8-2 共生の鎖、断ち切れぬ自戒
天を覆う神木がそびえ立つ、女王リアナの御前。
魔塔首席イリスは、その神聖にして不気味な庭園に立つと、影のように付き従う二人の側近へ冷徹に命じた。
「城内を経てここへ至る通路は、以後、我ら専用とする。裏口へ通じる脇道はすべて封鎖しなさい。……羽虫一匹、通してはならない」
『漆黒の騎士』と『双剣の巨漢』は、感情の消えた瞳で短く頷くと、それぞれの持ち場へと音もなく姿を消した。
一人残ったイリスは、静かに神木を見上げ、瞳を閉じた。
暗い瞼の裏に、十年前の記憶が蘇る。
───
王国の評議室。漂う焦燥感の中、ガルダスが激しい口調でまくしたてていた。
「王国が行っているのは、死刑執行を数日遅らせるだけの『物乞い』に過ぎん! 王国がどれほど魂を与えようと、神木の飢えが満たされることはない。……ならば、滅亡をも弾く強さを持つべきだ。それこそが唯一の生存戦略なのだ!」
対するイリスは、真っ向からその主張を否定した。
「理に抗えば、世界そのものが崩壊する。不浄の瘴気を中和し循環できるのは神木だけ。私たちはこの細い糸を繋ぎ、調和の中で生きるしかできない……。あなたのしようとしていることは、世界を道連れにした自殺行為だ」
───
イリスはゆっくりと瞳を開く。
自らの選択に迷いはない。だが、その決断の重みは、絶えることのない自戒の鎖となって彼女の魂を縛り続けていた。
「ガルダスは間違っている。仮に竜の大群を退けたとしても意味がない。その時神木は、さらなる上位の『絶望の実』をつけるだけだ」
イリスは神木の根元で俯き、座り込んでいるルナへと歩み寄った。
「私の選んだ『共生』は犠牲を孕む。……それを執行するために力が必要とは、皮肉なものだ」
イリスは膝をつき、ルナの顔を覗き込む。その瞳には慈悲などない。ただ、人類を生き残らせるという鋼の意志が、冷たく、鋭い光となって宿っていた。
「……アルフレッドが有していた『所有権』。彼は死の直前、それをラインハルトに託した。けれど、それは正確ではない。正しくは『竜の力を持つ者』へ移譲されたのだ」
イリスはルナの頬に手を添える。
「かつてドラゴン・ロードを砕いたその力……。今からは私のために使うのだ、ルナ」
* * *
一方、城の裏道には、濃い影に溶け込むように佇む一人の人影があった。
ヴァルトだ。
彼は壁に背をもたれかけ、地に根を張ったかのような不動の構えで、来るべき刻を待ち続けていた。
やがて、霧の向こうから金属の擦れる音と、重い足音が近づいてくる。
「貴様、そこをどけ。ここは侵入禁止区域だ」
声の主は、イリスから命を受けた『漆黒の騎士』と『双剣の巨漢』。
魔塔の最高戦力二名を前にしても、ヴァルトの眉一つ動かない。彼はただ、漆黒の鱗に覆われた右腕を静かに解き放った。
「悪いが、ここは『貸し切り』だ。……消えろ」
(あいつは必ずやってくる。ガルダスから引き継いだ呪いに蝕まれ、ボロボロになりながらでも……)
確信と共に、ヴァルトの竜腕が禍々しく脈打った。




