8-5 穿つ一点、潰える命
結界内は、もはやこの世の風景ではなかった。
エレインが放つ、掠めただけで死を免れない火球の連射。ヴァルトは回避に全神経を注ぎ、辛うじてその爆炎を潜り抜ける。
「……それほどの力があれば、竜とだって戦えるだろう! 神木は……人類を滅ぼす殺戮生物を生み落とそうとしてるんだぞ!」
ヴァルトの叫びに、エレインは眉一つ動かさず、冷徹に言い放った。
「神木がそう判断したのなら、滅亡もまた自然の摂理。生かされてる側がそれに抗うこと自体、不遜だと思わないの?」
対話の断絶。ヴァルトは覚悟を決めた。危険を承知で、火を吹く大地を蹴り、一気に距離を詰める。
右腕に稲妻と竜の力を限界まで収束させる。彼の身体そのものが、エレインの心臓を狙い定めた一本の矢と化し、持てる全てを解き放つ。
(邪念を捨てろ。一点以外、何も考えるな……!)
全霊を注いだ一撃がエレインに襲いかかる。彼女は瞬時に超強度の多層結界を展開した。第一層、第二層と、鋼を砕くような音を立ててバリアが粉砕されていく。
(点だ……貫けッ!!)
だが、その鋭い突きも、三層目のバリアによって完全に静止させられた。
「神木に抗うなんて、神にでもなったつもりかしら?」
エレインは無造作に杖を振るい、ヴァルトを叩き伏せた。
「がぁぁぁッ!!」
ヴァルトは激しく地面を抉りながら吹き飛ばされる。一撃で瀕死の重傷。だが、薄れゆく意識の中で、彼は再び立ち上がった。
「この化け物め……」
頭部から流れる鮮血が視界を染める。だが、その瞳だけは一点の迷いもなく輝いていた。
──完璧な突きなら、全盛期のアルバスの魔法すら穿つ。
かつて聞いた剣聖ベルナルドの言葉が、脳裏をよぎる。ヴァルトはふらつきながらも半身に構えた。全身の神経を一点に研ぎ澄ませ、自らを極限の集中状態へと追い込む。
「遺言はいらないわ。……早く死になさい」
エレインが杖を掲げると、周囲を白日のごとく照らす三つの巨大な火球が形成された。その中心は正視することすら不可能なほどまばゆい白光を放ち、周囲には禍々しい紫炎の帯がうねっている。
放たれた瞬間、周囲の空気は一瞬で灼熱の地獄と化し、石畳や小石は炭となって砕け散った。この世のあらゆる物を焼き切るような、極限の熱量がヴァルトを包囲する。
ヴァルトは躊躇なく、その光の渦中へと飛び込んだ。
自らを光の線と化し、寸分違わぬ「点」となって放たれた一撃は、エレインの防壁を、そして彼女の身体を貫通した。
「な……っ!?」
一撃の勢いは留まることを知らず、エレインを背後の巨大な石門まで吹き飛ばし、そのまま強引に石壁へと縫い留めた。
堅牢な石造りの門は砕け散り、舞い上がった土煙と火花が、串刺しにされた彼女の最期を無慈悲に彩る。
生命反応の消失を察知し、『決闘の典礼』の結界が静かに霧散していった。
爆炎と砂塵が晴れた跡に残っていたのは、石門に固定されたエレイン。そして彼女の腹部を貫く一本の剣と、それを握りしめる竜の腕。
その腕は、肘から先しかなかった。
ヴァルトの身体は、エレインの極大の魔力に焼かれ、塵となり消滅していた。
エレインは貫かれた腹部を見つめ、震える声で呟いた。
「カミラ……あなたの身体……汚しちゃって……ごめんね……」
それが、庭園の入り口を守り続けた魔女の、最期の言葉となった。




