない。


「シロウという老人をしらないか」

「さあ。苦労ならしてるがねぇ」


 あちこちででたずねてみてるが、望むような答えはない。


 列を追い越すことを舐めていた。常に先へ動いていく人の列が思ったより速い。人の遅い足に合わせた進行は、ともに往くには鈍いのだが、それをどこまでも追い越し続ける。それは、想像を超えた負担なのだ。


「疲れましたーー 休みませんかーー」


 加えてハンナだ。足が速く体力があるわたしでも小休止は必要。それが、歩みも体力も人並みしかないハンナがいる。休む回数が多いし、一度の時間もながい。


 出発して初めの1時間は元気で、距離が稼げた。でも順調はそこまで。それからは足が止まりぎみだ。

 隊列が小休止するたびに止まる。隊列が動いてる時も疲れて止まる。止まれば列が進むから、稼いだ距離は縮んでしまう。越しては追いつかれるの連続では、歩いた甲斐がない。進み具合はのろのろになった。


 サンダルは血だらけ。この捕囚の最初いらいにできた足の豆がつぶれたのだ。終わりのみえない行路は、疲れを倍増させる。ハンナはちょっとした石ころにもつまづいた。ときどき、足がもつれて転んだ。


「いったーーーぃ」


 また転んだ。


「大丈夫かハンナ」


 土を払うと、膝が擦りむいる。舌でぺろりと舐めると、目に涙をにじませた。


「……歩けませんー。殺してください。罰はそれでいいですー」


 根のあげかたがひどい。疲れと痛みが限界か。こんな自暴自棄になるとは、ハンナも可愛そうが。

 だけど、わたしはためらわない。止まってる人々を、足先で指して言う。


「みろ。みんな昼間の大休止で休んでる」

「……私も休みたいですーー」

「距離を稼ぐチャンスだぞ」

「知ったこっちゃありませんーー」

「知らないのか。うむ。それなら今知れ」

「いーやーでーすーーーがぶぶ」


 わたしは、いそいで川の水を汲んだ。首をイヤイヤするハンナの頭から、かけてやる。ついでにむりやり口をあけて、飲ませた。


「う。うらみます」


 内と外から冷却すると顔が引き締まった。すこし疲れがとれたらしい。


「恨んでいいぞ。いつかそれが感謝に代わる」

「感謝なんかありえませんからー。ぷんぷん」

「ひきずってでも連れていくが。どうする」

「じ、じぶんで歩きますーー」


 ハンナの脇をかかえあげる。素直にしたがって立ち上がった。擦り傷だらけだ。引きずられて傷を増やしたくないのだろう。いかにも渋々と歩きだす。


 彼女の生家はシム―家。世間にうとうわたしでも知ってるほど、やり手の商家として有名だ。ハンナは戦争で父親を亡くした。従兄と結婚したが、夫となった従兄と義父も、この度の動乱で、帝国兵に殺された。天涯孤独。ムズクムと暮らす前のわたしと同じだ。


 幼い未亡人という立場は珍しい。その肩書で憐れみを誘い、高利貸しとして成功をおさめた。黒ショールに喪服は、いまでは彼女の商売服でトレードマークだ。


 太陽は、あいも変わらず、真上からじりじり降り注ぐ。左には河。右には、ここからみえないが、砂漠が広がってる。乾いた風が砂を運び、肌をひからびさせる。川の水をときどき汲んでは、頭からかぶる。チュニックの汚れは落ちるけど、すぐに砂がへばりつく。


 |セントメディウム人<仲間の囚人>たちは、昼寝をしたり腰を下ろして休んでる。怪訝そうな目を無視して歩いていくと、小さな村にたどりついた。泥レンガの家が20軒と、共用の井戸が一つのみ。そこで休息をとる班がいる。


「うらやましい」

「ですねー。10食分の価値はありますー」


 村というより集落だが、施設があるだけでも別天地。タイミングよく村に止まれるなんて稀。休止や野営に村や町を予定しても、捕囚の列は、その通りに進まない。せっかく町なのに、何度となく、食材ひとつも買えずに通り過ぎた。村や町での休息は、小麦パン10個に値する。


 水をもとめて井戸に殺到する元気のいい若者たち。それを、リーダーであろう女たちから「1列にならびな」と怒鳴りつけられ慌てて列をつくる。元気のない兵や捕囚民は、騒がしい井戸端にいない。家屋や木の陰に陣取って、これぞ休息という風に、仰向けでくつろいでいた。


 そして、そんな村でみつけたのだ。


「……いた。さがしたぞ師匠」


 わたしのカンは正しかった。これでやっと帰れる。あまりの嬉しさに、へたりそうになるが、我慢した。休んでる暇はない。


「おーーー! ユディじゃねーか。久しぶりだな」


 師匠は隊長――名前は忘れた――と、板を樽にかけただけのテーブルで、手樽の水を飲んでいた。


「ごぶさたしてた。師匠も隊長も健創なようでなによりだ」

「おぅおぅ。相変わらず上から目線の言葉づかいめ。なつかしいじゃねーか」

「いうなシロウ。ユディは成長しておるぞ。ご機嫌をうかがう言葉をもちいてる」


 失礼な隊長だ。わたしはいつだって成長してる。


「ナハハ。ちげえねぇ。で? 今度はどんなトラブルよ?」

「話をするまえに水をもらえるか? カラカラなんだ」

「トラブルは否定しねぇのな。水か。いま井戸から汲むから」


 トラブルを持ち込んだつもりはないが、疲れてしまって否定パワーが出ない。

 水は、師匠が飲んでる小樽を奪った。ほかに容れ物がみあたらないし、回し飲みはなど、物がない戦争ではあたりまえで気にしない。


「うーん染みる。ほらハンナも。師匠エキスの混じった飲みかけだが」

「失礼なやつだな」


 冷えた井戸の水は、我が家で飲んで以来だ。ごくごく喉を通っていく。色のついた川水に慣れたわたしには、最高のごちそうだ。


「飲めればなんでもいいですーーー おいしぃっ!」


 飲み口をぬぐって、小樽を返す。


「うめえだろう。帝国兵が一番にくれたんだぜ。“女をメロメロにする方法”が対価だ」


 それ以上はいわないで欲しい。ハンナの眼差しがイタイ。話を変えよう。


「みつかってよかった。師匠は高齢で奴隷だからな。捕囚に入れてもらえない可能性が、なきにしもあらずだ」

「さすが弟子わかってるな。シロウはあやうく王都に捨てられるところよ。共にこうしていられるのはわしの口利のおかげである。おおいに恩に着せてるところだ」


 そうか。危うく空振りになるところだったんだな。その師匠が、あきれ顔になった。


「ご主人よ。喜べるような身分かよ。”壊滅した国の囚人”だぜ」


 隊長は、奴隷シロウの所有者になった。当人たちにその意識はないが。関係は主人と奴隷だ。


「囚人はいいぞ。なんといっても飢えない。うらぶれゆく王都で死を待つより良い身分ではないか。なあに、これほど大勢の囚人は牢におしこめらることはない。自分たちの町を作り、職人は仕事をもらうのが慣例だ。土地が肥沃なら暮らし向きがよくなるかもしれぬ――」


 トップが命じたおかげだろう。この捕囚の旅にはいっさい、兵による無体な仕打ちがみあたらない。働かなくても食えるので、怠惰層のあいだでは歓迎の声があがってる。全体的に悲壮感がない。


「――わしはまず女をみつける」


 むしろ、まだ見つけてないことに驚きを禁じ得ない。


「結局それかよ。割り切りはぇえよな。セントメディウム人の特性ってやつか」

「特性といえば特性といえよう。祖先は幾度も奴隷にされていたというからな。聖人の導きで、サハランから王都に脱出した物語もある。人生は捨てがたい」

「つまり、しぶてぇんだな」


 わたしたちセントメディウムは、ずっと遠くの祖先の時代から、奴隷にされては故郷に帰るを繰り返してる。その地に根づいた者もいたけど、王国の地にやってきた者もまた多い。割り切りとも、しぶといともちがう。そうしなきゃ生きられない歴史があっただけだ。さまざまな血がまじりあい、肌の色もさまざま。褐色が多いが白も黒もいる。それがセントメディウム人だ。


 苦難にちなんだ物語がそのたびに生まれる。最近ではこんな話を聞く。


「世界がほろびるとき救世主が現われて、わたしたちを安住の地に導いてくれるらしいぞ、師匠」


 みんなが口々に話してる。誰が言い出したのか不明だ。

 ついこのまえまで、帝国に負けたのは|ラシャイ<天の神>が弱いせいと、責めていたのに。いつのまにか、神は救世主を遣わして救ってくれる手はずになってる。この物語尾ひれがついてして、語り継がれそうだ。


「ユディはどうだ? 神はいると思うか」


 師匠が渋い顔になった。なんだろ。みたことない表情だ。


「いるにきまってる。だが神は個人に関わるほど暇じゃない。話の8割は眉唾だ」


 力関係で勝ったり負けたり。綱引きする神はまるで人間だ。だとすれば、決して万能じゃない。国や人がそうであるように。


「ははは、暇じゃないときたか。信じるのは自由だし、信じないのも自由だ。それを信じろと押しつけりゃ、殺し合うしかなくなる。そいつが不幸を生む」

「どこの話だ。聞いたこともない」


 神がいる・いないの主張違いで殺し合いか。バカげてる。神同士の戦に巻き込まれるほうが、マシに思える。


「とある世界の歴史だ。お前たちには関係ない。まだな」

「師匠の話はためになるが、わたしがきたのはほかでもない。罪人ハンナを師匠にあずける。この子を善良な商人に育ててもらいたい」

「……は?」


 囚人行軍は大変だが、歩くのが過酷だったのは最初の7日。いまは慣れたので、きょうみたいな強行路をしない限りは疲れたりしない。つまりそれは、歩く以外にやることがないということを意味になる。


「この子が罪人で俺に育てろだ? なんでそうなるっ!」


 歩きながら教育はできる。というかしてもらいたい。


「師匠ならできる」

「なんで、やればできる子みたいになってんだ」

「師匠はどうせ暇してるのだろう? 詳しくはハンナに」


「暇っちゃ暇だが丸投げか、”詳しくはウェブで”か」

「さっきからわけのわからないことを。わたしの師匠は、いくらでも弟子をとれる」


「ユディさん、ついてくれないんですかーー」

「当たり前だ。保護者つきの罰がどこにある」

「ひどいです! 女の敵に丸投げはないですよーー」


「ハンナ。師匠は好色だが人格者だ。ハンナを頼んだぞ師匠。では!」


 そしてきびすを返した。罪やら罰に至ったいきさつは、死線を超えたハンナが説明するだろう。


「え、こら、ちくしょうめ……ユディーーーーこれもってけ」


 シロウがなにかを放り投げた。パンだ。それも焼きたての。井戸水以上のこちそうを、ありがたくいただいた。

 太陽がかたむいてる。ムズクムが心配して待っている。急いで帰らないと。





 帰る道は速かった。列を逆走するぶん、普通の歩速でも倍速なのを。小走りでガンガン進んだ。

 それでも日の傾きには追いつきようがない。急いで急いだ。ありったけの速度をだした。カダブ町の、人や馬車は現われてこない。


「あれ。足が動かなく……」


 とつぜん、持ちあがらなくなった、太ももからふくらはぎまでピンとなって、わたしの足じゃないみたいに、いうことをきかない。進もうと前のめりなので、その場に転んてしまう。


 これがうわさに聞いた、つるって現象か。まだ若いわたしにも襲いかかるとは。立ち上がれなかった。歩くどころか膝も立たない。腕の力もぬけて半身さえ持ち上げられず、ごろりと仰向けになるのがやっとだった。水分補給を後まわしに快走したツケが、これか。


 月明りが優しかった。ムズクムみたいと思った。

 うすくなっていく意識のなか、けだるいカンジの女性の声がした。


「あらあ? ちょっとみんなきて」

「どうしたの……行き倒れじゃないの」

「私くらいね。たすけたほうがいいかな」


 両脇をかかえられ、建物に引き入れられる。抵抗したくても動けない。これ。誘拐されたのだろうか。


「あ。よくみればユディじゃない。うちの町のリーダーの」

「ほんとだ」


 不覚にもそこで意識がなくなった。たどりつんた安心で疲れが押し寄せたらしい。そこがどこか目覚めて気付いたのは、夜も完全に更けてから。

 ユディも知ってるキレイな女性を集めた馬車。女好きオッサンのバデレコが、他班の人間を地道に交換して作り上げた、捕囚髄一、男ども垂涎の美人集団である。


「着いてたんだな。よかった」


 ムズクムには悪いが、もうちょっと寝ていたい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ