7-3 残骸の断末魔
重い瞼を押し上げると、見慣れぬ木目調の天井が視界に入った。
ライルは重い体を引きずり、ベッドから上体を起こす。
「気がつきましたか。さあ、これを飲んで落ち着きなさい」
枕元にいたフイユから手渡された薬湯を一口飲む。だが、ライルは激しく咽せてコップを叩きつけた。
「……これは毒だな。妙に鼻を突く味がするぞ」
「何を言う。それはただの滋養強壮の……」
「白々しい真似を!」
ライルは無理やり体を起こして抜刀すると、切っ先をフイユの喉元に突きつけた。ライルの体から、抑えきれない漆黒の『澱』が陽炎のように立ち昇り、部屋の空気を一変させる。
「俺がこの『澱』をここでぶちまければ、この村は今すぐ滅ぶぞ。死にたくなかったら、全てを話せ。……シエラをどこへ隠した。この村は何を企んでいる!」
喉元に刃を突きつけられ、さらにライルから放たれる禍々(まがまが)しい気配を浴びたフイユの顔が、恐怖で土色に変わった。
その『澱』の冷たさは、彼女が十年前、あの地獄のような王国の庭園で感じた絶望そのものだったからだ。
「……やめてくれ。その禍々しい力……思い出したくもない」
フイユは観念したように床にへたり込んだ。
「……話しましょう。だが、驚かないで。この村がいかなる病も治す『聖域』と呼ばれているのは、司祭の祈祷なんかじゃない。十年前、私がここへ『あるもの』を持ち込んだから……。
あなた、この村の『御神体』が何者か知りたいですか?」
フイユは不気味に言い放ち、過去の悍ましい記憶をたどり語り始めた。
「十年前、リアナ女王が神木を操り大暴れをして、周辺に甚大な被害をもたらした。事態の収拾のため、王国には錚々(そうそう)たる要人たちが集められたのさ。
当時宮廷魔術師だった私は、ガルダスの護衛として付き添った。リアナはもはや手のつけられないほどに荒れ狂い、神木の庭園は血に染まったよ」
フイユは遠くを見るような目で続ける。
「彼女は、己が愛した男とその妻……実の姉を神木の根で貫き、止めに入った親友カミラをも殺害した。
五竜のラインハルト、ゼブルをも退け、神木の盾に入ったイリーナも斬り刻み、皇帝ガルダスにさえ呪いを刻んだ……」
フイユはため息を吐き出すように言葉を継いだ。
「貫かれた男の身体からは、不浄の『澱』が溢れ出していた。だが、女王の姉は致命傷を負いながらも、最期まで彼に寄り添った……。そのとき私は見たんだ。
彼女の慈愛に触れた彼の体から『澱』が消え、一輪の花が咲いたのをね」
ライルは目を見開く。
(『澱』が消えただって!?)
「帰りの馬車でガルダスから『女王の姉の遺体』を回収するよう命じられた私は、その『浄化の力』を独占し、疫病に苦しむ村を救おうと考えた。
そして遺体を持ち逃げし、この地に隠した……。私が回収し、ここに据えたのは、あの『女王の姉』の肉体。それが、この村の御神体の正体さ」
フイユは、御神体を維持するために村の司祭が作った『結び巫女』というシステムを利用し続けてきたことだけを明かした。話が終わるのと同時、西の崖からはまるで見計らったかのように、遠雷のような轟音が響く。
「……っ、今の音は!」
「崖の方よ……あそこには、司祭様が管理する洞穴がある」
フイユの表情が強張る。ライルは重い体を引きずり、剣を掴んで立ち上がった。
「シエラはそこにいるんだな。……御神体が『女王の姉』なら、シエラに何をするつもりだ!」
洞窟の崩落による地響きが、凄まじい濁流のような振動となって押し寄せる。
「……行って下さい。このままじゃ、村が崩壊してしまう」
二人は、もはや聖域の面影を失い、赤黒い光を放ち始めた崖の洞穴へと走り出した。




