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11万人いる! ー セントメディウムの捕囚民   作者: キタボン


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2―04 アジテート




「帝国の圧制。王家の腐敗。信心の奉仕を既得権益と勘違いしてる祭司。君らはこの理不尽をどう考える?」


 従兄と4人の従者が、ぽかんと、口をあけてる。ほかの客と女中たちやハンナもだ。隅っこ裸の男が情けない顔で服を着る。こんなところでアジテーションをぶっぱなす少女がいた。


「ユディさん……」


 いや、話すのはいい。僕は、まともなこというユディにびっくりしてる。でもちがくない? 流れ的には、女の社会進出とか教育についてが正しい気がする。かなり恥ずかしいぞ。


「一番の原因は弱い王家にある。王家が強ければ、帝国に屈することもなかったし、その前のサハランの支配もなかった。ラム・ナハラ地域において、セントメディウムは南北の通り道。港もあり土地も肥沃だ。交易、農産、漁猟、林業。すべてがそろっているのに戦にだけは弱い。大昔から繁栄にあぐらをかいてきた王家の責任は重い」


 力説である。強めな語調で、力を込める語尾にあわせて、握った拳を強くふりあげる。扉の向こうで聞いていた客から、熱い拍手をおくる人がでた。ユディは「おう」と手をふって応える。


 かっこいい。けど、僕はこれが受け売りそのもの。焼きまわしだ。


 シロウは――


 立地条件がいい土地はいつも強者が狙ってるから、兵の質と数を高めないと侵略される。交易でえた益は還流させ、さらなる益を呼ぶようにし、いっぽう、公平な税あつめて防衛力を高めるのがいいって。攻撃は最大の防御だから、敵の城を切り取って前線基地にするのもいいと。それを200年まえにやっておけば、いまのような落ちぶれはなかった。

 王家は、神から遣わされた特権を、王国ではなく自分たちの贅沢に利用した。


 ――なんて言ってた。


 あの奴隷。頭がいいが教える相手は選べと言いたい。あんたの|ユディ<教え子>は、ここぞとばかりに不特定多数に説教してるぞ。


 従兄の顔から表情が落ちた。従者を負かしたユディを畏れているようで、ちょっと違う


「……来いハンナ。一緒にいたらヤバい病気に感染する。お前のことは悪いようにしない、次期店主として商売にも加わるよう計らうから。な。悪に染まるのだけはよせ」


 悪ではないが兄さん。あなたは正しい。こんな正面切った王政批判。同じ空気を吸っただけで逮捕監禁されかねない。客で拍手してる奴は少数で、ほかは金をおいて逃げだした。あっちが正解です。


「に、兄さん。私、兄さんと結婚します。そのほうが安全な生き方のようですしー。ユディさん話をきいてくれてありがとーね。生きていたらまた会いましょー」

「うむ。ハンナが決めたのからいいだろう。みたところ誠実そうな従兄だ。人生は短いから会えるかわからないが、そのときは笑顔で話し合おう」


 たしかに人生は短い。多くの命が戦闘で散るのを目の当たりにしてからは、とくにそう思う。僕とユディ長生きできそうもない。なんとなくちがう意味で。


「い、従妹が世話になった。失礼する。店長も。かけた迷惑は後日に清算する」

「またのご来店をお待ちしておりま」


 ハンナと従兄。いや婚約者同士は頭を下げて、ともに去っていった。僕達も店を出たが、「お待ちします」と言われなかった。


 ハンナの相談は、釈然としない形だか解決した。ユディはあれで納得したるらしい。僕の気分はもやもやだ。とても、まっすぐ帰る気になれない。


「どこか行きたい気分だ」

「こういうときはそうだな――海がいい。見にいかないか」

「う、海? あの海か。西にある」


 遠いんだけど。


「その海だ。東にも塩の海があるが、そっちがいいか」

「西でいいが。乗合馬車はお金がいるし、着くまで半日はかかるぞ」

「走ろう。とろとろ止まる馬車よりずっと速い。いくぞ」

「う、うそだろ」

「わたしがウソをついたことがあるか」


 ある。その気がなくても結果的ウソはとても多い。






 で、本当に走って海にきた。3時間ほどかかってへとへとだ。

 気はまぎれたが、なんか違う。


「うーん。ひさしぶりに海にきたな。まとまった運動なったのもいい」

「…………うっく」


 午前中に発ってから、今は暑い午後3時。

 丘から見下ろす港湾へ陸風が吹き降ろす。手前に漁港、すっとむこうに砂浜。その真ん中にある大きな施設が交易の港だ。桟橋にはさまざまな船が係留してあり労働者が荷運びに汗を流す。桟橋はいくつあっても足りないようで、錨を下ろして待つ船も多数あった。


「も、戻しすぎて胃がカラカラだ」


 国の西側にある豊かな海。陸の中にあるから地中海というけど、でかい海ならほかにもある。そっちは地中海と呼んでない。違いはなんだろう。


 地中海の東に我がセントメディウムがあって、南には砂漠の大国サハランだ。北から東にかけてビロロン帝国がある。帝国に面する西にリーディアだ。それよりも遠くは未開で国はないという。


 海は、世界は無限と知らしめてくれる。途方もなくて身の毛がよだつ。


 総じて好きな景色だ。でも、馬車でのんびり、景色を楽しみながら来たかったよ。でもどう帰るつもりだ。馬車に乗る金も泊まる金もない。走るのはもういやだ。夜通し歩くのか。


「波の音はいいものだな」


 ユディの目は海に釘付けだ。まあいいか。


「……だな」


 打ち寄せては引き返す穏やかに波が心を洗う。洗われすぎて足元が崩れそうだ。それでもユディと浴びる風は心地いい。ユディといればどこでも楽しい。ロマンチックな景色に便乗しよう。腰に手をまわすと、珍しいことに体をあずけてきた。


 肩を抱きよせキスをかわした。


「なんか酸っぱいぞ」

「……誰のせいだよ」


 戦から3年がすぎたけど、復興はみち半ば。元通りになるまでどれだけかかるかわからないし。元通りになるかどうか怪しい。故郷に帰れないでいらだってる帝国の兵士もいる。八つ当たりで殴ったり喧嘩の光景はよくみる。それも徐々に減ってきてるけど。


 帝国まで固い道路を作る工事も本格化。選ばなければつける仕事が増した。おしゃれをする人も増えた。単なる素材色だったチュニックがいろいろカラーに染められて単色でなくなった。帝国が持ち込んだ作物が農場で育ち、市場に普通に売られてる。文化は少しづつ融合してるんだ。


「なんでもかんでもよそを嫌う人はいるけど。僕は平和が続けばなにもいらない」

「わたしもだ。ムズクムと幸せに暮らせればいい」

「ぷふっ」


 思いかけないセリフに、吹き出してしまった。


「どうした? 何かおかしいか」

「あー。おかしくないけど。ユディがいうとおかしく聞こえる。それがおかしい」

「おかしなことを言うムズクムだ」

「なんかすっきりした。あそこの釣り人に釣った魚を譲ってもらおう。安く買えるかな」

「今夜は魚料理か。さばくのはひさしぶりだ。腕がなるな」


 こうみえて彼女は料理が得意。掃除も洗濯も、家事全般が好きだ。しかし今夜の漁師? 帰るつもりでいるのが怖いな。とにかく港へ降りよう。立ち上がって手をとった。


 僕たちのいる丘へ登ってくる一団があった。衣服は一目で帝国人。それも相当にエライふうな人、武人を数人したがえてる。吹き降ろす風にわざわざ逆らって、丘を上へと歩いてくる。見晴らしがいい高台から貿易の様子を視察か。

 関わって良いことはない。ぶつからないよう、草むらを歩いていく。


 風に逆らって声が聞こえた。


「もどきに騙されたな。自分で尾ひれをつけて吹聴してまわるとは、英雄の風上にもおけない。武勇を飾ったからといって偉くなるわけもないの」

「アイサッタさま。武勇伝漁りはおやめになったほうがよろしいのでは。こう似非と誇張ばかりでは、甲斐というものが」

「いいじゃいか。港でタコが買えたのだから」


 アイサッタ? まさかアイサッタ・ナハナン。帝国が遣わした王国駐留軍副長。軍の中で2番目に偉い次席将校。トップにある上級将校は戦闘にしか興味がない。戦略と政務を運営するアイサッタが実質的なトップだ。情をまじえず必要な死を冷酷に与える。ついた二つ名が『無慈悲のアイサッタ』。僕でも知ってる有名人だ。


「やっぱ帰ろうユディ。魚は市場で買えばいい。近いし新鮮だ」

「あの男どこかで会ったな。一度みた人は忘れないんだが。思い出せない」

「いいから、いこう」


 ユディを急かして丘を引き返す。これほど彼女と合わせたくない人間はいない。やってくる奴らをぼーっとみてた時間が悔やまれる。アイサッタたちは僕たちを気に留めてない。


「ま。100に一つ当たる本物がいる。それがギャンブルみたいで楽しいのだ」

「カルガナン・フォールは本物でしたね。次まで99回も棒にふるおつもりで? さすがのガセも多くないのでは」

「ネタをもつ吟遊詩人はそこらじゅうにいる。本国の旅商人を呼んでもいいな。世界中を旅してる連中だ。噂の種はあるものだ」

「……呼ぶなら吟遊詩人や商人より英雄では。確認された本物は何人もいますよ。武勇伝を聞きたい者も集めて祭りというのも一興です」

「わかってないな。自分の足で探す手間が醍醐味なのだ。鉱山を当てる山師のごとくだな。つぎは誰だ。ここらで有名ななのは」

「短髪女兵ユディですね」

「それがあの少女なら面白いのだが、女が兵役に仕えた記録はない。自分は女装した男だと勘ぐってる。街にもどって……お? おーい! そこのお前たち その場に止まれ」


 僕たちのことだろうけど無視。止まれ、は風に消されて聞こえなかったし。顔を突き合わせて話したりしなければ、そのうち忘れる。知らんぷりだ。歩調はかえないでルンルンと離れようとした。


 だが。


「あなたたちが呼び止めたのはわたしたちか」

「ユぅディぃ――」


 空気を読まないどこまでも素直なユディが、手を挙げて止まった。しかたなく付き合う。おれらは、取るに足らない平民なんでさぁ。お偉いさんのお目にかかるようなひとじゃないっすよ。平服のもみ手で情けなさをかもしだし、難を逃れよう。


「やあ、といいたいが、すまない。わたしはあなたたちを知らないのだ」


 しまった。敬称にへりくだり。そういう単語はユディのなかに無い。隊長や小司のまえでは、これで通ったから、うっかりしてた。


「ユディ言葉。そのことば使いはマズイ」

「そうだった。わたくし貴兄さまがた存じあげませんことよ。ほほほ」


 どこのどなただ。言いなれないから、めちゃくちゃだ。僕がフォローするしかない。


「僕たちはしがない平民です。なにか御用でしょうか」


 アイサッタは傍まで来た。ユティを品定めする。まとった気品はさすがわ偉い人。下卑たやらしさを感じない。骨董品を鑑定するようにきわめて普通に吟味していく。僕は眼中にはいらないようだ。


「やはり。兵を倒した面白い娘だ。いっただろう。王都は狭いからいずれ会えると」

「ご慧眼おそれいります」

「若い。いや幼いな。細腕でよくぞ屈強な悪漢を倒したものだ。名をなんという」


「ユディだ。あなたは?」


 言葉が素だぞ。付け焼刃はだめだった。


「”あなた”だと。平民めが無礼な」


 主人を侮辱されたとみた従者が腰の剣に手を伸ばす。覚悟は、ハンナ従兄がつれていた従者とは格段にちがう。待ったなし。僕はユディをかばって前にでたが、「無粋はよせ」とアイサッタが従者をなだめた。


「強きものなら斬る話はない。それに見よ彼らは、敵わぬとわかっても、立ち向かう勇気をもってる。蛮勇にしても見事だ」

「アイサッタさまがいうのであれば。ですが恭順した後、裏切る物語も多々あります」

「裏切りもまた一興。それはそれで返り討ちにする話もまた多い。……え、お前いま、ユディと言ったか」


 おそい。いまごろか。


「そう言ったが」

「ユディ? 真か? 本人か? 偽物じゃなくて真に女」

「偽物が横行しているのか。わたしはまぎれもない当人だ」

「驚いた。いや、この前の動きから本物はわかっていたが。まさか短髪女兵ユディが真に女だとは。生きててよかった。これで夢がひとつかなう」


「夢?」

「アイサッタさま。また悪い病気が」


 従者たちが頭をかかえる。


 いやな感じだ。ラム・ナハラ地域を征服した帝国は、西はリーディア、南西はサハランと、いまも戦線を拡大し、いずれは世界を征服するかもしれない。なんでもいえば望みがかなう勝ち組の留軍副長の夢が、ユディと会うこと? なんてちんまりしした夢なんだ。


「結婚してくれ」


 予感は当たった。いきなり会って結婚て。そりゃユディは可愛いが。なにをいうんだこの副長は。


「? いってる意味がわからないのだが」

「結婚だ結婚。おい。セントメディウム語で『結婚』はなんと言う」

「『結婚』ですねアイサッタさま。田舎ゆえの発音違いはあっても結婚です」

「そうか。ユディ。結婚だぞ。けっこん。男女が神の祝福をうけて一緒に暮らすことだ」

「結婚の意味は、説明されなくてもわかる」


 ほーっと、息をつくアイサッタ。基本的な文化をくどくど説明しないですんだと、胸をなでおろす。こくりとひとりでうなづいて話をつづけた。


「自分は女と英雄には目がないのだ。妻も妾もみな高貴な出自で見た目も麗しいが、なんかものたりない。いったい何が足りないのか。考えに考え、それは英雄わかった」

「あなたはつまり、わたしに求婚してるのだな。こまった」

「こまることはない。自分の元にくれば安泰だ。大勢の生活奴隷がかしずいてるから優雅に暮らせる。ひとつだけ確認しておくが。大事なことだ。自分の家には代々処女としか結婚できない家訓がある」


 そこで一息おいてから聞いた。


「ユディは処女か」

「しょじょ? ……」


 なにか知らないが、きょどってしまった。処女とは、女性が男性を知らないという意味。知る・知らないということなら、きっと知ってる。知り合いはそこそこいるし、僕なんか夫として一緒に暮らしてる仲だ。つまりユディは処女じゃない。


 処女を問う奴、正直に言うことなのか。まあ僕らは結婚した夫婦。大手をふって非処女と言ってやれ。


「公言することではないが、わたしは処女だ」

「……ユディ?」


 非処女じゃないのか。ウソをついてどうする。


「きまりだ。2人の妻と3人妾がいるが上手くつきあってくれ」

「勝手にきまっては困る。結婚は断わる。わたしは人妻なのだからな」

「処女の人妻がどこにいる。それまだ小娘だろ」

「ここにいますよ。僕が夫です」


「おっと?」

「夫です」

「弟ではなく?」

「弟に見えてたのですか」


 そこはせめて兄に見られたかったが、それはいい。横取りなんてとんでもない。僕は睨みたい衝動を抑えながら、ユディを背中に隠した。


「あ、アイサッタ様。かの有名な王国駐留軍副長のアイサッタ様で当たってますか」

「自分を知ってるのか。まさかこんな子供にも知られるとは」

「それはそうでしょアイサッタ様。あなたも今代の英雄のひとりです」


 とぼけた調子で従者に問いかける副長は、ひとなつこい。好感もてるが忘れてはいけない。この男は『無慈悲のアイサッタ』。敵味方関係なく処刑する逸話はひとつや二つじゃない。間尺に合わない相手に容赦しないと噂される男だ。


「ユディを奪うというなら、誰であろうと戦います」


 妻をまもって後退しつつ周囲に目をやる。あいにく、僕が持ってるのはいつもの短剣。アイサッタは武器を携えてないが、従者たちは長槍に太カトラスだ。帝国の高官を護るくらいだ実力は上で、文字通り太刀打ちできそうもない。


 できるのはユディを逃がすこと。利用できるものはないか、あたりをみまわす。なんでもいいんだ。


「素晴らしい。姫をまもる騎士きどりを直に見る日が来ようとは。少年よ。勘違いは若さの特権だが、蛮勇は長生きできないぞ。それと荒事には軟弱でな。従者が相手をするのだが。かまわないか蛮勇君」

「……ご随意に」


 アイサッタは下がって従者が前へ。


「お前たち。わかってるだろうが言っておく。ユディは傷物にするなよ」

「へまはしません」


 発見した。大きな板切れが5歩左後ろに。あそこまで後退しよう。目くばせする。ユディが小さくうなずいて、柄の上に手をおいた。あの短剣は手入れを欠かしたことのない相棒だ。


「強いぞムズクムは。わたしも抵抗するしな。最低でも従者全員の手足を獲る」

「まぶしいほどの自信だな。強いのは認めるが、傲慢はなはだしい」


 認めてる理由がわからないけど、半分は虚勢とみられてる。いいぞ。たっぷり舐めてくれ。舐めて油断するほど、天秤は僕たちに天秤が傾く。


「傲慢で悪いか。命が尽きるまで戦うだけだ。いいなムズクム」

「ユディのためなら死ねる。問題ない」


 目と目が合った肩ごし。覚悟が宿ったいい目だ。


「わたしもだ。ムズクムためなら死ねる」

「なー」

「なー」


「こいつら……きもちわるい」


 引いたカンジになってる。ナゼだ?


 僕らの視線はどちらからともなく従者たちへむかう。僕は短剣を抜くと、あからさまに大きく構えた。背中ではユディが低く構えるが感じるられた。


「む? 空気が変わった。気を抜くな。ガキとなめたらやられるぞ」

「戦場の英雄に気なんか抜かねぇよ」


 そう言って油断はしないが勝利は確信してるようだ。大人と子供。そっちが正解だ。


 僕は敵を睨みつつ、同時に後方も意識する。ユディと歩調を合わせ、大きな板切れへと、じりじり、後退していく。あと2歩というところに迫ったとき。一番大きな男が素早くうごき、ユディの背後に回り込んだ。口元に勝者の笑みを浮かべて。


「ユディ!」




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