3-05 不当金貸しと裏町流儀
ハンナは12歳。早い結婚だがそれほど珍しくもなかった。
新婚生活は思いのほか楽しかった。髪を切った坊主頭にスカーフをかぶれば、結婚した実感が湧いた。幼いころから兄妹のように育った夫は、兄のような存在だった。商売に関わりたい望みもかない、なにもかも新鮮。よりよい将来を確信していた。
従兄と結婚してまもなく王の企てが暴露した。
商家という商家に帝国兵がなだれ込んだ。ハンナのところにもやってきて財産を奪った。叔父は殺された。夫となった従兄も処刑された。屋敷は壊された。
「兄さん……」
無一文で捕囚として追い立てられた。一夜にしてすべてが失われたが、嘆くヒマなどない。数少ない知り合いもみんなが疲弊していて、頼りたくても頼れない。ハンナは、他大勢の身寄りのない少女のひとりになった。死んだような瞳。ただただ歩かされた。
食事は支給されたが犬のエサよりマシな程度。干肉は固くて不味く、パンは不純物だらけで変なニオイがする。贅沢に慣れたハンナにとって食べ物といえる代物でなかった。水で無理やり飲み込んでるが、喉を通らない。
兵たちの食べ物も似たり寄ったり。知識ある者は道端の野草を採取して、狩りのできるものは獣を討つ、工夫して質を底上げしてるが、商家で育ったハンナにどちらもできない。あるのは売買の知識で、サバイバルには役だたない。囚人旅行に不向きなタイプだった。
水はあるが腹は膨れない。くぅっと腹の虫を鳴る。好色そうな兵が舌なめずりで近づいてきた。
「じょ、嬢ちゃん。小麦のパンあるぜ」
焼きたてではないけどふっくらパン。王都なら露店で買えるちょっと程度のいいパンだ。こんな状況では黄金の価値がある。
兵は臭かった。ロクに水浴びもしてないのか。不純物のパンよりひどいニオイをさせてる。未亡人であっても、いまだ子供体形のハンナに言いよるなんて、大人の女に縁がない証拠だ。
反吐のでる幼子趣味。
大切に護るような純潔はない。命には代えられない。そんな状況なのだが、ハンナにも選ぶ権利があると思った。こんな男に身を任せるくらいなら、兄さんの後を追うと理性では思う。
パンがとても美味そうだった。腹と一緒に喉が鳴った。
「兵隊さんごめんねー。喪に服してるからだめなんだー。そのかわり、女にもてる方法おしえてあげるけどー。それでいい?」
「嬢ちゃん、結婚してたのかよ! もてる方法ってマジか?」
「マジですよー。そのパンくれたらおしえてもいいかなー」
言いながら背中を汗がつたう。踏み込みすぎといえた。帝国兵はセントメディウム捕囚を、命を好きにできる存在。ハンナを自由にしたいなら、エサをちらつかせつ必要なはい。暗がりに押し倒すだけだ。
「おしえてくれ。パンをやる」
「えー?」
兵は、本当にパンを一個くれた。悪い人ではなかった。
毎日水浴びしてチュニックを着替える。髭をそって髪を整える。アドバイスともいえない、どこにでもある身だしなみ方法を教えてあげた。
「ありがとう嬢ちゃん、やってみるわ」
粗野なみため通り兵士は正直な性格だった。ハンナの意見におおいに感謝し、もう一個パンをくれた。運がよかった。
ハンナはそのパンを食べ……ずに移動。捕囚の人々をつぶさに観察しながら列を行き来する。お目当てを見つけた。いい服を着で宝石をジャラジャラ身に着けた女性だ。
「えーと。美味しいパンがあるんですけどー」
こういう人はあちこちにいた。道中の路にとするため、着れる衣装を、身に着けられるだけの宝石をもってきた金持ちだ。人がいれば物は売り買いされる。価値がさがっても材料があれば交換できる。
「なによ、子供が商売の真似なんかして」
「これでも未亡人なんですー。お安くしますよー」
「ごくん。美味しそうだわね」
2個のパンは衣服にな代わった。宿代にしてひと月分に相当する。
手に入れた服をもって別の人と交渉。薄着の男性が宝石と引き換えた。宝石を持って次のカモへ。妻への贈り物を探していた男性が5倍の値段で買い取った。宝石は砂金になった。夕暮れの短時間。無一文の少女は商売の資金を得た。
大麦パンを買い取って、今度こそ食べた。食べると元気が出る。
「商売ってこんなにちょろいんだねー。父さんたちが唱えた教訓なんかいらなかったー」
父親や叔父が強くいった口ぐせがある。誠実を欠いた儲けるだけの商売はいけない、と。ハンナはそれを忘れることにした。
余ってるものを買いたたき、欲しい人をみつけて高く売る。商売の基本。物が少ないいまの状況はハンナに味方する。右から左へ動かすだけで、利ザヤが得られた。11万人の顧客だ。ライバルもいない。ためらうことはなにもない。
「死ぬかもと思ったけど夢が広がったねー。高利貸しするかなー。人も雇おうっとー」
わかるように、黒く染めたチュニックを着て黒いスカーフをかぶった。子供が高額商売はウザがられるが、未亡人であれば大目にみてくれる。喪に服してるのは間違ってない。
農民が収穫した野菜や鶏肉を安く買って高値で売った。わずかな労賃で、捕囚の料理人にスープを作らせた。配給に飽きた金持ちは法外な値段でも食べた。
一日1割の利率で金を貸し、荒くれ者を雇って取り立てた。帝国兵に賄賂を渡して荷馬車を手に入れると、品ぞろえが増えて、ますます儲かるようになった。
馬車は3台になると、荷物の空きスペースに座り心地のいい豪華席を設置。金持ちを乗せた。頒布重ねて幌を防音に、カップルの甘い時間を提供した。人を雇って管理させ、24時間、絶え間なく儲かる仕組みができあがり、ハンナは自由な時間を得た。
ケチをつける奴が現われるが用心棒があしらってくれる。なにをやってもうまくいく。資産は倍々ゲームで増えた。
「商人が儲けるのは性としても、やりすぎだ」
調子よく過ごした30日目。目つきの悪い男がやってきた。
「誰ですー?」
「サーサイっていう。帝国に委託されたリーダーだ」
「リーダーね。あちこちいますねー。私が儲けるのが気に入らないんですねー」
「不幸な同族からむしり取ってるのが関心しねぇ。道義ってものがあんだろ」
「秩序も法もない囚人の列中でお説教ですかー 商売の邪魔ですー」
ハンナが指を鳴らせば、雇った4人が前にでる。
「まかせろお嬢」
4人は王国の元兵士だ。その辺の奴等には負けないが実戦を離れてひさしい。
かたやサーサイと手下たちは、ムズクムに巻き込まれる形で帝国兵と訓練を積んでる。腕自慢の4人はボコボコに負けた。
「お、お嬢すまねぇ」
「そんなに強かったなんてー! 逃げます!」
ハンナは逃げようとするが、手下に取り押さえられた。
「い、痛いですー」
「お前が巻き上げたのは血財だ。そいつが許せねぇ。みぐるみ剥がせてもらうぜ」
「結局、あなたも奪うってことですねー。叔父と夫と財産を奪った帝国とおなじ」
「奪っておいて被害者ヅラするな。指を10本とも折ってやる」
「わ、私には怖い知り合いがいます。怪我をさせたら、黙ってないですよー」
「――ということで連れてきた。こいつ、お前らの知り合いでいいのか?」
サーサイがハンナを連れてきた。追われたのを偶然救ったとき、帝国の有力者か従兄と結婚させられそうだと相談してきた少女だ。結婚したら商人になれないと言ったが、ユディの演説にビビって、従兄と一緒になると決意。相談とはなんだったのか。
捕囚で高利貸し商売とは、希望がかなってなによしだ。サーサイは高利貸しは、シノギの掟破りだというが、自分たちこそやってそう。
「豪華な食事をくれた恩はあるけど。僕達にハンナをどうしろというんです?」
「見せしめだ。死なない程度の罰をあたえるのは決定としてお前ら、知り合いなら温情かけようって連れてきた。差し引いて指2本。どうだ」
裏町の制裁は予想がつく。シロウの件でわかる。指は痛そうだけど、強姦しないだけ紳士的。しばらく不自由だけど骨ならそのうち治る。
「指を2本。折るだけですね」
「2本を残すんだよ。8本折って」
「困りますー。お金の計算できなくなるのは困りますー」
サーサイに拘束されるハンナが涙目で訴える。痛さより金の勘定。商人の鏡だな。
「ユゥディざぁんーそれにム……お付きのかた。助けてください」
わかってる。僕の印象が薄いよ。でもショックだよ。さすがに、お付きと呼ばれたことはない。サーサイたちが必死に笑いをこらえる。ユディもだ。
「たしかに、わたしたちの知り合いだ。えーと、ムお付きの方、どうしたい」
「うるさいわ。おいハンナ水浴びを邪魔した罪は重いぞ」
「そんなー。お付きのかたー」
「くっくく……お付きのかた。お、お前の好きにしろ、くはははっ」
サーサイたちは、とうとうこらえきれず、腹を抱えて笑った。
荷馬車から解かれた馬が、のんびりと草を食んでいた。




