2―05 吟遊詩人の唄
ぽろろん。
夕闇の盛り場。吟遊詩人がハープが鳴らす。哀愁ただよう声で唄いはじめた。
~
またもや|ラシャイ<天の神>は苦難をおあたえになられた
お前たちが我を信じる心は本物か と
それが本当ならば超えてみよ 超えてみせよ と
神は讃える心をお試しになる
弱きものは神の国を思うことすら許されぬぅ
朝焼けに染まる古壁 包囲された都
敵は数万 それに対する味方は千
戦士は勇ましく戦ったが数の力に勝てなかった 一方的に無残に負けた
王は強大な敵の手に落ちる
民は肩を落としこれから身に起ころうことを思って泣いた
|ラシャイ<天の神>は 思いが足りぬと断じ 神の国の門を閉ざした
神にみ捨てられた みなが絶望した……
年端のいかぬ少女ユディが叫んだのは そのときだった
『セントメディウムから世界へ!』
カルガナン率いる弓隊が天に拳をあげた
『おお! セントメディウムから世界へ!!』
百人に満たぬ彼らは砂を這い 強靭な敵に挑みかかった
放たれた矢のすべてが敵将をつらぬいた
降り下ろした攻剣は首を切り落とした
護る盾は刃を透すことなかった
敵は彼ら英雄に恐怖した
戦果が覆ることかなわなかったが
|ラシャイ<天の神>は天の門を開いた
ふたたび僕であることをゆるしたもうた
セントメディウムから世界へは、誇りの合言葉
こうして王国の民は誇りを取り戻すことができた のだった
~
「てめぇら。杯をかわすぞ。『セントメディウムから世界へ』!」
「おー! セントメディウムから世界へ!」
盛り場におこった盛大な拍手は、鳴りやまない。
「うおおお!」
「ユディ!」
「カルガナン!」
「オレ、あそこにいたんだぜ」
「うそつけ、城壁の中で縮こまってたくせに」
「気持ちは一緒だ あほー」
吟遊詩人が置いた帽子に、は銅銭が投げ込まれた。入りきれすに零れた金銭だけでざっと1年食える。
「ご静聴ありがとう。短髪女兵ユディ 剛腕のカルガナン ふたつの物語はそれぞれ べつ料金となります」
「かぁーーー商売上手か。そいつもきかせろ。夕べも聴いたが何度でも聴きてぇ」
「まいどー」
農民も民も商人も元兵士も。王国人の日々の暮らしはきつい。武勇伝を聴いてる時間は現実を忘れられた。
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目前の敵を睨みながら、背後の警戒も怠らない。ユディとともに、大きな板切れのところへ、じりじり、退がっていく。あと2歩まで近づいた。
そのとき、従者のうちの大男はユディの後ろへ回りこんだ。口元には浮かぶのは勝者の笑み。
「もらった!」
退路をふさぐ――それが敵の思惑だった。
「ユディ!」
鋭く叫ぶ。背に身を隠していたユディは、僕の肩を踏んで、前へ、高く飛び越えた。いっぽう僕は反転。ユディと位置を入れ替えるカタチで、背後の大男に対峙する。
「な……」
悪いけど。罠を張らせてもらった。板に目をつけたことを|気取らないよう<・・・・・・・>に後退――してると思わせた。従者たちは思ったろう。『板を盾にするなんてばかなガキの見え透いた手口』と。それがスキとなる。
勝ちを確信した人間はぬるい。意表に素早く対応できない。トリッキーな僕らの攻撃に、男から笑みが消えた。
地を這うような低い体勢で突進。剣を握る腕を下から上へ、大きな振り子のように跳ねあげた。狙いはあご――男は僕の短剣を防ごうとする――はみせかけ。敵の動きを誘導するフェイク。僕は剣を持ってない手で、敵の剣を抑えつける。男の目にはじめて驚愕が走った。
「次のがマジです」
しっかりと膝を屈める。柳の枝がしなる勢いで伸ばし、あごに頭突きを喰らわす。
「んガっ……」
「いっ硬たぁ」
あごの硬さに、一瞬、気を失いかけるが堪えた。跳びあがった僕は、男ともつれて砂の地面をごろごろ転がる。反撃はこない。失神したようだ。あと3人。
絡まった手足を外し、立ちながら、疾駆した。
「ユディっ!」
「おう!」
従者は、ひとりが股を抱えて悶絶。ひとりは鼻を折られた痛みで目も開けられず、ふがふがいってる。さすがだ。再開しようにも数分はかかる。
アイサッタの首には少女の短剣がつきけられてる。
「わたしたちの勝ちでいいか」
「降参する。降参だ……英雄と言われるだけはある。物騒なものをしまってくれ」
「わかった」
アイサッタは槍を使うというが、実戦の活躍は聞かない。慈悲のない冷徹な軍略が持ち味。どこまでが本当か不明。武勇でなく、敵を裏を突く策謀家なのだ。
「だめだ。放すなユディ!」
短剣を下ろすユディ。待ったをかけたが遅かった。アイサッタは降りていく腕をとり、どうやったかわからない動きで体をまわし、ユディの肩を抑え込んで跪まずかせた。
「甘いぞユディ。そこそこ強いがまだ甘い。帝国にも体術技がある。マイナーだがな」
短剣を抜いた僕、睨んでけん制する。
「夫くん近づくな。この子の顔に傷をつけたくないだろう。君の態度で醜くなる」
「ぐ……荒事に弱いのはウソか」
「ウソではない。一度もそいつらに勝てたことはないのだ。倒せた君らは誇っていいぞ」
形勢がまるっと逆転した。なぜ信じた。わかってたじゃないか策士だってことは。屈強な男をしたがえた人が弱いと限らない。都合よく信じこまされてしまった。
「関節技か。師匠とすこし違うが、ほどき方は習ってる。この場合はこうか」
「なっつ?!」
ユディは、抑えるアイサッタの足首を、後ろ踵で蹴りこんだ。重心の崩れた副長の手首を引き込んで、首を抱えると擦りこむように地面に抑えた。
「ぐぺっっ」
「初めて実戦で使ったが。やればできるものだな」
逆転された形勢を、再度ユディが逆転してしまった。どれだけ戦闘の引き出しもってるんだうちの妻は。シロウの知識あってのことにしても、吸収して実践するセンスの高さに恐れいった。
「うう」
「やられたなあ」
「短髪女兵は伊達じゃなかったぜ」
従者たちはつぎつぎ意識を回復していき、始まったときとおなじ3対2になった。まずいな。ユディは人を殺さないことがバレたようだ。敵の大将は手中にあるが、人質の意味がない。奴らのなかに余裕がうまれた。
「無様っすね。アイサッタさま。槍の達人にみえませんな」
え。達人だったか。じつは相当ヤバかったのか。
「その槍がないからしょうがない。ごぽ。お前らも責める資格はないぞ」
「面目ないですが。ですが重いからって手ぶらはどうなんでしょう」
こいつら。油断というか弛んでいる。これなら逃げられるが。強大な帝国幹部に目をつけられて安全な場所を考えつかない。王国の協力は想定できるから、家に逃げこんでも囲まれて終わる。
オレたちは勝ったのに。いや。そもそも、勝負が成り立つ相手じゃなかった。
「英雄。短髪ユディよ」
アイサッタが呼びかける。
「英雄で短髪か。気になってるんだけど。なぜ女とわかられた。戦場では男装だったが」
「酒場での聞き伝えだ。弓兵隊たちが”ユディは良い匂いだった”盛り上がったそうだ。戦場の男は匂いに敏感だから隠せない。名誉のために言っておくが、奴等、自分たちには漏らさなかったぞ」
「匂いで知られたのか。うかつだったな」
「教えてくれるか。その体術と戦術。軟弱な王国にも隠れた技術があると感心したが。父親に学んだのか」
従者たちも話しかける。もう闘う意思はなさそうだ。帝国兵は強者を称えるという噂はガセじゃないんだな。もはや文化交流だ。
「父には剣術のみだ。体術や戦術を教わったのは師匠だ。そうだなムズクム」
僕はそこまで熱心じゃないけど、ユディに付き添って隊長宅へいくたび、シロウが強引に教えにくるんだ。戦術は、自前の板に白墨で描く。イヤイヤ付き合うんだけど、しつこく繰り返されれば、イヤでもコツがわかってしまう。
「え、英雄の師匠。!それは……ごぼ。是非ともあってみたい。ぶぉ」
アイサッタが苦しそうにしゃべる。地面にキスしてるので、砂が口にはいるのだ。
「ユディ放してさしあげろ」
「いいのか。戦いは終わりで」
「いや、とっくに終わってるよな」
ようやく腕を解かれで、ぺっぺっと、貝のように砂を吐き出すアイサッタ。
従者が水と布で介抱する。使った革水筒の水を自分たちで回し飲む。ふと見たオレが物欲しそうだったのか「いるか」と聞かれた。コクりとうなずいて、ありがたくいただく。
喉は痛いくらい喉が乾いてのだ。ユディに飲ませてからオレも飲む。すっかり温まって水というよりお湯だがうまかった。
「アイサッタさま。このじゃじゃ馬を妾に迎えるご覚悟がおありで」
「|止<よ>すわ。毎夜、首を心配しながらじゃ、寝たきがしない」
「懸命です」
妻にするのはやめるの言葉。僕はもちろんほっとした。従者はもっとほっとしてるのはなぜだろう。
「妾はあきらめる。そのかわり話を聞かせにこい」
『無慈悲のアイサッタ』が譲歩した。これは王様にもできなかったことをユディがやってのけた。これはもう、どれだけ重要な用事であろうと、キャンセルしていかねば。
「|管理城<シムヘイル>はわかるな」
「わかります」
|管理城<シムヘイル>は、王国を統治する拠点。帝国の出張所という位置づけだ。壁に囲まれた町を出張所と呼べればだけど。いまや国内の最高機関。意向を仰がないままやらかせば、国王であっても命の保証はない。
また隣には、最大の娯楽施設|闘技場<コロシアム>がある。連日にぎわってて、とても騒がしい。戦争前はガラの悪い連中がたむろしてたが、|管理城<シムヘイル>を建造するので巡回兵士が追っ払らった。
行政と娯楽が寄り添うこのエリアは抜群に治安がいい。日暮れに女子供が一人で歩けるとか。
僕たちは、行政にも殺し合いにも興味がないが、かの副長の思し召しなら、明日にもいくしかない。
「明日にもうかがいま……」
「ムズクム。明日はだめだ」
「え……」
「麦刈りの仕事を頼まれてるんだ。5日から6日はかかるから、7日後なら」
「ゆ、ユディさん?」
心臓が止まりかけた。麦刈りのほうを断わりましょうよ。王都で最高権力をもつアイサッタのしょうへいを断わるなんて、命知らずにほどがある。ほら、従者たちもびっくりすぎて、息がとまってるぞ。
「自分に都合を押し付ける女がいるとは……英雄の真髄を見た気がする」
意外にもアイサッタは上機嫌だった。




