6-6 点の境地
ベルナルドは、レイピアの切っ先をヴァルトの喉元へ向けて告げる。
「研ぎ澄まされた一突きは、いかなる斬撃をも上回る。水が岩塊を穿つが如く」
(ほざいていろ。盗んでやる。お前の突きを、今ここで!)
ライルはシエラと初めて出会った村で見た、空をも覆う絶望的な輝きを思い出し、思わず息を呑む。
ヴァルトは全霊の魔力を右腕に込め、神速の突きを放った。それは常人であれば視認すら不可能な、音を置き去りにする一撃。
──だが。
ヴァルトの額には、ベルナルドの剣先が吸い付くように添えられていた。一筋の血が鼻梁を伝い、床に落ちる。
「……何故、剣を止めた。ベルナルド」
「一突きとは『点』だ、私と君の間の最短距離を、意志が光となって貫く。
……だが今の君は、当てようとする邪念が『線』となって軌道を鈍らせている」
ベルナルドの静かな指摘。ヴァルトは深く、深く集中した。
(……邪念を捨てろ。最短距離だ。線ではなく、点に……!)
ヴァルトの踏み込みと同時に、回廊の空気が爆ぜた。最短の軌道を、ただ一点の目標へ。
先ほどよりも遥かに鋭利な一突きが、ベルナルドの眉間を掠め、赤い一文字を刻んだ。
しかし、その代償はあまりにも重い。
――ガキィィィィン!
「が、ぁあああかっ!」
凄まじい火花と共に、ヴァルトの右腕が血飛沫を上げて宙を舞った。
「見事だ。だが、極限の『点』とは、己の存在すら消失させた先にのみ顕現する」
ヴァルトは上腕から先を失った腕を抑えると、俯き膝をついた。
「出頭するんだ。キミ達が無駄に命を散らす必要はない」
ライルは戦慄する。
(あんなに強いヴァルトが、手も足も出ないなんて……!)
ベルナルドはヴァルトを無力化したと判断し、残るライルへと歩を進める。その時だった。
血溜まりの中から、ヴァルトが再び立ちあがる。
「……おい。どこを見ている」
利き腕ではない左手に剣を握り、三度、突きの構えをとる。
「……ヴァルト、退いてくれないか。最初のは警告、次は戦力を奪えば諦めると思った。次は、キミの頭が弾け飛ぶことになるぞ」
「やってみろ」
ベルナルドは深く息を吐くと、奥義『高速の歩法』を発動させる。
(サラ、すまない……殺さずの約束は、守れそうにない)
彼の姿が陽炎のように揺れ、回廊を埋め尽くす。対するヴァルトの意識は、もはや自分の呼吸すら感じない深淵へと沈んでいた。
(集中し、邪念を捨てろ。ベルナルドの剣の『点』。俺の剣の『点』。その二つが重なる一点以外、この世から消し去れ――!)
激突。二人が同時に地を蹴った。
時間が、極限まで引き延ばされる。
境地に達したベルナルドの突きを、極限の突きで迎え撃つ。
避ければ即死。貫くしかない。
互いの死線が交差する、針の穴を通すような刹那。
ヴァルトの左腕が、ベルナルドの『点』を正面から迎撃した。
――キィィィィィィィン!!
鼓膜を震わせる衝撃音。一瞬の静止。
次の瞬間、ベルナルドの愛用の一振りが後方へ弾き飛ばされる。
「貰ったぞッ!!」
無防備になったベルナルドの脳天へ、ヴァルトが渾身の一撃を振り下ろす。だが、その刃は突如出現した「白い光の分身」に阻まれた。
(ちぃ……! 分身か!? もはやこいつを倒す術はないのか!?)
だが、最強の男は、一つの誤算を犯していた。
ヴァルトが放った極限の一突きに、ベルナルドの意識の全てが奪われていたのだ。その意識の外側。
死を待つだけの石像を演じていたライルが、一気に距離を詰め、レリック級アイテム『鳥籠』をベルナルドへ投げ放った。
「発動しろ!!」
目も眩むような黄金の結界が、最強の男を飲み込んだ。




