8-8 極彩色の半人
ライルは、折れかけた心でシエラを振り返った。だが、その視界もまた、イリスの放つ絶対的な暗闇に飲み込まれようとしている。
「分かった……任せてくれ、ビャク」
ライルはそう呟くとルナへと突っ込んだ。
ルナは拳を振り上げる。だが、ライルは一切の躊躇なく、目の前に迫るルナの鋼の拳を、自らの右腕で受け止めた。
──バギィッ!!
鈍く、しかし明瞭に、骨が砕ける音が響き渡る。
ライルの右腕はあらぬ方向へ折れ曲がり、白い骨が皮膚を突き破って飛び出した。凄まじい激痛が脳髄を揺らす。
だが、ライルは叫ばなかった。
その瞬間、彼の全身から黒い『澱』が血流に乗って一気に噴出する。骨折した右腕から血飛沫と共に、不浄の液体がルナの顔面へと叩きつけられた。
それは、ただの血液ではない。
澱が混じり合ったその不浄な血は、ゴーレムであるルナの瞳孔にこびりつき、視覚センサーを完全に遮断した。
「今だッ! ビャク!!」
肩の骨が砕ける音も無視し、ライルは血反吐を吐きながら叫ぶ。
その一瞬の隙、ルナの動きがわずかに停滞した。針の穴を通すような勝機。だが、武人であるビャクにとって、それは永遠にも等しい時間だった。
「おおおおぉぉっ!!」
ビャクは地を蹴り、弾丸となって肉薄する。
狙うはルナの喉元ではない。彼女の胸元に刻まれた、奇妙な鍵穴のごとき溝。
そこへ、共鳴を続ける『竜殺しの剣』を寸分の狂いなく突き立てた。
──ガリィッ!
鈍い噛み合わせの音が響き、ルナの胸元がからくり仕掛けの窓のように左右へ展開する。その内側は物理的な構造を無視し、星屑が渦巻く無限の魔導空間が広がっていた。
「……これかッ!」
ビャクは迷わずその深淵へ手を突っ込んだ。
中心に鎮座する、ルナの動力源であり、この共鳴の正体。それを掴み、渾身の力で一気に引き抜く。
溢れ出した眩い光が収まったとき、ビャクの右手に握られていたのは、動力源とは思えないものだった。
それは、今持っている剣よりもさらに一回り大きく、神々しいまでの覇気を放つ漆黒のロングソード。
「そうか……これが、竜殺しの剣のもう一振りか」
ビャクは本能的に悟った。これは現在の竜殺しの剣の上位互換であり、かつて祖父から語り継がれた、失われし二本目の対剣であることを。
核を抜かれたルナは、糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちた。もはや、鉄塊の唸りが聞こえることはない。
「ライル、助かった」
ビャクは合流したライルに短く礼を告げた。
ライルは折れた右腕をだらりと下げ、骨が突き出た激痛に耐えながらも、左手一本で剣を握り直す。二人は、冷然と佇むイリスを包囲した。
「ゴーレムは無力化したぞ。……お前の負けだ、諦めろイリス!」
ライルの叫びが静寂を切り裂く。
だが、イリスの表情は変わらなかった。それどころか、彼女の唇は、嘲笑うかのように弧を描く。
「……勝ったとでも思っているのか?」
次の瞬間、イリスの背後の光輪が、どす黒い極彩色へと反転した。
彼女の白い肌が氷の鱗に飲み込まれ、炎の翼が背中を裂いて噴き出す。人としての形が、あらゆる強大な種族を継ぎ接ぎしたような『絶望のキメラ』へと歪んでいく。
「見せなさい。お前たちの力がどこまで、世界の理に抗えるのかを」
その姿は、神話の魔獣を連想させる異形の怪物だった。




