6-9 守られた希望
ビャクが竜殺しの剣の柄に手をかけ、魔力が暴風となって階段を吹き抜ける。
死を覚悟したヴァルトが前に出ようとしたその時、ライルが魂を振り絞るように叫んだ。
「……待ってくれ、ビャク! あの時、村で会ったのは君だったのか!?」
その言葉が響いた瞬間、吹き荒れていた殺気が、嘘のように霧散した。
ビャクの指が凍りついたように止まり、その瞳が大きく見開かれる。
「……そうだ、あの時の幼子が私だ」
ビャクの声は震えていた。
恩人であるライルを斬りたくない。しかし、村を滅ぼしたヴァルトへの憎しみもまた、彼女の魂を焼き続けている。
「あの襲撃を指示したのはガルダスだ! あの時は俺もヴァルトも、ガルダスの駒だったんだ!」
「ライル、この男は私のすべてを奪った!
村の仲間も、私たちが守り抜こうとした、あの『希望』さえも……!」
ビャクが叫んだ『希望』。それはヴァルトから暗殺を命じられていた、王女リアナ…つまりシエラのことだろう。
だが、ライルは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、力強く言い放つ。
「失われてなんていない! 君たちが守ろうとしたあの少女は……王女リアナは、生きている!」
「……なっ……!?」
ビャクの動きが完全に止まった。仮面の下の表情が、驚愕に染まるのが分かった。
「俺が逃がしたんだ。今は安全な場所に隠している。君たちの村が……君や君の家族が命懸けで守ったものは、まだこの世界から消えてなんていないんだ、ビャク!」
沈黙が流れる……。
ビャクの脳裏に、あの日、地獄のような襲撃の中で孤独に戦ったラインハルトと、必死に抵抗したライルの姿が重なった。
自分たちが守ろうとした希望が、この目の前の男の手によって繋がっていた。
その事実が、彼女の復讐心に楔を打ち込んだ。
「……ライル。……リアナを守ってくれていたんだな」
ビャクは静かに、竜殺しの剣から手を離した。
彼女は再び仮面を直し、深い溜息を吐くと、ヴァルトを冷ややかに一瞥する。
「……ヴァルト。お前の命、今はライルに預けてやる。
だが勘違いするな。私が許したのはライルであって、貴様ではない」
ビャクは階段を一段下り、ライルの隣に立った。
「ライル、村の希望を守ってくれたこと、礼を言う。
リアナの暗殺を……村の襲撃を命じた元凶、ガルダスの首を獲りに行くぞ」
─その時だった。
後方から、大気を震わせるほどの轟音と、金属が引き千切られる不快な音が響き渡る。
「な、なんだ……!? 今の音は」
ヴァルトの顔が、みるみるうちに青ざめていく。その音の正体に、彼は心当たりがあった。
背後――自分たちが潜り抜けてきた通路の先から、理屈を超えた凄まじい「剣気」が、荒れ狂う津波のように押し寄せてくる。
ライルは震えて言葉を漏らした。
「……嘘だろ。ありえない……! あの『鳥籠』を、内側から力ずくで叩き割りやがったのか……!?」
レリック級の拘束アイテム。それを物理的に破壊して現れるなど、もはや人の業ではない。
暗がりの向こう。立ち込める白煙を割り、ゆっくりと歩を進めてくる影…鎧はひび割れ、全身から魔力の過負荷による蒸気を噴き出させながらも、その手には抜身のレイピアが握られている。
帝国最強の守護者、剣聖ベルナルド。
一歩、足を踏み出すごとに石造りの床が砕ける。
その瞳に宿るのは、狂信的な忠騎士としての矜持なのか。
「……逃がさない」
血を吐くような呻きを漏らしながらも、ベルナルドは剣を構える。




