8-7 星屑を纏う人形
ルナが踏み出すと、華奢な女性の動きとは思えない鉄塊同士が噛み合うような重厚音が庭園に響き渡る。
「……ッ、こいつがゲオルグを一撃で倒した奴か!?」
ビャクが叫ぶのと同時、ルナの拳が空を切り裂いた。
ビャクは咄嗟に首を捻り回避するが、風圧の衝撃だけで石畳に放射状の亀裂が走る。ビャクは上体を反らしながら、即座にカウンターの一撃をルナの首筋へ叩き込んだ。
──キィーーーン
剣先がその白い肌を捉えた瞬間、火花が散り、鋼と鋼がぶつかり合うような不気味な高音が響いた。直後、ルナの拳がビャクの腹部めがけて放たれる。ビャクはその攻撃を刀で正確に受けた。
しかし、乾いた音と共にビャクの愛刀が、飴細工のように真っ二つに砕け散る。その勢いのままビャクは腹部に拳を受け、後方に吹き飛ばされた。
「ぐぁっ……」
ビャクは体勢を立て直し、折れた刀を投げ捨てると、腰に帯びている『竜殺しの剣』に手をかける。
(竜殺しの剣があの女と共鳴する……!?)
ルナがビャクめがけて突進してくる。ビャクは神速の抜刀術で迎え撃った。かつて竜化したヴァルトをも斬り裂いたその一撃を、周囲の空気が歪むほどの覇気を纏わせて解き放つ。剣は正確にルナの頭部を捉え、凄まじい衝撃音と共に粉塵が舞った。
だが、ルナは表情一つ変えず、その剣を頭部で直接受け止めていた。ルナは素手で、竜の鱗をも断つ刃を押し戻し、無造作に振り払う。
「嘘だろ……? 竜殺しの剣でさえ、かすり傷一つつけられないのか……」
驚愕するビャクの目前で、跳ね返された剣の切っ先が、わずかにルナの胸元をかすめた。星屑のドレスが裂け、一瞬だけ露わになったその肌――いや、肌ではない。そこには、精巧な細工が施された『鍵穴のような奇妙な溝』が刻まれていた。
(……溝? 傷ではないのか。それに、何だこの振動は……!)
握りしめる『竜殺しの剣』が、その溝に呼応するように、これまでにないほど激しく熱を帯びて震えている。
一方で、ライルは地獄のような防戦を強いられていた。
イリスは一歩もその場を動かない。彼女が指先をわずかに跳ね上げれば、ライルの足元から氷の楔が牙を剥き、それを紙一重で回避すれば、逃げた先で待機していた影の触手が足首を絡め取ろうと蛇のようにのたうつ。
「……ッ、このっ!」
ライルは剣で影を斬り払い、一気に距離を詰めようと踏み込んだ。しかし、イリスが掌を向けると同時に、彼の目の前で凄まじい業火が壁となって爆ぜる。肉の焼ける匂いと共に、ライルの体は無慈悲に弾き飛ばされた。
たまらず距離を取れば、今度は頭上から巨大な氷弾が流星のごとき速度で降り注ぐ。
逃げ場のない全方位からの刃。ライルは咄嗟に剣を盾にするが、防ぎきれない無数の断層が頬を、腕を、太ももを深く刻んでいく。
彼女が背負う七色の光輪が淡く輝くたび、その力は具現化してライルを襲った。ライルの斬撃は彼女の肌に触れることさえ許されず、ただ一方的に刻まれ続けていた。
隣ではルナの重い一撃がビャクの腹部を捉え、彼女はライルの足元まで転がった。血反吐を吐き、辛うじて上半身を起こす二人の姿は、あまりにも無力だった。
土煙の中、二人は背中を合わせ、掠れた声で耳打ちする。
「……ライル、聞け。あの青髪の女……あれは、ゴーレムだ」
「……ゴーレムだと? 人間にしか見えないぞ」
「ああ、だが間違いない……生身の人間の質量じゃない。竜殺しの剣を全力で叩き込んでも、こっちは腕の骨がイカれそうだっていうのに、奴には傷一つ付いていないんだ……」
ビャクの腕は、剣を握ることさえままならず激しく震えていた。ライルもまた、全身を襲う魔圧に膝を突きそうになる。
「そうか……どうりで化け物じみてるわけだ」
二人の絶望を、イリスの冷徹な声が断ち切った。
「ルナは、五竜アルフレッドが造り上げた最高傑作……人類の守護者。その実力は、単騎で竜をも屠る。人の身では傷一つ付けられない」
イリスが静かに両手を広げると、背後に浮かぶ七色の光輪がこれまでとは比較にならない輝きを放ち、周囲の重力そのものを塗り替えた。
もはや逃げ場も、反撃の策もない。ルナが無機質な足音を立てて、一歩、また一歩と死を運ぶ人形のように近づいてくる。死の足音が迫る中、ビャクがライルに囁いた。
「さっきから『竜殺しの剣』があのゴーレムに共鳴するんだ……もしかしたら止められるかもしれない……一瞬でいい、隙を作ってくれないか」




