表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺依頼を受けたらとんでもない事になった  作者: ちんくろう
6章 狂った皇帝の生存戦略
48/60

6-3 結び巫女

 白磁はくじの壁に囲まれた宗教施設『聖域』。


 その最奥に鎮座する『相対天使そうたいてんし』の石像は、二人の少女が腹部で癒着ゆちゃくしたように抱き合っていた。台座には太い麻のロープが、獲物を絞め殺す蛇のように幾重にも巻き付いている。


「ユキ、あの像は?」

 シエラの問いに、黒髪の少女、ユキはうつろな目で答えた。


「数年前、崖から落ちた司祭様を救った天使様よ。疫病を治す奇跡を起こしたって……」


 そこへ司祭が現れ、低く威厳のある声で呼んだ。


「ミス・マルガイ」

「はい、司祭様。なんでしょう?」

「息子のテオが寂しがっている。顔を出してはくれないか」


 司祭に促され、二人は教会の寝室へ向かった。そこには異様な光景が広がっていた。天井からるされた数十本のロープが、中央のベッドに横たわる少年につながっている。司祭のひとり息子、テオだ。


「……ユキちゃん? 来てくれたんだね」


 かつてはユキの遊び相手だった少年は、今や枯れ木のように痩せ細り、肌は土色に変色していた。ユキが震える手でその頬に触れると、司祭は慈父じふのような笑みを浮かべた。


「テオや、もうすぐだ。満月の夜に『結び巫女』の祭事が終われば、お前はまた外を走れるようになる。……頑張るんだよ」


 直後、ユキが激しくき込んだ。口元からあふれた鮮血。赤い液体がシエラの服を汚す。


「ごめんなさい、司祭様……私、もう長くないの。巫女をできそうもないわ」


「いけません。祭事をしなければ疫病が蔓延まんえんし、村が滅んでしまう。弱音を吐かず全うしなさい」


「親父、やめてくれ! これは天命だ、祭事なんてなくていい!」


 テオが必死に叫ぶが、司祭は取り合わない。ユキはすがるような目でシエラを見た。


「シエラ、お願い。私の代わりに巫女になって。巫女は健康でないと祈祷きとうの効果が弱いの……私じゃ無理なのよ」


「それはいい考えだ」

 司祭が冷酷に頷く。


「確かにユキでは失敗の可能性が高い。シエラ、君が代わりを務めなさい」

「巫女って、何をするの?」

「祈祷だよ。ロープを持って御神体に祈りを捧げるんだ」


 テオが、ベッドの中から絞り出すように口を挟む。


「祭事は三日後の、満月の夜……崖の洞窟の奥にある、御神体の前でやってるんだ……」


 テオは真っ直ぐにシエラを見つめた。そのうれいを帯びた瞳は、まるで「三日以内に逃げろ」と必死に訴えているようだった。


 ─その夜。


 孤児院の布団の中で、シエラは自分の服についた汚れの匂いを嗅いだ。


(……嘘よ。これは血じゃない。ライルやオーウェンが怪我した時と全然違う。おそらく赤い植物をすり潰したものね)


 ユキはなぜ、親友であるテオを救うための儀式を、自作自演をしてまで拒んだのか。


(テオのあの目は何? まるで、哀れんでいるみたいだった……。調べなくちゃ。あの崖の洞窟に、何があるのかを)


 疑惑は確信へと変わり、シエラは居ても立ってもいられなくなる。

 彼女は音を立てぬよう布団を抜け出すと、最低限のあかりだけを手に、夜の静寂へと滑り出した。


 シエラは夜闇を縫い、禁じられた崖の洞窟へと辿たどり着く。

 目前の注連縄しめなわは長年の呪いを吸ったかのように黒ずみ、垂れ下がった紙垂しでは湿り気を帯びて腐敗している。

 洞窟の奥からは、粘りつくような死臭が熱気となって漂い出していた。


 シエラは意を決して、その暗闇の中へと足を踏み入れ、震える手で灯りを掲げ、洞窟の最奥を照らし出す。

 そこにいたのは、神などではなかった。


「ひっ……!」


 中央に鎮座していたのは、御神体とされる幼いミイラだ。

 だが、その周囲を埋め尽くしていたのは、さらなる異様な光景……ロープで拘束され、ミイラのように干からびた歴代の巫女たちのむくろが、御神体を取り囲むように転がっている。

 何かを吸い尽くされた抜け殻のように、彼女たちはただ無残にそこにいた。


「そこまで見られたなら、もうお別れだ」


 背後から現れたのは司祭だった、その瞳には狂信きょうしんの炎が宿っている。


 数年前、司祭を救ったのは二人の有翼人の少女だった。彼はその記憶を過大に美化し、狂人の如く歪曲していたのだ。


「妻が同じ病に倒れた時、私は祈った。しかし奇跡は起きず、ほどなくして妻は亡くなった。その時、私は悟ったのだ。祈り待っていては何も救えない。天使が見せてくれた奇跡を、自ら作り出すのだと!」


 この洞窟は、健康な少女を『生贄いけにえ』として捧げ、その生命力をロープを通じて息子へ濾過ろか・移送するための、おぞましい人間濾過装置だった。


「ユキはおそらく気づいていた。テオが喋ったのだろう。あの子もまた、愚かな息子だ……」


 ユキは自分が幼馴染の延命装置として消費される運命を知り、親友への情愛よりも生存を選んだのだ。


「あと三日。満月の夜、君はこのミイラと一つになるのだ」


 赤いロープが蛇のようにシエラの足元へ転がる。闇の中で、シエラは本当の『結び巫女』の意味を知り、震え上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ