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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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16/33

3-01 捕囚のはじまり




 皇帝の怒りはハンパなかった。


 血管がぶちきれそうに青筋をたて、触るものすべてに当たり散らす。剣が当たるにまかせて調度品を壊していく。気心を許された従者さえ「火山でもここまでは噴火しない」と逃げ惑った。


『奪 い つ く せ』


 荒れるだけ荒れたのち、声をおさえた強奪令が下された。5年前をはるかにしのぐ徹底した破壊と殺戮。兵には、欲望のまま奪い、壊し、殺せというのだ。奪ったものは好きにせよと。


 それに待ったをかけたアイサッタ。


 駆け引き下手な上級将校を、彼の大好きなコロシアムに誘い調略する。「副長の意見を聞き届けてないなら殺してください」と、死を覚悟の具申を敢行させたのだ。


 皇帝とて、さすがに上級将校を手にかけるわけがないと思うが、どうなるかわからない。わからないが躊躇いはなかった。不首尾に終わっても散るのは上級将校の命だ。


『申してみよアイサッタ』

『き、金品は帝国の蔵に治め有効につかわれるべきかと。兵どもが勝手に気ままに使うのは害にしかしかありません』


 なんといっても皇帝はよく翻意する。

 今は奪えといってるが、後で気分がかわって、奪った金品を差し出せといいかねない。兵は抵抗するだろう。その抵抗はもう猛烈だ。手に入ったものを手放すのは腕を奪われるに等しい。恨まれて闇討ちされるのはごめんである。


 それならば、はじめから金品を国のものとし、分け前を渡すほうが安全だ。国庫の金なら采配もできる。アイサッタの取り分を増やすなど、カンタンにできよう。アイサッタが血を流す未来を回避できる。


『……ふむ。あいわかった。計画的に奪え』

『ははー』


 計画的略奪とはいかなるものか。思いとどまるよう必死で説得した結果、アイサッタの言い分は通った。課題はまだある。


『虜囚は数が多いほうが国が富むのではないでしょうか』


 殺したあと、死体の後始末が大変だ。腐敗臭はなかなかとれず、ウジがわき、ネズミが走りまわる。元通りになるまで月日を要す。極めつけは疫病の蔓延だ。殺すくらいなら使おう。

 建物の修復も同じ。アイサッタは王都に住みつくつもりでいる。湯水のように税をつぎ込んで、住みやすい街に改造していくのだ。廃墟では、夢がかなわない。


『有用な虜囚が死ぬのは見過ごせません』


 最後だ。アイサッタは英雄好きを自負する。聞いた話を粘土板に残すのをライフワークにしてる。いまの英雄、これからの英雄が死ぬのは見過ごせるものではない。


『小癪なやつめ。いちいち道理がとおっておる。わかった。貴様の望みは、かなえてやる』

『ははっ ありがたき幸せ。この命、皇帝陛下に捧げる所存であります』

『よくいうわ。ひきかえといってはなんだが。余の望みも叶えてみせよ。なあに。ソチからみれば、ほんの小さな望みじゃ』

『ははっ なんなりと』


『虜囚は全員連れてこい。ひとりも欠けずにな。叶わねば、望み通り命を捧げよ』

『……は?』

『余は行く。サハランを鎮めた後は、甘数の揃った捕囚を帝都にて待つことにする』


 皇帝は言い残すと、王族らを連れて行ってしまった。


 アイサッタ要求は見事に通った。悠々自適の未来をもぎ取った。しかし。それには自らの命がかかっていた。


「……やりすぎた」


 まだ死にたくない。権力者がいなくなったセントメディウムで、気楽に暮らす野望がある。まあ武力の権化のようなカベルコバ・ラッスもいるし、なんとなかるだろう。


「力を合わせてがんばりましょう」


 上級将校に同盟者的な握手を求めたが。


「あとぁ任せたぜ」


 笑いながら、自分の肩をたたいた。なにを任せるっていうんだ。バックアップは自分が引き受けることなるが、捕虜の引率はあんただろ。


「ちょっくらサハランを制圧してくる」

「は?」

「命を貸した代金だ。好きにさせてもらうぜ」

「はあ? あなたは王国のトップになったんですよ」

「|空<から>の国などいらん。セントメディウムの捕囚はお前の仕事。さらばだ」


 カンタンな捕囚護送より、命を張った戦いを選ぶという。上級将校は風のように出ていくと、ただちに2万の将兵を率いていった。娼館で女買ってくるくらいのノリで、去ってしまったのだ。


 さすがのアイサッタが呆然となる。


「……誰か適任者はいないか。捕囚にむいてる人材は?」

「いませんね。適任者はアイサッタ様です。これ以上ないほど最適かと」


 無残な現実をつきつける筆頭従者。


『虜囚は全員連れてこい。ひとりでも欠ければ、望み通り命はない』


「それは、自分に連れてこいって意味か」

「なにをいまさら。あなた様のほかに、誰が連れていけるというのです?」

「……終わった」


 王都スローライフが終わった。退路を断たれてしまった。皇帝の言葉を思い出して震える。スローライフどころではない。


 肝心の上官はおらず、動かせる兵は激減。

 セントメディウムに駐屯する3万の兵のうち、2万人がなくなり残り1万人。かんたんな引き算だ。たった1万の兵で、王国の大勢を囚人として護送しろと?


 身体が青銅を着こんだように重くなった。重すぎて支えきれず、床に手をついて四つん這いになるほどに。


「ORZ してないで、とりかかったほうがよろしいかと」

「ありがとうよ。頼れる副官どの」

「嫌味をいってる場合ですか」

「はあ……皇帝は、えーと、なんと言たのだったか」


 次席副官は、粘土板に記された命令を読み上げた。


「王家の全員。すべての祭司。兵と兵役経験者それに準ずる者。あらゆる技術者、百姓、商人、床屋、洗濯や、パン職人、シカル醸造職、若者、女、子供、奴隷……」

「つまり、動けるものは全員ということか」


 任された中身はデカかった。破格の大きさだ。1万人に課せられた業務と思えない。優秀な補佐や副官はみんな、ラッスが連れていった。手持ちの人材はカス……とはいわないが普通の能力の連中。やり繰りできるだろうか。


「すでに北方の村々の捕囚は、開始されてます」


 もう、はじまってるのか。


「まさか、そこにも兵が裂かれてる?」

「ええ。2000人ほど」


 動かせる兵は8000に減った。


「8000人か。やむを得ないか」

「兵は南にも送ってますよ」


 しれっと告げる次席副官。腹がたってきた。


「南にか。何人だ。1000人ほどか?」

「ご名答です」


 クイズか! だが、怒りをぶつけるゆとりはない。


「……7000人か」

「あくまで文官や技官を含めた総数です。護送に従事させられる将官実働は5000に満たないかと」

「ごせんにん!!!……たったごせんにん」


 5000の兵士の全部が戦闘員ならいいが、そうならない。運搬や支援や工兵やらもいる。ざっくりと数を弾いてみると。


「実質、3000人?」

「そのくらいですね」

「頭がいたくなってきた」


 火種はいたるところにある。そのどれもが強固でしつこい。取り返しがつかなくなる前に、早急に動かないと命が危険だ。妻たちを呼び寄せないのが不幸中の幸い。


「肝心の捕囚の人数だが。最終的に何人になる。3万人か」

「まさか」

「多いのか。5万人くらい?」

「小さいとはいえ国ですよ。もっといます」

「はっきりいえ。何人になるのだ」

「セントメディウム全体で、ざっと11万人かと」

「11万もいる!? 冗談だろう」


 アイサッタは途方にくれた。


「正確な人数は詳細は集計が待たれますが、それくらいにはなるかと」

「11万人……それをたった5000人……実質3000人で連れていく?」

「北と南は、各隊長に任せましょう。我々は、王都とその周辺のみ対処します。7万人です」


 かなり減った。それでも7万だ。


「名簿はあるか」

「あるにはありますが、名まえがあるのは主だった人物や村や町の代表者に限られます。一般人や奴隷は人数のみですね。住所や名前をまともに作ったら7万人分でも、粘土板で貴重な荷車が埋まりますよ」


 粘土板はかさばる。名簿のせいで、運べない略奪品や食料だでるのは本末転倒だ。

 また、作らせるにも人手と時間がかかる。粘土を掘り起こし、板状に仕上げるには時間がかかる。乾燥するまえに文字を記す必要から、大量常備ができない。書く職人も足りない。


「それにしても王都の7万人か」


 3000人の兵で、20倍以上の捕囚を護送。馬車やラクダの車の列だけで相当長くになるのに、7万人の、行列となると何十キロか見当つかない。軍事訓練などしらない民や奴隷、子供や歳よりもいる。規律ある行儀よい行軍とはいかないだろう。


 捕囚は昔からあったことで、ビロロン帝国のお家芸ではない。はるか前からくりかえし行われた当たり前の政策だ。民や奴隷を集団で連れ帰ってあらゆる仕事に従事させた。一つ村や町に相当する人数は、戦や飢饉で目減りした民を補った。


 人々は長い間に交わりその地に根をはることも多い。力をつけひとつの勢力となることもある。いつまでも弱い立場ではないのだ。


「帝都までは、3か月だったな」

「それはアイサッタ様が、ラクダと馬だけの部隊で来られたからです。わたしは軍の足で4か月でしたよ。捕囚には女子供がいるので少なくて5か月。下手すると半年かかるでしょう」

「半年か。王都は遠いものだな」


 しみじみつぶやくアイサッタだった。


 11万人はとてつもない。無事に本国に送り届けるノウハウはどこにもない。飢え、反乱、伝染病。なんだって起こりうる。

 不吉なことしか浮かばない。


「先んじて、道中の村と町に伝えろ。水、食料、休める土地を用意させろと」

「ただちに」


 命令を実行すべく次席副官が出ていった。


 捕囚はこれからだが、皇帝の号令により、略奪はもうはじまっていた。無駄な殺しや、略奪品の私物化は、いまから中止だ。


 能力は100人並みだとしても頭数はいる。次の副官を呼びつけた。


「将兵に告げろ。統制を徹底し、従わない奴は処刑すると」


 破壊や略奪の現場に、祭司と軍部の幹部をおく。許可をとってからでないと、行為におよばせないルールを徹底させた。殺しはだめ。半殺しも禁止だ。


 盗みや強姦は監修されながら、粛々と執りおこなうことになった。女好きの兵は、祭司らの許可を得たうえで、監視されて強姦する。強姦がなくなると期待してのことだったが、実際はあまり減らなかった。見られたほうが燃える兵が一定数いるなど思いもよらなかった。


 捕囚につかえる兵はあまりにも少ない。兵には自重を呼びかけた。民がビビってるうちはいいが、数の少なさに気づいて侮られれば、反乱がおきかねない。


 さらに、別の副官に指令をくだす。


「荷車、馬車、ラクダ車。速やかに載せ護衛をつけろ。盗みを働いた奴は誰であろうと処分だ。兵こそ信じられんからな。それと捕囚のなかからリーダーを選んで、身内を管理させる。町長、裏の親分、いくらでもいるだろう。下手こいたら首を落とすと脅し、いうことをきかせろ。こちらの負担を減らせ」


 頼めば、英雄たちは、協力してくれるだろうか。いや、期待しないほうがいい。

 あいつらは個性が強い。人間として面白くても敵だ。

 協力を要請すれば時を得たとばかりに、反乱の先頭に乗り出すかもしれない。

 実力ある人気者。本来なら捕らえておく危険人物だ。


 成り行きにまかせるしかない。兵が少ないのが歯がゆい。


「なるほど。アイサッタ様の名を出しても?」

「自分の名? あーー『無慈悲』の二つ名な。不名誉極まりないが。許可する」


 ひとつ都合がいいことがある。沿道すべてが帝国の支配下なので、他国の軍に襲撃される心配がない。それだけが救いだ。


「次だ」


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