3-07 捕囚祭司の困惑
捕囚のなかに、ひときわボロの3人連れがいた。大人になったばかりの男と、弟とわかる似た容姿の幼子。それに少年といっていい10代の男だ。少年は、ゆるく進むラクダ車にすがりついこうとするが、荷台の老婆にたたかれた。
「いてぇ……なにすんだ」
「若いんだからしっかり歩きな」
「自分は楽してるくせによ」
しかたなくラクダから離れた。年長の男に肩に、手をまわした。
「ガーシュさん。なんかもってないスか。腹減って歩けないっす」
「1時間前に干しパンたべたよなイーツァ。最後の食い物をひとりでさ」
「小司……いやおいら、育ち盛りの腹ペコなんスよ」
ガーシュとイーツァは祭司だ。身分を隠して一般人にまぎれていた。王族と神を祀る祭司は優先的に捕まった。それを見越したイーツァは、ガーシュと逃げた。ボロを着て祭司服を隠したのだ。おかげで、過激な捕縛からは逃れた。捕囚からは逃げられなかった。
「兄ちゃん……」
「ほら。こんな弟も耐えてる。配給まで我慢しなよ」
「神殿はよかったス。貢物から好きなものを選んで食えてた」
イーツァはひと月前まで、民が神殿に供した財や食料を仕分けする責任者だった。先輩に倣って、自分の分をとりわけ、住居に運ばせていた。
「そんなことしてたのかよ。俺が掠めとったときは、水汲みの罰を与たくせに」
「下手くそなんスよガーシュさん。人前でやられちゃ、見過ごせるわけないじゃないスか。おいらその点孤児歴長くて年季がはいってるっスからね。スリに盗みはお手の物。バレなかったス」
「お前を拾ってやったの俺だぞ」
イーツァは孤児だ。スリをみつかって半殺しにされかけるのを、平民のガーシュが助けた。5人兄弟の2番目であるガーシュは、弟とイーツァが重なってみえた。連れ帰って畑仕事をおしえた。とりあえず食うに困らず、盗み以外の食う手段が得られるとして、イーツァは前向きに仕事を覚えた。
「感謝したから、祭司に雇ったじゃねーすか。ガーシュさんに拾われなきゃ、オヤジが偉いさんの血筋は王家ってわかんなかったすから。……腹へったー」
神殿にいったある時、年長の祭司の目に、母親の名前を問われた。亡くなった母の名を答えると、王家の宮殿に招き入れられた。母親は王の甥の妾だった。イーツァは王族で、王位継承権を持つという。32番目。まったく望みない順位だが王族に違いはない。
妾の子。しつけのなってない孤児を、王家は持てあます。表面だけ教育をほどこして、祭司とした。責任も仕事もない部署に押し込んで、王甥への義理を果たしたことにした。
なにもしないで衣食住完備。その厚遇に喜んでいるところに戦争が勃発した。
戦で指揮をとるのは王家の権利。戦に向かった王家は次々に戦死や負傷した。祭司がどんどん減っていくなか、イーツァは後方の弓隊に送り出された。
期待しなかった部隊が善戦した。敗退する戦いで一矢報いた活躍は、セントメディウム人の胸に、一縷の誇り刻んだ。イーツァは昇格。貢物を管理する、ウハウハな役を手に入れた。
これで順風満帆の生涯おくれる。そう喜んでいたのだが。先王の弟つまりイーツァの実父が反乱を計画。目論見は簡単に露見した。
「傀儡王の|父親<バカ>が反乱だなんて。皇帝にもらった立場ってのをわかってないんスかね。おかげで夢がおジャンス。可愛い娘を集めたハーレム作る気でいたのに。いい迷惑っスよ」
|父親<バカ>が王になって、イーツァは皇太子に昇格。継承権8番目。王への道は、やはり低いが、そこがよかった。身分は高く責任が低いのは最高である。|父親<バカ>がアホしなきゃ、死ぬまで悠々自適なのに、命を懸けてまて反乱を企てるとは。
いまも理解できない。
「目立つなよイーツァ。王族のお前は、一級のお尋ね者だろうしな」
ガーシュとイーツァ。2人の立場は上がったり下がったりと、入れ替わるものの、行動は常に一緒だ。縁があるのだろう。
「おっと。今日はここまでか」
列の歩みが止まった。太陽が西の森林へと傾いてる。今夜の野宿の準備だ。イーツァは弟の手をひいて、帝国軍の食べ物を配給する列へと走っていった。
「いってくるっス」
「3人分もらえ。寝床を準備したら俺は訓練につきあってくる。食い物があるかもしれない」
「わかったす」
ガーシュは最近どこかの訓練に参加しては、疲れて生傷をつくってくる。乗り気はしないが、時々、食い物をもらえるのだ。口を開けてぼーっと待ってるよりいい。
イーツァは配給場所へ急いだ。味は不味いが頼りはそこだけ。早くいかないと少ない配給品がなくなってしまう。人数分あると帝国兵は公言するが、足りたことがない。配布する者の気分しだいで、早じまいや取りやめがおこる。
横領と、分配の偏りはどこでもある。本来は無料でもらえる食物。一部の金持ち捕囚人は、物や金銭と交換する。持ってない貧乏人は運よくありついたもので命をつなぐ。
一番近い配給所の馬車はすでに人だかり。がむしゃらに手を伸ばして食い物をねだる。列などない。イーツァが後ろにつくまえに、配給は終わった。
「今日の分はおわりだ。散れ散れ」
まだ物はたっぷりあるのに、係の兵は店じまい。貧乏人は解散したが金持ちは閉まった馬車の裏に並びだした。ここからは兵が私腹を肥やす時間だ。イーツァは舌打ちして、次にひとつ先の配給所へ歩き出す。そこの兵は真面目に全部を配る。間に合うかもしれない。
歩いてすぐに弟が重くなった。
「イーツァ、足、いたい」
「くじいたスか。おぶってやるっス」
足首少し腫れてる急がせすぎたようだ。ガーシュの弟をおぶって歩く。意外に重い。急ぎたくても足が進まない。やっと着いた配給所は解散していた。この先にも配給所はあるのだが、行ったところでもらえる見込みはない。
「……戻るスかね」
遅くてのろい歩みで来た道を引き返した。
あたりにいるのは、これから食事という家族たち。配給された何かの干し肉や、固い大麦パン、素焼きの容器の水をテーブル代わりの箱に並べてる。
「|ラシャイ<天の神>よ。今日も糧が得られたことを感謝します」
一組の夫婦が言葉を唱えている。テーブルの前に片足をたてて手を合わせ、神への感謝だ。手を合わせる行為。唱える言葉。どちらの行いも見たことがない。首をひねった。イーツァは祭司だった癖で尋ねた。
「それ、なんスか?」
「孤児か。恵ぐもんなんかねぇぞ」
亭主は掌をふって、イーツァを追っ払おとした。物乞いの孤児と思われた。いまの自分はみすぼらしい子供。パンを凝視する幼時も連れてる。それほど外れてもいないのが笑えた。
「いや。そうじゃなくて……いいです」
「|ラシャイ<天の神>にお祈りしてるのよ」
行こうとすると、イーツァが何を聞きたいかに気づいた女房が親切に教えてくれた。
「お祈りっすか? 神殿がなくて貢物をしてないのに?」
教えてくれたが、納得できない。これはイーツァの知る祈りではない。
神殿には神の代理像が収められてる。恐れ多い偶像は禁止だから。像は牛や馬になる。牛をみつめて、またがる神のお姿が思い浮かべる。人々は出来うる供物を貢ぎ、心に映った神を畏れ、災害をお起こさないでと願うのだ。それが神への祈りだ。
「ええ。どこかの英雄が始めたそうよ。神殿は壊されたけど、まぶたに見える。そうやって、いつでもどこでも神に祈るのよ。食事に感謝したり、天罰がくださないでって。形だけなのはわかってる。しかたないじゃない」
イーツァは驚く。国を亡ばされ民の流刑を防げない弱い神に、いまさら、天罰もなにもないとも思うが。すがる神は必要だ。神殿が破壊され人々は、祈る先と希望を失ったのは知ってる。でもそれは、捕囚先のどこかに神殿を建立するものだと、考えていた。
こんな形で祈りが再開されるなんて、思いもよらなかった。
イーツァは祭司として数年、神殿にいた。神に仕え朝晩交代でお世話する仕事だ。一度も、神を感じたことはなかったが。
またどんなに信じようとダメなときはダメだ。事実として帝国に負けたし。それが、人の力が足りないせいか、神の力が弱まったのか。傀儡王の言うように、他の神に祈ったことで|ラシャイ<天の神>が怒ったのか。理由など分からない。
王家の血をひくイーツァは孤児として育ち、祭司になった、これも神の悪戯にみえなくはないが、イーツァは世の中の事情にすぎないと考えた。王が捕まり帝国の手が伸びたときに、神の手ほどきはなかった。逃れられたのは偶然と自らの裁量。そう確信した。
たどりつく答えはいつも同じ。
|ラシャイ<天の神>は、いるかもしれないが、いないかもしれない。いてもいなくても、どっちでもいい。信じる人は存在を願ったり恐れればいい。ただし、集った意思は多いほうへいつも傾く。それだけのことだ。
イーツァは信じてない。フラットに割り切って、利用することを考える。多くの祭司たちと同じように。この夫婦の信心深さは使える。腹を満たせそうだ。
空腹でいまにも倒れそうな弟を座らせた。着ていたボロを脱ぎ捨てて、中に着ていた祭司のチュニック露わにした。服を替えただけ。それだけだが、神に飢えた夫婦の目には、天に遣わされた使者と映ったようだ。
「あ、あなたはまさか」
「小司は祭司だ。苦難のご時世で身分を隠してるが、真の王族の血をひくものである」
祭司は神の世話をする者。いるかいないか分からない神が快適に暮らせるよう、神殿に目を配り管理する。祭司が神に触れて声を聞くことができると、信者は信じた。さらに初代王は神だとする伝統一派が、あるという。イーツァには都合がいい。
「ははーーっ」
夫婦はイーツァにひれ伏した。
「祭司様……預言を。神の言葉をお聞かせください。私たちはなにをすれば、この苦難から抜け出られるのでしょう」
「うむ。小司は未熟ゆえ、多くは聞こえぬのだが。神の言葉を伝えよう。その前に」
預言者と祭司はちがうことがほとんどだが、平民は一緒くたにする。イーツァは視線を、箱テーブル上の食い物へ注いだ。夫婦にわかるように、あからさまに。
「これを捧げます」
配給食だが、空腹にはごちそうだ。食べたい。いますぐ手を伸ばして食いつきたいが、これは神への貢物。祭司が目の前で食べていいものではない。食べるのは持ち帰ってからだ。早急に終わらせないと。
「……ゴホン。|ラシャイ<天の神>はこうおっしゃられた。はるか昔……」
それは、母親に聞かされた旅のものがたり。はるか昔、悪い国に囚われた民たちが、神に仕えた賢者に導きで脱出した、建国の物語だった。
イーツァは母を思い出し、覚えてない部分は適当に補完しながら、急ぎ足で話していった。預言っぽいことはひとつも言ってないが、夫婦は感激して涙を流した。
「ありがとうございます。過酷な捕囚の先に神の地が待っているのですね。選ばれた民という思いを新たにしました」
「え?」
そんな話はしていない。奴隷扱いの人々が都合よく現われたヒーローに導かれて、逃げ出すという娯楽話だ。決して、苦楽のない別天地に着く預言ではない。
夫婦は違うように解釈した。
「ありがとうございます。不幸しかない今。あなたのような祭司さまが現われたのは、|ラシャイ<天の神>計らいに相違ありません」
「あ、ああ……うん」
つきあいきれない。神殿にいたときも、ここまで敬われたことはない。品格という階段を何段を強制的に、上らされた思いがする。イーツァは居心地が悪くなった。
「き、きょうはここまでだ」
「次はいつこられますか」
「小司は忙しいので。いつかそのうち」
「他の者にも声をかけてみんなで拝聴したく存じます。祭司様のお名前は」
「名前はイーツァである。イーツァ・ゼツァイム」
「イーツァ……ゼツァイムさま! 王の直系ではありませんか」
「あ、いや」
しくじった。ゼツァイムは王家直系のファミリーネーム。腫物に触るような言葉遣いに辟易だ。言うべきじゃなかった。
「偶然、偶然だ。たまたま同じなだけ」
顔だけは神妙に取り繕って貢物をかき集める。眠りこけてる弟を「いくぞ」と起こし逃
走するように去った。
「お待ちしております。イーツァさま」
夫婦はその背中をいつまでも見送っていた。




