異世界聖女召喚、おっさんを添えて――なお聖女の力はおっさんに添えられた模様――
異世界召喚だ――!!!
そう思ったのは、足下に魔方陣が浮き出して光り出し、足が先からコンクリートのはずの道に沈み込んだからだった。物語でよくあるやつー!
いとこのお下がりのスマホで、貪るように読んだネット小説。お金の掛からない良い趣味だと自画自賛していたヤツ。どうしようと慌てる前に、ドキドキもワクワクも止まらなくなった。
「きゃー! どうしようー!」
嬉しくて思わず叫んだら、後ろから「あの……っ!」と声を掛けられた。男の人の声だった。
振り向けば、そこにいたのは少し気弱そうな中年男性だった。グレーの髪が妙に目を引く、線の細い人だった。
「は、はやく、逃げた方が、よ、よいですよ……!」
「あ、だいじょうぶです! こういう展開、ネット小説で良く読んで知ってるんで!」
男の人の目がぐっと見開かれた。多分「何言ってるんだこの子」って思われた。改めて自分を振り返ると確かに何言ってんだって感じだ。
男の人はもう腰まで道に埋まってて、どうやら逃げるに逃げられないような状況だった。私はまだ足先だけだ。逃げられそうだ。……でもなぁ、逃げても、なぁ。
「助け、要ります? 手、引きましょうか?」
「あ、あの、いや、その、わ、私は……!」
線の細い男性が身につけているのはごく普通のスーツだ。手にしているのは、書類なんかの入れやすそうな少し大きめのカバン――良くサラリーマンが持ってる系のものだった。それをぎゅっと両手で胸の前に抱え込んでいた。まるで「自分から人に触れるとかする気ありませんよ!」とでも言うみたいに。差し出したわたしの手も、戸惑ったように見つめるだけで、首を左右に振られてしまった。
そうこうしている間に、男の人は胸まで埋まった。私も膝まで飲み込まれて、これはもう今更逃げようとしても逃げられないな!
……それにしても、飲み込まれるのは男の人の方が先だし、早い――これ、ひょっとして、私が巻き込まれた側な感じの召喚なんだろうか。これに似たパターンも読んだことあるぞ……若い方が巻き込まれで、なのに召喚された先では――
「あなたこそが聖女!」
「はいきたこのパターン!」
「……? 何を言っているのだ、聖女殿?」
私の前にしゃがみ込んでいた男性を無視して、きらびやかな金髪碧眼王子様がこちらに歩み寄り手を取ったのに、私は思わず叫んでしまった。はいはいはい、大好きでしたけどこの手のパターン! あ、でもちょっと待って、おじさんが主ってことは、ここってBLな世界なんだろうか。この王子様は、とすると……攻め? おじさんはちょっとひょろいし気も弱そうだし、受けっぽくはあるな! それはそれで大好物です! 平凡受け! 良!
「あ、わたしは多分おまけなので! 聖女様? はそっちの人だと思いますよ!」
「いや、いやいやいや、聖女殿、何を申されるか。聖なる力は基本的に女人に宿る。つまり、あなたが聖女だ」
「鑑定とかないんですか? 決めつけ、危ないんですよ!」
決めつけてスルーして本当の聖女を冷遇した挙げ句、――なんてザマァ系作品、山ほど見たよ!
わたしの言う言葉がところどころよく分からなかったらしく、大分首を傾げつつも、王子は後ろから長い顎髭を蓄えた魔法使いっぽいおじいちゃんを手招いた。手には水晶玉を持っている。鑑定キター!!!
「それに手をかざしたら良いんですね!」
「いや、手はかざさなくとも、彼が君の資質を占う」
「占い……? 鑑定ではなく……?」
「鑑定とはなんだ?」
「えーっと、能力値とか、特殊能力とか、称号とか、加護とか、そういうのを透視する、みたいな……えっ、ないんですか?」
「そんなものが見える力があったら、それはもう賢者どころの騒ぎではなかろう?」
ないのか……鑑定……残念……。
なおこのやりとりの間中、おじさんはおろおろしていてなんか可愛かった。
「ふむ……お名前を伺ってもよろしいか、聖女様」
「だーからー、聖女じゃない……まぁいいや。サツキ。斑鳩皐月です! 17歳! 高校3年生です!」
「サツキ様、ですね。……そちらの御仁は?」
「えっ、わ、私、ですか。あの、私は――」
「さっさと言え。まどろっこしい。それでも男か」
「……足立吾郎と申します。それよりも、ここはどこで、あ、あなたがたは、誰なんですか……!」
おじさんの足は震えていた。その震える足で立ち上がって、わたしの前に立った。まるでわたしを庇うみたいに。
「不敬だぞ、貴様」
「不敬じゃないですー! わたしたち、一緒に呼ばれたんだから! 二人とも聖女かもなんだから、同じように扱ってくださーい!」
おじさんの後ろから、キラキラ王子に文句を言った。おじさんがびっくり顔で振り向いた。「えっ、私も!?」って顔してるけど、そうだよ、あなたも聖女かもなんだよ。わたしは知っているのだ。多分あなたの方が可能性高いんだよ。そういうパターン、よくあるから!
水晶持ったおじいちゃんは、わたしたち二人に水晶を掲げて、それぞれにのぞき込み、「むむむ……」と難しそうな声と顔でうめいてから、王子になにやらぼそぼそと耳打ちした。いやこっちには教えてくれないんかーい!
「……だからと言って――」
「しかし、水晶が示すには……」
ぼそぼそぼそ。……なんだろう、耳、良くなったんだろうか。王子とおじいちゃんの会話、割と聞こえる。
なんでも、聖女召喚した聖女と召喚を主導した王子とは結ばれる伝統的な物があるとかないとか。どうもこの王子は第二王子で、王太子を出し抜くための功績を挙げたくてこの召喚をやったんだそうだ?
母から押しつけられた婚約者から乗り換えるチャンスなのにこんな貧相なのしか来ないとはどういうことだ、とか、美女が来るって話はどうなったんだ、とか、聖女が男だなんて聞いてない、とか、……王子言いたい放題だな?
そしてやっぱり聖女的な人はおじさんの方だった。……わたしはおまけかー……そっかー……。まぁ、平凡を地で行くわたしみたいなのが聖女のはずもないので、そりゃそうだ、という気持ち!
「やり直しは出来ないのか?」
「それは無理でございます、この召喚にどれだけの人と力を集結させたとお思いですか」
「こいつらを生け贄に、結果を巻き戻せば良いだろう――」
むちゃくちゃなことを王子が言い出したその時だった。「そこまでだ」と涼やかな声が聞こえて、もう一人王子様っぽい人が来た。……今度は美男ではない、割と普通な感じの人だった。
やってきた人はどうやら王太子。美形王子を捕らえて、ついでに周囲のおじいちゃんたちもまとめて捕らえて、この場も手早く撤収した。証拠品は丁重に扱え! などと怒号が飛び交っているから、ここにあるものはこの召喚の証拠品として回収されているっぽい。
「さて、お見苦しい所をお見せした、聖女様方」
「あ、多分聖女はこっちのおじさんですよ!」
「……なるほど。このような事態に巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした」
「あ、あ、あの! わ、私たちは、も、元の所に、も、戻してもらえ、るんで、しょうか!?」
おじさんは盛大にどもりながらも、やっぱりわたしの前に立って、王子と相対してくれた。……「私は」じゃなくって、「私たちは」、なんだー……。
「それは不可能なのです」
「ふ、ふか、ふかの、う、って……!」
「戻せないのはどうしてです?」
「……この召喚自体、古の禁術を使用しておりまして。施行には、多大な犠牲が要るのですよ」
なんとびっくり! 生け贄っていうのはそういうことだった……! なお必要な生け贄の数は三桁らしい。あの王子どうやってそんな数の犠牲者かき集めたんだ……罪人? ああ、なるほど……。どうも、終身刑の罪人をまるっと流用したらしい。かなり違法で強引な手段を使って。最低だなぁ……。いや、でもそれならわたしたち2人程度じゃ代替えなんて不可能じゃーん……。
「流石にそんなものをこれ以上許容することは出来ません。平にご容赦を。――その代わり、王国内でのあなた方の身分の保障や収入や就業の補助など、できうる限りのことは致しましょう。聖女のお力もお持ちのようですしね」
話は割とトントン拍子に進んでいった。
おじいちゃんの占い結果は、おじさんが聖女――聖なる力の持ち主で、癒やしや浄化が出来るらしい。わたしはそういう力はないらしい。残念!
「災難でしたねー!」
「ええ……あなたも、ご両親がさぞや心配なさっているでしょうが……」
「あ、そこはだいじょうぶです! わたし、親はいませんから!」
「え……?」
「親戚の家に間借りしてて! 高校卒業したら出てく予定でしたし! 友達もあんまいないし、ぜんぜん平気です!」
むしろ色々補助してくれるんなら、こっちの方が就職活動とかしなくてラッキーかも! と言うと、おじさんは「そうでしたか……」と力なく、でもほっとしたみたいに笑ってくれた。
「足立さんこそ、ご家族、だいじょうぶなんですか? みんな心配してるんじゃ?」
「ああ、私は……諸事情有りまして、ちょっと家族との縁が薄くて。だいじょうぶですよ。心配してくれて、ありがとう」
「いえいえ! どういたしまして!」
おじさん、わたしとだとあんまりどもらず話できるんだなー……。声は低くもなく、高くもなく。改めて見ると、ひょろっとしてるけど、穏やかな雰囲気で優しそうな人だった。あの王子みたいな美形じゃないけど、あんな風に無遠慮に触ってきたりとか、ないし。……庇ってもくれたし。良い人かも。
それからのこと。
おじさんは国内の治療院に就職した。私は、これといった特技もなかったから、その治療院の雑用として就職した。
国内は平和で豊か。聖女の力が必要とされる場所は特になかった。あの王子はこの状況で聖女なんて召喚して一体何をしたかったのか……。分からん!
第二王子は幽閉刑になったけど、王妃様の息子らしくて、結局は表に出て来た。出て来て何をしたかと言えば、おじさんやわたしを逆恨みしてこっそり刺客を送りつけてきたりした。
というわけで、撃退した! わたしが!
聖女の力というチートは貰えなかったわたしだけど、どうも人並み以上の身体能力は貰えたらしい。五感が鋭くなっただけじゃなくて、膂力も10人前な力持ちになっていた。まぁ、だからこその治療院の『雑用』なんだ。雑用には困った客の応対なんかも含まれるので! その分お給料は高いでーす!
「無茶しないでください、サツキさん」
「ゴロウさんこそ、もっと大人しくわたしに守られててください!」
「ダメです! 僕なんかを庇って、怪我なんて、絶対に――」
「なんかとか言うの、ダメなんですよ、ゴロウさん! あとゴロウさんが治してくれるから全然へーき!」
わたしはゴロウさんと、名前で呼び合う仲になっていた。
やっぱりね、世界にたった二人きりの同郷で、そこらにいる男たちみたいに勝手に人の体に触れようとしたり、嫌みやハラスメント発言したり、変に口説こうとしてきたり、そういうのがない人って安心出来るんだ。
弱くても、わたしを一番に守ろうとしてくれるしね。
やっぱりこれは、最高で最良の神様の配分だったと思うんだよ。逆だったら、きっと大変なことになっていた。
刺客たちを容赦なくなぎ倒しながら、わたしはそんなことを思いながら、わたしが現在この世界で一番大切で大好きなおじさんを振り返るのだった。
とりあえず、刺客を癒やして懐柔しちゃうのは、ほどほどにしといて貰えないかな! 惚れられちゃっても困るでしょ!