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今を生きる




 目を覚ますと、目の前にはシャーロットの寝顔があった。

 窓の外には、静かな月がひとつ、淡く光っている。

 

 彼女が眠るまでそばにいるつもりだったのに、いつの間にか、うたた寝してしまっていたらしい。


 すぅ、すぅと、小さな寝息が胸に沁みる。

 そのかすかな音に、ただ耳を澄ませていた。


 ――思えば俺は、大切な人の寝息を聞く夜を知らない。

 

 ……いや、それ以前に、そもそも記憶がないんだ。

 今の俺は、生まれたばかりの幼子のようなものだ。

 

 幼子にとって、目に映る小さな世界がすべてであるように。

 記憶を失った俺にとっても、この世界で出会った人たちとのつながりこそが、すべてだった。

 それが、この世界の全てであり――俺自身の全てだった。

  

 だからなのだろうか。


 この胸の奥で、ふいに湧き上がった高鳴り。

 燃えるように熱を帯びた衝動。

 何かが、静かに、確かに、動き始めていた。


 俺は窓辺から身を起こし、夜の闇へと足を踏み出す。


 貴族の館へと向かう道すがら、胸の奥の変化に、自分でも少し戸惑っていた。

 この世界に来てからというもの、楽しさの影には、いつも拭いきれない不安があった。

 本当にこれでいいのか?

 そんな問いかけに気づかないふりをして、酒に逃げて、ごまかしていたのだと思う。

 

 けれど今、俺は決意した。

 あの貴族と対峙し、終わらせると。

 そしてその瞬間に、心の内に芽生えたものがある。

 

 希望だ。

 

 シャーロットと、ソアラと、ゲラルト。

 あの三人が、同じ場所で、肩を寄せ合いながら笑い合っている。

 そんな未来。

 

 きっともう、シャーロットが心から笑う日は来ないのかもしれない。

 

 それでも、願わずにはいられなかった。

 いつか傷が癒えたその先に、ほんの少しでいい――

 あの子が見せる、心の底からの笑顔があることを。

 

 それは、きっと。

 太陽のような、あたたかな笑顔。


 そんな未来が、どこかで待っていてくれる。

 そう信じたかった。

  

 俺は今、そんな希望に――生かされている。


 ひょっとしたら、この先で死ぬかもしれない。

 けれど、それでも。

  

 今の俺は、たしかに――生きている。










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