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【プロローグ】夢の終わり、あるいは始まり

6話は、作者としてかなり手応えのある回です。ぜひそこまでは読んでみてください。


 


 夜の京が燃えていた。


 炎が路地を喰らい、空を赤く染めている。


 


 崩れた町屋の向こうからは、悲鳴と怒号が絶え間なく響いていた。


 


 瓦が砕け、柱が崩れ、火の粉が空を裂く。


 俺は走る。


 喉が焼ける。呼吸が追いつかない。


 それでも止まれない。あの子が、この先にいる。


 今、動かなければ――届かない。




 橋のたもとへ辿り着いたとき、そこに立っていたのは十の影――


 すでに何人もの同志が血に伏し、呻く声も出せぬまま、地に沈んでいた。




 刀を抜く。


 柄を握った瞬間、全身に冷たいものが流れ込む。

 それは鉄の感触でも、風の冷たさでもなく。

 

 ――死の気配。


 戦うしかない。斬らねば、進めない。



 挿絵(By みてみん)


 一人目。

 振り下ろされる刃の気配を逸らし、喉元へ刃を滑らせる。

 音は、出なかった。


 二人目。

 背後からの風――振り返らずに腰を沈め、逆手で顎を断ち切る。

 骨が割れる乾いた音が、耳の奥に残った。


 三、四。

 同時。深く息を吸い、身体を旋回させながら刃を弾き、切っ先を滑り込ませる。

 脇腹と腹部。抵抗を感じた刃が、何かを断ち切って抜けた。


 息が荒い。肺が熱い。

 視界が揺れて、色だけが濃くなっていく。

 赤、橙、黒――炎と血と死体の色。


 だが、止まれない。

 ――間に合え。


 ただその言葉だけが、心の奥で何度も繰り返されていた。


 五、六、七。

 足音と同時に刃を突き出す。

 一閃で胴を裂き、返す刀で背を断つ。

 火の粉の中から現れた影に肩を裂かれ、歯を食いしばりながら心臓を貫いた。


 八、九。

 もはや視界は意味をなさない。

 動いたものを、ただ斬る。

 判断ではない。感覚と本能、それだけ。


 十。


 もう、互いに言葉などない。

 ただ生き残るために、斬る。

 

 音も、声もなかった。

 互いに踏み込み、刀がぶつかる。火花が散る。


 膠着。だが、気迫では負けない。


 叫びと共に力を込めると、刃がずれた――その瞬間、腹を斬り裂いた。 


 ――倒れた。


 静寂が、遅れてやってくる。


 気がつけば、周囲に立つ者はいなかった。


 炎が吠え、煙が空を這うなかで、俺だけがまだ立っていた。




 肩が焼けるように痛む。呼吸は荒く、足元もふらつく。


 それでも、前を見る。




 この先に、守るべきものがある。


 それだけを支えに、俺は足を踏み出した――。


 



◇◆◇





 目を覚ますと、焼けつくようなまぶしさが目を刺した。

 真っ白な光に包まれて、世界が霞んで見える。


「・・・目、いてぇ・・・何だよ、これ」


挿絵(By みてみん)


 てか、何でこんなトコで倒れてるんだ。


 そこはいつも目を覚ます部屋・・・ではなく。

 頭上にあるのは部屋の天井・・・でもなく。

 背中に感じるのはフカフカのベッド・・・でもなかった。


 身を起こそうとすると、ひんやりと冷たい地面に手が触れる。

 どうやら、どこかの田舎道の脇で倒れていたらしい。


「頭が痛い。――なんで?」


 頭を打った―――わけでもなさそうだ。タンコブは無い。


 身を起こすと、足元がふらつく。どうやら酔っているようだ。 

 完全に二日酔い・・・というかさっきまで飲んでたとしか思えない。

 まっすぐ歩けない。 


「昨日、どこで飲んだんだ??記憶がない・・・というか、アレ?」


 自分の名前すら出てこないぞ。何だコレ。

 ・・・記憶喪失?

 

 急性アルコール中毒による一時的な記憶の混乱、とかだろうか?

 

「いやでも――いくら酔ってても自分の名前を思い出せないなんてことがあるか・・・?」

 

 見覚えの無い場所に記憶喪失。

 それ以前に、そもそも“俺”という感覚が曖昧だ。

 まるで、誰かと感覚を共有しているかのような。

 誰かと一緒に、俺の目を通して見てるような――そんな妙な感覚。


 ふと気付けば、足元から少し離れたところに酒の小瓶が転がっていた。中身も入っている。

 とりあえずコイツを飲みながら散歩でもすることにしよう。

 

 おぼつかない足取りでフラフラと歩き始めた。

 

 街道沿いを体感で1時間ばかり歩くと、遠くの方に街のようなものが見えてきた。

 高い壁が街を囲っている。

 これはあれだ。まるで中世ファンタジーの城塞都市のようだ。

 ディズニーランドの10倍は規模がありそうだ。


 ――なるほど分かったぞ。

 つまりこれは、夢だ。それならば記憶がないことも説明がつく。

 本当の自分は今頃、幸せな寝顔でスヤスヤなのだろう。 


 町に入ろうとすると門番っぽい兵士に止められた。


「おいちょっと待て。・・・見たところ異国人だな。まるで黄色い猿のようなヤツだ。猿はこの町には入れん。とっとと森に帰るがいい」


 なんだコイツは酷すぎるだろ。夢の中のキャラクターの分際で生意気なやつだ。懲らしめてやろう。ぎゃひぃとか言わせてやる。


「うるさいどけっ」


 ガスッ。門番に適当に蹴りを入れた。

 

 だが、あんまり効いていないご様子。

 門番がジロリとこちらを睨みつける。


「きさまぁ・・・何をするか!!」


 門番のパンチがこちらの顔面にクリーンヒットだ。


「ぎゃひぃ!」


 オレは顔を抑えてごろごろと転がる。夢なのに痛い。


「怪しいやつめ、このままひっ捕らえて牢屋にぶち込んでやる」


 マジで?それはちょっと嫌だぞ何とかしないとー!

  

 その時、門番がまたこちらを殴ろうとしているのに気付いた。

 門番が拳を振りかぶる。狙いはもちろん、オレの顔面だ。

 打ち出される瞬間、首をひょいと横に傾ける。拳は空を切り、門番は勢い余って前につんのめった。

 その腹が、がら空きだった。

 左足に体重を乗せ、腰ごとひねって――右足を振り抜く。

 遠心力を乗せた一撃が、門番の腹をえぐるように突き刺さった。


「ぐぼぉっ!?」


 門番は数メートル吹っ飛び、そのまま地面に崩れ落ちた。さすが夢。


 そろりと門番の顔を覗き込むと、ピクピクと痙攣していた。

 良かった、死にはしなさそうだ。虫の息という感じもするけど。

 

 まぁ夢だからどうでもいいかな。

 

 門番の顔を踏み付けつつ街の中へと入る。

 

 大通りにはレンガの建物が立ち並び、それなりに人が行き交っていた。

 人種は普通の人間からエルフっぽいのからドワーフっぽいのまで色々だ。

 いかにもファンタジーな世界観だ。

 だというのに、少し大通りを外れて路地裏に入れば、ボロを着た乞食らしき人がいて、空き缶的な何かを差し出していた。しかもガリガリに痩せている。あまり豊かで安全な国、というわけでもなさそうだ。


「しかし随分とリアルな夢だなぁ」


 街中を長い時間をかけてただブラブラと歩く。

 どれほどそうしていただろうか。

 酔いがちょっとずつ覚めてきたころ、道を行き交う人達が、チラチラとこっちを注目しているのに気が付いた。

 ・・・そんなに珍しいか、この顔が。

 周りを見渡せば、なんかみんな種族とか恰好とか、完全にファンタジーしてる。

 

 対してこちらはTシャツにジーパンにアジアンフェイス。

 これはよくない。周りに溶け込めてない。

 せっかくファンタジーな夢を見ているというのに、自身がアジアンでは興醒めだ。

  

 服装だけでも何とかしようと、服を売ってそうな店を探してウロウロと歩き回る。と、細い路地の奥まった場所に武器屋と防具屋が一緒になったような店を見つけた。


「・・・いらっしゃい」


 随分と無愛想な店主だ。お客様は神様という言葉を知らんのか。


 いやいい。

 それよりも早く服装を変えよう。

 せっかくの夢。俺もファンタジーの住人となるのだ。


 と、そこで何だか体の調子がおかしくなっているのに気付いた。

 体がだるくてイライラする。

 何というか、酒が切れ掛かっているような感じだ。


 うむ。・・・まずは一献。


 懐からおもむろに酒の小瓶を取り出し、栓をキュポンと抜く。

 そのままラッパ飲み。


 ゴキュゴキュン。


 喉が焼け付く。快感が脳天を突きぬけ、全てが満たされてゆく。


 ――やっぱりお酒は最高だ!


 ・・・さてと、何を買ってやろうかね。

 剣!槍!斧!銀ピカの甲冑に渋い革鎧!

 うっわ、どれもこれも中二心を刺激しまくるじゃないの。

 骨董品屋なら一品三十万コースだぞこれ。


 革の服とローブを試着した。全身を包む、くたびれた灰色のローブは軽くて動きやすい。ファンタジーRPGで旅人が着てそうな、いかにも“それっぽい”やつだ。


 次に、壁に並ぶ剣の中から、一番高そうな一本――日本刀によく似た片刃の剣を選び、スラリと鞘から抜いてみる。


 おお、なんということでしょう。


 丹念に磨かれた刀身は、外の陽光を反射して銀色に輝き、酔いで赤らんだ顔をくっきりと映し出す。

 その刃紋は、まるで日本刀の大業物のような美しさ。酔ったアジアンフェイスも、うっとりと恍惚の表情です。


 ――あれ、俺って、こんな顔だったっけ?

 歳も……なんか違うような?


 ……まぁ、夢だし。いいか。

「実に素晴らしい。これを貰うよ」


 刀を鞘に収め、意気ようようと店の外に出ようとすると店主に呼び止められた。


「おいてめぇ!金を払え!」


 歩いてきて後ろから肩を捕まれる。

 うん、そう言えば金を持っていない。


 よし、逃げよう。


「あっ、てめえ待ちやがれ!」


 全力で駆け出す。

 夢の中だからか――体が嘘みたいに軽い。

 何だか妙に胸を張って、突っ走っていた。


 徐々に、怒鳴り声が遠ざかっていく。

 まるで背中に貼りついていた現実の重さが、音もなく剥がれ落ちていくようだった。


 この足が、かつてどれだけ重かったのかは思い出せない。

 けれど今は、風を切るように前へ進んでいる。


 誰にも追いつかれない。誰にも縛られない。

 理由もわからないのに、涙が出そうなほど心地よかった。

 

 そのまま無事逃げ切ることが出来た。

 

 膝に手をついてぜえぜえと息を切らす。苦しい。

 そしてふと、笑っている自分に気が付いた。

 なんだかずっと、こんな風に全力で走ってみたかったような。


 そんな気がした―――。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ほんの隙間時間でサクサク読める小説を目指してます。

ブックマークして頂ければ大変便利ですので、ちょっとずつ気軽に読み進めていただければと思います。


※一気読みしても2時間程度で読み終わります。


・・・このあとがきの下にある『☆☆☆☆☆のマーク』を、


ポチッと押していただけると、今日一日、あなたに幸せが訪れます。



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どもどもです。ブラインドマンさん。 いつか、なろうのアカウントを取得しておこうと思っていた矢先、ブラインドマンさんの作品のリンクをXで見つけたので、ようやく登録できました。 そして読んでみた感想ですが…
なんだか独身の時覚えがあるような起き方にワクワクしてスクロールしています。 なのに疾走感に溢れる導入…たいすきです。 この先、読み進め、たくさん感想残すと思いますが大変だと思いますのでお返事はしなく…
これは果たして夢なのか……? 時間を見つけてぼちぼち読んでいきます
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