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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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1-02 奴隷ジジイ シロウ




「にしてもやれすぎだ。前衛はなにしてやがる。|後衛<こっち>が責められるなんてよ」


 弓兵のボヤきに僕はうなずく。


 前衛には盾と槍がかまえ、中衛には投石隊がいる。僕たち弓隊は後衛だ。しかも、左右には、騎兵や戦車を曳く馬への防御に、尖らせた丸太を外向きに並べたバリケードだ。後方部隊の備えは万全なのだが。

 帝国はその備えを越えてきた。馬への備えを笑うように投槍歩兵をまわりこませた。


 大盾は矢を防ぐためのもので、槍の攻めには結構もろい。


 弓兵が反撃してるが敵が近すぎる。いつもの、放物線状に空へ射る方法がとれない。水平射をしようにも、味方がじゃまして射てない。とくに、遠くを得意とする強弓隊は、長い弓が枷となって逃げることもできないお荷物になり下がっていた。有効な反撃ができないまま、槍に面した兵から倒されていった。


 このままでは全滅。弓隊が活躍できるのは前衛あってこそ。背後を突かれて無力になっていた。


「左向きに隊列を変えるのに、四苦八苦してるんだろ。みてな。変え終わったときには攻撃は、左舷だった攻撃が右になるぜぇ」


 隣の大盾持ちがつぶやいた。年をくった奴隷で、大楯を持つにしては高齢だ。名前はたしかシロウ。


「なんだと」

「帝国は戦上手だ。だから版図を広げられる。小国のうちらは、長いものにまかれるしかねぇのさ。土地なんか渡しゃいい。王の、痛恨の判断ミスだな」


 大楯には若い奴隷があてがわれる。死なず、経験を積んだ奴隷は前線へ呼ばれ、そこで功労が認められれば、平民になれる道があった。若い奴隷の細い望みだけど。正規の兵士に嫌われては、その細い道がなくなる。

 年寄りのシロウが、大楯持ちの理由がわかったきがする。


「|マバック<戦いの神>のお告げに間違いはない。口を切り裂いてやろうかジジイ」

「あんたを護ってれば文句ねぁだろ。食い扶持ぶんは働いてるぜ」


 シロウという名前は珍しい。ほかで聞いたことがない。東の出身という。のっぺりした顔立ちが、失礼だけど面白い。ジジイと呼ばれるほど老けてみえないが、見てくれよりも動きが鈍い。顔には深いシワ。生きるコツを刻んだようなシワだ。いろいろとちぐはぐなジジイだ。


 奴隷シロウがいったとおり、しばらくして投槍がやんだ。しかしホッとできる状況じゃない。死者が多い。負傷者はもっと多い。射手の半数が使えなくなっていた。


「総員聞け! いったん王都まで退く! そこで戦況をうかがい狩人に招集をかける」


 弓隊の隊長が拳をふり上げた。腕の立つ人弓兵を集めて、再び戦線にもどるという。

 兵士は各々反応する。活躍できない悔し涙に暮れる若者。死んだ仲間を悼むけが人。落ちた矢を新人に拾い集めさせる熟練兵。さっそく王城へ歩きだす人。

 「逃げるのか」と反発する意見もあったが、隊長は耳をかさずに退けた。


「後退準備だ。急げよ」


 僕もそうだが、ほっとした人が多数を占める。口にはしないが、これだけやられたら仕切りなおすしかない。


「招集って。王都に狩人が余ってりゃいいが」


 またもやシロウ。懲りないジジイだ。悔し涙の若者ににらまれても、気にしたそぶりもない。僕は聞き返した。


「いないわけないだろ」

「戦える狩人はみんな駆りだされた。王都にも弓兵は必要だし。駆け出しの子供すら、よこさないだろうぜ」


 シロウは、弓の使える人たちは、全員、国の危機にはせ参じてるというのだ。こっちに廻せる弓兵はないと。それくらい僕にだって分かる。でも民は15万もいるんだ。狩人は、いくらでもいるにきまってる。


「狩人に限ったことじゃねぇぞ」

「なんだと」


 考えを見透かしたように続けた。


 ほかにも、石投げが得意なもの、力持ち、足の早いもの騎乗に長けたものが、招集されたり、自発的に集まった。それがみんな前線に出たか、籠城の壁にいるという。貴族や軍だけにまかせておけないと集まった大人たちはみなとっくに、戦ってると。


「隊長がいうのは、引き下がる方便さ。戦える人材そのものがないってのに」

「口をつぐめジジイ!」

「ぐほっ」


 涙の弓兵がシロウをなぐった。こうなるとわかってそうなのに、やっぱり懲りない。


「ムズクムっ あっ」


 シロウの握っていた大楯がその手から離れた。倒れていく盾、ちょうどそこにユディが走ってきた。ぶつかって下敷きになる!――あぶない――と手を出したが、届かない。僕も大楯。自由に動けないのだ。


「ユデ……」

「ほよっと」


 ユディは軽くステップして横によけた。ぽん、着地すると、なにもなかったように、足腰のホコリをはらった。シロウだけが倒れた。


「講釈たれやがって。何様だ。奴隷の知ったかぶりは頭にくんだよ くそあほっ」


 そのシロウに、兵が蹴りをいれる。奴隷に自由はない。貴族はもとより平民にさえ逆らえない。手をあげれば処刑。首吊りや串刺しは、殺され方としてはマシ。苦痛を与えるむごたらしい拷問もある。


 理由のない虐待は許されない。町ならば、誰かとめにはいったりするが、誰も止めない。戦場では死人と負傷者がありふれて、疲労と都労で精神がマヒ。暴力に対して無関心になる。


「こいつ、気に食わなかったんだ」


 3人が加わって、4人による袋たたきに発展する。シロウは頭をかかえてガードするが、容赦ない蹴りがすり抜けで顔にきまった。「ぐぼっ」地面上に鼻血が散って、凄惨になっても、頭に血が上った暴行はとまらない。


「へ、兵隊さん。やりすぎじゃないか」


 これ以上は死んでしまう。さすがに見かねて、執拗に蹴る兵をなだめた。


「ああ? 小僧てめぇこいつの仲間か」

「ちがうけど、死ぬよその人」

「それがどうした。奴隷の死体が増えたところで、いまさら」


 あたりには死体。奴隷や正規兵が、敵味方を言わず、ゴロゴロ散乱していた。


「それはちがうでしょ」


 戦に死はつきものだけど、いらだちで殺すのは違う。神だって許さないだろう。


「とやあーっ!」


 ユディが、妙な奇声をはなちながら、リンチの輪の中心へ踊りこんだ。


「てめっ、おご」

「うごっ」

「いでっ」


 ぐるっと回転しながら、次々と、弓兵たちを押して倒す。しめくくりに、体を縮めてシロウにかぶさる。なんだ。なにをしたいんだ。

 次の瞬間、兵たちの頭上を3本の矢が突き抜けた。


「あぶなかったな。火急のことだったので許してほしい」


 ユディはひょっこり頭をあげて、無表情に言った。口角がかすかに上がったそれが笑顔と気づいたのは僕だけだろう。

 不運にもひとり、胸に矢がささり兵が絶命した。シロウを最初に蹴った兵だった。矢は4本だった。


「……わざとか」


 4本の矢を見極めて一本だけ活かす。選んでやったとすれば恐ろしい。舌をまいた。


「あたりまえだ。押す行為はわざとじゃなければできない。その人だけ無念だった」

「そういう意味じゃないんだけど」


 うん。シロウと4人をかばう気満々か。

 助けられた3人は、死んだ兵とユディを見比べ、冷たい汗をかいてる。平素と変わらぬ温度で「ふむ」と腰に手をあてるユディ。僕はひやひやだ。


「そこっ陣を乱すな」

「ひとりやられました! それに奴隷と小僧が」

「バカやってるからだ。急げ。全滅する前に退くぞ」

「……はっ……は?!」


 弓兵の不平などどうでもいいとばかりに隊長は、撤退すると繰り返す。続く戦闘は、混戦の模様。敵味方入り混る乱戦で、戦いは剣の勝負に移行してる。弓にできることは多くない。

 王都は、1万の兵とレンガの壁に護られる城だ。籠城の場なら弓も活躍できる。命も永らえそうだ。


 事実上の敗走がはじまった。


 動ける大楯があつまって弓兵を防御。盾をいっせいに左方へ向け、後ろ足でゆっくり、退却をはじめる。退却こそ難しいと言われるが、計画的なら後方部隊の敗走はいうほど難しくはない。敵の槍が静まってるいまは、なおさら楽だ。


 シロウも並んで大楯を構えていた。


「なんで、憎まれ口をたたくんだ」

「死ぬべきヤツが死ぬためだ」

「は?」

「……なーんて言ったら、かっけーだろ」


 なんだこいつ。


「ムズクム、ぼくも入れてくれ」


 軽いフットワークでやってきた11歳のユディ。男のふりをしていても、くっつかれればはっきり感じる。チュニックのたるみからみえる小さな胸。どきっとする。女の子なんだよ。


「よ。よく無事だったな。それに助かった」

「槍と矢なら方向がわかってる。よけるくらいなんでもない」

「ユディだけだ」


 補助兵がたくさん死んでいた。槍束係のなかで生き残ってるのはユディひとり。矢の軌道を見定めながら、襲いくる槍をかわし、流動的に動く兵列をよける? そんなこと彼女以外の誰にできる。


 シロウが目を細めてユディをみつめてる。なんだ?


「助かったよ、ちっこい子。あんた……女か」

「なんでバレた」


 みればわかる。誰だってバレる。こんなキュートな男ガキがどこにいる。


「事情は知らんがすげーな。そんなあんたにアドバイス」

「あどばいす? 始めてきく言葉だ」

「やるときゃ迷うな。昨日は友でも今日は敵だ」

「なにか知らんけど。覚えておこう」


 撤退は順調だ。戦いのおよばない場所まで逃げることができた。


 遠かった王都がどんどん近くなった。帝国軍が包囲してるというけど、見当たらないい。情報が本当なら、かなり遠巻きに囲んでるんだな。よかった。敵の姿がないなら、門を開いてくれるだろう。


 帝国軍を何度も跳ね返した堅牢な安全がそこにある。ようやく着いて、よれよれの足を止めた。ほっと息をついて見上げると、城の門が開いた。


「やっと帰還か」

「家に帰れるぜ」


 くたびれたよれよれ部隊に広がっていく安堵は、裏切られる。門が少しだけ開いて、3人の祭司が現われた。大人2人子供1人。門はそれ以上開かない。いやな感じがする。


 祭司たちがくる。大人ふたりはまるで生気がない。近づく隊を手で制した。


「そこに止まれぇ。王宮の伝令である。ひざまづかれよ」


 祭司は勅諚を告げる伝令のようだ。全員が膝をついた。怪我人も動ける人はひざまづく。


「ははぁ」


 粘土板を取り出し、読み上げる。


「王と|マバック<戦いの神>言葉を伝える。”我がほう勝利は目前。ただちに前線へもどり戦いを継続せよ。明日にも帝国の先兵どもは這う這うの体で逃げ帰ろう”」


 預言者は神の言葉を伝えるが、けっこう間違う。『あれはこうこういう解釈だった』の言いなおしが、当たり前にある。王さまの|マバック<戦いの神>の言葉には逆らえないが、正しいかどうかわかるのは、実際に勝ったときだ。


 隊長が、跪いた状態から顔をあげた。


「我が隊はすでに半数を失い戦える状態ではありませぬ。勝つならば、このような惨めな将兵は要らぬと存じるが」

「勝つと申したであろう。万が一命を落とす者がおろうと、神命で死ぬのは名誉なこと。すみやかに復帰されるがよい。参戦の暁に味わう美酒は格別であろうよ」

「神命……謹んで、復帰しましょう」


 名誉の死か。口当たり良い名言だ。犬死が名誉の死といえるならな。もしも王国が滅んたとき、名誉とやらはどこに刻まれるのだろう。考えたくないけど、北にあった同民族の国は滅んでいるのだ。


「イーツァさま。前へ」

「うむ」


 僕と同じかユディくらいの男の子が出てきた。


「貴殿らの働きはこのお方が見届ける。イーツァさまの言葉は王の言葉、すなわち神の代弁であると心得よ。誇りをもち信じて戦えば神への道へ通ずる」


 少年をひとり残して伝令は戻っていた。来るときも帰る時も、逃げるように。


 小さくなっていく伝令。隊長の微動だにしない大きな背中。どんな顔であれをみてるのか。この場の全員を代表していた。


「こほん」


 咳払いがした。少年だ。みんな注目するが、注がれる視線の中身は疑心とあきらめだ。祭司というけど子供。吐き出す声した。血を見たことがないようなガキが、神の代わりだ。


「小司はイーツァである」


「しょうし?」

「自分のことかな。僕とかオレと同じ」


 祭司にしては子供だから”私”では、偉そう。”ぼく”だとなめられる。すこしへりくだって”小司”じゃないかと。適度な権威をあらわす努力がしのばれる。


「小司は、祭司であり皆を見届ける使命を帯びてる……王の望みを伝える。心して傾聴するように……」


 王の望みときたか。さっき聞いたからもういい。


 子供というのはわかるが、よく見えない。大人たちが遠巻きだけど囲んでしまった。背の低いユディが「みさせて」と僕にのった。補助兵のぶんざいで高みから見下ろすのは無礼にあたらないのか。気にする人はいないな。


「みっともないくらい装飾ギンギンだ。あた……ぼくより子供で金持ちぼんぼんだな」


 僕も同じ感想だ。華美に飾り立てられたチュニック。神殿では権威になっても、砂塵の戦場ではいい的。嫌悪さえもよおす。


「ギンギンはよかった。王家の血をひいてるんだっけ」


 その小司は、すーっと息を吸い込んで、肩を怒らせ、一息に語り告げた。


「王は仰せになった――|マバック<戦いの神>がお守りになる。我々が勝つのだ。大盾などあるから弱気になる。捨てろ。進め! 射て! 射ち続けろ――以上」


 さっきの誇張版だ。しんと鎮まる。遠く戦場の喧噪も、風さえも息をひそめた。さっき言とまったく同じ。大地が底冷えしていく。誰も何も言わず、目を地面におとす。シロウはやれやれと、肩をあげた。ユディが僕の手をにぎった。


 隊長だけは、祭司から目をそらさなかった。イーツァが息をついだ。


「……って言うんだけどさ。指揮をとって一緒に死ねってことだよな。小司は死にたくない。指揮なんてとったこともないし。なので。令を守って死なない考えを求めたい。どうすればいい?」


 どうする? 隊長へ向き直る小司どの。


「ムズクム、つまり?どういう意味だ」

「なんも知らねーから、お前らに任せるってことだ」

「へぇ。」


 聞いてるこっちも肩の力が抜けた。なんだこいつは。


「は…………はははっ」

「笑うとこではないんじゃないか?」


「すみませぬ。祭司どのは、だいぶ愉快で、正直者のようだ。出世をお望みでは?」

「そういうのはいい。衣食住に困らず生きていければ不足なし。王族のあるエライひとが庶民の母をはらませて捨てた。母は小司を生んで亡くなり、孤児になった。祭司の家に盗みにはいったら、ウソかホントか王の血をひいてると言われた。その人に教育されて、今にいたるわけ。信じられる?」


 ぺらぺらと、訊いてもない生い立ちを語る祭司。それは悲運なのか幸運なのか。


「なるほど。信じてみよう」


 どこかできいたようなウソっぽい語りではるけど。でも。

 なんとなく憎めない祭司だった。




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