ep.1
おれの弟はずっと正しい。
だけれど、おれは少しだって正しかったことがないから、その想像だって本当は間違っているのかもしれない。
「エラルド? あなた車の免許を取ったの?」
「え? ああ、うん。そうなんだ」
叔母は扉から顔を出して、ちょうどよかった、と言った。
「この荷物を処分してほしいの。ロナルドと一緒に行ってくれない?」
「⋯⋯わかった。それなに?」
「ダンボールよ。あの〜⋯⋯西のあそこのショッピングモールに回収ボックスがあるわ」
「ああ、わかった。それちょうだい」
彼女は、そこにダンボール立てかけてるから、と早口で言い、
「じゃ、わたし今日は友達と遊んでくるわね! ふたりともいい子でいるのよ!」
と気分良く帽子をかぶり、それからすぐ、家の前に数十分停車はしている友達の車に飛び乗った。俺はそれを窓からながめる。叔母の友達はもれなくいい性格をしているらしい。
本当か? それなら、ダンボール運びを手伝ってと言えただろうに。
おれは弟に届くよう、
「ロナルド! ちょっとこれ、手伝ってくれ!」
と叫んだ。あいにくおれは頭が悪いから、手間を掛けることに魅力を感じない。叔母が三度かけて二階から降ろした大量のダンボールは、廊下の半分を塞いでいた。
弟はゲーム機を片手に現れ、ダンボールを見て目を丸くした。
「それ、運ぶの?」
「ああ。大変だろ。ゲーム機持ってくのか?」
「持っていく」
「そうか。ダンンボール積むくらいは手伝ってくれよ」
「わかってるよ。これさ、どこにいれるわけ」
「後部座席。お前は助手席でいいだろ?」
「うん」
ロナルドは手際よくダンボールを運んでいった。
その前を、扉につっかえたおれが何度邪魔したことか。
ロナルドに、半分をお願い、と言ったダンボールは、おれよりもずっと早く片付いていた。それを横目にやっとの思いで全てのダンボールを運び終え、おれは言った。
「じゃあ、スーツケースも積みなよ」
ロナルドは、えっ、と言って、誰もいないリビングを仰いだ。心配そうに。それから眉根をよせて、
「今から行くの? 1回帰ってきちゃだめ?」
「別にいいけど⋯⋯モールには往復で50分くらいかかる」
「うん」
「その時間っているか?」
「いらないけど」
「けど?」
「それで持っていけないものがあるなら、帰ってきたいなあ」
「あるのか? 持っていけないもん」
「⋯⋯ない」
「じゃあいいだろ。おまえ、日和ってんのな。前も言ったけど、別についてこなくていい」
言えば、ロナルドはキッと顔を上げた。
「やだ!! ついていくんだって!」
「なんで怒ってんの?」
おれは二階からでかいナップサックを持ってきて、玄関に置いた。ロナルドは昨日のうちにまとめた必要なものをスーツケースにしまっている。
「いいんだな? ついてきて」
「いいとか悪いとかじゃないし!」
「学校。あと一週間で夏休みなのに」
「べつに⋯⋯ねえ、そこに気を使うならさ、もっと遅らせてよ」
「やだよ」
「どうして?」
今じゃないと意味がないんだよ。
おれはせめて考える素振りを見せようと思い、悩ましげに唸った。
「⋯⋯いろいろ。おれはもう夏休みだし。てかなんでおまえ、そんなに夏休み遅いの」
「学級閉鎖があったでしょ、だからその揺り戻しが来てるの。でも授業はだいたい終わってるんだよ?」
「なにが終わってない?」
「理科と社会と数学」
「それ結構終わってないだろ」
「知ってる? 僕数学と社会は得意なの」
「教科書持ってけば?」
「いれてる」
「偉すぎるな」
おれはナップサックを肩にかけ、ちょうどできあがったスーツケースを車に入れた。
どうにか、すべてが守備良く進むといい。
運転席の窓から顔を出し、玄関先でもたつくロナルドに声を掛ける。
「おい、ロナルド。行くぞ!」
「はーい! 鍵閉めは僕?」
「頼む」
「うん」
ロナルドは扉が閉まっているか、窓が空いていないかを念入りに確認し、それから助手席に乗った。よくできたやつだ。シートベルト締めたか、と聞けば、白けた目を向けられる。
「旅ってこんなに軽く始まるの?」
「知らん。おまえがタフなだけだろ」
「タフってそうやって使うの? 最近は」
「お前のほうが若いだろ!」
「僕は若くて無知だもの」
「そのレスポンスができるやつは、一般の無知に値しないんじゃないか?」
「一般じゃないのは?」
「哲学とか。他の専門的な分野で?」
「そっか。ねえ、事故ったりしないでよ」
しない! とおれはキレた。一体なんだと思われてるんだ?