6-4 最悪の想定内
城の地下を三人の人影が進む。先頭を行くのは、顔中にコブやアザを作った哀れな男。その後ろを、ヴァルトとライルが影のように追う。
「おい破壊神。今日、ベルナルドに何か連絡はあったか?」
ヴァルトの問いに、破壊神と呼ばれた男は腫れた顔を歪めながら答えた。
「そういえば……昼頃に、ご家族が拉致されたとかで連絡を受けていましたっけ」
(……よし。ベルナルドなら今頃、城を離れて奔走しているはずだ)
ヴァルトの読みは、ベルナルドへの信頼と侮蔑に基づいていた。
時刻は夕暮れが終わり、夜の闇が城を飲み込み始めている。
「ヴァルト、なんでコイツ『破壊神』なんて呼ばれてるんだ?」
ライルの問いに、ヴァルトが冷たく返す。
「こいつは宝物庫の衛兵をしていた時、希少な魔導具を何度も不注意でブッ壊しやがった。だから付いたあだ名が『破壊神』だ」
「ヴァルトさん、その話は秘密にしておく約束じゃないですか……。」
「黙れ。当時、俺たちがどれだけ貴様の不始末をケツ拭いて回ったと思ってる。」
「だからって…案内すると言ってるのに、こんなに殴らなくても……」
「それはお前がグズグズ抜かして、すぐに動かなかったからだ」
目的の制御室に辿り着くと、ヴァルトは手際よく『侵入者妨害装置』に細工を施していく。本来なら侵入者を弱体化させる装置を、帝国騎士たちの魔力循環を狂わせる「毒」へと書き換えた。
ライルは懐に忍ばせた、レリック級アイテム『鳥籠』の感触を確かめる。
『鼠の袋』で全財産を投げ打って購入したそれは、強力な結界を形成し、対象一人を完全に無力化する一回限りの切り札だ。
皇帝ガルダスとの決戦に備えたものだった。
(これだけの額を再び稼ぐのに、一体何年かかることか……。)
「よし、終わった。ライル、経路は城の東側、ベルナルドの執務室前を通るルートだ。あそこは普段ベルナルドが居るせいで、逆に衛兵の数が絞られている」
ヴァルトは破壊神に向け、低く凄んだ。
「おい、破壊神。十分たったらこの装置を発動させろ。その後、死ぬ気でここを死守するんだ。そうすれば、お前の過去の不祥事は黙っていてやる」
二人は城の外壁を伝い、窓の縁を掴み、地上数十メートルの死線を辿って玉座の間を目指す。
書き換えられた装置は完璧に作動していた。時折遭遇する衛兵たちは、自らの魔力に振り回されるように動きを鈍らせ、ライルたちの敵ではなかった。
音も気配もなく、完璧な潜入。
しかし、その執務室の角を曲がった時、そこに『あり得ない男』が立っていた。
「妙な気配を感じたので来てみれば。これは驚いた、ヴァルト生きていたのか」
月明かりの下、穏やかな笑みを浮かべていたのは、家族を救いに行っているはずの帝都最強騎士、ベルナルドだった。
ヴァルトの喉が、微かに鳴った。
「家族を捨ててまで残業か……想定しうる最悪の事態だな……」
絞り出すようなヴァルトの声が、夜の回廊に虚しく吸い込まれていった。




