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6-13 継承される生贄

 ヴァルトの鉤爪かぎづめがガルダスの胸元を切り裂き、漆黒の軍服が無残に弾け飛んだ。


 露出した肌に、ライルたちは息を呑む。そこには人の皮膚などほとんど残っていなかった。魔石を埋め込み、他者の神経を接合し、幾重いくえもの魔導手術を繰り返したあと

 それは人であることを捨ててまで「ことわり」に抗おうとした男の、おぞましき執念の結晶だった。


 そして何より異様だったのは、腹の中心から生える一筋の細い植物だ。血管のように脈打ち、その根元にはどす黒くうごめく「おり」のようなものが、おぞましく溜まっている。


 竜の鉤爪をらい、よろめくガルダスにライルが飛びかかる。


「死ねガルダス、あの世でオーウェンに土下座しろ!」


 振り下ろされるライルの剣を、ガルダスの暗黒剣打ち落とすとライルの剣は粉々に砕けちった。

 ガルダスはそのままライルの太腿ふとももを深く貫き、床へと縫い止めた。


「ぐ、あああああッ!!」


 激痛と、傷口から流し込まれる腐食の魔力にライルは絶叫する。

 ガルダスは傷口から溢れる黒い血を拭いもせず、冷徹な魔眼でヴァルトを射抜いた。


「この(おり)は、十年前、私が神木によって打ち込まれた呪いだ。世界に漂う不浄の魂は、この根へと集い、溜まっていく。

 ……この澱は精神をむしばみ、肉体に絶え間ぬ痛みを与える。だが、不浄の魂をここに留めておくことができるのだ」


「ライル、引っ込んでいろ!」


 ヴァルトが再び竜の鉤爪で襲いかかると、ガルダスは応戦のため、ライルの太腿から強引に剣を引き抜いた。


「……っ、がぁあ!」


 返しのついた刃が肉を削り、ライルは更なる苦悶に顔を歪める。乱戦の中、ガルダスは語り続ける。


「人類の不浄が一定値を超えれば、神木は滅亡を発動させる。私はそのための『避雷針』なのだ」


 ガルダスが歩んできたのは覇道ではない。世界を存続させるために、己を供物として捧げ続ける地獄の道だった。

 稲妻の剣と鉤爪の連撃れんげきによる激しい攻防。ついにヴァルトの鉤爪がガルダスの喉元を捉えた。


「チェックメイトだ」


「……私が死に、この澱が霧散むさんすれば、世界は即座に滅びへのカウントダウンを開始するだろう」


 ヴァルトの右腕が、ピクリと震えた。ガルダスはその動揺を逃さない。


「だが、それを防ぐこともできる。この呪いは、私を殺した相手に受け継がれる仕組みだ。

 ヴァルト、お前にこの呪いを受け継ぐ覚悟があるのか? 死ぬまで世界の生贄となる覚悟が!」


「……っ!」


 ヴァルトは息を詰まらせた。その呪いの「重み」、これを引き継げば二度と安らぎなど訪れない。ヴァルトの足が、無意識に一歩、後ずさった。


「やはりな。ことわりを知る者ほど、その重みには耐えられん。お前は、ただの小者に過ぎん」


 ガルダスがあざ笑い、動けないヴァルトへ刃を振り下ろそうとした、その時。


「……させる、か……っ!」


 貫かれた右脚を引きずり、ライルが飛びかかった。その右脚は筋肉が裂け、骨がきしむ不気味な音が響く。

 彼は血溜まりを作りながら、ガルダスに必死にしがみついた。二人は絡みつくように床を転がり、ライルは死に物狂いで覆いかぶさって敵の動きを封じた。


「ヴァルト、今だ! お前の剣で貫けッ!!」


 だが、ヴァルトはまだ動けない。引き継がれる呪いの闇。そのあまりの重さに、彼は立ち尽くすことしかできなかった。


「……ヴァルト……!?」


 ライルの絶望に満ちた声が響く。ガルダスは即座に体勢を立て直し、ライルを床に叩きつけ、そのまま踏み倒した。


「剣を失ったお前に何が出来る、力の無いその行動は無意味な蛮勇ばんゆうだ」


 ヴァルトの躊躇により絶好の勝機を逃す。

 ガルダスは足蹴に押さえたライルの心臓を狙い、剣を振り下ろす。

 死の瞬間、ライルはつぶやいた。


「……無意味なものか」


 刃が迫る刹那、ライルは残された全力を振り絞ってガルダスの軸足を払い、もつれ合いながらその剣を奪い取った。そのまま逆転の勢いで、ガルダスの腹部に生える植物の根――澱の急所へと、躊躇なく剣を突き立てた。


「なっ……がはっ……!」


 核心かくしんを貫かれ、ガルダスの口から鮮血が溢れ出す。それと同時に、腹部の植物が狂ったように脈打ち、溜め込まれていた黒い「澱」が、持ち主を失って弾け飛んだ。


 ドロリとした粘着質な闇が、悲鳴のような音を立ててライルの腕へ、胸へと這い上がる。

 それは意思を持つむしのようにライルの肌を侵食し、傷口から血管へと潜り込んでいった。


「あああああッ!!」


 世界中の汚濁おだくを流し込まれるような激痛に、ライルの瞳が黒く染まる。ガルダスの身体から、呪詛じゅそのすべてをライルへと受け渡し、静かに崩れ落ちた。


 沈黙が支配する実験場。ヴァルトは荒い息を吐きながら、ようやく恐怖の呪縛じゅばくから解き放たれた。彼は呪詛に染まり、力なく横たわるライルに歩み寄り、その肩に手をかけた。


「……やったな、ライル」


 ガルダスを討ち取った安堵から、ヴァルトはライルを称えた。


 ライルは小刻みに震えていたが、次の瞬間、かれたような動きでその手を振り払い、勢いよく振り返った。その瞳には、今まで向けられたことのないくらい光が宿っている。


「……見損なったぞ、臆病者!!」


 その一言が、ヴァルトの胸を、どんな剣よりも深く突き刺した。

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