8-4 魔女の死刑宣告
左右から振り下ろされる巨大な斧が、大地を爆ぜさせた。
迎え撃つビャクが鋭い返しの刀を入れるが、硬質な火花が散るばかりで、石像の表面には傷一つ付かない。
「……っ、こいつら! 中身はただの石のくせに、なんて密度だ! どれだけ膨大な魔力を叩き込めば、これほど硬くなるんだ!」
ビャクの悲鳴に近い怒声が響く。石像たちは重力そのものを武器にするかのように、執拗にライルたちの逃げ道を塞いでいく。
その混乱の最中、ヴァルトは懐から、複雑な文様が刻まれた砂時計型の魔道具を取り出した。彼は迷いなく、中央に埋め込まれた『魔石』を親指で強く押し潰す。
「命の宿らない『依代』には、これが一番の毒薬だ。……消えろ」
砕かれた魔石から不可視の波動が放たれる。
それは無機物に命を吹き込む魔力の循環を強引に遮断する、レリック級の魔道具。その波動が辺りを覆うと、振り上げられていた巨斧が力を失い、石像たちは糸の切れた人形のように崩れ落ち、ただの石塊へと戻った。
「止まった……?」
ライルが呆然としたのも束の間。その静寂は安息ではなかった。
直後、三人を押し潰さんばかりの、粘りつくような殺気が周囲を支配する。異常な魔力のうねり。
見渡すと、庭園の木々が一斉にその枝を蠢かせ、侵入者たちを睨みつけていた。
ヴァルトは焦燥にかられて呟く。
「チッ、生きてる植物相手じゃ、さっきの波動は通じないのか……」
ビャクが毛を逆立てて吠える。
「ライル、気をつけろ! 植物の魔力反応が、さっきの石像とは比較にならない!」
木々は意思を持つ蛇のように枝をのたくらせ、ライルたちを『敵』として捕捉していた。
全方位から迫る死の気配に絶望が過ぎるなか、ヴァルトの瞳が鋭く見開かれる。
(現れやがったな……)
白霧の奥、陽炎のように揺れる視界から、静かな歩調で一人の女性が姿を現した。
彼女が歩くたび、足元の草花は一瞬で芽吹き、花吹雪を舞わせる。その姿はおとぎ話の妖精のように愛らしく、そして底知れぬ恐ろしさを秘めていた。
──庭園入り口の管理者、エレイン。
彼女は神木を仰ぎ見ることさえ許さぬ冷徹な眼差しで宣告した。
「あなた達、神木を害する意志を持ってこの地に足を踏み入れたこと……その無知、その傲慢、その身の程知らず……」
彼女はライル達に鋭く指を突きつける。
その仕草に周囲の木々が歓喜に震えるようにざわめき立った。
「死んで循環し、次なる生命の糧になりなさい」
いつものおちゃらけた姿は微塵もない。明確な殺意を伴った圧倒的な魔力が吹き荒れる。
エレインの手が宙を舞うと、周囲の植物は狂ったようにその幹をのたうち回らせ、無数の枝を飢えた獣の牙のように剥き出しにした。
その時、ヴァルトが素早く前に出る。彼は二つ目の、そして最後の魔道具──禍々しい鎖の巻き付いた聖印を掲げた。
「お前の相手は、俺だ」
聖印が砕け散ると同時に、漆黒の壁がドーム状に広がり、ヴァルトとエレインを外界から完全に切り離した。エレインから木々へ供給されていた魔力が強引に断たれ、襲いかかろうとしていた枝葉は力を失い、ただの静かな森へと戻っていく。
「いけ、ライル!」
「ヴァルト……死ぬなよ!」
ライルは背のシエラを抱え直し、開かれた道へと一気に駆け出した。
残された結界の中。不快そうに眉を顰めるエレインに対し、ヴァルトは竜腕の鱗を軋ませ、獰猛に笑った。
「これは『決闘の典礼』。俺かお前、どちらかが息絶えるまでこの檻は解けない。外への加勢も、お前の得意な『魔力供給』も……すべてここで終わりだ」
エレインは華やかな庭園の入り口に似つかわしくない無機質な瞳を向け、静かにその掌を掲げた。
「……身の程を弁えなさい、ヴァルト。あなたいつから、そんなに頭が悪くなっちゃったの?」
「依代のない人形使いに何ができ──」
──ゴォォォォン!
爆音と共に、ヴァルトの周囲に巨大な轍が刻まれる。放たれたのは、濃密な魔力を極限まで圧縮した火球。彼女は弁明など聞く気もなかった。
ヴァルトは辛うじてそれを回避したが、焼き付いた空気の熱が肌を刺す。
(術の威力が桁違いすぎる……やはり化け物だ……)
「さっさと土に還りなさい」
慈悲の欠片もない圧倒的強者の一言に、ヴァルトの額に冷や汗が滲んだ。




