第四の獣 我が墓標
【492年9月16日】
王都の陥落から約1ヶ月ほど経っただろうか。我が心はいまだ夏の嵐の如く、虚無が吹き荒れている。お支えすると誓った王とそのお身内も守れず、のうのうと生き延びている。復讐する気力も、自ら命を絶つ気力もない、ただの腑抜けとなった。そのくせに日記を書くのだから我ながらおかしな話である。
【492年9月20日】
宿敵たるルメクス軍の巡回部隊を襲った。なんの利益もない。ただ気が晴れる。
【492年9月21日】
ルメクスの巡回は禁書院と呼ばれる危険な物品を収蔵する建物に向かっているようだった。奴らが持っていた書きかけをもとに辿り着いた。禁書院の場所は秘匿され、吾輩も噂を聞くのみであったが今になって実物にまみえるとは。中は荒らされ、生きている者は誰も居ない。時の経った死体がいくつか転がっている。今日はここで夜を明かす。
【492年9月23日】
収蔵物は禁書院の地下に保管されていた。ここ2日は地下に留まり、本を読みふけっている。
【492年10月1日】
見つけた。
【492年10月30日】
反乱軍の噂を聞き、北方のデルランデの地へ赴く。酒場にいる怪しい男たちに話を通すと、その他大勢の者たちと一緒に街を離れ、森の中にある砦に辿り着いた。砦の中では物資や並べられた武器、それに訓練に勤しむ兵士。数は200人ほどだろうか。大きな砦が広々に見える。
【492年11月1日】
日記と共にあの禁書を常に持ち歩いている。うたた寝した際、不届きな兵士が吾輩の禁書を盗んだ。愚かなことに対抗魔術も唱えず、本を開いたらしい。無様に死んでいた。皆は悪魔の仕業だと不吉な前兆だのと言っている。吾輩のことは疑われていないようだ。
【492年11月3日】
この砦に兵が続々と集まっている。聞けば兵数は千に昇り、周辺の同盟者も合わせると我らは1万の軍勢となるようだ。砦の将は演説で兵士たちを激励し、戦いを煽る。ここでなら吾輩の力も活かせるかもしれない。禁書の秘術も。
【492年11月17日】
物資不足が目立つ。特に食料と医薬品。いくら武器があろうとそれを振るう兵の源が断たれれば、負け戦となるだろう。我らが立ち向かうのはあのサン・ルメクス。生半な準備では犬死にとなるだけだ。
【492年11月27日】
第一次攻撃が成功した。吾輩も参加し、禁書の力を振るった。忌まわしい力だ。生を奪い、あまつさえ死者を辱める。復讐のためとはいえ、このようなことなど。王と王子が今の吾輩を見たらお嘆きになるだろうか。
【492年12月13日】
第三次攻撃が失敗。敵の待ち伏せ。いくつかの拠点が陥落。
【492年12月15日】
砦の位置がばれた。あの愚か者どもが。
【493年1月9日】
雪の嵐が敵の侵攻を押し留めている。だが身動きが取れないのは我らも同じ。聞けば仲間との連絡も途絶えたとのこと。恐らく残っているのは我らだけだ。嵐がやめば、それが戦いの合図となろう。
【493年1月18日】
奴らの声、敵の号令が聞こえる。矢が雨のように降り注ぎ、砦の壁に梯子が掛けられる。吾輩はただひたすらに敵を殺した。味方は何人死んだのか。夜には多くの篝火が焚かれ、番兵が斥候の侵入を警戒している。月は美しく輝いているというのに一時も気が休まらない。
【493年2月3日】
味方はよく耐えている。だが物資不足が仇となった。ほとんどの兵が飢え、耐えられない者はネズミを喰らっている。塩も無く、遺体はむごたらしく腐っていく。そのせいか砦内で病が蔓延している。
【493年2月10日】
禁書の未読部分を読む。許されざる死の秘術、身の毛もよだつ神秘の数々が記されているが今の吾輩には必要なものだ。だが最後のページのみ中央に何かの文字が綴られ、それ以外は白い。何かの暗号だろうか。この文字はどこかで見た気がする。
【493年2月14日】
昨晩、夜襲があったが何とか退けた。砦への侵入は防いだがこちらの死人も多い。遺体を埋める際、他の兵が死者の腕の肉を短剣で削いでは口へ運んでいた。吾輩は知らないふりをした。人の道など、ここでは意味をなさない。
【493年2月16日】
仲間内にて降伏の提案がなされた。半分は賛成し、もう半分は反対した。降伏したところで殺されるだけだと。同意見だ。
【493年2月18日】
裏切り。
【493年2月20日】
敵の言葉に誘惑された数人の番兵が夜に門を開けた。降伏すれば命は助けてくれるとでも言われたのだろうが、結局はその場で斬り殺された。我らは抵抗しつつも屋内に移動したが塞ぐことは叶わず、さらに後退を余儀なくされた。今は地下室に立てこもっている。大勢が犠牲となり、吾輩を含め、5人のみとなった。扉を破ろうとする音が聞こえる。
【493年2月22日、いや23日か? そもそもあれから1日経ったのか?】
僅かな火の明かりを頼りに禁書をめくってはただ眺める。とある兵が怒りを撒き散らしながら、吾輩の禁書を奪い取った。案の定、禁書の影響で苦しみながら死んだ。他の者たちは一連の出来事を見ていたが、泣き叫ぶ者、何も反応しない者、祈る者とそれぞれだった。
【493年 もう分からない】
一人、死んでいた。
【493年 二人が殺し合い、勝った方が負けた方の肉を食らった。だがその後、吐いていた。ほどなくして勝った方も動かなくなった。】
【493年】
死人の肉を喰らい、血をすする。活力が湧いてくる。ふと禁書を開くと最後のページにある文字に目に入り、それが古語の警句だと思い出した。死を忘れるべからず。吾輩が小さく唱えると紋様が浮かんだ。禁書の囁きに従い、紋様を体に刻む。
【493年】
扉に亀裂が入る。あと数分で破られるのだろう。吾輩は死ぬ。だがお前たちに一矢報いてやろう。我が体から染み出す死の呪いを。
【493年】
751 いい天気だ。