1-01 再開のユディ
「やあムズクム。神さま100人に祈っても足りないな」
ユディのあまりにものんびりした声に、僕は戦場を忘れた。
ビロロン帝国が、セントメディウム王国を脅してきた。
皇帝はいう。サハランの支配から解放してやる、と。
頭を変えろという。自分たちこそ親分にふさわしいと。
いうことをきかねば、5万人の大軍でおしつぶしてやる、と。
ラム・ナハラは地域は、二本の大河に挟まれた広大で豊穣な土地だ。帝国は圧倒的な軍事力と新戦術でその8割を飲み込でしまう。小国のセントメディウムなど、どう転んでも太刀打ちできない。勝てる要素はひとつもなかった。
民の多くは帝国に屈することを望んだ。戦ったところで負けるし、待ってるのは悲惨な奴隷暮らしだ。死人やけが人を量産したうえ奴隷になる悲惨は想像したくない。突きつけられた要求は過酷だが進んで下るほうがマシで、賢明な国王は要求を飲むだろう。
しかし国王は要求を拒否。徹底抗戦のかまえで、帝国の使者を斬り殺した。勝てると預言があったのだ。
『|ラシャイ<天の神>に|シャムカ<幸福の神>。そしてなによりも|マバック<戦いの神>。3柱に守られた我れらが勝つ。帝国の脆弱な神など相手にならぬ。戦上手で数がそろおうとも、負けるはずがない』
戦は、神と神の戦い。強い神のついたほうが勝つのは常識。
王家は祭司の一族。いまの王は|マバック<戦いの神>に心頭にしてる。
だが。
帝国は強く圧倒的だった。赤子の手をひねる。そんな常套句を地でいく感じだ。闘いなれた集団。数で勝る帝国は、数にはおごらず、老獪な手管を絡めて王都まで攻めのぼった。
王国攻略などヒマつぶし。そう思わせるほどの進撃。村や町は次々と落とされた。親分のサバラン軍は撤退した。戦う前にケツを巻いて逃げていった。
そしていま、最後の決戦をむかえていた。
王は、王都を背にして兵を配備させ、一歩も下がるなと厳命した。戦場は砂漠に近い荒野。山も丘もなく地平線まで見渡せる平野が、最終防衛線だ。突破されれば王国は終わる。籠城はできるだろうが、後詰もなければ、支援してくれる国もない。飢えのタイムリミットは半年くらいだ。
都はぐるりを壁で守られてる。城壁から見えるところまで敵が迫った。まだまだ遠いが、軍の陽炎が確認された。
いまにも激しい攻撃がくる。王国軍は覚悟したが、進軍はそこで止まった。攻めることなく、囲むように大きな陣を敷くと、天幕を張って野営をはじめた。かんたんにほろぼせるのに、長期戦の構えをとった。
使者がやってきた。王への謁見を申し込んだが祭司が拒否した。この日は戦わずに日が暮れた。
それからも使者はやってきた。一日のうち何度となく。祭司の命で追い払うが、かまわずやってきた。
人づてで祭司の小言が聞こえてくる。しつこい、と。飽きれてモノが言えない。そこまでして傘下にいれたいとは。帝国はじつは腰抜けで、強い王国とは戦いたくないのでは。神に選ばれた自分たちセントメディウム人は特別。という空気が蔓延していった。
王国人は帝国を舐めた。バカにし始めた。ゆるんだ空気が士気を低下させる。構えた陣形が乱れていった。
敵は夜のあいだに、少しづつ距離をせばめた。はじめは気のせいかと思った。3日目、4日目。明らかに近づいてるとわかる。
兵たちは気づいた。ゆるんでいてもそれくらいわかる。敵軍の接近は明白だが、対抗策はとられなかった。指揮をとる人間が信じなかった。
軍のトップは王家の司祭たち。彼らは軍事にうとい。上級将校はなんどとなく、布陣の再検討を進言したが、応じようとしない。貴様の気のせいだ。帝国は弱腰。神が勝つといったのだ。弱気になるな。そう叱咤をうけた。
司祭たちは勝てると信じていた。預言者が断じた。健勝の祈りにはあらゆる貢物を捧げてる。帝都の神殿でもしてるのだから、負けるはずない。
7日目が暮れようとしていた。きょうも、帝国は攻めてこなかった。このまま軍をひくのではないか。預言の通り|マバック<戦いの神>が勝つかもしれない。立ちっぱなしで腰が痛く休みたい。腹がすく時間は煮たきの匂いで腹が鳴った。
楽観ムードで装備を解き始めた夕刻。
帝国軍が動いた。
部隊の消耗を嫌ったのだと後から思った。5万の大群で押せば楽勝で必ず勝てるが、正面押しでは損害も増える、だが、勝てる戦で損耗はムダだ。
7日をかけて油断させることにした。使者はプラフ。漠然と敷いたような配置も、考えら抜かれた陣容。損失は最小に、損害は最大に。楽な戦をより楽に勝つために。
|王国軍<うち>は、1万人を3部隊に分け、王都を護るように展開していた。最前列に盾と槍隊、中列に投石隊、後列に弓隊など。定石通りに敷いていた。
帝国は、後列の弓隊を狙った。300人づつに分けて配備した要に、仕掛けてきた。
夜中の亀速で、距離感が惑わされた。いつの間に? というのは錯覚。すぐそばにいたのだ。楽観と怠慢が目を曇らせた。
狙われたのは僕の部隊。僕が、大楯もちとして配置された弓部隊だった。
「なんだ」
「て、敵襲だっーーー」
夕餉したくの最中。頭上に、槍が降ってきた。油断していた部隊は、初動が遅れる。僕のも急いで盾を構えたが、つらぬかれてしまう。
板を合わせて作られた頑丈な大楯は、矢を防ぐためのもの。矢には強いが槍には弱い。帝国の新鋭5万が、左右から攻撃。弓隊はたちまち混乱におちいった。一斉にほかの弓隊も襲われた。
後列が崩れた。上空支援を失った王国部隊に、帝国はゆっくりと攻めかかった。
死ぬのか。なにできないまま。僕は死ぬのか。死ぬならせめ痛くなく逝きたい。命をあきらめかけた混乱のさなか。
そいつは、現われた。
のんびりした声。戦場だってことを忘れた。
「やあムズクムひさしぶりだな。いや父さんの出陣にあたり、そちらの父上と奉納の祝い酒をかわしたとき以来だから10日ぶり……それほど久しぶりでもないな」
姿かたちがあまりにも違っていて、さいしょ誰だかわからなかった。長かった髪がばっさり切られ、長いチュニックが動きやすく裾上げ。激しくイメチェンだ。一瞬だけ迷ったが。幼馴染のユディだ。
「ゆ……ユディ」
「なにを驚いてる」
矢の束を抱えていた。弓兵に渡す矢を20本まとめた束だ。矢束を抱えて戦場を駆けまわり、弓兵の矢筒に補給する仕事。補助兵にあてがわれる役割だ。僕の戦場デビューも、矢束係だった。
ユディは滞りなく矢束をほどく。僕のそばに寄り、地面に立てた身長ほどある大きな盾をみて、感嘆の声をあげる。
「ほんとに大楯の役目なんだな。大人でも持つのが大変なくらい重いのに。ムズクムは力もちだな。うたがってわるかった」
ずいぶん前になる。僕が大楯を任された話を、信じなかったことがあった。
「おまえ、どうして」
「髪のことなら切った」
髪のことなんてきいてないんだけど。
いやそっちも気になったが。なぜ戦場にいるかだ。女のお前がなんで。
ここは戦場で、王国の運命を左右する総力戦。男ならば12歳で志願できる。認められれば戦いに出向ける。ユディはたしか11歳。年齢性別ともに不適合だ。
だがつい、髪のことにつっ込んだ。
「切った!?」
いつもこうだ。
ユディには独特のペースがあって。逆らえたためしがない。
「戦場に興味があってな。女は参加できないから男に化けるためカットした。母さんは髪を露店で金に換えて、貢物を買った。|シャムカ<幸福の神>の神殿に捧げて祈ったと、涙を流していたぞ。喜んでたみたいだから、親孝行ができてうれしい」
「それは……よかったな」
興味があったから参加したって。おばさんにねだってバザーにきた子供かよ。その涙と祈りは、意味が違うと思うぞ。
「前の戦で兄たち死んじゃったろ? うちは代々兵士の家系で戦になれば出陣する。父さんも戦場がツラい歳だし。ちょうどよかった。矢の束を渡すだけなのが物足りないが、戦うチャンスもあるだろう」
「……」
ことばもない。聞きたかったことをさらりと、これ以上ないくらい短く的確に言いやがった。事情はしっていたが、まさか娘を戦場にだすとは。いや、ユディの両親は娘に関心なかった。むしろ男として育てた感がある。戦場にいくといえば喜んで送り出したかもしれない。
こいつに悲壮感のかけらもないのはなんなんだ。独走はとどまることを知らない。
「すごい。帝国兵にも力持ちが多いし。重い槍をぶんぶん投げるんだからすごい」
地面に刺さった槍をつま先でつつき、すごいと連発。
槍が放物線を描いて降ってきた。あぶない。僕がいう前に、ジャンプでかわした。チュニックがはだけ、太ももがみえたが、お構いなし。
「……はぁ……お前こそすごいよ」
すっと近づいてきて、「女だというのは内緒だぞ」他人に聞こえないように耳元でささやいた。喧騒がだまりこんだ。かかった息は砂漠の砂より熱い。
「じゃあ仕事にもどるとする。あとでな」
「まてユディ」
ぱっと手をふったユディは、盾列のあいだを抜けて、ずっと後ろの指揮所へ去っていった。食料や燃料にする薪、予備の武器などがある。そこから矢束を運ぶのだ。
金もうけに抜けめない商人が大急ぎで露店をたたんでる。
戦場ではどんな約束も死亡フラグだ。だが信じたくなった。彼女の力強い言葉を。
「あとで か」
昔から変わった子だった。父親が兵士長ということもあるが、女の子の遊びに興味がなく、二人の兄にまじって、いくさごっこに興じる幼女だった。目がよく。頭がよく。一回みたことは忘れない。くさび文字も読めるとか。男だったら学者か祭司になれたろう。
子供だった昔を懐しがってると、弓兵に背中を小突かれた。
「坊主。奴隷のおめぇの仕事はなんだ」
「あなたを守ることです」
「お前ら10人よりオレの命だ。ぼーっとするな坊主」
弓兵はそういうなり、槍が飛んでくる左手方向へと矢を放った。
戦場が動きだす。僕は奴隷の役目を果たす。足をふんばって重い大盾を持ち上げると。空にたいして斜めにむける。”あとで”の約束を現実にするために。
「ふんむっ」
「やるじゃねぇか坊主」
飛んでくる槍は重さが増してる。真正面に素直に構えると貫かれ、ひどいと壊される。受け流すかはじき飛ばすのが正解だ。コツがわかってないヤツは死ぬ。
「奴隷どもこいつを見習え!」
「おうさっ」
「あ、あがらない。うわあ」
持ち上げることができたのは、戦場でなじみの大人のみ。筋力のない奴。初陣で慣れない子供は、大盾を地面につけ斜めに支えてるのが手いっぱいだ。|マバック<戦いの神>よ彼らにご加護を。
無慈悲な槍が盾をつらぬき、奴隷と兵を串刺しにする。隊は少しずつ数を減らしていった。
新作はじめました。モチーフは有名な古代歴史です。時代考証はしましたが、歯抜けで至らない点が多いと思います。詮索しないで生暖かい目でみてやってください




