土下座
俺は髭オヤジに、遠い異国で生まれたということ以外、自分自身のことが何一つ思い出せないことを説明した。日本人だった、ということだけは覚えているが、異世界から来たとか言うと頭が変だと思われそうなので、そこらへんは適当に誤魔化しておく。
「なるほど、記憶喪失ねぇ!そんなことが本当にっ・・・!」
この髭オヤジは、なぜこんなに嬉しそうなのだろう。
俺の不幸がそんなにおかしいか。
「申し訳ありません。私の身柄を証明するような物を身に付けてはいないようです。おまけに無一文の身の上のようでして・・・」
よくよく考えてみれば、昨日の食事代も払っていない。皿洗いをすれば許して貰えるだろうか。
それからしばらくゲラルトは考え込むようなそぶりを見せる。
・・・何やら、思い詰めているように見える。
目に隈が出来ていて、瞳が爛々と輝き、血走っている。
視線が左へ言ったり右へ行ったりして落ち着かない。
大丈夫だろうかこの人。なんか狂気を感じるぞ。
心配しながら待っていると、ほどなくしてゲラルトは口を開いた。
「なぁアンタ。記憶が戻るまでの間、ここで一緒に暮らさないか」
「えっ」
昨日の10代に見える、若くてスタイル抜群の超絶可愛いウエイトレスと一つ屋根の下で暮らすだとう。願ってもない話だぞ。
・・・いや、しかし待て。ソアラちゃんはどう思っているのだろう。こんな得体の知れぬ赤の他人なアジアンフェイスと、親の意向でいきなり同居生活。俺が彼女の立場だったとしたら。
・・・うん、地獄だ。そして別室から聞こえる俺の処遇を巡っての言い争い。そして毎日のように彼女から向けられる白い目と冷たい態度。
ダメだ。耐えられる自信がない。
「お気持ちは嬉しいのですが・・・」
ソアラさんの了解は得ているのでしょうか。そう言おうとした瞬間、髭オヤジが泣きそうな顔になる。
「待ってくれっ!断らないでくれっ!!」
そう言うやいなや、床に手をつく髭オヤジ。