絶望の家に灯る火
時を同じくして。よほど夜更かしな人間でなければ就寝している筈の時刻である。
髭オヤジことゲラルトは娘のソアラと二人きり、部屋で向かい合っていた。
ベッドが備え付けられた、8畳程度の殺風景な部屋。
店の2階に位置するゲラルトの私室である。
ゲラルトは絨毯が敷かれたその上に胡坐をかいて腕を組み、ソアラは正座をして自身の父親の話に耳を傾けている。
ゲラルトは昼間、記憶喪失の剣士と話し合った結果、彼が同居を了承したことを、ソアラへと説明しようとしていた。
ソアラの姿はまるで裁判官の判決を待つ囚人のように、その身は強張り、目には緊張が見て取れる。
「と、いうことがあったんだ。彼はひとまずは我々と寝起きを共にしてくれる」
その言葉を聞いて、ソアラは弾けるように笑顔をこぼした。
「お父さん、凄い!昨日の今日であの人を説得するなんて!」
本当は、ソアラにも分かっていた。昨日の晩に父親が言ったように、蛇凶から命を懸けてソアラを守ってくれる人間などいるわけが無いと。頼んだところで無駄なのだと。
だが、その不可能を自らの父親は成し遂げたのだ。
だが、居心地が悪そうに、ゲラルトは頭の後ろをガシガシと掻く。
「いや、まだ喜ぶのは早いよソアラ。一緒に暮らすことは承諾してくれたものの、闘う約束をしたワケじゃない。それにひょっとしたら今頃、情にほだされてつい承諾してしまったことを後悔しているかもしれない。そもそも、彼は異国の人間でしかも記憶喪失だ。蛇凶の恐ろしさを知れば、すぐに逃げ出すかもしれない」
しかしそのゲラルトの言葉を聞いてもソアラの興奮は収まらない。
まだわずかではあるが生きる為の希望が見えたのだ。
何と言っても蛇凶に捕まれば、変態貴族に引き渡されて四肢を切断され、拷問されて殺されるのだ。
そんなのは絶対に、絶対に嫌だ。
「でも、あんなに強いんだもん!巻き込まれてもやっつけられる、絶対の自信があるのかも!」
その言葉を聞いて、ゲラルトも少しばかりは口の端が緩みそうになる。
戦闘部隊10人が消えて居なくなった事とその経緯が発覚するまでに時間が掛かってくれたなら。
だがもし仮に、すぐに発覚したとしても彼が戦闘部隊を一瞬で皆殺しにしたことを知れば、蛇凶も少なからず慎重になるはずだ。
そうこうして時間が掛かる内に、もしかしたら件の変態貴族とやらの、ソアラへの興味が無くなってくれるかも知れない。
そうして貴族がソアラの依頼を引き下げれば、蛇凶も手を引くかも知れない。
あの夜に死んだ蛇凶の男も死に際に言っていたじゃないか。蛇凶は金にならないことはしないと。
絶望からわずかながらも光明を見出し、ゲラルトにしてもソアラと同じく、嬉しい気持ちに変わりは無かった。
例えそれがどんなに、か細く頼りない光だったとしても。