1-9 あなたの右脚はわたしの左脚 (1章完)
竜の咆哮によって教会は崩れおちる。かつて神聖な空間であったはずの場所は、今や荒野と化していた。舞い上がった粉塵はまるで雪のように降り注ぐ。
竜の、鉤爪と鱗は月明かりに照らされ白銀に輝き、翼を広げると空気が震え大地は鼓動する、その姿はまるで夜空を覆う暗雲のようだった。
竜は、翼を広げたまま、巨体を低く構えると、鋭い鉤爪を振り下ろした、その一撃は仮面の男を直撃し砲弾のように吹き飛ばす、直撃を避けた痩躯の男も、竜の翼が生み出す暴風によって、人形のように宙に舞った。
続いて、竜は体を反転させ、尻尾を鞭のようにしならせ、地面を抉りながら振り回す。巨躯の男は、全身を岩のように硬く変異させ、竜の一撃を受けると、男の体は地面に深い轍を刻みながら後方へ吹き飛ばされた。
巨躯の男は、起き上がり反撃の斧を振ると、巨大な竜巻が発生し竜を襲う。竜は、怒りの咆哮を上げ、口から炎を吐き出す。竜巻を飲み込む炎は、竜の怒りを現すかように激しく燃え上がる。
熱風で揺らめきながら迫りくる竜の姿はまさに厄災そのものだった。
「化け物め」魔法使いの男は呟く。
「使え、出し惜しみしている場合じゃない」痩躯の男が、魔法使いに迫る。
魔法使いは黒衣の前を開くと、無数の宝石が散りばめられた装飾品が、まるで生き物のように光を放ちながら蒸発していく。 その輝きは、夜空を一瞬にして昼に変えるほどの眩しさだった。
魔法使いは、呪文を唱えながら、足元から吹き上げる炎を纏い、空中に巨大な魔方陣を描き出す。
痩躯の男は、高速で移動しながら竜に光の矢を連射するが、竜は、その攻撃を感知し、光の矢を掴み、握りつぶしてしまう。竜は翼を羽ばたくとその風圧により高速で動く痩躯の男を地面に張り付ける。
「ここまでか」痩躯の男が呟いた直後、竜は尻尾を垂直に叩きつけた。
竜が尻尾を上げると痩躯の男は血溜まりへと変貌していた。
巨躯の男は倒れている仮面の男に向かい言う。
「竜殺しの剣を俺に渡せ!」
仮面の男は、血を吐きながら起き上がり、目の前に魔法の空間を出現させ、竜殺しの剣を取り出すと、巨躯の男へ向かって投げつける。
その直後、あたりが異様なほど明るく照らされる。
「かつて竜を殺したと言われる魔法だ、受けてみろ!」魔法使いの男は高らかに宣言した。上空の魔法が竜に向かい放たれた、その様子は天が裂け太陽が落ちてくるかのような光景だった。魔法は直撃し、巨大な火柱の中で竜は悲鳴にも似た咆哮を上げる。
巨躯の男は、血走った目で火柱の中でのたうち回る竜に襲い掛かる。
焦げ付いた鱗が剥がれ落ち、生身の肉がむき出しになった竜に、容赦なく竜殺しの剣で切り裂いていく。
竜の肉体は、焦土と化した大地で肉塊の山へと変貌をかえる。竜の血溜まりは、大地を染める紅の絨毯のようだった。
血染めの地面からは、陰がわずかに動く……。
村を抜けリアナの手を引き歩くライルは呆然と立ち尽くした。
(さっきのあの太陽が落ちてくるような魔法はなんだ、あんなものを喰らって生きているものはいない……銀髪の剣士も、黒髪の少女もおそらく…もう…)
緊張が和らいだせいか、ライルは痛みと疲労が全身を襲う。
(結局この依頼では一切の報酬はない、何をやっているんだ、まるで糞みたいな俺の人生そのものじゃないか)
ライルはリアナがいる事を気にも止めずポロポロと涙を流した。
リアナは心配そうにライルを見つめ、ライルを引っ張り歩き出す。
気が付くとライルはリアナの手を引くどころか、逆にリアナにもたれかかるように、自分が歩くのを補助されていた。
「俺はもう歩けない…俺を置いて先に進んでくれ…」
ライルは気力を失いリアナに告げる。
リアナはライルに向き返り、包み込むように優しく抱き寄せ、ゆっくりと語る。
「大丈夫・・・大丈夫・・・ あなたはどこまでも歩いてゆける、だってあなたの右脚はわたしの左脚だから…」
ライルはリアナの言っている事が全く理解出来なかった。
(何も覚えていない少女の、最初の言葉がこれか?)
ライルはおかしくなり自然と笑いだした、リアナの言葉はライルを勇気付ける不自然な力があった。
「一緒に行こう」ライルは顔をあげるとリアナの手を優しく引き、村を背に歩き出す。
痛みが引いたわけではない、疲労が無くなったわけでもない、ただライルの心は温かく満たされていた。
記憶を失った少女の放った言葉は、一体何を意味しているのか?それは、単なる比喩なのか、それとも、別の意味が込められているのか。
あの村の住人は何を知っていたのか、黒衣の男たちの目的、そして竜の力。
ライルをとりまく謎は深まるばかり。
運命は複雑に絡み合い、彼は、この混沌とした世界の中で、一体何を掴み、何を失うことになるのだろうか。
第二章では、新たな謎が解き明かされ、物語はさらに加速していく。