2-06 門前払い
ユディ請け負った小麦の刈りとりを僕も手伝う。すさまじい手際のよさで5日で刈り終えてしまった。気をよくした農家から「もってけ」とたくさんの小麦をいただく。10日分の食事が確保できウハウハ気分。
ゆとりをもって迎えた7日目。約束どおり|管理城<シムヘイル>に出向いてきたのだが。
「アイサッタ・ナハナンと約束をしてる」
「アイサッタ……まさか副長を言ってるのか。証文の粘土板はあるか」
門番は4人でみんなが筋骨隆々。中に入りたい者は理由を言い、何かを見せて通っている。商人や役人といった顔みしりが多いらしく。なにも出さず素通りする人もいる。
そんななか止められたのは僕たちだけ。門番は迷惑そうに顔をしかめ、なにかを出せという。心付けじゃなさそうだけど。
「しょーもんの粘土板? なんだそれは?」
「口の利き方をしらないなガキめ。”それはなんですか”だろうが」
門番の顔がいっそうゆがんだ。ユディにご立腹なのは敬語を話さないから。うっかりしてた。咎める大人がいないから忘れてたが、子供からため口をたたかれて、笑う大人は少数派だよな。
反射的にユディの腕をとって逃げる用意。このところ逃げることばかり考えてる。門番はぶつぶつ説明する。顔に似合わずやさしい。
「まったく最近の子供は……証文は、会うことを約束した覚書だ。持たない部外者は通さないきまりになってる」
口約束。口頭の命令というべきか。約束とわかるものは、石ころひとつ渡されてない。
「そんなこと。アイサッタは言わなかった」
「アイサッタさまといえ!」
「す。すみません。ユディ。僕が代わる」
腕をひき、入れ替わる。「そうか?」と妻は素直にひく。頓着なし。小さな事に怒らないし、あとから不平をぶつけたりしない。いいユディのいいとこだ。心中は憤ってるかもしれないけど。
「ともかく証文がないヤツは通せん。そもそも、王国駐留軍副長で次席将校のアイサッタ卿が、平民のガキどもとなにを約束する。門番ごっこはほかでやれ」
門番ごっこ。そんなのが流行ってるのか。オモシロポイントがわからない。『通りたいんですけど』『御用のないもの通しゃせぬ』みたいな?
「アイサッタ様に取次いでくれませんか。僕たち本当に」
「ええいしつこい。痛い目に遭いたいか」
「……で、出直します」
取り付く島もない。子供の遊び場ではないと。困った。
このまま会わないと『無慈悲のアイサッタ』の無慈悲が僕たちに向かう。せっかく穏便に収まった『英雄ユディ妾』騒動が再燃してしまう。
アイサッタはある意味とても公平だ。最近だと、飲み屋で金を払わなかった帝国兵5人を見せしめ処刑した噂がひろがってる。男たちを広場にしょっぴき、すぐに死なない程度に足を傷つけ、太杭に縛りつけたのだ。
手当をうけて、水や食べものがあれば助かったろうが死んだ。監視なしの放置。それくらいの時間はあったが、誰も助けない。泥や石を投げつけられ死んでいったという。
そいつらは前々から、市民や奴隷に暴力を働いており、その報いを受けたという。
残酷だけど、自国も他国もない平等な無慈悲ぶりに、賞賛の声があがった。
だがユディはそれは違うと言った。男たちは彼女がぶったおした兵士という。いざこざが解決したして、その場を離れた。なぜか処刑されたと知って絶句する。あのときどうすればよかったのか。珍しく落ち込んだ。
その思いが頭をもちあげたのだろう。ユディは忠告する。
「わたしたちを通さないと、困ることになるぞ」
誠実に、精一杯の真実を告げてる。それがわかるのは僕だけだ。その言い方はちがうふうにとられるぞ。
「あんただと……きさま、このオレを脅すつもりか」
優しい門番が、真っ赤なった。
「脅しではないのだが」
「うるせぇ。心臓を突いてやろうか!」
「逃げるぞ。ごめんさないーーー」
ついに怒りだした門番は、槍を頭上でぶんぶんふりまわす。ほかの門番も集ってきて、臨戦状態になった。脱兎のごとくという。僕はユディをひっぱって逃走したのだった。
来いと言われたアイサッタに会えない。会いたいわけでない。むしろ会いたくない男ナンバーワンだ。いっそ国から逃げ出したいが、それを許す相手ではない。
時間は指定されてないが、約束は今日。常識的に太陽が明るい時間だろう。空が暗いと気分も暗くなる。日が落ちて闇になれば終わりだ。『自分をコケにしたあいつを殺せ』と追っ手を差し向けるだろう。のんびりはしてられない。
「すまないムズクム。怒らせてしまった」
人にぶつかりながら、町を走る、走りながらユディが謝る。
ユディの言葉つかいがオレは好きだ。”かわいい”から”美人”に成長しつつある整った顔立ちとのギャップがたまらない。ぜに嫁にしたい。嫁だったな。
でも世間がみんなユディファンというわけではないのだ。その点。門番はがんばったほうだ。
「しかたない。別の方法を考えよう」
逃げた足でやってきたのは|ラシャイ<天の神>神殿。
じつはまず、隊長に頼んだんだが、みごとに断られた。
『アイサッタか。わしのとこも尋ねてきたな』
吟遊詩人は実名で唄ってる。アイサッタは英雄好き。隊長を見逃さなかったらしい。家近くの静かな酒場で会ったという。ユディの謁見も酒場にしてくれたら問題なかったのに。
『大人がまともなほど子供を酒場に呼ばないものだ』
『|管理城<シムヘイル>に出入りできる証文てあります』
『酒場だといったろう。持ってると思うか?』
『なら。一緒に行ってもらえませんか。英雄の隊長なら顔で通してくれる気がします』
『英雄が通じる門番だと思うか?』
うーん。職務に忠実なな門番だったからな。押し問答になる情景がみえる。
『それよりもだ。安く色街に通う方法をしらないか』
『子供になにを尋ねるんですか』
じつにあてにならない。隊長宅といえば、もうひとりいる。奴隷のシロウがセットで住んでる。
『祭司のほうが通りやすいんじゃねえのか。知り合いにいいのがいるだろう。担ぎだしてみろ』
『さすがわ師匠!』
またしてもシロウの助言。
なるほど。祭司は国を問わず一目置かれる。危険なスラムも場違い商人のパーティでも、邪険にされたりしない。位が高いほどフリーパス度は上がる。あこがれの女性水浴び場や、いかつく頑固な門番も、追っ払っいはしないだろう。
賞賛するユディにもやもやするが、一理ある。ほかになにも思いつかず、神殿にきたのだ。イーツァ・ゼツァイムを担ぎだすために。
そしてやってきた神殿だ。
目的は祭司。到着するなりイーツァ・ゼツァイムを探す。唯一、僕たちが、親しく話せる祭司といえば、こいつしかいない。
神に祈る信者たちと捧げる貢物を通り抜ける。奥の、いくつもある祭司部屋をかたはしから探る。「なんだ君らは」の怪訝な視線をむけてくる。平民で、貢物もお祈りもしない奴はいないからしょうがない。いつもは平身低頭で恐縮するけど、いまは命がかかってる。かまってられない。
どこだ。若干14歳の祭司はどこにいる。
「……あれじゃないか」
ユディがみつけた。
足首まである|チュニック<半袖の長スカート>は良素材。それを腰ショールで巻いて太ベルトで押さえる最新のファッション。ショールの先で揺れる|フリンジ<飾り房>は、はめったにおめにかかれない金糸で縫われてる。
ゴージャスが売りの司祭のなかでも屈指の金満ぶり。まぶしい。目がくらくらしてきた。
「みつけた。イーツァさま。あんたが一緒なら門番も通してくれる。きてくれ」
「誰かと思えば、元奴隷ムズクムと平民ユディ」
国王は神の言葉を聞き伝え、無知な国民を導いたり戒めを与える。祭司は神のお世話をする神の代行者。王の血をひく一族だが、こいつはとりわけ王族の血が色濃い。本人が言ってるんだから、そうなんだろう。
イーツァは戦争では一部隊の指揮をまかされた。王の血が色濃いわりに、死んでも困らないお飾りだった。きゅうきょ、部下となった隊長にすべてをなる投げ。威厳もなにもあったもんじゃないが、おかげで生き残ることができた。
戦場では足手まといになると嫌われたが、戦いが始まるとちょこまか活躍して、弓隊みんなが驚いた。僕も驚いた。そんな縁があり。戦争が終わっても、ちょくちょく会ったりしてる。
「またしても、この小司をからかいにきたのか」
「からかう? これでも一目おいてやってるんだが」
それは君の思い過ごし。
「なんで上から目線なんだ」
「どうせ暇だろう。頼みがあるんだ。いい小麦で作ったパンを食わせてやるから」
「バカを言え。小司がパンに釣られるとおもうか!」
なぜか断わられた。僕なら、パンをくれるといえばついてくのに。パンはだめ。こいつのチュニックは平民が着るものよりはるか上等。食うものだって、ずっと良いものを満喫してるってことか。ほかにいい手は。
「ムズクム。パンだからじゃダメなのでは?」
「さすが僕のユディ。イーツァさん。干しナツメヤシもあるぞ。頼みをきくよな?」
「いらん! みてわからないか。暇どころか異教徒の手も借りたいくらい忙しい」
言われて気がつく。広い分室では若い祭司たちが忙しそうに立ち働いていた。大きなテーブルに、つぎつぎと、いろいろなものが置かれていく。果物や穀物が目立つ。それを種類ごとに分ける作業を、大勢でしてるのだ。
僕は、食事の準備かと思ったんだけど。石や金属や金貨銀貨もなんかもある。食べないよな。
「分けてるのはわかった」
「理解が早くて助かる。信者たちが捧げた貢物を分別してるのだ」
「そうか」
30人あまりの祭司が、汗だくだ。寄り分け。大量の食物。少数の金銀貨幣。価値の高そうなものは位の高い人にところに集められ、食べ物はなどは見習いの祭司が担当する。
納得した。曙から日没。おはようからおやすみまで。ひきもきれない数の信者が、次から次へ捧げてるのだから山にもなるか。神殿の裏側を見た思いだ。
供物のなかにはたくさんのパンもある。僕たちが食べるシンプルなパンが多いけど、贅を凝らした具だくさんも多い。バターたっぷり。レーズンやクルミがまぶしてあってじつに美味そう。
イーツァは作業する祭司たちの間を歩いて、あれこれ指図していく係らしい。僕には、忙しくしてる祭司たちの邪魔をしてるようにみえない。
「やってもやっても終わらない。新鮮野菜や果物は肉など、腐るのが早い食料などは今日のうちに食さねばならない。毎日が大急ぎだ」
貢ぎ物は、帝国に負けてから一気に増えたという。戦に負けたのは|ラシャイ<天の神>への信心が足りないから。王様が伝えた神の声が、民を恐れさせた。僕たちも神殿には通うし。そういえば、14日に一回だったのが7日に一回になった。
膨大な貢物にため息がでる。国じゅうが貧困で、飢えて死ぬのが珍しくないというのにあるところにはあるんだな。
「どれもこれも、暮らしの厳しい民らが捧げた貢ぎ品だ。ひとつたりとも無下にできない。そうであろう皆!」
「はいはい。イーツァさまのいうとおり」
イーツァが監督か。文句つけて邪魔するだけのポジションにみえるが。みかけに寄らず偉いらしいし、みかけによらず心も清いようだ。そこは朝にいた、腹のでた祭司とは大違いだ。14歳に似合わない偉ぶりは笑えるが、吹きださないで耐えてあげるのが、優しさだ。
「なにか言いたそう……おいガーシュ。チュニックの下に何を隠した」
「あ、いいやなにも」
20歳くらいの男の肩をたたいた。着ている素材から、奴隷か、下級平民の出だ。着古したチュニックの腰に巻いてるのは紐。素人が木皮を編んだみすぼらしいものだ。その男、ガーシュの目が泳ぐ、不自然にでっぱった腹を両手で覆った。
「小司の目は節穴でない。大麦パン、と銅銭3枚か」
「なぜそれを……あ」
「パンはいい。銅銭はもどせ。正直にもどせば罪は軽いぞ」
「すまない。いやすみません。つい、出来心で」
「民の手本となりうべき祭司が神の物を盗みはたらくとは。罰としてしばらく水汲みだ。毎日深井戸から水を汲んで、毎日、神殿にあるすべての瓶を満たせ。ひとりでな」
「そんな…………はい」
井戸の水汲みは重労働だ。重い釣瓶を垂らして汲みあげる反復作業は、気が遠くなる。ガーシュは、パンと銅銭をテーブルに置き、部屋をでていった。
見ている祭司たちの反応はさまざまだ。平然と作業をこなす者が多い。次いで同情するものか。イーツァ侮蔑の目をむける人もいた。どう思われてるか想像がついた。
14歳のイーツァが、辛酸をなめた大人のような苦笑をみせた。
「どの祭司らには十分に与えてるんだが。ガーシュは家族が多くて足らないらしい……わかったか。こんな塩梅で忙しいのだ。お前ら兄弟に付き合う時間はない」
兄弟?
「だれが誰と?」
「お前とユディにきまってる。この小司にはお見通しだ。兄が奴隷では対面が悪いから、隠してたのだろう。……ところで伸ばした髪が似合うなユディ。ますます女みたいだぞ。夜道と裏道には気をつけることだ」
「イーツァ。わたしは」
「ユディ。面白そうだ黙っておけ」
知り合って3年にもなるのに、兄弟と思っていたとは。弓隊の連中はすぐ男装に気づいてたぞ。真面目なくせにアホだ。姉弟といったアイサッタのほうが目がいい。
「なんだ。こそこそと」
「こっちのはなし。忙しいのはほかの祭司。イーツァさまはヒマだろ。頼むよ」
「目がないのか。どこに目をつけてた!?」
「ムズクムは失礼だな。監督の仕事はわからないが、ムダのない偉さを発揮してるイーツァはすごいんだ。わたしは感服したぞ」
感服って。ポイントがずれてる。むしろディスってないか。
「む……急いでるのだ相手などしてられん。新鮮良いものを|管理城<シムヘイル>へわたさなねばならないのだ」
「|管理城<シムヘイル>? あそこは神殿の施しに頼ってるのか。帝国は困窮してるんだな」
「税だよ税! 布も毛皮もそこの羊も税なら、食料も税の一種。その一切をまかされてるこの小司なのだ、わかったか」
神殿の貢物が税? 町でもどこでも徴税してるぞ。まだ足りないのか。
とはいえ税のとりまとめが重大任務なのはわかる。偉い祭司か、それとも帝国の役人がおもむいて指図しそうなものだが。若輩といっていい成り上りのイーツァに丸投げするとは。
「さては人材不足か」
「信用して任されてるんだよ! 腹たつな」
まあ、今朝みたような偉い祭司は面倒を嫌がりそうだし。自分の実入りが減らなければ関知しないタイプもいるだろう。そんなのばかりだから真面目なイーツァに責任が回ったと考えれば不思議でもない。
「安心して任せられる気分はわかるぞ」
うんうん。ユディがうなずく。
「どれだけ忙しくても、イーツァはきっちりツっこんでくれるからな。おかげで、安心してバトンを手わたせる。会話が弾んで周囲が和む」
新事実。ユディのなかでイーツァはボケ担当だった。
「ちーがーう!」
|管理城<シムヘイル>に行くなら、渡りに船だ。税の運搬なら堂々と入り込める。入りさえすればこっちのもの。アイサッタ副長へゴーだ。
「よく聞け。帝国は、なにもかも王国に払わせようとする。担当がナハナン次席将校になってからは天井しらず。あらゆる支払いを押し付けてくる。それに対して小司たちはなにも言えぬ。いえばより理不尽な命が押し付けられるからだ。これもすべて|ラシャイ<天の神>の怒り……」
イーツァのボヤキがとまらない。神の世話をする祭司たちの心の叫びか。僕達よりずっと神が身近だしな。
「その声、神が聴いてるかもだぞ」
「そうか。そうだな。よいしょっと。|ラシャイ<天の神>よお許しを」
イーツァはひざまずくと神に許しを乞うた。明日、子羊をいけにえに捧げますと。棒読みだ。まわりの祭司の手前なのは明らかだ。
その子羊はただ捧げるのだろうか。異国には羊などのはらわたを用いた占いがある。種まきの時期や戦いの勝敗を占ったりするというが、当たるのかそれ。
正しいのは、神の召命を受けた預言者のことばだけ。それが王家であり、神をお世話する祭司だ。そうなってる。
在野にもたまに預言者が現れる。そいつらは自称だ、預言めいたことを語って金をむしりとる。たとえば、今年は大麦が豊作であるかもしれぬと告げる。大麦が豊作なら、ほれ当たったと、金をせびり。不作なら、言ったとおり”しれぬ”が当たった、とやはり金をとる。詐欺だ。
本当に子羊をいけにえのするなら、行方が気になる。供された肉は祭司の胃袋におさまるのだろうか。貴重な肉だ。是非おこぼれに預かりたい。
「まぁわかった。その仕分け僕たちにもやらせろ。税を運ぶのも手伝うぞ」
「それは助かる……いやまて、急に気色悪いな。魂胆はなんだ」
「困ったときはお互いさまだ。友だちだろう。それでどうやるんだ?」
「平民に昇格した奴隷がごときが小司を友だち扱いとは生意気な……。神殿の聖水で手を清めてこい。やりかたを教える」
小司はすこしだけ嬉しそうに、指図した。
よし。これで中にはいれる。できたら肉もほしい。
たえまなく運び込まれる貢物。仕分けを手伝うこと数時間。太陽がゆっくり地平に沈みはじめ、タイムリミットが差し迫る。これ以上は命がやばい。なのに神殿には日没前の駆け込み信者がわんさかおしかける。貢物の波はとまらない。焦りの汗もとまらない。
ユディは涼しい顔で、仕分作業に集中。アイサッタのことは忘れてるかもしれない。
「よし。きょうはここまで。残りは早朝だ」
イーツァがそう宣言して作業がおわった。彼の背に後光がみえた。
納税の品はすでに荷車に分けて積んである。12台あるのでけっこう長めの行列だ。比較的軽いのでラクダや馬は使わない。人力で引く。お触れ役として数人が先導。帝国へ納める行列がゆくとどなる。人々が左右に割れた。大通りに道ができる。
一台をユディと引っぱりながら疑問がわいた。
「もっとこう、たくさんあった気がしたけどなぁ。最低でもこの3倍ほどなかったか」
「わたしの計算では4.2倍。ほかの品々は奥の別室に運ばれていったぞ」
ユディが具体的な数字をあげる。ずいぶんと少なくなったな。彼女の計算は正確だ。正確な気がする。僕は計算が苦手だが。
監督らしくイーツァが答える。荷車を引かず歩いてるだけなのに、誰よりも汗をかいてる。
「供物ぜんぶを税にするわけなかろう。財宝は蓄えにまわされる。わが王ヤキメメタほか、偉大な預言者たちが言ってることだが、王家が肥えるほど神の権威は高まる」
預言者がいうなら、そうなんだろうな。帝国に恭順しながら、力を蓄えることを決して怠らない。|ラシャイ<天の神>は偉大だ。
「便利だな。なんでも預言と言っておけば通るんだから」
ユディがつぶやく。イーツァがぎょっとなった。
列は無事に門を通過。門番は交代して別の人になっていた。ほとんど日没。ひやひやしたが、アイサッタは満面の笑顔でむかえてくれた。
豪華な夕食を用意してくれた。味はいうまでもない。量などはみたこともない山盛りで、1月は、飲まずで食わずですごせるそうだ。ごちそうを食べながら話をする。訊かれるままに、戦争での活躍を話終えたユディが最後に言った。
「門の通過には苦労した。あれが一番たいへんだった」
門番でのやりとりと、税の列にまぎれ混んだ顛末を話した。アイサッタは終始笑顔で、聞いてる。
「証文のこと知っていたのでしょう。何故に粘土板を渡してくれななったのですか。あなたなら貴重な粘土をいくらでも渡せたでしょうに」
二やけた笑い腹がたった。僕はまっすぐに咎める。
すると、アイサッタの笑顔が変化した。大きく足を汲みなおし、威風の凝らした椅子にふんぞり返った。こいつは。
「運と策で困難を切り抜ける。それくらいできるのが英雄だ」
「そうか。ならムズクムこそ英雄だな」
ユディが嬉しそうに、牛肉を乳で煮込んだシチューを口に運ぶ。肉となった子牛と乳の母牛はもちろん親子ではないのは確認してある。




