目覚めても、終わらない夢
その日の深夜。よほど夜更かしな人間でなければ就寝しているはずの時刻。
俺は、窓を開けて縁へ腰掛け、外の風景を見ながらいつかどこかで飲んだような気がする味の酒をグラスに注ぎ、喉を潤していた。
ベッドへ入ったものの、目が冴えて寝付けなかったのだ。
遠く見える城の上には満月。その姿は日本から見た月と、何ら変わることのないように思える。
「この世界はいったい、なんなんだろう」
地球ではないのだろうか。そもそも俺が暮らしていた日本と、同じ宇宙に存在するのだろうか。
それともここは、やはり異世界・・・なのだろうか。あるいは、ひょっとしたら現実の俺はストレスか何かで頭がおかしくなって、精神病院のベッドの上でずっとこんな夢を見ているだけなのかも知れない。
なぜ日本の、自分に関わる記憶のみ思い出せないのか。家族の顔や名前すら思い出せない。どこで生まれたのか。どんな人生を送っていたのか。親は生きているのか。結婚はしているのか。子供は?友人は?
なにも分からない。ただ、何かとても大切なことを忘れてしまった喪失感のみが俺の心をさいなむ。
俺は羽織った旅人のローブに隠されるように帯刀された、腰の刀をスラリと抜く。日本刀に良く似た剣。というか、日本刀そのものだ。俺の知っている日本刀の姿と、何が違うのかと言われれば説明のしようもない。
俺は溜息をついてコップを口につけ、わずかに傾けて酒を喉へ流し込む。芳醇な香りが肺を満たし、熱い感覚が喉から胃へと降りていく。続いて、何かが脳天へと突き抜けるような感覚。ストレスがそこから抜けていくかのようだった。
俺は硬く眼を瞑り、酒で熱くなった息を静かに吐き出す。
酒だけが・・・この身を、救ってくれる。
どうしようもなく、美味いのだ。
果たして俺はやはり、酒飲みだったのだろうか。それともこの世界の酒はみんなこうなのだろうか。
俺はいつしか考えることを辞め、細長い雲の掛かった満月を眺めながら、酒の入ったグラスをチビリチビリと、カラにしていった。




