2-08 ユディとひとつに
彼女とはひとつベッドで寝起きしてる。夫婦だから当然だ。が。ひめゴトというか、最近教えてもらったのが、夫婦には営みというのがある。僕も男。営みはまだないが、『シタイ』衝動がおこることがある。
不思議なもので、それをすれば子供ができるという。必ずではないができるらしい。子供みたいな僕らに子供とは。思うほどに、ためらうけど。
子供は弱いのでよく死ぬ。5歳まで生きるのは半分もいない。僕にも弟妹がいたらしいけど、みんな死んだ。死にやすいから、バンバン産むらしい。4人5人は当たりまえで、僕やユディ家は少ないほうだった。
子供は幸せを運んでくるとされる。半信半疑。だけど幸せはたくさんあるほど嬉しい。
いっぽうで、家族が増えれば、食わせるのが大変だ。子だくさんは、そこらの金持ちでも貧乏で苦労してる。二人でもやっとなのに。育てていけるか心配。考えてもしかたないけど。
でも。営みなしの本当の理由はそれじゃない。食べ物や仕事の話でなくて、もっと本質的なことだ。
ユディにその気がなかったのだ。
同じベッドだけども起きるタイミングはべつ。それぞれ勝手に起きて行動する。仕事にでかける時間が違うから、いつのまにかそうなった。安息日じゃない日は、ひとりで起きる。硬パンをかじって出かけた。
それが今朝は違った。
僕は、なんとなく視線を感じて目を覚ました。濡れた瞳がみつめている。もじもじしながら。ユディは、なんと、唇をあわせてきた。
「……ん」
非常に珍しい。寝起きでは始めての所業だ。どういう砂の動き回し。心臓バクバク。芯の底がうずいた。からだがムズムズしてとまらない。手でしてもらうがときよりも、強烈に感じた。
くちびるが離れた。
「おはようムズクム。起してしまった」
「うん、おはよう。どうした?」
「あ、うん、なにかその……」
「なにか?」
なんかあるらしい。
「うーん……後で話そう。仕事から帰ったてから。うん」
鼻先をくっつけてくる。顔が、焦点が会わないほど近い。続きがあるのか。手かな。期待して待つ。ユディは、しばらくもじもじしていたが、それ以上は何もしないで。ベッド降りてしまった。このムズムズ。どうしてくれる。しかたないので僕も起きる。
僕は半年前に16歳になり。昨日ユディが15歳になった。半年ごとの追いかけっこだ。2歳違いは、しばらくの月日、1歳ちがいになる。
誕生した日を祝う習慣はないが、めでたい。キレイな子供って感じだった彼女は、最近、ぐっとぐっと大人に近づいた。髪が伸びたせいもある。胸は、チュニックを押し上げるほどに育った。ぐっとくる美少女に。
色気を漂よわせてそうなものだけど、あいかわらずのおおざっぱ。仕草は無骨といってもよく、色香をだすことがない。
世間の男性は女に色気をもとめる。化粧が上手で、体はでてるとこがでてる、女っぽい人。ぼんっきゅっぼんっがもてはやされる。
結婚後はどうせ、家庭にしばりつけるのに。男社会の見栄か。健康なら、外行きの姿はなんでもいいと思うのだが。
僕はグラマラス女性は苦手。ぼんっきゅっぼんっに威圧されてるしまう。ユディがいい。あらゆる点で好みの女性だ。これも男の勝手だろうけど。
洗面して、水で口をすすぐ。体からムズムズは去っていた。
家に併設の小屋へと入いる。荷車を軽く前後に動かし、壊れがないか点検するのが朝の日課だ。これは食い扶持の種。なるべく自分で直し、無理なら鍛冶屋で直してもらわないといけない。今日の仕事は朝イチで受けてる。修理となれば、急いで断わらないと迷惑をかける。大丈夫。ちゃんと動く。へんな軋みも見つからない。
「ユディ。おまえ、きょうは、どこの仕事だっけ?」
「頼まれた仕事はない。でも師匠から来いと言われてる」
「シロウが? わざわざ呼びつけるなんてめずらしい」
いつもユティが押しかけて教えを乞う。奴隷のあいつは平民を呼びつけることはしないのだが。それが来いという。気に入らないが、あの知識は、金を払う価値がある。
「できれば、その……2人でって。とってもとっても重要な話があるらしい」
「重要なはなし? どんな」
「いえない」
目が泳いだ。表情の薄いこいつにしては、大きな感情だ。話の中身を知ってるな。
そういや前にも、そろって呼ばれたことがあった。
あのときは……そう。子供ができる仕組みを教えてもらった。
男女の違いと役割。割礼は無意味。妊娠しやすいタイミング。早すぎる妊娠は体に負担をかける。
生まれた子供は死にやすいけど、衛生に気をつければ病気にかかりにくい。注意すれば元気に育つ。
シロウは、みんな衛生と信仰をこちゃまぜにしてるから、気にするなと言った。子供は神が与えて奪うものという祭司や近所のおばさんの話とはまるで違う。まるきり、異なる世界の話。
夜の営みについては、僕らが『まだ』と気づいたらしく、ぼかして話した。
聞いた時は半分も意味がわからなかった。今は、それがかなり『ヤラシイ』と知ってる。男の始めてを経験し、それをユディが助けてくれたからだけど。
「あの先…… すぐ行こう。いまいこう」
傾倒するユディにとって教えは絶対。僕にとってもそれ系の教えはありがたい。信頼と実績のシロウ。夫婦関係のレベルアップが保証されたようなもの。
「ま、まて、仕事はどうする。商業ギルドに頼まれてなかったか」
「キャンセルする」
「落ち着けムズクム。急いで来いとまでは言われてない」
頭を抑え込まれ諭された。控えめにみて僕は興奮しているらしい。
「そうか……わかった」
荷車を曳いて家を出る。肩を落とす僕を気遣ったユディが見送ってくれた。ついでに街で買い物するらしい。
すこし歩いて、彼女が昔住んでいた家で足をとめた。親や兄は死んで、居ない。王家に取られたこの家は、すぐ、帝国の窃取に遭った。子供の笑い声が聞こえた。
「家族が懐かしいか」
「いまはムズクムが家族だ」
僕の家族も戦争で死んだ。よくあることだ。二人だけになったけど、寂しくなかった。
仕事は、特急でかたづけた。
午後の仕事がある、という。ありがたい依頼を、スパっと断わって帰宅した。
ユディは家の前にいた。「別にまってたわけではない」というが、そわそわしてるとわかる。
二人で出かけた。駆け足だ。いつもの半分の時間で隊長の町に到着した。急いできたなんて悟られたくないので、ゆっくり息を整えた。目が合ったユディも深呼吸。照れながら笑いあった。
「うん? 道をまちがえたか。この辺は治安がいいのに、ごろつきがいる」
チンピラ、いや、無理やり商人にもみえなくもないのが騒いでいた。住宅地には馴染みが薄い、色街とかスラムにそうなガラの悪い連中だ。
どうみても隊長宅だ。並ぶ建物は間違いない。道には、この間の大雨にできた特徴的な穴ぼこもある。
「ただじゃおかねぇ!」
「カルガナンさん宅だったか。英雄だろうと、かまいやしねぇ!」
カルガナンは”元”弓隊の隊長。死地にあって『命に未練はないがせめてあと23回、酒と女に溺れてから死にたい』と豪語した猛者だ。奴隷のシロウを買い取った人でもある。
謎が解けた。金もないのに色街で飲み歩く。その借金のとりたてだ。
「酒と女に溺れてから死にたいって言ってからな。なぶり殺しの末路を望んだのだろう」
顔色も変えず、怖いことを言うユディ。そこまで不幸なストーリーは望んでないと思う。何をしでかしたかなんて、考えるまでもない。
「シロウって奴隷をだせ!」
ちがった。しでかしたのは、シロウのほうだった。
隊長が表にでてくる。まあまぁと困り顔で、チンピラたちをなだめにはいる。
「わしが用をいいつけた。戻るのは……うむ。およそ10日後だな」
「入るとこをみたぞ。いるんだろ」
「いないと言ってる」
隊長がかばう。問題をおこした奴隷は、放りだす主人が多い。ウソついてまでかくまうとは男らしい。さすが、吟遊詩人がとりあげる英雄はちがう。
「隠すってぇならこっちにも覚悟があるぜ。カルガナンさん。あんた、色街出禁な」
「シロウは、中にいる。わしが勘違いしてた許せ」
男カルガナンは脅しに屈するはずないと信じたが。男らしさは、あっけなく瓦解した。
チンピラたちが家に突入。まもなくシロウが、情けない声でひきずりだされた。
「たいちょーそりゃねえぜ」
チンピラは容赦ない。殺されないまでも半殺しがありうる。シロウは、前よりやつれていた。ジジイだから、死ぬかもしれない。こういう危機にこそ頼りになる隊長なんだが。
「ぴぃ~~」
空を見上げて口笛の練習中だった。英雄は男らしさより色街をとった。
助けたほうがいいんだろうな。数が多いし体こそでかいけど、戦場の敵にくらべて迫力に欠けてる。僕でも負ける気がしない。
でも手を差し伸べにくい。今回のこれは、自業自得っぽいのだ。ユディもいるし。チンピラはしつこいから。とばっちりが彼女にくる事態はカンベン願う。さらばシロウ。
「どいてくれないか」
僕の思案吹き飛ばすように、そのユディが前に出た。野良猫の輪にすべりこむように、頭二つはデカい連中に首をつっこんだ。
「おー。かわいい嬢ちゃん。なんかようか」
「わたしはユディ。その師匠に用事がある」
「ししょう? この奴隷が?」
「ゆ、ゆでぃぃ~。地獄に|仏<ほとけ>ぇ、たすけてくれ」
池に落ちた子犬のような目で、哀れな師匠は助けを求めた。シロウって戦いかたも教えてなかったか。弟子の少女に救助を頼むとは、師匠じゃなく失笑だ。
ホトケってなんだ?
「まてユディ。まず、シロウが死体になった事情をきかないと」
「まだ死体じゃねぇ」
あわれなシロウに睨まれた。ユディは男たちを見回しながら、こういった。
「事情はどうでもいい。師匠との用がすんだら帰るから。あとは煮るなり焼くなり」
「鬼かっ!」
「手かげんしてやれ」
隊長は、ユディに言ったのだが、チンピラが、オウっと返した。
べつのチンピラは、ニタァと笑ってユディを値踏み。こいつ。
「ほほう。青さが残るが磨けば光るメスよ。こいつぁ上玉になりそうだ」
背の高い男が彼女の後ろへまわった。羽交い絞めにするんだろうが、僕に背を向けていいのか。膝をかっくんしてコケさせる、倒れた頭を踏みつけてやった。
「……てめぇは関係ねえだろうガキっ」
「ひとの妻にちょっかいだすからだ」
「つ、妻だと、ガキのくせに」
「ガキでも夫婦だ」
立とうともがくが、そうはさせない。
僕が一人を押さえてる間、ユディは、残りをかたづけてしまった。彼女を中心点とした、円形でひっくり返ってる。稲妻が落ちたようだった。
「すごいな」
「手加減したぞ。隊長」
「怪我をさせてないのはさすがだな。うむ。この話を吟遊詩人に売ればしばらく遊べる」
隊長。そんなの誰が買うんだ。そこまでした飲み代を稼ぎたいとは。
なかで最も驚いてるのシロウだった。この技、あんたが伝授したってきいたんだけど。
チンピラたちが立ち上がりはじめた。警戒しながら油断なくユディを囲む。初見の優位はなくなった。
「ガキども。ただ物じゃねぇな。どこの誰だ」
命のやり取りと覚悟を決め、短剣の柄を握った。僕は素早く距離をとる。立ててあった戸板を持った。
「ユディだ。名乗ったろう」
「だから、なんのユディだよ」
「師匠の弟子のユディだ」
苦笑するしかない。さすがわユディ。ラチがあかない。堂々めぐりになりそうだったが、正解を隊長が答えた。
「短髪女兵を知らないか。ここにいる女子がそれだ。戦争の英雄だよ」
「短髪女兵……吟遊詩人の唄にあるあれか?」
チンピラたちの表情がかわった。恐ろしい珍しいバケモノにでも遭遇したみたいに。ひざまずいて畏怖を表明する奴もいた。
また英雄だ。吟遊詩人が唄ってるらしいけど、こだわってるのは商人の娘かどっかの副長くらいと思ってた。まで広がってるなんて。
「英雄……作り話とおもってたが実在してたとは。てめぇが呼んだのかカルガナン」
「シロウだと言ってる。手を出したのはお前らであろう。わしの責任ではない」
チンピラは気勢がそがれてこわばってる。
シロウは、転ばされたまま逃げることもできない。
隊長はといえば、いうだけ言って口笛を再開した。
妙な3|すくみ<・・・>、僕もいれて4すくみが完成する。
これは、喧嘩相手が英雄と知って萎縮してしたってことでいいのか。英雄は畏怖される。なにかしら『強さ』の象徴である英雄の活躍は憧れであり、刺激のすくない市民にとっての娯楽でもあった。
「いちおうわしも英雄なんだが」という隊長の呟きは黙殺、誰も動けない状態が続く。
そこに親子連れが通りかかった。子供が「おかーさんあれ」と指さす。母親はあわてて手をひいて逃げていく。それによって術?が破けた。さらに破けをユディが広げる。
「場が温まったな。師匠。わたしたちを呼び出した用件はなんだ」
時間が動き出した。チンピラがほっと脱力した。
シロウが立ちあがり、ぱたぱた埃をはらった。
「あーー。非常にいいづらいんだが。女を虜にする寝技テクを教えようかって」
じつに、この状況に似つかわしくない話で呼ばれたんだ。
「女をとりこ? これでもわたしは女だし。女をとりこにする趣味はない」
男は僕だが。とりこって。ユディをとりこにできるのか。いや。とりこもなにも、初めの一回がまだなんだけど。
「だからムズクムにも来てもらった。協力プレイで効果倍増。死ぬほど気持ちいい極楽技を伝授する」
死ぬほどか。それはどういったものだ。死にたくないけど、興味がわいた。
ユディはつつつーっと後退し、僕にすがりついた。うつむいてる。けど熱気も感じた。
「ピー、シロウ。初めて、ピー、だぜ」
隊長、口笛ふきながら聞くのはやめてほしい。
「このまえ隊長に、娼館に連れてってくれてそこで試した。ひっさしぶりだったが効果はすげぇ。そのあと娼婦に呼ばれてさ。いってみると4人も待ってる。金を渡され、この娘たちも抱いてくれって。それからときどきよばれてる。芋づる式で娼婦ネットワークだ」
「ときどき出かけてたのはそれか。金は増えてるしやつれていくし。何事かと不思議だったわ」
「おうおうっ てめぇのおかげでうちの女どもは骨抜きよ。どう落とし前つけてくれる」
チンピラたちは娼館の管理人だったか。娼婦が特定の男に熱をあげたら、商売あがったりで困るよな。それでシロウを探して脅しにきたと。商人ぽくみえた理由もわかった。
「娼館主の旦那たちよ。女たちを色で縛れるぜ。あの子らだってどうせなら楽しみたいんだ。俺の命をとるより前向きだぜ。どうだ?」
「なんだあ ずいぶんと自信ありげじゃねぇか。……話だけはきいてやる」
「おぅ。しょうもねぇねえ色話だったら、ただじゃおかねぇ」
「ふふ。人類の英知をおしえてやるぜ。たっぷりとな」
半殺しするされるの沙汰。その立場が師と生徒に早変わり。なだれ込むように隊長宅へ入場。昼間だというのにシロウは、戸と扉を締め切って、ランプをつけた。
黒い板を立てかけ。白墨を持つ。図柄を描いて教えるという。こんな方式は初めてだ。勢いのまま講習が始まった。
「初めに、|生殖<ヴェセット>の原理をカンタンにしておく」
「生理?」
「女のつきもののことだ」
「あー生理か。原理なんてあるのか」
「月に一度の短い期間、女は卵をかかえる。そのとき精と出会えば子を宿し、出会わなければ流される。流すのには血がいる。そいつが生理だ」
声が無くなる。ごくりと生唾を飲みこんだのは僕だろうか。
「ホントかと問われても学者じゃいからわからん。わからんが俺の地元では常識だ。続けていいか?」
全員が無言で首を縦にふった。
「官能が先走るのよくないって学者がいってたからな。つっても遺伝とか言っても伝わらないだろう。ま。犬や猫と基本は同じで、女性の体内にある卵に男性液がうまくかかれば妊娠するって節理だ。ここから話をすっとばして本題だ。いいか」
こくこく。
「妊娠は女が感じたほうが効率いい……なぜなら……それでな……」
◯と棒の図を描いていく。指で示しながら話されるのは、濃厚な深淵だ。チンピラ……もとい管理人たちも目を血走らせる。僕もきっと同じ目だ。
弓隊隊長は別テーブルにいた。ナッツをつまみにシカルを飲んでいたが、だんだんと話に引き込まれ、チンピラの隙間に割り込んだ。
とにかくすごい。自分で調べたんだろうか。道理が一貫してみえる。不敵に笑っただけのことがある。ユディが座る椅子を隣にくっつけてきた。自信の重みを支えきれないように、くったり体を寄せて、ぎゅっと手を握ってきた。汗びっしょりだ。
消しては描かれる図解が新鮮だ。経験のない僕には、聞きなれないことばが多いが。これは事実なんだと、体がうづいで報せてくれる。血が騒ぐ。ユディに負けず、熱い汗が背中に噴き出す。
娼館主が願いでた。
「シロウ、いや師匠と呼ばせてくれ。ね、粘土板に書き残していいかい」
「記録はよしたほうがいい。頭のなかで、何度も反芻して刻みこめ」
「そうだよな。祭司に漏れたら、王都中おいまわされるハナシだ」
たしかに。これは悪魔の業だ。聞いただけでこの通り。漏れたら極刑まちがいない。
「師匠、その、せいきのこうぞう? っていうのを、もういちどくわしく」
「勉強熱心はいいことだ。男と女 どっちだ」
ユディのまなざしが真剣。魂に刻みこむように、わからないところを聞き返す。
「男は……わかる。女は自分でもわからない」
「わかるのか。へぇ?」
意味深くにやけるシロウ。ユディは恥ずかしそうにうつむいた。
まあ。ここは男だらけだし。ユディは僕のをよくみてる。僕はといえば、ユディのも知らない。
「ち、違う図があればそれも」
「ちがう図な……どうするかな」
よどみなく答えてたシロウが止まる。それほどの図らしい。
「お願いしたい。ぜひ」
彼女の決心は固い。
「そこまでいうなら、詳しく描こう。目に焼きつけとけ。10数えたら消すからな」
「ごくり」
「ごくり」
「ごくん」
「単純化すると、こうなる」
ささーっと白墨の擦れ音とともに、女の大事な部分? が大きく描かれる。混みいっててわからない。ホントにあそこなのか。覗き見たのとだいぶちがう。誇張してるからか。
見た言われた通り眼に焼きつける。これが、ユディにも……。
猛烈に、みたいという衝動がおこった。僕の目が、チュニックから零れた妻の足に、吸い寄せられる。この布の下に、これが。
「ほう……」
「なるほど……こういうものかも」
ほかの男どもも、吸い寄せられる。
「こほん。僕の妻です」
「あ、すまん」
腰をに腕を回して後ろに隠した。彼女はそれどころじゃない。黒板を凝視し、激流に流されまいとする小鹿のように、肩に爪をたててしがみつかれた。
漏れたら火あぶり確定な禁断の知識。いつしか僕らは鼻血をしたたらせていた。それを拭きながら聞き入った。
2時間にわたる講習が終わる頃には、全員、力尽きていた。一語も逃さないよう集中するには、力を使い切る必要があったのだ。砂漠を走りきった充足感と、何かしなきゃという義務感。これからはじまる期待感とが、ないまぜだった。
なにより、ギンギンバキバキだった。
「最期にいっておく」
まだあるのか。
「……オーラルプレイは効果が抜群だが、その分ヤべぇと覚えとけ。雑菌感染……危ない病気にかかる危険がある。やるんなら湯あみしてからだ。体をくまなく清潔にしてからだな。快楽には危険もともなう。絶対まもれ」
快楽と危険は、金貨の表と裏らしい。みたことないが覚えておかないとな。病気は怖いし、なかなか治らないし。
「湯あみは、いったん沸かして適温まで冷ましたお湯がベストだ。石け……いや、サポーを使うとなお良い。泡をたてて念入りに洗え」
「サポー? 洗い物に使う、汚れ落としのサポーか。キレイになるだろうが、人に使うものじゃねぇな」
サポーは灰汁を油で煮込んだ”汚れ落とし”。僕にも作れるが手間がかかり、できる量はほんの少し。そこらの露店でも買え、質はピンキリで安い物はニオイがひどい。油の汚れはよく落ちるけど、普通は砂で洗う。
ユディがどんよりしてる。臭くなった自分を想像したらしい。
「そう思うだろ? 油と香料しだいで、体も洗える良い物ができる。ミントで香りづけしろ。安く買える店もあるが、娼館なら竈で大量に造れないか」
そうなのか。希望がでてきた。安いなら買いたい。作る手間がなくていい。
ユディのどんよりが消え去った。
「……何度もいうが禁忌だ。他所で話すなら神の口伝とでもいっとけ。金をとったほうがいい。大金払った情報はおいそれと漏らさん」
シロウが図を消しながらひそっと語った。黒い板と白墨のコンビは、空前の伝達手段じゃないだろうか。テクの衝撃があまりにも強すぎて印象が薄くなってる。
「わかりやした師匠!」
「あんたについていくぜ!」
他言無用の熱い契りをかわし、僕たち受講者は解散した。隊長はいつのまにかいない。どうやら娼館へ行ったらしい。
シロウおすすめの店でサポーを買った。
家に帰ってすぐ、隙間なく戸締り。声が漏れないよう配慮だ。
世間には、割礼を推進する一派がいる。男子はまだいい。たいした害はないし、誕生のどさくさで、生まれて8日でちょんぎられる。
だが女子はちがう。割礼は成長した12歳からだ。物理的な不都合を取り払う男とちがって、女子は『女が感じるのは罪』という理由で切りとられる。そこはその――より仲良くなるための、たいせつな――大切なアイリスなのに。推進するのは中年女性たち。夫に邪険に扱われた女のヒガミにちがいない。
ふたりでする沐浴。シロウの講義を思い起こしながら、おたがいをきれいにして、慈しんだ。ユディはとても美しかった。清めた体を雫まできれいに拭きあう。そしてベッドに。
「……ムズクム。わたしは幸せだ」
「僕もだ。いつまでもずっと、幸せに暮らそう」
僕たちは、正真正銘の夫婦となった。




