3-03 監督役に抜擢された
馬車が動きだす。鞭をうたれた馬のいななきを合図に、捕囚の旅がはじまった。
僕たちセントメディウム人はビロロン帝国まで連行される。3か月か半年か。それとももっと。到着どころか命が尽きてしまいそうな遥かな地。長い旅路はどんなことだって起こりえる。帝国の隊列を襲うような間抜けな盗賊はいないにしても、病気や怪我、使命に燃えてる兵の心変わり。なにより怖いのが自分たちの反乱だ。
僕とユディは、年かさの兵の命令のとおり、一定の場所に集合する。町長が推薦した二人は、それぞれ手下を連れていた。
「歩きながら聞け。俺はカティーブ。このカタブ町の住人およそ1000人を任された兵長だ」
小柄だがよく通る声の兵長が、騎乗で話す。
「うちの隊は60人。隊長以下すでに配置について行軍を誘導してる。顔と名前はおいおいわかるだろう。こいつらはオトムとバデレコ。俺をいれた3人が指示する。よく覚えておけ」
オトムとバデレコは徒歩だ。バデレコは調子のいいオッサン。老婆らを鞭うった若い男がオトム。職務に忠実な人物なのか、いたぶるのが好きな猟奇者。どちらにしてもオトムは要注意だ。
隊の60人では、1000人の管理にはまったく足りないらしい。仮のリーダーを据えることで、滞りなく行軍を運用したいようだ。明言は避けていたが、カティーブの説明を総合するとそれしかない。
なにせ捕囚の数は11万人にもおよぶ。先の戦争での帝国軍の倍以上。現在の総員がいかほどか知らんけど、2つの戦線のほうが重要なのは明白。そっちに多くを投入してれば、たかが捕囚にたいした割いてないと思う。
町内で顔の知れた活きのいい奴を、あてがう。僕達と、町長に選ばせたアッガとサーサイの4人だ。いや、アッガとサーサイはそれぞれひとり、子分みたいのを連れてきたから6人だな。1000人を、正規兵と6人に割りふって監督させるわけだ。
「ムズクムとユディは、ヘーゲル通りの約50人をまかせる。逃亡、怪我、病気。いかなる状況であれ脱落は許されない」
「もしも、いなくなったら?」
「兵、仮リーダー、全員がわけ隔てなく|こう<・・>なる」
兵長は、立てた親指で首を真横に斬るジェスチャーをしてみせた。分け隔てなく、か。さっきの『死んだら責任』はそういうことか。傷めつけるのが好きなオトムは、無表情に聞いていた。
「兵長。提案なんすがね。もう出発してるんだから、通りとかブロックで区分けする意味ないでしょう。あいつら、三々五々、寄り集まって歩いてるしね。仲のいい集まりを固めてまとめたほうが、分かりやすくないっすか」
バデレコの指摘だ。列になってる顔ぶれは、住所ごと集まってるわけでない。仲のいい塊や、同じ年齢や立場同士の人たちで固まってる印象だ。話に花は咲いてない。押し黙ってただ歩いてるんだが。つらい道こそ仲間と一緒いたい気持ちはわかる。
「一理あるか。上からの指示はカタブ町の住人で、中身をどう分けるかはこっちの裁量だ。いいな採用しよう。現状の顔ぶれで班をわける」
「さすが兵長ハナシがわかる。じゃ俺はあっちのグループね」
「ならば俺は、真ん中のグループをいただく」
バデレコが選んだのは下心が丸出しで、若くキレイな独身女性が集中してた。オトムは逆に男くさい連中ばかり。類は友を呼ぶという。美人は美人を、ガチムチはガチムチを呼ぶみたい。この2班が結婚すれば美形のガチムチが誕生するかもしれない。
「勝手に決めるな。全隊に通達して相談してからだ」
「……そりゃねえよ」
声かけされたほかの兵たちが集まった。選ぶ順はくじ引きで決め、つぎつぎ班が確定していく。美人班はチブーというさえない兵が担当することになった。野望を砕かれたバデレコは、面白いくらい肩を落とし、平均的な家族の班を選んだ。
このくじ引きに、僕達セントメディウム人はカヤの外。
そして残った6つの班。言葉は悪いが余りものだ。
兵が選ばなかったおよそ300人は、ひとめでわかる問題を抱えていた。不健康とか、やんちゃとか、娼婦とか。トラブルの種そのものか集団行動に適さないか、そもそも長旅にはむいてない人々であった。
「裏町の連中をいただく。ロクでもねぇ連中をまとめられんのは、俺くらいなもんだ。あとはお前らで相談しろ」
サーサイがそう言い、もっともヤバそうな連中を引き受けた。
いかにもヤンチャな非堅気なお方たち。町の裏で法外に金をとる飲み屋とか、ヤバい商売を手がける連中。金のためにはなんでもする奴もいた。高利貸しもできずマフィアになりきれない、裏の落ちこぼれみたいな連中だ。
不健康な奴もいるがみんな若い。抜け駆けにみえるが助かったと思った。僕に、一筋縄でいかない大人たちをまとめる度胸はない。ひとりも反対しなかったのは、皆、同じ意見なんだろう。
残った5つ班は、兵らを真似してくじで決めた。僕は5番。ビリをひいた。
「ご愁傷さま。ま、しっかりやってくれ」
兵長が僕の肩をたたく。
最後の最後、誰にも選ばなかった正真正銘の残りカス班は、年寄りと、乳飲み子を抱え疲れきった夫婦や寡婦たちの集まり。
高齢者や幼い子供は体力がない。病気にかかり怪我をしやすい。帝国の捕囚メンバーには、そういった人物を入れなかったようだが、ついてきてしまった。親は子供を手放さない。
働けない老人は一縷の望みに賭けた。取り残されて死ぬより遠路を往く。長旅を耐え抜けけば、また子供に食わせてもらえる。
性格や素行はまともだけど、身体的に不安だらけ。1000人のなかでもっとも危うく、いつ脱落者がでてもおかしくない。そもそも、今日を乗り越えるられるかも怪しい。
死出の旅。その覚悟は美しく何遍もの詩ができそうだ。他人事ならば涙を流して楽しめたろう。けども無謀な博打が僕達を危険にする。必死な心中は察するが、それはそれ。
ユディとどっちが大切か。天秤にはかけるまでもない。
深いため息がでた。
いっそ、夜陰にまぎれてトンズラするか。捕まれば奴隷落ち。けども命は保証される。
「やったなムズクム。年長者の話がきけて、いっぱい子供と遊べるぞ。わたしたちは運がいい!」
ユディが小さく笑った。薄い感情表現をふり絞ってほほ笑んでいた。ポジティブすぎる。前向きが彼女がいいところ。彼女が笑うなら悪くないか。しばらくは行列をとりまとめるよう。逃げるのは、微笑みが消えてからでもできる。
「そうだな」
僕達は、老人・育児クラブへ合流した。
馬に乗った伝令が、「小休止だ」と叫びながら後方へ走り抜けていった。捕囚、最初の休憩ポイントだ。
僕たちはみんなが見えるよう馬車に上がる。ユディが自身の立場を語った。所信表明演説である。
「わたしはユディ。こっちが亭主のムズクム。君たちの連絡係を帝国からお仰せつかった。ともに快適な旅をめざそう」
水を飲んだり腰を下ろして休む年寄り。乳児に乳を与えてる女性たち。いたわる亭主。出発からそれほど歩いてない畑の真ん中で、王都の城壁が細部まで見える。
「帝国に尻尾をふるガキどもが。いくらもらった」
いっせいに、ゴミをみるような目つきにさらされる。案の定だ。予想通り。たしかに虜囚なのに帝国にくっついて、この人たちを管理しようとしてる。不審の目を向けられてもしかたない。でも望んだことではない。
僕たちの首はみんなかかってるが、ユディは言わない。なら僕もそこを伏せて話す。
「帝国軍は、あなた方が元気に帝都に行けるように願ってます。僕達はそのために派遣されました。問題とかないですか。苦情や注文があれば言ってください」
「問題だと。ありありだ」
「たとえばどんな。可能な限りかなえたく思います」
「足がいてぇ、腰もいてぇ、ホコリで喉はカラカラだ」
「ビロロンどもなんか信じられん」
「首の座ってない子が心配よ」
「家に帰らせろ」
だよな。馬やラクダにラバ。荷をひく家畜たちにあわせて休止は多めにとると、兵長はいった。そうはいうが高齢者の足腰は限界が早いし、可愛い乳飲み子だってずっと抱えて歩くんじゃつらい。
事実としてこの班の足取りは重い。中盤あたりにいたのが、歩みが遅いので抜かれていき、いまではかなり後ろのほうだ。誰かが足を止めるたび、まとまって立ち止まる。後ろの列に追い抜かれるのだ。この調子じゃ、50人まるごと脱落もある。
「疲れか。わたしは感じないが大変だな。荷台を融通できるように話しておこう。全員は無理だが交代で乗ればいい」
「おいユディ。そんな安請け合いして」
「大丈夫。兵長は物分かりが良い。なんとかしてくれる」
ほんとかよ。やっぱダメだったじゃ、すまないぞ。不審はすぐほかの班に伝搬して、反乱の温床になる。反乱は難しくない。それこそが問題だったりする。
僕達捕囚は数で勝っている。おこすだけならかんたんだ。だけどもしょせん、統制のとれない烏合の衆。歴戦の猛者に一網打尽にされる未来しかみえない。
まさに、それを未然に防ぐことが、僕達の役割だ。ただの歩行アシストでではない。
荷台に乗って、歩く時間が短くなればすこしは楽になれる。兵長が了承すればいいが。
切り株に腰かけて乳を赤ん坊に与えてる女性。その眉間シワが、すこしだけ浅くなった。まだまだ怪訝そうな目つきはしてるけど。
「あ、あ、あやつら、わしらの神殿をぶち壊しやがった!」
杖をもった年寄りが怒鳴りちらした。名前はヒレル。町の名物ジイサンだ。
王族の血を薄くひいて若いころは祭司見習いだった。敬虔な信者だけど、いきすぎて、見習いをクビになる。それでも時間をつくって神殿へ通っていた。信者の鏡だ。
お祈りを捧げるのはいいが限度がある。金や物。持ってるものを貢いだ。物がなくなると、子供や妻を売って金をつくり、それもみんな貢いでしまった。
神っていったいなんだろう。入れ込みすぎれば不幸になる。
「|ラシャイ<天の神>の神殿を、なにに祈ればええんじゃ。わしら、死んでも神の元にいけん。痛みも住処も我慢できるが。じゃが、祈りを捧げられんのは……」
神殿壊しは許せない。けど、そこまで執着するなら一人ででも残って神殿を再建しろといいたいが。売った息子は戦争で亡くなったと聞く。不憫といえば不憫だが、この人は、息子の子供、つまり孫を頼ってこの場にいるんだ。いったい何を神に望んでるだろう。
「じいちゃん。そんなこと言ったって」
「うるさいっ!」
ヒレルは、いなそうとした孫を、杖でしばいた。自分を養ってくれる孫をだ。いたたまれない。女性たちは子供にみせないよう、掌での目を覆った。
「ヒレルは、祈る対象がないと言いたいんだな」
ユディは腕を組んで腰の曲がった老人を見下ろした。そんなつもりはないのだが高圧的にみえる。
「そ、そうじゃ。神の住まわれる神殿なくば、わしの祈りは聞き届けてもらえん」
「べつに祈りならどこでもできるぞ。わたしは神殿に行かない日、朝と晩と寝る前に、神殿の方角に手を合わせる。ヒレルもやってみるといい」
何人か「なるほど」と目を見開く。
「かっ! そんな安易な祈りが神にとどくものか」
「届かないかもしれないな」
「ほ、ほれみろ」
「だが、心は穏やかになる。わたしはそれで満足してる」
「話しにもならん。しょせんは野蛮な兵の子か。年長者を敬いもせんし。のわっ」
ユディはいきなり、ヒレルをなぐりつけた。一瞬だった。止める間もなく、ガッと重い音とともに骨と皮の体がでんぐりかえる。
「父を悪く言っていいのはわたしだけだ」
ユディが怒るのを初めてみた。幼いころこいつは、父親から戦いの手ほどきを受けた。荒くれの兵士は娘を男として鍛え戦場にいくのを止めなかった。良い親ではなかったが、慕っていた。
怒りは、殴っただけで終わらない。手加減も容赦もなし。腕の立つ兵士を相手にしているかのようだ。これもひとつの公平か。老骨の首を脛で極めると、血で赤く染まった口の中へ、指を突っ込んだ。
「年寄りにひでぇことしやがる」
「無慈悲殿より無慈悲じゃねえか」
王都を壊しまくった帝国兵さえも眉をひそめた。町内の連中に恐れがひろがるのがわかる。誰かが『短髪女兵』の二つ名をつぶやく。ユディを知るひとは、飽きれるだけで済ませてくれる。
「舌を抜いてやろうか。痛めつけることは禁じられてない」
「……ほが……ほが」
苦しいのと、悔しさか。ヒレルは涙を流しながら首をふった。
「ユディ、それくらいにしておけ」
「ああ。ついカッとなって殺意が芽生えた。ヒレルすまなかったな。優先的に荷台に乗せてもらえ。まともに歩けないだろう」
カッとするたび殺意が芽生えるって。死ぬまでケンカはしないでおこうと心に誓った。
「ひ、ひぃ~。神よおたすけぇ~」
解放されたヒレルは、抜けた腰で這いずると、手を貸してもらって馬車にあがった。
「やりすぎだユディ」
「わかってる。親孝行したかったんだ。二度とこんなことはしない」
また、わけのわからないことを言い出す。親孝行?
「わたしは良い娘じゃなかった。罪滅ぼしとして、せめて悪口いうヤツを懲らしめ、その姿を見てもらいたいのだ。空にいる父に」
僕はユディを抱きしめた。悲しいこというなよ。
50人は皆、大人なしくなったようだ。気のせいではないと思う。うん。
最初の休憩のとき、僕達は兵長に会いにいった。1000人の先頭は思ったより遠くて、かなり走ることになった。
「兵長のキミにお願いがある」
キミっていうな。一方的な要求を伝えにきたんだから、どんだけへりくだっても足りない場面。ほら渋い顔して手を柄にかけてるし、マジで殺されるぞ。親とシロウは上を立てることを教えなかったのか。いや……教えたんだろうな。
「他のヤツから聞いた。いいぜ。馬車に乗せてやれ。それにしてもきなり面白い騒動を起こしたな」
「たいしたことはない。言っておくが殺してないぞカティーブ」
ゆでぃ……。
「呼び捨てにするか小娘。あきれるくらい不遜だな。まぁ、そういうやついいてもいいだろう。バカらしくて腹も立たねぇ。がはは」
なんか認められた。いいのか。




