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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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3-02 強制退去



 突然のことだった。



 ベッドでまどろんでいた僕とユディは、どなり声と悲鳴で起こされた。音――正確にはユディの声――の外漏れ防止の目張りを突破するほどの騒音に。


 急いで服を着ると激しく扉がたたかれた。ドアを開けたると目の血走った帝国兵がいた。剣を向け、押し入って、家のなかを見まわした。


「住んでるのは2人か?」

「そうだ」

「貧乏人め。ロクなものねえな」


 言われるまでもなく目に留まるほどの物がない。それはいいが、察してしまった。

 いつかくるかもしれないと心のどこかにあった危機を。起こるはずがないと楽観していた最悪の事態を。


「広場に行くんだ」


 なんで、などと尋けない。聞くまでもない。期待が砕かれだけのこと。

 王がなにかしたか。帝国がつむじを曲げたか。理由はわからない。兵の顔に帝国の本気が描いてあった。


「……わかった」


 ユディを視る兵の視線をさえぎり、そう答えた。兵は睨んだだけで、踵を返して出てった。直後、隣家の扉をたたく音が響いた。


 表にでてみた。案の定、外は騒然としていた。戦闘に負け、王都が占拠された5年前の再現だ。いや5年前以上の地獄があった。


 整然と略奪をする兵ども。仕立屋、八百屋、露店、細工師、食堂などの店はもとより、大きな屋敷、住宅、貸家。あらゆる建物に上がりこんで金品や衣類や食料などを運び出されていく。逆らうものは躊躇いなくためつける。年寄りや病人の家にも押し入り、泣きわめく住人の服をも、脱がしていた。


 昨日まで治安を護っていた帝国兵たちが盗賊に転身。裏切られた分、ダメージが大きい。


 通りにたくさんの荷車が並び、運び出された物が積まれていく。僕の荷車もあった。野菜が積まれていた。


 身なりのいい男が地面に突っ伏して「|ラシャイ<天の神>の……祈りをささげる神殿が」と泣きわめいていた。


 扉を閉めて喧騒を追い出した。ベッドに腰かけると、ユディが並んだ。広場にいけば戻ってこれないだろう。僕たちは親と兄弟がなくした。家も失うことになる。


「どうする?」


 まだ3つの道がある。従うこと。逃げること。抗って死ぬこと。


 抵抗した場合は、間違いなく殺される。

 逃げた場合は、捕まれば奴隷落ちが確定する。


 なら従うか?


 民すべてを殺すことはしない、と思う。帝国に連れていかれ奴隷にされるか、戦場で矢面に立たされるか。どちらかだな。市民のままで虜囚というケースもある。人数が多いけりゃ町を作ることから始まり、境遇はマシになる。そんな都合のいい話はないので期待はしない。


 どれもこれもロクでもないが、選ぶことはできる。死に方を選べるだけマシだ。

 ユディはさっぱりした笑顔で言った。


「ゼロから始められるなムズクム」

「え?」

「生活は楽しいけども窮屈だった。短いが兵のときがよっぽど自由だ」

「どうなるかわかんないんだぞ」

「みんな一緒だろ。同時スタートなら窮屈じゃないし、ムズクムがいれば、最高のスタートが切れる」


 ポジティブ思考か。つられて僕も笑った。

 そうだな。前向きでいいじゃないか。死ぬのはいつでもできる。


 部屋をひっくりかえして持っていく物を集めた。分かっていたが、たいした物はない。

 少しばかりのお金。食べ物。服に布に小物に、フライパンや鍋や食器。そんなものを袋に紐をつけただけのリュックと、擦り切れた肩掛けバッグにいれた。数分で終わった。


 大物は寝具とユディの箱くらいだ。持って歩けないので表の荷車に乗せた。僕の荷車だ文句はいわせない。


 さいごに家をふりかえった。生まれ育って、戦後はユディと過ごした家。古いけど思い出だらけの家だった。


「新天地はどんなところかな」

「帝国は常勝の金持ちだ。きっと新築の家がもらえるぞ」

「だといいな。いや、きっとそうだ」


 先のことなんて分かりっこない。分からないんなら良いほうに考える。

 荷車を曳いて広場へむかった。





 広場についた。いつもはにぎわう露店はない。帝国兵らによって大勢が集められていた。1000人はいる。近所の顔なじみもいた。一帯のみんながいる感じは集会のようだが、楽しさとは無縁。


 僕とユディは服をすべて着て、身に着けるものを着け、持ち物を背負い、食い物を詰めた鞄を肩にかけてる。集められた住人も似たよう|出立<いでた>ちだ。


 泣きわめく子供。命ごいする老人。おそらく王都中が、こんな惨状だろう。


「よろこべ。貴様を栄えある帝国に連れていく帝国のために働くのだ。神殿もあるぞ。存分に祈るがいい」


 年かさの兵がよく通る声で言った。これは命令だ。逆らえば殺すと。


 事実、若い兵の足元には、鞭でうたれた者たちがいた。子供を抱いた女性。老婆。老婆をかばった若者だ。

 その兵はさらに鞭を揮おうとしたが、同僚が鉄拳を落とした。


「いいかげんしろ! 死んだら責任を取らせらるんだぞ!」

「け。ひとりふたり、バレやしねって」

「名簿がある。オレまで巻き込むな」

「こんな婆が名簿にあるかよ。聞くが、てめぇ字が読めんのか」

「ぐ……」

「文字なんてイカサマよ。読めるやつなんかいやしねぇ。偉ぶった彫士がてきとーに描いた落書きさ」


 文字の習得は難しく読める者は少ない。王族や祭司などの知識層。学者やくらいだ。商人は数字や、決まった単語だけ。軍人にも一定数、読めるものはいるけど少ない。一般兵は、平民や奴隷あがり。偉くなっても読み書きできない者が多い。王家に連なる家に生まれない限りは文盲がほとんど。


「名簿の粘土板とは、これのことかな」


 どこかの誰かが、止めた馬車の積み荷を探り、粘土板をみつけた。

 誰かもなにもユディだ。横にいたのに、いつのまに。


「なんだガキ。汚い手で軍の書に触るな」


 わかっていた。後先考えない性格だと。その場の気分で動いたり動かなかったり。身近な僕でさえ読み違いはしょっちゅうだ。ここで目立つのは最悪。相手は鞭をもった短気な兵なんだぞ。目を付けられていいことはない。なにをしてくれてんだ。


 ただちにやめさせ、その他大勢の紛れこまないと。


「ゆディ!」

「大きくて重いな……ムズクム手伝ってくれ」

「え? あ、ああ…………………………うん」


 粘土版は割れやすいので敷いた干し草に載せて運ぶ。平べったいから下敷きにしたいところだが、割れるからできない。10枚ほど立てかけ絨毯の切れ端などを挟んで運ぶようだ。

 一枚を引きだしてからはたと気がつく。なんで手伝ってるんだ。

 ユディが、くさび文字を読み上げた。


「カダブ町の住人名一覧その12、とあるな」


 僕と兵の「え?」が重なった。ユディに教わって少しだけ読める。その板には『カダブ 12』とある。間違ってないが盛っていた。


「ゴドバ、ガリ、ドースム……いるか?」


 ユディに名前を呼ばれた3人は、兵をちらちら気にしながら、手を挙げた。


「おめえ、これが読めるのか」

「読めるぞ。偉大な師匠が教えてくれた。住人みんなの名前が書かれてある」


 読めた範囲で名前があるのは長老と、数人。あとは人数だけの大勢。ゴドバもガリも書かれてない。


「てきとーなこと、言ってんじゃねぇぞ!」

「読んでみるといい。特徴も書いてある。キノリ、老婆右の頬に目立つほくろ」


「き、キノリはどいつだ」


 町民たちは鞭で打たれた老婆を指さした。老婆の右頬には特徴的なホクロがあった。


 キノリの婆さんは、息子のアロチと2人暮らし。最近、アロチは嫁を迎えて、3人暮らしになった。ゴドバは八百屋の長男。ガリは裏町に住んでて本家の農家の手伝いをしてる。ユディにときどき仕事をくれる。


 ユディがあげたみんなは顔見知りのご近所さん。兵はかんたんなトリックにひっかかった。


「ぐ、このガキ……偉そうに」


 文字の読める兵にはバレるんだが、そういう人は地位が高い。修羅場と化した王都は、上部はきりきり舞いしてると思う。下っ端に『文字を読んで』と言われて来る上役などいない。それこそ怒りを買って首が飛ぶ。


「偉そうではなく、わたしはエライぞ。殺せば、とある方が黙ってない」


 無表情で堂々と胸をはるユディのコケ脅し。とある筋とは、たぶん、とある知識ジジイ奴隷のことだ。兵は、ユディを痛めつけられる。だが『とある方』がどこかの怖い上司を連想した。そうなると溜飲を下げることもできない。


「こ、コケ脅しだ。てめぇが上に顔がきくわけねぇ」

「そう思うか?」


 兵は歯ぎしりしながら黙りこむ。鞭をつかんだ手が白い。怒りを貯めるのまずいな。とっととご退場ねがおう。ユディを抑え込んで、話に割り込んだ。


「あのー兵隊さん。うちの妻がすみません」

「妻ぁ? ガキの夫婦ごっごか」

「しっかり言って聞かせますんで。矛を収めてもらえませんか」


 リュックから、なけなしの財産を「みなさんで何かたべてください」と手渡した。一枚だけあった銀貨だ。


「……けっ。今回は見逃してやる。ババァら。命拾いしたな」

「寛大なるご処置。ありがとうございます」


 平身低頭。ユディ歴が長いと、世渡り技術が研ぎ澄まされる。

 静観していた年かさの兵が、僕たちを見て、声を張り上げた。


「いよっし。カダブ町の長はどいつだ」

「わしですな」

「また歳よりか……おまえ、目端がきいて元気な奴を選べ」

「首をはねるおつもりかの」

「虜囚監視を手伝わせる」

「息子アッガと、裏町を仕切るサーサイを推そうかの。2人が手下を見繕うじゃろ」


「アッガ、サーサイ。まともな手下を用意しろ。話は歩きながらだ。帝都に向かう覚悟いいな。脱落は許さん。とにかく出発だ!」


 なんか話がまとまって、出発となった。


 ふらり歩きはじめる。とりたててなんの準備もない。

 ラクダ車に馬車に、ラバに牽かせる荷車。そういう役割の兵士たちの手綱で、荷駄が進み始める。僕の荷車はラバが曳いていた。兵は、虜囚たちをせきたて、荷車のあいだを埋めるように歩かせる。


 僕も同じく囚われの身分なんだが、手かせがないから、囚人って実感がわかない。これで、はるか遠方の帝国までいくという。へんな感じだ。外にでたら旅行をすることになった気分だ。


 ユディの腕をとった。集団の輪にまぎれよう。もうかなり目立っているが、おとなしくしてれば、ほとぼりも冷めるだろう。兵の覚えがよろしいというのは、あまり宜しくない。

 しかし。兵のなかで、もっとも偉そうな人物が声をかけてきた。


「ガキ夫婦どもも加われ。おまえら面白そうだ」

「そうか楽しみだ。行こうムズクム」


 遅かったようだ。




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