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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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2-07 もたらされた便りに……



 王都でもっとも偉い人物は、帝国上級将校だ。国王すらあごで動かせるのだから、まごうことなく一番エライ。|管理城<シムヘイル>には上級将校の執務室がある。だが、本人がいることはめったにない。雑務が苦手ということもあるが、部屋にこもるのが嫌なのだ。空のしたで戦うことを本分とする、根っからの軍人だった。


 嫌いでもなんでも内業は発生する。溜まっていく仕事は、雑務もふくめて重要で、放っておけば国が停滞する。上級将校はすべてを部下に丸投げ。


 今日も執務を任されたアイサッタは、頭をかかえつつも、適当にこなすのだった。


「なぜ案件は減らないのだ」


 くさび文字の粘土板を持った奴隷と担当者が、室の外まで並んでる。おとといや昨日と変わらず人の数だ。


 粘土板は重いくせに書ける面は小さくせまい。バランス的にサイズはこれが限界なので、案件が複雑になるほど枚数が増える。そのぶんの奴隷が多くなる。


 スペース制限に対して工夫が施される。1文字に複数の意味があてがわれたり、あてがわれなかったりするのはそのためだ。限定的かつ最小限しか記せいから、文章は難解にななっていく。書いた本人ですら、解読しながら読むこともある。


 一枚一枚に、係がつくのはそのためだ。説明係がいるんなら、口頭で十分とも思うが、悲惨な事態になるのは歴史が証明してる。記録に残すのは、後日の諍いを防ぐ意味があるのだ。


 残すのはいいが。つぎは保管が問題となる。毎日のことだ。仕舞い場所は常に逼迫していた。10個ある蔵は5年のあいだに、積まれた粘土板で、天井までぎっしりだ。入りきれなくなった粘土板は外で、風雨にさらされてる。古くなったり用の済んだ記録は、壊して廃棄すると決められてるがそれを見つけるのも困難。古いほど奥に仕舞われてる。


 運び出すして区分けするにも、奴隷や人夫は文字が読めない。文字の読める人材はいつでも足りないし、いてもやりたがない。


『不要板を取り出すなら蔵を壊したほうが早い』


 そんなジョークがある。自虐ネタと笑うことは決してできない。


 蔵をたててもすぐに満杯。いまも建ててるが間に合わない。|管理城<シムヘイル>は数年のうちに粘土板の廃墟になるだろう。他所の国のことと、放置してもいいがそれはしない。アイサッタは口で言うほど今この立場が嫌いではない。セントメディウムの骨をうずめるてもいいと、最近は思ってる。


「道が雨でぬかるんでおりまして……」


 粘土板説明をうける。書かれてる多くは、各部署からの要望や苦情や。


「路面がわるいのか。最新舗装に造成しなおせ」


 可否を決めるの上級将校だが、ほっぽり出していないので、自分が代わりにやってるわけだ。立場は好きだが、うんざりもする。上司のように丸投げしたい。任せられる部下がいればそうしていた。


「外壁の一部が破損して……」

「二度と壊れない頑丈な壁に直せ。すぐとりかかれ」


 こいつらだってヒマじゃない。粘土じゃない別のなにかに文字が書けないのか。軽く拾い代わりになる何かがあれば、楽になるのではないか。


 薄い板に書いたことがあったがダメだという。虫に食われたり経年でボロボロになったり、火事で焼失したりした。そういう記録に限って、後年、重要になったりする。


 記録ってのは、いつ必要になるかわからない。軽いだけではダメ。軽くて壊れにくくて、何年たっても文字が読めないといけない。最低でも10年。できれば100年。国が滅ぶまでもてばいいのだ。


「遠くの村に夜盗が出没して……」

「部隊を派遣しろ。どれほど遠かろうとも守り、帝国の力をみせつけろ」


 公共工事や人事や物品の購入を求める書面がとっても多い。自分にいわせれば、どれもすべからく価値が低い。価値がないのですべてOKにしてる。予算は気にしない。足りなくなってもかまわない。税を取り立てればいいのだ。


「麦を集める役人が横領して……」

「殺せ」


 そんなこんで、集めた税のほとんどすべてを吐き出してる始末だ。税は砂漠の砂だ。右から左に舞う砂。すこしくらい懐にいれても大事はない。しったことではない。


 石造りのテーブルにふんぞり返ってさばくアイサッタに、官吏が首をかしげる。


「これで王国の経済がまわってるのですから。つくづく不思議です」


 上級将校の補佐で優秀な男だ。あの人は自分の補佐を残して消えた。仕事ぶりの監視ではない、棚にあるワインを心配してるらしい。ワインなど、一本残らず飲み干した。


 消えたといっても、上級将校の行先はコロシアム観戦とわかってる。強靭な闘士を好むわりに、賭ける時はひ弱な奴を選びたがる、大穴狙いの一発勝負だ。勝てるはすがないが負けた分は公費でおとすから気楽なものだ。


 国費がかさんでしかたないが、コロシアムは活況そのもの。周囲の繁華街も繁盛してて、あそこに限っては帝都に匹敵する賑わいだ。浪費が一種のテコ入れになってるから、経済はわからないものだ。


 アイサッタは、この役についてから、駐屯する兵たちを固定給にした。戦争がなくても払ってやってる。訓練だけしかしていないだらけた奴らに、治安維持という日常任務を割り当てて、ヒマをつぶさせてる。高いとはいえないが薄給ではない。


 決まった日に給金がはいる。もらえるとわかった連中は、遠慮なく金を使いだした。軍は衣食住の面倒はみてるから、金の行先は主に色街。兵は遊び、好きな物を買い、金をおとす。いいご身分だが、そのおかげで金が停まらず動いてる。


「まったく不思議だ」

「ご本人が驚いてどうするのです」


 事業資金に糸目をつけないからなのか、あらゆる層に仕事がうまれた。貧乏や困窮は相変わらずだが、選ばなければ仕事がある。食うには困らない程度のはたらき口がある。知らないところで、そんな循環が生まれてる。

 なぜそうなるのか。誰にもわかってない。どうでもいいことだと、アイサッタは今日は金をばらまく。


「それより昨日の英雄は愉快だったな。女の英雄など神話にしか登場しない。あの自分を特別視しない態度も独特で新鮮だ。また呼びたいものだ」


 目ざめがよかった。こんな楽しいのはひさしぶり。英雄の話はいつだって愉快で、女を抱くのとはちがう刺激がもらえた。

 思い返して気分のよくなるアイサッタ。書類奴隷と説明係のセットを次々に片端から、さばいていく。やってる作業はいつもと同じだが、どんどんよくはかどる。


「わたしに言わせれば、アイサッタさまほど愉快な方はおられません」


 筆頭従者が意外なことをいった。自分が面白いって?


「面白いことなど、ひとつもしててないがな」

「昨日は門番を刺し殺そうとしましたが。ユディはいつくるのか、いまかいまかと朝から、そわそわして。まだ来ないと外まで見にいって。門番が追い返したと聞いた時の顔ときたら……ぷぷ。神に見放された哀れな異教徒でした。……ぷぷ」


「お前を刺し殺してやろうか」

「おお怖っ」


 自らを抱いて笑いをこらえる従者に、ほかの従者たちがうなずく。それほど親しくない補佐はうつむいて肩をふるわせる。

 侍女はお果物の汁を淹れながら、なんのことかわかない様子だが、すくなくとも笑っても叱られない空気とわかり、口角を緩ませた。


「『無慈悲のアイサッタ』は、世間がいうほど気難しい主人ではないので助かります」


「誰かがつけた二つ名には困ったもんだ。それよりまちがいなく書いたな?」

「ええ。ユディひとりの記録に大粘土板が3枚。大作になりました」

「行幸だ。オモシロ奇譚がふえた」


 アイサッタは、何人かいる次席将校のひとりにすぎない。否決権をまかされてるために、寄り添ってくる輩がいる。おかげでふるえる自由が多かった。不本意な仕事だが、役得もあるのだ。


 偉いうえ、まだ若いからモテる。好きなだけ女を抱ける。好きな英雄の話にはことかかない。国にいるよりも楽しのだ。


 帝国は世界統一を掲げてる。人のない山脈に阻まれた北を除けば、東、西、南へと、版図を拡大しつづけてる。


 現状、西にある小中国の集まった国家群はすでに支配した。南はサハランと停戦状態。目下、小競り合いはあるが、3分の1を獲られたサハランが白旗をあげ、停戦交渉中だ。


 そう、停戦交渉中なのだ。


「きな臭いとの理由で執務仕事をおしつけ、南西へ行った副長連中め。ウソをついてまで執務から逃げたかったのか。きな臭いどころか戦闘は終わってるじゃないか」

「わたしなどにわかりません」

「まあいい。勝ったのだから。サハランとの落としどころはどうなると思う」

「国の半分を差し出して、手をうつというでしょうか。わかりませんが。


 戦う敵は東方面だけとなった。あそこは遠い。ここから半年ほどの距離がある。戦の飛び火のかかりようもない。

 

 帝王というお方は、へまをしないかぎり人事を変えない。よっぽどの事態が起こらない限り、なにもなければ、死ぬまでここだ。


「ふ。安泰のセントメディウムライフ。それもわるくないか」


 国を出る前に生まれ下の子は、はいはいを終えて立ったか。いや、走ってておかしくない年月がすぎた。本国の妻たちを呼び寄せることも考えてもいい。あいつらの浮気が気がかりだが許そう。自分もこっちに妻と妾がいるつくったのだ。


「補佐殿よ」

「……ワインならありませんよ。棚のものは飲みつくしたでしょう」

「上級将校なら秘密の隠し場所があるだろう。一本でいいんだ」

「ないといったらないのです」

「硬いことをいう。一緒に飲もう。ぜんぶ自分が飲んだことにしてやる」

「それなら……いえ、ありませんったら、ありません」

「あるんだな」


 補佐が、しまったと漏らしたとき。粘土板の列を押しのけて兵が入ってきた。本国からの使者だった。


「アイサッタさま! サハランとの交渉は決裂。南方軍は推し返されてます――」

「そうか……」


 補佐役の表情が曇った。交渉は決裂したか。部隊の出動の要請がありそうだな。訓練を練度を高めておくか。英雄めぐりもすこしばかり自粛か。


「――さらに、北西の国々がそれに呼応。反旗を翻しました」

「なんだと」


 補佐役の顔が怒りで赤くなる。従者たちはどよめく。果物汁を陶器にそそいだ、侍女の手が止まった。使者は続けた。


「鎮圧には、帝王閣下みずから兵を率い向かわれてます」

「こ、皇帝が御みずから……」


 一大事だ。


「これより皇帝の言をお伝えします」

 

 使者は腰の袋から粘土板を取り出した。皇帝の言は、謹んで聞かないと罰を喰らう。居るもの全員、その場にひざを折った。


 刻まれた言葉がうやうやしく読み上げられる。


「我が勇敢なる兵ども。火種は王国にも飛びぶやもしれぬ。腰帯をしめなおせ」

「ははーっ」


 皆が首をたれる。アイサッタも頭をさげた。


 皇帝の本軍は、補給に立ち寄るだろう。増援を所望が考えれるが、本軍の邪魔になると判断し、増援はない可能性もある。帝国兵を減らせば良好だった治安が悪くなる。それは皇帝も望まない。


「不確定だが、王が呼応する」


 現王のヤキメメタは皇帝が選んだ|傀儡<くぐつ>。気骨ある親族を皇帝に差し出し、国力を弱体化させてまで、翻意のないところをみせるヤツだ。保身の権化。英雄から遠い、アイサッタが嫌いなタイプの人間だ。


「あの、能のない、へいこらするだけの、くぐつ。何事も企てるとは思えないが」


 総合的に、王国への飛び火はありえないとみる。


「探りはいれておく。皇帝にそうお伝え願おう。ごくろうであった」

「はっ。伝書鳩をお貸しください」

「何羽でも自由に使え」


 伝令は辞去する。本国に飛ばしたところで皇帝はいない。鳩は保険にすぎない。伝令はそれとは別に、行程を逆さにたどって皇帝を探すのだろう。軍とすれ違わないように。


「アイサッタさま……」

「なにもないにきまってる。こんなときこそ英雄だ。面白い英雄を知らないか」




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