3-01 捕囚のはじまり
皇帝の怒りはハンパなかった。
血管がぶちきれそうに青筋をたて、触るものすべてに当たり散らす。剣が当たるにまかせて調度品を壊していく。気心を許された従者さえ「火山でもここまでは噴火しない」と逃げ惑った。
『奪 い つ く せ』
荒れるだけ荒れたのち、声をおさえた強奪令が下された。5年前をはるかにしのぐ徹底した破壊と殺戮。兵には、欲望のまま奪い、壊し、殺せというのだ。奪ったものは好きにせよと。
それに待ったをかけたアイサッタ。
駆け引き下手な上級将校を、彼の大好きなコロシアムに誘い調略する。「副長の意見を聞き届けてないなら殺してください」と、死を覚悟の具申を敢行させたのだ。
皇帝とて、さすがに上級将校を手にかけるわけがないと思うが、どうなるかわからない。わからないが躊躇いはなかった。不首尾に終わっても散るのは上級将校の命だ。
『申してみよアイサッタ』
『き、金品は帝国の蔵に治め有効につかわれるべきかと。兵どもが勝手に気ままに使うのは害にしかしかありません』
なんといっても皇帝はよく翻意する。
今は奪えといってるが、後で気分がかわって、奪った金品を差し出せといいかねない。兵は抵抗するだろう。その抵抗はもう猛烈だ。手に入ったものを手放すのは腕を奪われるに等しい。恨まれて闇討ちされるのはごめんである。
それならば、はじめから金品を国のものとし、分け前を渡すほうが安全だ。国庫の金なら采配もできる。アイサッタの取り分を増やすなど、カンタンにできよう。アイサッタが血を流す未来を回避できる。
『……ふむ。あいわかった。計画的に奪え』
『ははー』
計画的略奪とはいかなるものか。思いとどまるよう必死で説得した結果、アイサッタの言い分は通った。課題はまだある。
『虜囚は数が多いほうが国が富むのではないでしょうか』
殺したあと、死体の後始末が大変だ。腐敗臭はなかなかとれず、ウジがわき、ネズミが走りまわる。元通りになるまで月日を要す。極めつけは疫病の蔓延だ。殺すくらいなら使おう。
建物の修復も同じ。アイサッタは王都に住みつくつもりでいる。湯水のように税をつぎ込んで、住みやすい街に改造していくのだ。廃墟では、夢がかなわない。
『有用な虜囚が死ぬのは見過ごせません』
最後だ。アイサッタは英雄好きを自負する。聞いた話を粘土板に残すのをライフワークにしてる。いまの英雄、これからの英雄が死ぬのは見過ごせるものではない。
『小癪なやつめ。いちいち道理がとおっておる。わかった。貴様の望みは、かなえてやる』
『ははっ ありがたき幸せ。この命、皇帝陛下に捧げる所存であります』
『よくいうわ。ひきかえといってはなんだが。余の望みも叶えてみせよ。なあに。ソチからみれば、ほんの小さな望みじゃ』
『ははっ なんなりと』
『虜囚は全員連れてこい。ひとりも欠けずにな。叶わねば、望み通り命を捧げよ』
『……は?』
『余は行く。サハランを鎮めた後は、甘数の揃った捕囚を帝都にて待つことにする』
皇帝は言い残すと、王族らを連れて行ってしまった。
アイサッタ要求は見事に通った。悠々自適の未来をもぎ取った。しかし。それには自らの命がかかっていた。
「……やりすぎた」
まだ死にたくない。権力者がいなくなったセントメディウムで、気楽に暮らす野望がある。まあ武力の権化のようなカベルコバ・ラッスもいるし、なんとなかるだろう。
「力を合わせてがんばりましょう」
上級将校に同盟者的な握手を求めたが。
「あとぁ任せたぜ」
笑いながら、自分の肩をたたいた。なにを任せるっていうんだ。バックアップは自分が引き受けることなるが、捕虜の引率はあんただろ。
「ちょっくらサハランを制圧してくる」
「は?」
「命を貸した代金だ。好きにさせてもらうぜ」
「はあ? あなたは王国のトップになったんですよ」
「|空<から>の国などいらん。セントメディウムの捕囚はお前の仕事。さらばだ」
カンタンな捕囚護送より、命を張った戦いを選ぶという。上級将校は風のように出ていくと、ただちに2万の将兵を率いていった。娼館で女買ってくるくらいのノリで、去ってしまったのだ。
さすがのアイサッタが呆然となる。
「……誰か適任者はいないか。捕囚にむいてる人材は?」
「いませんね。適任者はアイサッタ様です。これ以上ないほど最適かと」
無残な現実をつきつける筆頭従者。
『虜囚は全員連れてこい。ひとりでも欠ければ、望み通り命はない』
「それは、自分に連れてこいって意味か」
「なにをいまさら。あなた様のほかに、誰が連れていけるというのです?」
「……終わった」
王都スローライフが終わった。退路を断たれてしまった。皇帝の言葉を思い出して震える。スローライフどころではない。
肝心の上官はおらず、動かせる兵は激減。
セントメディウムに駐屯する3万の兵のうち、2万人がなくなり残り1万人。かんたんな引き算だ。たった1万の兵で、王国の大勢を囚人として護送しろと?
身体が青銅を着こんだように重くなった。重すぎて支えきれず、床に手をついて四つん這いになるほどに。
「ORZ してないで、とりかかったほうがよろしいかと」
「ありがとうよ。頼れる副官どの」
「嫌味をいってる場合ですか」
「はあ……皇帝は、えーと、なんと言たのだったか」
次席副官は、粘土板に記された命令を読み上げた。
「王家の全員。すべての祭司。兵と兵役経験者それに準ずる者。あらゆる技術者、百姓、商人、床屋、洗濯や、パン職人、シカル醸造職、若者、女、子供、奴隷……」
「つまり、動けるものは全員ということか」
任された中身はデカかった。破格の大きさだ。1万人に課せられた業務と思えない。優秀な補佐や副官はみんな、ラッスが連れていった。手持ちの人材はカス……とはいわないが普通の能力の連中。やり繰りできるだろうか。
「すでに北方の村々の捕囚は、開始されてます」
もう、はじまってるのか。
「まさか、そこにも兵が裂かれてる?」
「ええ。2000人ほど」
動かせる兵は8000に減った。
「8000人か。やむを得ないか」
「兵は南にも送ってますよ」
しれっと告げる次席副官。腹がたってきた。
「南にか。何人だ。1000人ほどか?」
「ご名答です」
クイズか! だが、怒りをぶつけるゆとりはない。
「……7000人か」
「あくまで文官や技官を含めた総数です。護送に従事させられる将官実働は5000に満たないかと」
「ごせんにん!!!……たったごせんにん」
5000の兵士の全部が戦闘員ならいいが、そうならない。運搬や支援や工兵やらもいる。ざっくりと数を弾いてみると。
「実質、3000人?」
「そのくらいですね」
「頭がいたくなってきた」
火種はいたるところにある。そのどれもが強固でしつこい。取り返しがつかなくなる前に、早急に動かないと命が危険だ。妻たちを呼び寄せないのが不幸中の幸い。
「肝心の捕囚の人数だが。最終的に何人になる。3万人か」
「まさか」
「多いのか。5万人くらい?」
「小さいとはいえ国ですよ。もっといます」
「はっきりいえ。何人になるのだ」
「セントメディウム全体で、ざっと11万人かと」
「11万もいる!? 冗談だろう」
アイサッタは途方にくれた。
「正確な人数は詳細は集計が待たれますが、それくらいにはなるかと」
「11万人……それをたった5000人……実質3000人で連れていく?」
「北と南は、各隊長に任せましょう。我々は、王都とその周辺のみ対処します。7万人です」
かなり減った。それでも7万だ。
「名簿はあるか」
「あるにはありますが、名まえがあるのは主だった人物や村や町の代表者に限られます。一般人や奴隷は人数のみですね。住所や名前をまともに作ったら7万人分でも、粘土板で貴重な荷車が埋まりますよ」
粘土板はかさばる。名簿のせいで、運べない略奪品や食料だでるのは本末転倒だ。
また、作らせるにも人手と時間がかかる。粘土を掘り起こし、板状に仕上げるには時間がかかる。乾燥するまえに文字を記す必要から、大量常備ができない。書く職人も足りない。
「それにしても王都の7万人か」
3000人の兵で、20倍以上の捕囚を護送。馬車やラクダの車の列だけで相当長くになるのに、7万人の、行列となると何十キロか見当つかない。軍事訓練などしらない民や奴隷、子供や歳よりもいる。規律ある行儀よい行軍とはいかないだろう。
捕囚は昔からあったことで、ビロロン帝国のお家芸ではない。はるか前からくりかえし行われた当たり前の政策だ。民や奴隷を集団で連れ帰ってあらゆる仕事に従事させた。一つ村や町に相当する人数は、戦や飢饉で目減りした民を補った。
人々は長い間に交わりその地に根をはることも多い。力をつけひとつの勢力となることもある。いつまでも弱い立場ではないのだ。
「帝都までは、3か月だったな」
「それはアイサッタ様が、ラクダと馬だけの部隊で来られたからです。わたしは軍の足で4か月でしたよ。捕囚には女子供がいるので少なくて5か月。下手すると半年かかるでしょう」
「半年か。王都は遠いものだな」
しみじみつぶやくアイサッタだった。
11万人はとてつもない。無事に本国に送り届けるノウハウはどこにもない。飢え、反乱、伝染病。なんだって起こりうる。
不吉なことしか浮かばない。
「先んじて、道中の村と町に伝えろ。水、食料、休める土地を用意させろと」
「ただちに」
命令を実行すべく次席副官が出ていった。
捕囚はこれからだが、皇帝の号令により、略奪はもうはじまっていた。無駄な殺しや、略奪品の私物化は、いまから中止だ。
能力は100人並みだとしても頭数はいる。次の副官を呼びつけた。
「将兵に告げろ。統制を徹底し、従わない奴は処刑すると」
破壊や略奪の現場に、祭司と軍部の幹部をおく。許可をとってからでないと、行為におよばせないルールを徹底させた。殺しはだめ。半殺しも禁止だ。
盗みや強姦は監修されながら、粛々と執りおこなうことになった。女好きの兵は、祭司らの許可を得たうえで、監視されて強姦する。強姦がなくなると期待してのことだったが、実際はあまり減らなかった。見られたほうが燃える兵が一定数いるなど思いもよらなかった。
捕囚につかえる兵はあまりにも少ない。兵には自重を呼びかけた。民がビビってるうちはいいが、数の少なさに気づいて侮られれば、反乱がおきかねない。
さらに、別の副官に指令をくだす。
「荷車、馬車、ラクダ車。速やかに載せ護衛をつけろ。盗みを働いた奴は誰であろうと処分だ。兵こそ信じられんからな。それと捕囚のなかからリーダーを選んで、身内を管理させる。町長、裏の親分、いくらでもいるだろう。下手こいたら首を落とすと脅し、いうことをきかせろ。こちらの負担を減らせ」
頼めば、英雄たちは、協力してくれるだろうか。いや、期待しないほうがいい。
あいつらは個性が強い。人間として面白くても敵だ。
協力を要請すれば時を得たとばかりに、反乱の先頭に乗り出すかもしれない。
実力ある人気者。本来なら捕らえておく危険人物だ。
成り行きにまかせるしかない。兵が少ないのが歯がゆい。
「なるほど。アイサッタ様の名を出しても?」
「自分の名? あーー『無慈悲』の二つ名な。不名誉極まりないが。許可する」
ひとつ都合がいいことがある。沿道すべてが帝国の支配下なので、他国の軍に襲撃される心配がない。それだけが救いだ。
「次だ」




