8-12 収束する世界
礼装の少女は、天を衝く神木の頂――脈動する『滅亡の実』を静かに見つめる。
「あなたは……あの人を、蘇らせたかったのね」
その時、強い風が吹き荒れ、エルザと呼ばれた女の長いドレスが激しく捲れ上がった。
露わになった右脚は、血の通う人の肌ではない。神木の枝が肉に食い込み、歪な接木となって本体と繋がっている。だが、その枝は役目を終えたかのようにみるみる枯れ落ち、黒ずんで朽ち果てた。
神木から切り離され、力なく落下するエルザ。庭園の草花が、死にゆく蝶を悼むようにその体を優しく受け止めた。
礼装の少女が、泥を啜るように横たわる彼女を抱きしめる。
ずっと虚空を彷徨い、己をリアナだと思い込んで実の拍動に耽溺していたエルザの瞳に、ようやく正気の光が戻る。
「お姉様……。私には、あの人のいない世界なんて耐えられない……。神木は、私の願いを聞き届けてくれたわ。……あの実から、あの人が産み落とされるはずよ……」
「分かったわ、エルザ。……私がいる。もう、一人ぼっちになんかさせないから」
その時、シエラがむくりと起き上がり、死を待つ姉妹へ歩み寄った。
「……エルザ。神木が何を叶え、何を産み落とすかは分からない。けれど……」
「シエラ……? お前、何を言っている、よせ!」
ライルの制止は届かない。シエラは迷いのない足取りで、礼装の少女のもとへと歩んでいく。
「「もう終わりにしましょう。二度と、あなたを手放したりしないから……」」
声が重なる。一人は礼装の少女から。一人はシエラから。寸分違わぬタイミングで発せられたその声は、もはや別人などと言い逃れようのない、魂の完全な同一性を証明していた。
「シエラ、行っちゃダメだ!!」
ライルが叫び、必死に手を伸ばす。だが、シエラはライルを見ることさえなかった。彼女が今見つめているのは、血を分けた半身の妹と、自分を呪縛し続けた宿命だけだ。
「「エルザ。神木と一緒に、なりましょう」」
シエラは礼装の少女に向かって両手を広げ、礼装の少女もまた、同じ歩幅で腕を開く。
駆け寄ろうとするライルの胸を、ビャクの強い腕が遮った。
「ライル、よせ! シエラは……あいつはもう、リアナなんだ。受け入れろ」
「離せッ! ふざけるな、あいつはシエラだ! リアナなんて知らない、俺の家族のシエラなんだよ!!」
ライルの叫びを塗り潰すように、二人の少女から眩い白銀の光が溢れ出した。
魂のシエラと、肉体のリアナ。バラバラに引き裂かれていた一人の少女の構成要素が、十年の時を超え、今、ライルの目の前で一つに溶け合っていく。
「やめてくれ……! お願いだ、シエラを連れて行かないでくれ! 俺から、何もかも奪わないでくれよ……!!」
喉が裂けるような悲鳴。その絶望に、融合していく少女がわずかに視線を動かした。それは、紛れもなくライルの知る『シエラ』の瞳だった。ごめんなさい、と。ライルにだけ分かる、謝罪を瞳に浮かべて。
少女はそのままエルザを強く抱きしめ、光の奔流となった。輝きが収束したとき、そこにいたのは少女たちの姿ではない。
互いを抱きしめ合ったまま、静かに、しかし冷酷に植物へと成り果てた、この国の女王であった姉妹の姿だった。
「あああああぁぁぁぁ……ッ!!」
ライルは地に膝を突き、爪が剥げるほど地面を掻き毟った。
愛した少女の温もりも、共に交わした約束も、すべてが神木という巨大な理の中に吸い込まれ、物言わぬ沈黙へと変えられた。
叫び声さえも庭園の木々に吸われ、虚しく霧散していく。
打ちひしがれるライルの横で、ビャクが天を仰ぎ、声を震わせた。
「そんな……。二人の命を贄にしてまで、神木は『それ』を産み落とす決断をしたのか……」
ドクン、と。
神木の頂で、滅亡の実が狂おしく鼓動した。
バキバキと音を立てて実が引き裂かれ、そこから産声が響き渡った。




