酔いと月と、取り返せなかったもの
「ゲフー! オヤジもう一杯!!」
「だ、大丈夫か? さすがに飲みすぎな気がするが……」
「大丈夫大丈夫! 飲まなきゃやってられんでしょー!」
俺は、何杯目かも忘れた発泡性の酒をグビグビとあおる。
最近は酒の量がずいぶん増えてきた気がする。シャーロットのことを考え出すと、ついつい酒に手が伸びてしまうのだ。
俺がソアラ達から手を引かなかったせいで、彼女にどんな仕打ちが待ってるのか。
シャーロットが最後に見せた、憔悴しきった表情が脳裏にちらつき、胸の奥がズキリと痛んだ。
……しかし、しょうがないじゃないか。
自分自身のことすらままならないこの身に、これ以上いったい何が出来るというのか。
厨房の中に視線を巡らせると、髭オヤジとソアラが、こちらをチラチラと見ながら、何やらコソコソと話し合っている。
何だろう。とうとう、この酔っ払いが疎ましくなってきたのだろうか。
……ああそうだろうとも。俺が逆の立場でも、朝から晩まで飲んだくれているヤツなど、きっと気持ちの良いものではないさ。
どんどんと気持ちが沈み、考え方も卑屈になってくる。
これはあまり良くない、酔い方だ。
外を見ると、いつの間にやら陽もとっぷりと暮れていた。
「外で飲もうか……」
店を出ると、ひんやりとした夜風が頬をなでた。
石畳の路地には、古風な街灯がぽつりぽつりと灯っており、その光が淡く揺れている。
中世ヨーロッパを思わせる街並み。レンガ造りの建物や木組みの家々が立ち並び、どこか作り物のような静けさに包まれていた。
俺は、フラフラとあてもなく歩いた。
つい、シャーロットのことを考え込む。
うつむき、足元の石畳を見つめながらコツコツと音を立てて歩いていると、いつの間にやら裏道に迷い込んだようで、通りに人影は無くなっていた。
見上げれば、空にはぽっかりと浮かぶ月。
綺麗な満月だった。
俺は近くのレンガ壁に背中を預け、その冷たさを感じながら月を見つめる。
空気は澄んでいて、夜の音がやけに遠く感じられた。
昼間の喧騒が嘘のように、あたりは静まり返っている。
俺は大きく深呼吸し、自身の状況に思いを巡らせた。
月。この身に関する情報だけは記憶からポッカリと抜け落ちているが、日本で見たであろう月となんら変わるところは無いように思える。
月。月は地球の周りをぐるぐると回っている天体だ。ということは、ここはやはり地球なのだろうか。
中世ヨーロッパな街並みは、過去にタイムスリップでもしたのだろうか。
……しかし、時折見かけるエルフやドワーフのような人種。あんな人種が地球上に存在したとは思えない。
そして、これだ。
腰の刀の柄を握る。
剣術を稽古した覚えなんてないのに、自分でも驚くほど鮮やかで、流れるような動作で――スッと、一瞬で抜き放っていた。
刃の表面に、自分の顔がうっすらと映り込む。
……何か、違和感がある。
それはまるで、見慣れた自分の顔じゃないような……どこか他人の顔みたいな感覚。
記憶が抜け落ちているせいだろうか?
自分自身の輪郭すら、ぼんやりしているような気がした。




