無くした明日を、取り戻すために
ゲラルトは厳しい顔を崩さずに、ソアラをじっと見つめて口を開く。
「ソアラ、もう一度言うが、彼が承諾したのはあくまでも一緒に暮らすことだけだ。蛇凶に襲撃された時、闘ってくれると言ったわけじゃない。喜ぶのは早い」
「でも、次だってその場に居合わせたら、ひょっとしたら・・・昨日もう、私を守ってくれたんだから」
それも十人以上に囲まれた状態でだ。
ソアラは昨晩の出来事を思い出す。
年上で顔も平たくて肌も黄色いけど、敵をやっつけた瞬間の彼の後ろ姿は本当にカッコ良かった。
その姿は、今思い出しても興奮する。
ゲラルトは娘の顔に赤みがさした様子を見て、どこか複雑な表情を浮かべた。
「・・・作戦が必要だな。彼にずっと、ここに居てもらう為の」
ゲラルトは難しい顔で作戦を練る。もし失敗すれば、ソアラの命運はここで尽きてしまう。
あの異国の剣士は、あるいはひょっとすると、もしかしたら、実は記憶喪失などではなく、あくまでも善意でソアラを助けると言ってくれているのかも知れない。その可能性もゼロでは無い。しかし、例えそうだったとしても、純粋な、無償の善意などと言うモノがそう長続きするだろうか。仮に剣の腕に絶対の自信があったとしても、彼にとって損しかないのなら、すぐに心変わりしても何もおかしくはない。
「お父さん、一体、どうしたら・・・」
「それは・・・彼がソアラと一緒にいたい、と思うようにするしかない」
「・・・?」
そこでゲラルトは娘を顔をじっと見る。その目は、真剣そのものだ。
少し間をおいて、ゲラルトは娘に言った。
「こうなったら・・・彼をソアラに惚れさせるしかないな」
ゲラルトの言葉を聞いてきょとんとした表情になるソアラ。
「・・・・えっ!?」
そしてゲラルトの言っている意味が分かるやいなや目を見開き、頬を赤らめて硬直する。その様子を見ながら、ゲラルトは考える。
ちゃんと言わなければならない。今のソアラは、いつ割れてもおかしくない薄氷の上を、氷の厚い所がどこかも分からずに歩いているに等しいのだ。氷の割れた先に待っているのはまさに地獄。蛇凶に捕まれば楽に死ぬことすら許されない。そういった自らが置かれている立場を、ソアラに正しく理解させなければ。
ゲラルトは懐から短刀を取り出し、昨晩と同じようにソアラの目の前に置いた。
「この短刀を、肌身離さずに持っておきなさい。もし彼を繋ぎ止めることができなかった時は。そしてお父さんも殺され、蛇凶に襲われついに捕まりそうになった、その時は・・・ソアラ。決して躊躇してはいけない。この短刀で、自らを・・・・・」
最後は間を置き、眼をギュッとつむって搾り出そうとするができない。例えその必要があったとしても、それは父親が娘に言うことのできる言葉ではなかった。
じっと短刀を見つめるソアラ。切羽詰まったように見えるその瞳の奥には、決して絶望だけでは無い、決意の光が宿り始めていた。