それでも、勇気を
再び、貴族の屋敷へ戻ってきた。
さっきシャーロットを助けに潜入したときとは、雰囲気がまるで違う。
人数は変わらないはずなのに、あくびばかりしていた見張りたちは今や皆、ピリピリとした空気をまとい、周囲に目を光らせている。
どうやらシャーロットの脱走は、すでに発覚しているようだ。そして、彼女を助けたのが俺であるという結論に辿り着くのも――そう遠くはない。
だからこそ、今ここで終わらせなければならない。
この警戒網をすり抜けて、あの貴族を――始末する。
シラフのせいか、太ももが震えて言うことを聞かない。
オレはそれを叩きながら、息を整える。だが震えは収まらない。
諦めて、懐から酒瓶を取り出した。
ゴキュ、ゴキュ――と喉を鳴らし、一気に飲み干す。
……震えが止まった。五感が研ぎ澄まされる。身体が軽くなったような錯覚すらある。
こんな大事な場面で酒を煽るなんて正気じゃないかもしれないが――しょうがない。
中身はただの、現代日本のイチ市民だ。
殺す覚悟も、殺される覚悟も、そんなもの初めから持ち合わせちゃいない。
けれど、それでも――今は、前に出なきゃいけない時なんだろう。
意識を一点に集中させる。まるで、今までずっとそれをやってきたかのように。
自分の存在が薄れ、周囲の景色に溶け込んでいくような、不思議な感覚。
ふと、さっき見た夢を思い出す。あの、異常にリアルな夢を。
たとえ何の意味もない、ただの幻だったとしても――錯覚でも構わない。
それで勇気が湧くのなら。
オレは静かに、音も立てずに、闇の中へと消えた。
まるで最初から、そこに存在しなかったかのように。