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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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3-06 ハンナの罰



 ハンナにあたえる罰はもめた。

 ユディとの水浴びを邪魔された罪を足して、僕が提案したのは『食材野草の調達30日』だけど、そんな罰は温いというのだ。


 サーサイは好きに決めろと言ったことばを取り消した。同族からむしり取った罪への報復に相応しい罰を真面目に考えろと、この件を振り出しにもどした。


 サーサイの案は、指2本を切り落とすというもの。『8本折る』から『2本切れ』は、割り増しなのか減刑なのか。サーサイの手下は、輪姦してから『色どころ』に売れとヤラシくいう。あんた、やりたいだけだろ。


 『色どころ』というのは、娼婦や飲み屋の女給を集めた班のこと。バラバラに個人で色を売っていた女性たちを一つ所にかためたのだ。兵士や捕囚の男どもの一致団結で成立した『色馬車』だ。

 もちろん、中年女性たちは猛烈に反対したけど無視された。こうしたしきたりや風紀をとりしきるのは祭司の役目だが、王家に連なる方々なために帝国の目が厳しい。それこそ「特別」に集められて、監視されてる。


 ハンナは地べたに座らされ、断をくだす簡易裁判の行方を見守る。


「きみ。シム―商会の娘だよな。ぼ、僕が妾にもらっても」


 ベトリア町長の息子アッガが口をはさんだ。ハンナの視線に沈黙した。


 帝国兵らは遠巻きにみているだけ。干渉はしてこないだろう。上からの、殺すなと強い命令がある。僕達囚人のうち誰であっても死ぬと困るから観察はするが、よほどじゃないと手を出さない。関わったせいで数が減れば自分の首が飛びかねないのだ。


 そのおかげで、自治権らしきものがあるのだから。その上司には感謝したい。


「3日の水汲み当番でいいんじゃないですか。重労働だし」

「んなもん仲間に示しがつくかよ。目には目をって法もある。甘いぜムズクム」


 古来の法をもちだし、仲間への高利貸しは許されないといいだしたサーサイは、この前まではロクな噂の絶えなかった裏町の顔役だ。それがリーダー任命されたとたん、セントメディウムの愛に芽生えたのがおかしい。捕囚としう共通の不幸に連帯感を覚えてるのは彼だけじゃないけど。


「あれって、『目を潰した奴は同じ罰を与えられる。だから人の目を潰してはいけない』って逆説の意味ですよ」

「そうなのか。物知りだなおまえ」


 僕が答えに感心するサーサイ。


 『目には目を』は、誰もが知ってる古い法だ。同等の罰を課せと捉えられていたのが、じつは、抑制をしようとした法だ――と、これ言ったの誰だっけ。


「こういうのはどうだ。金をとった罪は、みぐるみはいで丸裸にする」


 それを聞いてハンナは、自分を抱きしめ青くなる。


「将来のある少女だし、ひどすぎます」

「おまえ、いちいち反対するよな。どうすりゃ納得いくんだよ」


 ロクでなしの大人だったサーサイが僕の言葉に耳を貸してることが、妙におかしい。同じリーダーということで、同列に見てくれているようだ。

 でもこれでは解決がつかない。いつまでたっても平行線だ。罰がなかなか決まらないでいると、高みの見物をしていた兵のひとりがやってきた。


「おまえら。じれったいな」

「カティーブさん。あんたには関係ねぇ」

「そういわず。ヒントくらい聞け。これじゃ朝までかかっても決まらんだろ」


 兵長のカティーブ。僕達のいるカダブ町の列を担当する兵の長で、ユディや僕、サーサイ、アッガをリーダーに任命した男だ。


「まぁ、ヒントくらいなら」

「奉仕させるってのはどうだ。見た目の懲らしめだけが罰じゃねえぞ。こんなとこで稼げるくらいやり手な商会の娘なら、商売で償わせてみろ。儲かりゃ一石二鳥だ」

「……商売な。その商売で外道やりやがったんだぜ。またやらかすにちがいない。ロクでもねぇヤツを飽きるくらい見た。一度染まった色は落ちづれぇんだよ」

「おめぇがいうと説得力があるな」

「どーゆー意味だ」


 狂犬のように歯をむいたサーサイが、カティーブを睨みつけた。

 裏町のロクでなしの顔は説得力がちがうって意味だ。言わないけど。


「でもなるほど……商売でか」


 ハンナには稼ぐ腕がある。資金無しから金持ちになった能力は高い。サーサイはその手段が真っ当から外れてるという。信用できないってわけだ。


「だから、ぼくの妾に……ぐぇ」

「あなたは、だまりましょー」


 アッガがハンナの肘鉄で沈んだ。罰は怖がってるが罪の意識はないようだなハンナは。


「こういうのはどうだろう」


 ここまで黙っていたユディが元気に挙手した。自信満々に腕を組んで。妙な企みを思いついたらしい。みんなの目が集まる。じつに不安だ。


「サーサイが納得するには、悪ハンナが良ハンナになればいいんだな」

「そりゃそうだが、そいつは言うほどカンタンじゃねぇ。善も悪も、しみ込んだやり方は取れねぇもんだぞ」

「闇落ちハンナが更生して、真っ当な商人に生まれ変われば、指も色街もなしでいいか」


「悪ハンナ……闇落ちハンナ……」


 ハンナの瞳から光がきえる。


「更生するならな俺はいい。もともとお前らにまかせたことだし」


「それでユディ。具体的になにをするんだ」

「師匠をみつけて教育させる。これ以上の完璧プランはない」

「ああーーー」


 ユディは師匠<シロウ>の絶対信者。信望の度合いは神より厚い。思い出した。さっきの『目には目を』解釈もシロウだった。僕もだいぶ毒されてるな。


「師匠っていうのは?」


「師匠は、世界のあらゆる事象に精通してる賢人だ。軍事政治から、色ごとまで。なんでも知ってる。わたしがムズクムと仲良しなのも、師匠のおしえの賜物。商売のことも詳しいはずだ」

「万事に精通? うそくせー。んな賢者いるのかよ。ムズクムも知ってるのか」


 改めて並べるとマジでウソ臭い。でもシロウは物知りのは本当だ。読み書きや計算、政治や哲学に詳しいし、戦闘術の知識もある。動きは鈍いくせにユディを仕込んだのは、ちょっとすごい。そして。


「精通は、してるかな」


 とりわけ得意なのが|精通<・・>術。ことば通りに女体とまぐわう知識。これはもう、追随できる者はいないと断言できる。


「明日。起きたら探しにいく」


 寝る気だ。夜はこれからなんだけど。夫婦の水浴びはなくなったな。


「そんな人物、捕囚じゃなく客人として丁重に扱われてるだろ。会わせてもらえねぇんじゃねえか?」

「それはない。師匠は奴隷だからな!」

「は? 奴隷? そんな賢人いるかよ」


 サーサイが肩を落とした。手下とハンナも期待して損したとがっかりしてる。奴隷って聞けばそうなるよな普通は。


「気落ちするな。カルガナン隊長が勝利したのも師匠の知恵のおかげだ。奴隷に身をやつしているが抒情があるんだ。元は高貴な生まれとわたしは考えてる」

「なるほど。政敵に陥れられた知恵者か。そこまでいうなら」


 サーサイはすこし考えて了解した。頭や腕力など能力があっても政治的に葬られる。どこかできいたふうな話だ。シロウに限ってはできすぎた眉唾だ。あんな下品が貴族なら世も末だ。


「ハンナを連れて列を離れる。ムズクム。後はまかせた」

「いやユディ。サーサイさんがいう通り。列にいないかもしれない」


 置いてけぼりの可能性はかなり高い。シロウは自力で歩け大楯も持てる男だが、見た目は年寄りだ。旅に耐えれないと兵が判断されば、捕囚から外される。


「いる。いるしかない。わたしのカンに間違いない」

「いるしかって」


 まぁ。居なきゃ手ぶらで帰ってくるだけ。ハンナには別の罰が用意されるだけだ。


 奴隷のシロウと、その所有者である隊長が住んでたのは、ハジーラ町。僕達のカダブ町の3つ隣になる。こことそこが、どれだけ離れてるか知りようがないけど、ひと続きの列だから、見つけるのは簡単だろう。半日もあれば戻ってこれるか。


 そこにシロウがいたとしても、ハンナを引き取るかどうかは、別の話し。妻や彼女ってことじゃなくても、気に入らなければ始まらない。シロウの好みは大人のお姉さん。ハンナは未亡人であっても子供だ。


 狭い街道を往く列は、ラクダや馬が荷車を曳く。大勢の人があいだを埋めるように歩く。セントメディウム捕囚は11万人。長い列が地平まで続く。


「すぐ戻る」


 行軍が動きだすまえの早朝。ユディはハンナを連れて、シロウ探しの旅にでかけた。サーサイも同行した。







 そうして午後になった。ユディはもどらない。

 夕方になった。それでもまだ帰らない。

 そのうち鞭のオトムが、やってきた。


「ムズクム。訓練につきあえ」


 もうそんな時間か。今日はもうひとり連れてきてる。


「オトムさん。ユディみませんでしたか」

「朝にあったな。女の子と師匠を探すって張り切ってた」

「え? サーサイさんは」

「サーサイか。別のところでもめごとを仲裁していたが」


 またか、忙しい人だ。


「ユディ。とっくに帰ってる時間なんだけど。まだなんです」

「日が暮れるのにか。心配だな」

「心配です。賠償金が」

「なんだよ賠償金て」


 オトムが不思議にする。そんなに斜め上をいく回答だったかな。


「えーと。彼女はそこらの兵より強いです。暴力差沙汰に巻き込まれても、死にはしないでしょう。怪我はさせても、することはないかと。過剰防衛で、多額の賠償金を請求されるのが、むしろ心配です」

「たしかにユディは強ええが。ダンナのセリフとは思えねえぞ」

「いやーそれほどでも」

「ほめてねえ」

「それにしても遅すぎます。みつからなくて探してるのか、いやまて……」


 うっかりしてた。重大な可能性を見落としてた。


「どうした?」


 会えたからこそ遅いって考えられないか。そっちのほうがありそうだ。


「ユディは好奇心が旺盛です。しばらくぶりに会う師匠。とすればハンナと一緒に講義を聴いてる可能性が高い。きっとそうだ」

「ダンナより師匠ってか。たいへんだな。そうとわかれば訓練しようぜ」

「僕がこんな悩んでるのに」

「戻ってくんだろ。夜は月明りで帰ってこれるが、訓練は暗くなったらできねぇ」


 暗闇に木剣は訓練にならず怪我するだけだ。

 闇夜に眼を慣らすって特訓もあるけど、それをやるのは変わり者。


「わかりましたよ。そっちの人もですか」


 オトムは、若い男を連れてきていた。どこかで見た顔だけど、思いだせない。着てるのはボロのチュニック。僕のチュニックもヨレヨレだけどそれ以上のボロだ。古着ならパン一切れと交換できるのに。わざわざ着てる意味は……て、思うのは考えすぎか。


「ガーシュだ。前にいった祭司殿。戦う神官をめざすっていうんで、連れてきた」


 ボロの下にの祭司服を見せた。そういうことか。祭司なら見たことがあるはずだ。誰もかれも、似たような空気をまとってる。人の世に我関せずって空気を。イーツァだけはちがったか。あいつは、エライくせに小物臭をさせて付き合いやすい。


「話がちがうぞオトム。戦う神官? 連れまわしやがって。パンはどこだよ」


 訂正。このガーシュも小物だった。


「連れまわしてるんですか」

「面倒ごとの調停にな。祭司ってわかると、鞭にしたがわない奴でも素直になる。で、重宝した礼に剣技を教えようってわけだ」


 帝国兵は、捕囚に深く関わるのを嫌うヤツが多いが、オトムは数少ない例外。リーダーと兵の諍いをとりさったり、班でごたごたを起こす人を、相性のいい者と入れ替えたり。いざこざ排除に献身的だ。老婆に鞭をうつ残虐男だと信じられない。


「どこが礼だよ。剣技はもういい。あんたが脅すすがたで十分だ」


 訂正。残虐は健在だった。ごたごたの調停に武力は不可欠らしい。


「食い物はないんだな。ないなら帰る」

「訓練につきあったら、たらふく食わしてやるぜ。ムズクムが」

「僕が?!!!」


 いきなりふられた。食べるものは、たらふくはないけどある。ユディと節約して余した貴重な食料が。


「オトムさん。それはないんじゃない」

「食えるなら、やるっ!」


 ガーシュが俄然やる気をみせた。帰れよ。


「落ち込むなムズムズ。そのうち、代わりをもってくるから」


 これほどあてにならない口約束はない。兵であるオトムが食べてるものだって、配給さ大麦パンや干し肉。量は多少多いくらいで、他人に分け与えるほどは、もらってないのだ。


 オトムが木剣を構える。そんなに訓練がしたいのか。僕は、いつもの木の棒を持った。それを見たガーシュは、傍の林の太幹から枝を折って、獲物にした。


 オトム一人に対して、僕とガーシュが交代で攻めかかる。

 粗末な寝床に横たわる班のジジババどもが、喝采をあびせる。

 

「ムズムズ、今日こそ帝国兵を懲らしめろ」

「ボロのあんちゃんもがんばれ」


 こんなさえない訓練だけど、娯楽のない捕囚行路では、一級の余興だ。ライムが快適な寝床の位置をかけて、賭けをしてる。金取るぞ。


 訓練用の木剣は素材も作りも丈夫。対して、こんな棒切れは、気を抜いたらすぐ折れる。まともに、攻撃が体に当たれば大けがだ。攻撃は流して正面で受けないよう立ち回る。訓練とはいえ、必死だ。


 ガーシュは途中からついてこれなくなった。座りこんで、川の流れを見つめている。


「そういやムズクム。『色馬車』に兵がうろついてたぜっ! 見たこともねぇヤツが」


 剣をふるいながら、オトムがどうでもいい話をふってくる。帝国が認可する色馬車は、移動しながらいくつも点在する。カタブ町列にも最近きてるので、そのことだろう。一見するとバデレコのビューディ馬車と紛らわしい。


「女を買いにきたんしょ! 帝国兵は多いっ! 顔見知りじゃないだけ、でしょっと」


 どうでもいいし。知らん。


「そういう男は、鼻の下が伸びてるもんだっ! 目つきがな、品定めにしちゃ鋭い!」


 たしかに。それはおかしいかもな。下心がなくても、男ならキレイ女性に反応する。娼婦を前にして冷静でいるのは、人買いか役人だ。


「エロ男に隙あり!」


 オトムの木剣が僕の肩を打った。


「兵はいつでも冷静でなければいかん」

「まさか陽動。訓練で、それずるくないすか」

「ひっかかるヤツが悪い」

「それならこっちも本気でいきます。ガーシュさん!」



 


 訓練は日が落ちるまで続いた。オトムは帰り、ガーシュには約束のパンを渡した。


「それじゃあ俺も帰る。パンありがとな」

「帰るのは明日にしたほうがいいですよ」


 ねぐらに帰ろうとするのを、やめさせる。あたりは完全に暗い。月でていて列と人が続いてるといっても、コヨーテや狼がでることもある。危険がないわけじゃない。帝国兵は交代して見回ってるが、あてにはできない。


「僕も妻を迎えにいくので、朝に一緒にでましょう」

「朝食は、つくんだよな」


 あるわけないだろ。あっても食わせん。ほんとに意地きたない。




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