8-11 虚飾の女王
神木の中腹、迫り出した太い枝に立つリアナ女王が、憐むような、それでいて無機質な瞳で彼らを見下ろしていた。
ビャクが二振りの刀を構え直し、鋭く言い放つ。
「ライル、あの寄生虫を切り離すぞ。……あれは、もう『人』ですらない」
ビャクが地を蹴り、神木の中枢へと飛びかかる。リアナは眉ひとつ動かさず、神木の枝を無数に操り、迎え撃った。ビャクは二刀を振るい、迫り来る全ての枝葉を斬り落としていくが、断たれたそばから新たな枝が異常な速度で増殖し、彼女の進路を塞ぐ。
ライルは加勢すべく、神木の成長を抑制しようと、自身の汚染された血液を周囲に振りまいた。だが、神木はその漆黒の汚れさえも瞬時に中和し、自らの糧として吸収してしまう。
「必滅の『澱』が……浄化されるのか……」
ライルが愕然と呟くと、リアナは嘲笑うように唇を歪めた。
「当たり前でしょう。神木はこの世界のあらゆる物質を中和し、循環の糧に変える機能を有しているの。いかなる不浄も神木にとってただの養分に過ぎないわ」
四方から無限に湧き出る高速の枝。ビャクは死力を尽くして斬り払い続けるが、あまりの物量に、とうとう一筋の枝が彼女の守りを突き破った。
「ぐ、あぁ……ッ!!」
鋭い枝がビャクの腹部を貫く。衝撃で後方へと吹き飛ばされた彼女は、膝をつき、苦痛に顔を歪めた。
「私のことを『寄生虫』だなんて、失礼な人たちね」
リアナが冷酷に見下ろす。だが、ビャクは溢れる血を無視して、吐き捨てるように笑った。
「……笑わせるな。お前は王ではない。神木を制御できず、暴走に身を任せているだけの未熟者だ」
「では、いったい誰が王だというのです?」
「リアナだ。……お前は、お前自身の名前さえ忘れたのか。リアナの妹、エルザ!」
その名が発せられた瞬間、枝を玉座とするリアナの顔から表情が消えた。
「エルザ……エル……私の前で、その汚らしい名前を口にするなぁぁぁッ!!」
庭園が激しく鳴動し、地面から神木の根が無数に飛び出した。それはもはや植物の動きではなく、飢えた獣の牙だった。ビャクは迫る根をいくつか斬り落とし抵抗するが、無限に湧き出る暴力的な物量に、もはや立ち上がることもできない。
「ぐはっ」
「その暴言、死をもって詫びなさい!」
無数の根が、今まさにビャクの命を刈り取ろうと殺到する。ライルが叫び、腕を伸ばそうとした、その時。
──ピタリと。
全ての根が、ビャクの肌をかすめる位置で、凍りついたように静止した。
「な……何故だ。何故動かない!? 神木が、私の言うことを聞かない……!?」
エルザが狂乱し、自らの権能を確かめるように太い枝を叩く。その時だった。庭園の西から、か細くも芯のある声が響き渡った。
「……もうやめましょう、エルザ」
声の主は、ボロボロになった白銀の礼装を纏う少女だった。
下半身を失い、宙に浮くその姿。かつて崖の底に沈み、呪わしい赤縄に縛られていた『御神体』が、そこにはいた。
ライルは目を見開く。その少女の顔は、傍らで横たわるシエラに、酷似していた。




