3-04 30日
11万人の列はとてもとても長い。捕囚の歩みは前も後ろも地の果てのはるか先で見えはしない。
「先頭はとっくに目的の地に到着していたりして」
「ビロロンの|ゲヘノム<地獄の神>と祝杯をあげてるかもな」
自分で何を言ってるかわからない。太陽が傾き始めるこの時間、ぼーっとした頭が、くだらない妄想を巡らすのだ。
「ベッドで寝たいなムズクム」
「ああ。ゆっくり昼までな」
ふいに隊列が止まった。見るとはるか前を行く列が歩きをやめて荷物を下ろしてる。それが合図となり、わが町を仕切る兵長が号令をかけた。よくとおる声は最後尾まで届いた。
「本日の移動はここまで! いつものように小休止、のち野営準備、のち炊事。解散!」
兵士たちが、やれやれと、地べたに座り込む。僕たち――カダブ町内一団の老人育児班――も思い思いに腰を下ろした。長い列は、町や団体で管理されてる。
はじめのうちは伝令がきていた。「小休止」「きょうはここまで」と馬で報せにきていた。後続が、前列のうごきにならうようになると、伝令は来なくなった。この数日はみていない。
すこし休んだ。兵たちは、ラクダにくくりつけた野営用の荷をほどきにかかる。天幕を張って、夜はその中や、馬車で夜をすごすのだ。交代だが不寝番もたてる。
僕たち一般の捕囚には、気の利いた専用天幕などない。丈夫な服や生地を縫ってつくったシートを用いる。馬車や荷車に紐をかけて斜めの屋根にして、寝具に寝そべる。快適とはいえないが、野ざらしの100倍はマシだ。
捕囚の行軍も、数えればひと月を超えた。1日のサイクルが体にしみ込んでいた。
「みんなきょうもお疲れだった。ゆっくり休むがいい。アデス適度に水を飲めよ」
「足くじいたとか、具合の悪いひとはいませんか?」
ユディと声をかけてまわる。全員がいるか。欠けた人はいないか確認する。点呼のようなものだ。
すっかり顔馴染みとなったベトリア町内の集団は、1019人いる。そのうちの50人が、ユディと僕の担当だ。母親に抱かれた赤ん坊から、腰の曲がった老婆まで。他の班にみられない、もっとも脆弱なキャスティングである。くじに負けたせいだった。
セントメディウム人の捕囚を、一人も欠けず無事に、帝国まで護送する。それは本来、皇帝が、兵に与えた任務だった。僕らはおとなしく捕囚されればいいんであって、積極的に監督役をするいわれはない。それが正論なんだけど、正論が通ることはない。
上はちがうふうに判断をした。セントメディウム人だろうと帝国兵だろうと、使える奴を使え、と。そんでそいつにも責任を負わせろ、と。
一人でもかければ代償を払ことになる。それはもうひどく厳密で、後から知ったことだけど、1019人が1018人になったら。その班のリーダーだけでなく首が飛ぶ。兵長から、先頭にいるどこかの偉いさんまで、いっせいに首がなくなるそうだ。まさに一蓮托生。巻き込むなといいたい。
この無慈悲感。誰が決めたかわかった気がする。
わが班には年寄りと乳飲み子が集中してる。極端にいうなら、11万の中でもっとも脱落に近かった。当初は数日もたないと、僕は諦めたものだ。でもユディは違った。彼女は前向きにがんばった。疲れた人を、交代で荷車に載せて、歩きを減らしたり、もっと疲労の激しい人には食料を多めに配った。いろんな工夫で、想定していた事態を乗り越えてみせたのだ。
先は長い。まだわからないが、どうにかなる。そう楽観できる空気がうまれた。それでも最悪の事態になったら、今度こそユディを連れて逃げだそう。
「お腹の調子が悪いんだけど」
1歳児を抱いた女性が手をあげた。子に乳をあたえてる。
「どうしたライム。生理がきてない……ハゴツ」
ライムは焦って赤くなって、ユディの口をふさぎいだ。
「ユディったら声おっきい!」
ユディは相変わらず微妙な事柄にも臆すことない。じつは僕も思った。夫婦仲がいいのは良いが、声くらい押さえろと。どんな緩くても囚われ行脚中、子供を作る行為は控えろと。僕たち、えっちしてないんだぞ。
ライムは、近くにいる中年女性の顔色をうかがって、血の気をなくす。赤くなったり青くなったり面白いが、不安になる気持ちはわかった。
女が快楽に没するのは罪である。伝統的な、頭の固い女性たちはそう考える。性は神が与えたもうた子を成す行為。淫りに感じるべきではない。それを実践する風習として、生娘の割礼がある。良しとする陰部をえぐりとり縫い合わされる割礼は、男以上に危険で、ときに死ぬこともあった。
ばばかばかしい伝統だが、性行為が奔放だと、急進派の女たちが押し寄せてくる。妻が処されることもありえた。割礼は重大な儀式なので、妨げる者は何人であろうと罰が下る。罰が下るのだ。|ラシャイ<天の神>の言葉にはないのに。
これは他人ごとじゃない。彼女のあられのない声は、自身の命を縮めるきっかけになるかもしれない。僕達は、この道中、愛し合わないと決めた。
「……だ、ダンナがお腹を壊したのよ」
「そうか。食生活は最悪だからな。何度も兵長にいってるんだが改善する気がない」
その、ライムのダンナが「もれる!」と青い顔で腹を抱えて走り、茂みの中へときえた。間に合ったか。
検分のため、近くを通った兵長のカティーブが「なんとかできるならやってるわい」困った顔をした。
街道はほぼ一本道で、起伏の少ない平原ばかり。大きな川沿いの土地はまぁまぁ肥沃。森や林がときおり出現する。町や村なら畑が連なる。ラム・ナハラ地域はどこもこんなものと、旅商人が話していたものだ。
道中、シカやアイベックスといった獣をみかけるが、槍や剣は取り上げられて、狩りはできない。警戒心が強いキツネ近くに来ないし、鳥の巣をみつけてもたいてい空だ。
どこでも見かけるマンゴーやザクロに実がついてない。豊富なはずの自生の菜もめったにみつからない。早いもの順で、先の連中が獲ってしまい、後ろの僕たちまでまわらないのだ。あちこちに生えるナツメヤシも、めったに実はついてない。
馬車に満載にされた野菜や果物は、最初の10日で食いつくしてる。ここ数数日は、配給される塩漬け肉と大麦パンだ。食料は村や町で調達してるそうだが、腹いっぱいには足りない。もっとも。生まれて一度も腹いっぱいになったことはないけども。
「ライムさんとダンナさん。明日は荷台で休んでいいです」
「そうかい悪いね。あんた大丈夫かい!」
草むらに、手がゆらゆら揺れた。
馬やラクダが美味そうに草を食んでるのみて、ため息がでた。食べられるだけマシなので、あまり文句はいえない。水が飲み放題なのが救いだ。
「次の村まで辛抱しろ……ったくよお、俺に苦情いうのはお前くらいだぜ、ユディ」
「苦情ではない。文句だ」
「なお悪いわ」
ははは、とあたりに失笑がはしった。
捕囚の旅もひと月。日々はどうにか平穏に過ぎていってる。
野営が整ったら食事の支度。草原をうろうろ探していたユディがアスパラガスを3本みつけた。折ってパン粥の鍋に投入すると、夕飯がすごく豪華になった。
「今日も食事にありつけました。神に感謝」
食事の前に祈りを捧げる。セントメディウムに向かい、手を合わせて頭を下げた。ユディが始めたものだ。
朝晩や食事の前に、なんとなくやってるうちに、習慣になった。神殿が壊され祈る場が消えたが、こうすると質素な食事が、特別に思えるから不思議だ。
あたりの人も、僕らを真似はじめた。面白いものでいまでは町内の習慣だ。
少ない食い物をゆっくり、時間をかけて食べた。
「ムズクム」
「なんだ」
「その……水浴びにいかないか。日が暮れてから」
水浴びのお誘い。これは隠語だ。女はみんな固まって水浴びする。男どもがよってこないよう、見張りもたてる。夫婦の場合も妻どうして寄り集まる。つまり一緒の水浴びとというのは。そういうことだ。ライムに触発されたか。
「しないって約束してなかったか。どうした」
「なんかその……離れればいいとおもう。みんなに聞こえないくらい。だめかな」
今日は半月。適度に明るい。
「いいと思うぞ!」
食後のまったりたし夕暮れ。ユディと肩を寄せてまだまだ沈まない太陽をそわそわしながらみつめてるところに、オトムがやってきた。
「ムズクム。飯をくったら訓練につきあえ!」
血気が多い若い兵だ。剣を使うが鞭が大好き。出立時に、老婆や若い母親を鞭うった記憶は鮮やかにのこってる。
「……いいですけど。腹がへるだけですよ」
ホントはよくない。
「まとまった訓練をしなくなったんでな。歩きばっかで体がなまんだ」
王都に駐屯した兵は、毎日の訓練が義務付けられた。いま、行軍は実戦の一種。6時間も歩けば、鍛えられ兵士だって疲れる。そのため隊としての訓練は、個人に任されという形で免除されていた。さんざん歩いた夕ぐれに訓練しようって変わり者は、少ない。
オトムは変わり者のひとりだ。夕方になると、相手を探して徘徊する。相手がいないときは、僕のような元兵を誘う。押し付けられたリーダー役と同じ、拒否権はない。
はじめて誘われたときは身構えた。訓練といいつつ傷めつけるつもりか、と。でも純粋に訓練が好きなようで無体は少ない。皆無ではないけど、少ない。
こんなとき、ほかのメンツを巻き込むことにしてる。
「バデレコさんは?」
「くるはずねぇよ。女のとこだ」
そうか。あの女好きは、そっちだけは絶倫でモテる。毎晩とっかえひっかえらしい。彼女を盗られた男もいる。闇夜の晩に襲われるかもしれない。
「サーサイ氏は? 体動かすの好きでしょ」
裏町のヤバい連中を取り仕切る、ひとくせある男だ。スラムの出。斬った張ったに生きてきただけあって、同じニオイのする連中に一目おかれる。意外だけど訓練によく付き合う。体が資本らしい。
「誘ったが来ねぇな。シノギの掟を破った金貸しを制裁するんだとか」
捕囚の旅は思いかげず平穏なせいか、見過ごせない犯罪が発生してる。人手不足の帝国軍は、自身の暴走や認証沙汰でない限り介入しない。内輪のことは内輪で処理せよという。
仲間を取り締まる自治が必要になり、リーダーは警吏の役割を担わされた。僕には偉そうなことは似合わないので、わざわざ取り締まらない。サーサイは喜んで活動していた。ドスが効く裏の顔役だけに適材だ。
「あーっと、そういや、妙な祭司が興味をしめしてたぜ。気が向いたらくるかもな。しらんけど」
「祭司がいるんですか?」
祭司はみんな王家の血筋。この捕囚の最初の段階で、まず、連れていかれたはず。とりこぼしがいるのか。どうでもいいことだが。
「ボロ着て身分を偽ってるが神殿でみた顔がいた。わざわざ、言わねぇがな」
期待はしてなかったまきぞえ作戦は失敗。訓練したかったらもう集まってたろうし。1対1か。日が暮れるまえに終わってほしい。
「いくぜ。木剣構えろ」
枝を切り出した手製の木剣を構え、訓練開始。交互に打ち合う、上段、中段、下段の基本型。複雑な技の連携型。それがおわると最後に打ち合い。
太陽の半分が西の山に隠れ。赤茶けの空が暗くなっていく。打ち合いによって、木剣はささくれて、すり減った。そろそろ適当な枝を見繕わないといけない。けれどそういう時間がなかなかとれない。砂まじりの汗が目にしみた。
「ほれいけムズクム!」
「なにをやっちょる。女房にいいとこみせんか」
僕達を肴に、近所のジジババが盛り上がってる。その女房だが戦いの動きはすばしっこいうえに、急所をピンポイント。僕はいつも翻弄されて負ける。オトムはユディを誘おうとしないのは、女に負けては恥ってことだろう。
「く、訓練好きですよね。オトムさん」
「暴れてねぇと落ち着かねぇ! 殺してると生きてるって気がする!」
「それ、言っててやべぇって思いませんか」
「親兄妹は戦って死んだ。殺せって血が騒ぐのさ。しゃーねぇだろう」
「僕も似たようなものです。血は騒ぎませんが」
「騒げよ! おららっ!」
勢いに押され倒れた。オトムは、そんな僕をみて、獲物をかえる。木剣を左に持ち替えて、鞭をとりだしたのだ。いつも以上にやる気だ。
「たまにはこいつでやらんとな。ムズクム。てめぇの本気を見せてみろ!」
びしっ、びしっ、うなる鞭先。連続で次々繰り出される攻撃に、頭をかばうだけで精一杯だが。鞭は接近に弱いの周知の事実。ゼロ距離に迫れれば。
「……せいっ」
鞭をもどすタイミングの隙で、僕は懐に飛びんでいく。
「あまいっ!」
踏み込んで近づけた。が、攻撃は当たらない。左の木剣が待っていたのだ。利き腕でないけど、突くのはできる。「ぐぼっ」一直線に入った僕は絶好の餌食。胸に一突きで撃破された。
接近から中距離までカバーとはずるい。タイマンなら無敵だ。
息をつぐのも苦しい。あえいで、立てないでいると、鞭がやんだ。
オトムは、鞭をクルクル畳んで腰に戻すと、剣をぶらりと右手に持ちなおした。
「ふーーー。良い運動になった。ありがとよムズクム」
この戦闘狂が。心が『二度と来るな』と叫んだ。ニヤニヤ笑顔のこいつが憎い。
「……僕でよければ、いつでもどうぞ」
「じゃ、いつもの感想会ですか」
そしてこいつは、ここからが長い。訓練の反省と改善。意見を交換したがるんだ。上達への執念は長所だけど、迷惑してる。終わったんだから寝床に戻れ。
「今日はいい。またそのうちに来るわ」
なんと! 信じられない。願いが通じたのか。それとも、ひさびさの鞭で満足できたか。おかげで、痛々しい腫れだらけだけどな。
「雪が降りませんかね」
雪は伝説の気象現象だ。寒い北方にあるという。みたことないが死ぬほど冷たいらしい。
「おまえ、俺をなんだとおもってる」
「オトムさんですが?」
それ以外なにがある。『戦闘狂』や『人でなし』を足さないけど。その程度の分別は僕にだってある。
「ちっ。まあいい。楽しかったから満足だ。バデレコでもからかって帰るわ。あのオッサン、チブーの班にキレイどころを集めてやがんだ」
バデレコさんな。美人や可愛い子が集中した班の人員を、別の班からトレードしてるんだ。花園をつくるって鼻の下を伸ばしてる。その班て、チブーさんの担当なんだが、花園に境界線はないそうだ。女性にもてる彼だが、その班には不人気。下心丸出しだからな。
そんな美人道中を見物しようと、男どもが集まって、列の進行の妨げになってる。
「なあムズクム」
帰ろううとしたオトムが聞いた。慌ててほほ笑んだ。顔には帰れコールがでていたにちがいなく、急いで消した。
「人のつながりってなんだと思う」
はぁ? 人つながり。なんだそれ。似合わないことをいうヤツだな。
「僕にはユディです。彼女がいれば戦場だって楽しいですから」
「はーーー。聞くんじゃなかったぜ」
「夫婦って、そういうもんじゃないですか」
「案外いろいろだぜ。お前らみたいのも珍しい。またな」
戦闘狂は足取りもかるく帰っていった。僕の答えはともかく、訓練には満足したらしい。背中を見送ってから、こっちをうかがっていたユディにうなずく。
「いけるか」
「いつでもいいぞ。あっちの森がよさそうじゃないか。分岐したキレイな小川がみえる」
「いいね。今夜の寝床は、枯草のベッドとしゃれこもうか」
出かけようしたところに、酒をもったライムが声をかけてきた。
「あなたたち、どこにいくの」
「ちょっと夫婦水入らずに」
「いいわね。たまにそういう時間をとらなくちゃね。あんたたち忙しそうだもん。これもっていきな。ダンナと飲むのに作ったんだけどね。一緒に飲めそうにないからあげる」
シカルの小樽をストローを2本くれた。シカルはバッピル――固パン――を発酵させた酒。細かい固形物が混じってるのストローで飲む。季節の木の実やスパイスを入れたりするから、家家で異る味になるのがいい。傷みやすく保存がきかないのが難点。捨てるよりは、あげるってことだ。
「ありがとう」
酒をたしなむ習慣はないけど、たまにならいい。
「あまり破目を外さないように。先輩からの忠告よ」
「い、いってきます」
寝具よし。シカルよし。水浴び用具よし。目標きれいな小川と枯草ベッド。
手を取り合って出かけよう。サーサイたちが、ぞろぞろとやってきた。なんかこっちに向かって歩いてくる。いまごろどうした。ずだ袋なんか背負って。
「遅いですよサーサイさん。訓練は終わりました」
「よぉムズクム。悪どい金貸しにあいさつにいってきたのさ。俺たちゃ一蓮托生の、いってみりゃ身内だ。助け合っていこうぜってときに高利貸したぁ許せねえわけだ。ちょっと落とし前をつけにいったってわけだ」
サーサイはドンではないが裏町では有名だった。会ったことがない僕達さえ名前を知っていた。ポン引きとゆすりにはじめり、小さな賭場で成りあがった。情け容赦なく取り立てる高利貸しとして、はびこったロクでなしだ。
それが、財産を奪われて一文無しの捕囚となったとたん、人が変わったように、セントメディウム魂に目覚めた。
「裏町でさんざんやんちゃしてたサーサイがいうと笑えないんだが」
「英雄さんにそれをいわれると弱いぜ。ま。裸一貫ですっきりしたってこったな」
あははと、爽快に笑う。
「用があったんじゃないのか。わたしたちこれから水……散歩だ。たいした用じゃない明日にしてくれ」
「すまない邪魔したようだな。いや、たいしたことじゃないんだ」
ずだ袋を下ろして開けると、小柄な人間が出てきた。人をさらってきたのか。黒いスカーフに黒いチュニック。黒づくめの少女だ。
「知り合いだっていうから情けをかけたが。ま、みせしめに半殺しにしておくわ」
「ゆ、ゆ、ゆでぃさあーん。たすけでぇー。高い食事をの恩を返してー」
「ハンナ???」
なんでこんなことに。
「食事代は請求しない。そう言わなかったっけ?」




